幕間 ヴィンテージ 後編
「イストさんは紅茶でしたよね」
イストの半分以上意図的なハイテンションもなんとか収まり、一同は居間に置かれた木製の机を囲んでいる。
「そそ、良く覚えてたね」
イストからそう言われたルーシェは、嬉しそうに笑った。そしてイストに紅茶を差し出し、レスカにはコーヒーを出した。
「相変わらずのコーヒー党か」
「当然」
イストは紅茶を、そしてレスカはコーヒーを好む。この点に関してはお互い譲らず、どちらが優れた嗜好品か、を巡って言い争いになることがしばしばあった。
イストに言わせれば、コーヒーなどと言うものは、
「苦いだけの汚水」
であり、一方レスカは紅茶のことを、
「味のしない香り水」
と決め付けている。
お互いに暴言をもって酷評しあっているわけであるが、しかしその反面イストだってコーヒーを飲むこともあるし、レスカも紅茶を嗜む。だからそれを知っているルーシェあたりに言わせるならばこの二人の口論は、
「口の悪いじゃれ合い」
ということになる。実に妥当な観察と言えるだろう。
「そうそう、土産があるんだ。ただの土産のつもりが、結婚祝いになっちまったけどな」
きちんと包装してくればよかった、とぼやきながらイストが机の上に乗せたのは二つの木箱だった。一つは黒い漆塗りの箱で、もう一つは凝った装飾の施された木目調が美しい小箱だ。
「漆塗りのがレスカで、こっちの小箱がルーシェさんね」
そういってイストは二人に土産を手渡した。
「これは、『無煙』か」
漆塗りの箱に入っていたのはイストも愛用している煙管型禁煙用魔道具「無煙」だった。予備のカートリッジも何種類か一緒に入っている。別にレスカはタバコを吸っているわけでもなければ、まして禁煙をしているわけでもない。だが夫がこの土産を喜んでいることをルーシェは敏感に察した。
「ジノさんとお揃いだ。ま、オレなりにお前の腕に敬意を表したってことさ
「・・・・・知ってるか?敬意ってのは、言葉にすると薄っぺらくなるんだ」
そりゃ失礼、といってイストは肩をすくめた。憎まれ口を叩きながらも、レスカはやはり嬉しそうだ。イストがアバサ・ロットであることを知っているレスカとしては、そのイストから腕を認められるのはやはり嬉しいのだろう。
ちなみに「無煙」を最初に依頼したのは彼の父であるジノだ。こちらは完全に禁煙を目的としていたが。それでも禁煙が成功した今現在でも「無煙」を使っているから、それなりに気に入ってはいるのだろう。
「あら、綺麗・・・・・」
小箱を開けたルーシェの感想だ。小箱には左半分に台座に固定された結晶体が入っており、残り半分のスペースは小物を入れるようになっている。
ちなみに結晶体は、魔道具の核としてよく使用される合成結晶と呼ばれるものだ。
「それも魔道具だ。ちょっと魔力を込めてみ」
ルーシェが言われたとおりに結晶体に魔力を込めると・・・・・・、
「~~♪~~~~♪~~♪♪~~♪」
朗々とした歌姫の美声が響き渡る。
「まあ、素敵・・・・・」
ルーシェはうっとりとその歌声に聞き入っている。
「魔道具『歌姫』。ま、オルゴールの魔道具版だな」
録音されている歌は、この前まで滞在していたカンタルクの王都フレイスブルグで評判の歌姫に頼み込んで歌ってもらったものだ。幸いこの魔道具に興味を持ったらしく、報酬として「歌姫」を一つ贈るということで引き受けてくれた。
「キルシュちゃんにあげた『歌姫』には別の曲が入ってる。興味があったら、今度聞かせてもらうといいよ」
「はい、そうします」
ルーシェは嬉しそうに礼を言った。
「そういえばキルシュちゃんといえば、本格的に細工師になるらしいな」
キルシェとはレスカの妹だ。
「ああ、親父の工房で細工師の親方に習ってる」
そういってレスカはコーヒーを口に運ぶ。
「細工の仕事も増えてきているみたいだし、まあちょうどいいだろう」
工房を継ぐ気なのかは知らないが、とレスカは付け加えた。キルシュは男勝りで勝気な性格だから、兄のように独立して自分の工房を持ちたがるかもしれない。
「やっぱり鍛造の仕事は少なくなってるのか」
「ああ、今じゃほとんど鋳造で作っている。元々は鍛造で仕事をしていた工房だからな、親父は寂しがっていたが・・・・・・」
まあこれも技術の進歩ってやつだな、とレスカは肩をすくめた。
熱した金属を槌で叩きながら鍛え成型する技術を鍛造と言う。一方で溶かした金属を鋳型に流し込み成型する技術を鋳造と言う。
