第四話 工房と職人 プロローグ
今回の話は、魔道具職人の仕事について書きたいなぁ~と思っております。
流れに身を任せて生きていくのも
流れに逆らい生きていくのも
どちらも等しく容易ではない
**********
第四話 工房と職人
ポルトールという国がある。カンタルクの南に位置し、そのさらに南には海が広がっている。国土は六七州であり、この国が北のカンタルクと因縁の仲であることは良く知られている。
このポルトールの王都アムネスティアから程近い位置にパートームという街がある。もともとは街道沿いにあるただの村でしかなかったのだが、ここ十年程で急速に発展した街でありさらにもう二十年後には、ポルトールにおける一大都市になっているであろうと言われている。
その理由はこの街に作られた国営の魔道具工房「エバン・リゲルト」である。本来は王都に建てるつもりであったらしいのだが、適当な土地が見当たらないと言う理由でパートームに置かれることになったのだ。この国内最大の工房のおかげでパートームはポルトールにおける魔道具の一大生産拠点となり、それまでとは桁違いの人・モノ・金が流入するようになったのである。
そのパートームのとある飲食店に一人の男がいた。
背丈は一七〇半ばくらいで、年の頃は二十代の始めといったところか。整った目鼻立ちをしているが、取り立てて美形というわけではない。注文したサンドイッチを片手でパクつきながら、机の上に広げた本やノートとなにやら難しい顔でにらめっこしている。
余談ながら、彼が今食べているこの「サンドイッチ」という食べ物は、とある伯爵がカードゲームを楽しみながら食べられる食事として、コックに作らせたのが始まりとされている。その伯爵の名前はサンドイッチ伯爵。大した事をしていない人物だが、恐らくは本人も考えていなかった分野で歴史に名を残すことになった。
「ふむ、やっぱりこの術式は複雑になるな。合成もするし、もう少し簡略化できないもんかね」
ぶつぶつ独り言を言いながら、男はノートにペンを走らせる。しかし今もし誰かが彼のノートを覗き見したとしても、その内容を理解することはできなかっただろう。なぜならばそこで使われていたのは一般に普及している常用文字ではなく、すでに廃れてしまった古代文字だったからだ。
もっともお客の少ないこの時間帯、ぶつぶつと独り言をもらしている人物に近づく物好きなどいなかったが。
店の扉が開き、一人の少女が入ってくる。
「おばさん、研ぎ終わった包丁、持って来ました」
そういって少女はカウンターの奥にいる女主人の方に近づいていく。
「おや、ニーナちゃん、ありがとうね。自分で研いだりもするんだけど、やっぱりニーナちゃんのところでやってもらうと、違うからねぇ」
そういわれると、ニーナと呼ばれた少女の表情が綻んだ。
「ありがとうございます。今後ともご贔屓に」
包丁を受け取った女主人は一つ一つ手にとって、その研ぎ具合を確かめてゆく。最後の包丁を確かめ終わると、満足したように頷いた。
「でも悪いねぇ。ニーナちゃんの所って本当は魔道具工房なのに、包丁砥ぎなんてさせちゃってさぁ」
「いえそんな。うちには刃物を研ぐための魔道具がありますから」
ニーナはそういったが、彼女の表情はどこか暗い。多少なりとも現状に不満を持っているのだろう。
「それに、文句ばっかり言っていても仕方ありませんし」
少女がそういうと女主人は、そうかい、と言ってそれ以上は何も言わなかった。この飲食店は「エバン・リゲルト」ができて、パートームが発展する以前からここで店を構えている。当然ここの女主人は、ニーナや彼女の父ガノスの工房である「ドワーフの穴倉」について古くから知っている。そのため今日の現状が彼女たちにとってあまりよいものではないことも重々承知していたが、軽々しく口にすべきではないと思っているのだ。
「お金は月末にまとめて集金しますので、その時におねがいします」
「あいよ。お父さんにもよろしく伝えといとくれ」
一言礼を言ってニーナは足を出口に向けた。その時、あのサンドイッチを食べていた男が机に広げていた本やノートが、彼女の視界に入った。
「・・・・・術式理論?」
何気なく呟いたニーナのその独り言は、男の耳に届いていた。
「そうだが、古代文字が読めるのか?」
これがニーナ・ミザリの人生を大きく変える、イスト・ヴァーレとの出会いであった。
ちなみにサンドイッチ伯爵の話はマジ話です。