彼の父であるジノの工房は、もともとはジノの父、つまりレスカの祖父が開いたものだ。この時代ではまだ金属を溶かすほどの高温を得るためには、魔道具を使うしかなかったのだが、その魔道具が高価であったため鋳造の技術は一般には普及していなかった。それが今から五〇年ほど前に魔道具を使わずに高温を得る方法が確立され、鋳造の技術は一気に広まった。
ジノは彼の父から鍛造の技術を学び鍛冶師として身を立ててきたわけだが、彼が職人として活躍していた時代は、鋳造が鍛造に取って代わるまさにその変遷期であり、それゆえに思うところも多々あるのだろう。
「しかたがないさ。鋳型を使えば品質の安定したものを、安く大量に生産できる。一般大衆に受け入れられるのは当然だ」
レスカがどこか突き放すようにそういった。
「いいのか?そんなこと言って。お前、鋳造には手を出さないんだろ?」
レスカは鍛造の職人である。彼の工房「ヴィンテージ」では鋳型を用いた大量生産をすることはない。
「仕事はある。工房を大きくする気がないなら、このままでも十分だ」
仕事といっても、鉄なべの穴を塞いでくれだの、斧や鍬を作ってくれだの、そんな依頼が多い。
「町の魔道具工房から依頼が来ることもあるしな」
魔道具は量産ができない。そのため魔道具職人たちは自然と一つ一つの魔道具の質を高めることに腐心するようになり、そのため魔道具の素体もよりよいものを使いたがる。これはアバサ・ロットたるイストも同じだ。
「一つ一つの品物を比べるなら、鍛造で作ったほうが断然いいものができる。仕事は少なくはなったが、無くなりはしないさ」
その意見にはイストも賛成だった。
「と、無駄話はここまでにするとしてだ、依頼した品物はもうできているんだろうな」
イストの目が鋭くなる。彼が今日ここを訪れたのはそれが目的なのだ。
「ああ、もう完成している。今持って来る」
そういってレスカは席を立って奥の部屋に入っていった。戻ってきた彼の手には細長い布の袋が握られていた。
その中に入っていたのは、一振りの刀だった。レスカはその刀をイストに手渡す。
「拝見する」
イストは刀を鞘から抜いて、その刃をためつすがめつ眺める。
軽くそっており優美な曲線を描く鏡の如くに磨かれた刀身。浮かぶ波紋は豪快な乱刃。刃は薄く透明感を持っている。間違いなく第一級の大業物だ。
刃を何度も返しながら食い入るように見つめ、それからイストは刀を鞘に納めた。
「眼福」
短い、しかし最大級の賛辞をイストはレスカに贈った。
「さすがだな。オレも自分で打ったりするが、さすがにこれほどの品は無理だ」
「俺に言わせれば、ド素人のはずのお前があれだけのレベルの品を作れるほうが、よっぽど不思議なんだがな」
レスカは苦笑する。
イストは自分で魔道具の素体を作ることがあるのだが、その品質は「ぎりぎり一級品」といったレベルだ。イストが鍛冶師としては素人であることを知っているレスカとしては、不思議に思うのも当然だろう。
「ま、それには種も仕掛けもあるってことで」
自分の技量だけではないことを、イストは否定しない。
「で、それで幾らだ」
「二〇シク(金貨二十枚)」
二〇シクといえば、一般家庭の五~七ヶ月ぶんの収入に相当する。町の武器屋に行けばこのお金で二〇本近くの剣が買えるだろう。しかしイストはこの額にすぐに応じた。この刀にはそれだけの価値がある。
「妥当だな」
すぐに金貨を二〇枚数えてレスカに渡す。ルーシェは普段目にすることの少ない金貨の山に目を丸くしている。
「どんな魔道具にするつもりなんだ」
自分の作った作品の行く末はやはり気になるのか、レスカがそう尋ねた。
「まだ決めてない。これから冬だし、ゆっくり考えようと思ってる」
冬季は旅がしにくいのか、どこかに腰をすえて春を待つということを彼はよくする。そしてその間に溜め込んだアイディアを形にするのだ。
「また親父の工房を使うのか」
「いや、まだ温かいし、ポルトール辺りにでも行こうかと思ってる」
そうか、とレスカは呟いた。
「でも、今日はうちでお食事を食べていってくださいね。イストさん」
仕事の話が終わったと思ったのか、ルーシェがそう声をかけた。いいですよね、とレスカに確認を取ると彼も、かまわない、と言った。夫が了承したのを見ると彼女は手を叩いて喜び、早速食事の支度を始める。
(今更断るのもアレだな・・・・・)
せっかくだしご相伴にあずかるとしよう。さてどのお酒を出そうかと、ぼんやり考えるイストであった。
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