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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第三話 糸のない操り人形
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第三話 糸のない操り人形⑭

 ノラ・フォン・ヴァーダーはその日、狂喜していた。


 理由は二十日ほど前に届いたフロイトからの手紙である。これまでも息子から手紙が届くことは度々あった。しかし歩けない息子にまったく関心のない彼女は、その全てを、返事を含め、侍女に押し付けて自分はまったく関与しようとしなかった。


 今回の手紙もそうだった。侍女に押し付け、それっきり忘れていた。血相を変えた侍女がその手紙を持ってくるまでは。


 そこには、フロイトが歩けるようになった、と書いてあったのだ。


(わたくし)の、(わたくし)可愛い(・・・)フロイトが、歩けるように・・・・!」


 彼女が口にした「可愛い(・・・)」という言葉からは、どうしようもなくグロテスクな響きを感じざるをえない。


 何はともあれ彼女は狂喜し、その日のうちに活動を始めた。夫たるビスマルクに話をし、侯爵家に息子のための部屋を用意した。父であるヴィトゲンシュタイン伯と連絡を取り合い、邪魔者を追い出すための手はずを整える。


 そう、勘違いしてはいけない。彼女はフロイトロースが歩けるようになった、そのことを喜んでいるのではない。彼が歩けるようになり、魔道卿という権力に近づくための道筋が見えてきたことを喜んでいるのだ。そしてさらに言えば、自分の「役立たずの欠陥品」という汚名を返上できることを喜んでいるのだ。


 馬車が到着する。フロイトロース・フォン・ヴァーダーを、彼女の愛すべき(・・・・)息子が乗った馬車が、ヴァーダー侯爵家へと到着する。



 その日、ビスマルク・フォン・ヴァーダーはいいようのない苦さを抱えながらその場にいた。


 原因は二十日ほど前に届いたアズリアからの手紙である。そこにはフロイトが歩けるようになった経緯が端的に報告されていた。それからフロイトが普通に歩けるようになるまでリハビリをすること、そして彼を送り届けたら自分は侯爵家を出るつもりであることが書かれていた。


「追い出されるよりは自分で、か・・・・・」


 その決断は誇り高い。だが同時に苛立ちを感じさせる。

 誰に対してか?

 それを見ているしかない自分に対してだ。


「なにが魔道卿か。まったく笑わせる」


 実際、アズリアを庇うのは難しいだろう。すでに圧力は掛けられ始めている。押し切られるのは時間の問題だろうし、本人が帰ってくればさらに激化するだろう。


 そう考えれば、あの自分から出て行くと宣言したアズリアの態度は、ある種ビスマルクに対して見切りをつけたと言えるのかもしれない。


「見限られた、ということか。この私が」


 なにやら小気味良く感じる。これもまた、親ばかに似た心境かも知れぬ。

 とはいえ、苦さは消えない。


 おそらくアズリアは侯爵家を出る共に、このカンタルクからも出て行くつもりだろう。一度ヴァーダーの姓を名乗りその血筋であることが露になった以上、その事実はこの先どこまでも彼女に付きまとう。血筋を利用しようとしないばかりか、かえって迷惑だとでも言わんばかりの娘の態度は、かつて懐妊が分かったと同時に暇を願い出た彼女の母、クレア・クリークの潔さと重なる。

 その身の振り方は高潔だと思う。しかし、人材と言う観点で考えれば、


「惜しいな・・・・・」


 このおよそ一年半、ビスマルクはアズリアの成長を間近で見てきた。さすがに王立士官学校魔道科首席卒だけあって優秀で飲み込みが早い。あるいは親の贔屓目が混じっているのかもしれないが、それを差し引いても十分に秀逸な人材だと言えるし、また現状に満足しない向上心ももっている。さらに言えば、苦労人気質なので将来的には問題児の多い魔導士部隊を率いる、指揮官クラスへと成長することも十分に考えられる。


 そういう人材が外に流れていくのは、このカンタルクにとって間違いなく不利益だ。


「親として考えるならば、あるいは・・・・・」


 親として考えるならば、あるいは娘の選択を尊重するべきなのかもしれない。ただでさえ無理やり介入して人生を狂わせたのだ。好きにさせてやるほうが、親としては正しい選択なのかもしれない。


「少し、手を回しておくか・・・・・」


 そう、あくまで少しだけ。選択の余地が残るように。

 親としては間違っているのかもしれない。けれどもビスマルクは魔道卿だ。


「国の行く末は、個人の感情に勝る」

 それが、魔道卿ビスマルクの信念だ。


 馬車が到着する。彼の二人の子どもを乗せた馬車が、侯爵家の門をくぐる。


**********


「ふう」


 決して多くない私物を鞄に詰め込み、アズリアは一息ついた。それからもう一度自室を見回す。ここを出て行くことにもはやなんの未練もないが、一抹の寂しさはどうしても拭えない。


(そういうことにこだわるタチではないと思っていたけど・・・・・)


 実は、そうでもないのかもしれない。そんなことでも素直に認められるようになったのは、心が軽くなったおかげかもしれない。


(いや、決して認めたわけではないが・・・・・)

 自分に言い訳をして、少しへこむ。


 一息ついて心機一転。部屋の出口に立って、部屋を眺め一礼する。それから部屋を出た。もう心残りはない。


 部屋を出ると、大きな話し声がした。フロイトとノラ夫人だ。楽しげな話し声を聞く限り、どうやら親子関係は順調な出だしらしい。この先自分は関わることはないだろうが、それでも安心する。


(願わくば、ここがフロイトにとって幸せな家庭でありますように・・・・・)


 後ろ髪引かれる思いを、あえて無視する。それから、ハタと思いつく。


「父上のところにもよっていかないとな」


 まがりなりにもおよそ一年半お世話になったのだ。挨拶ぐらいはしないとだろう。そう思いビスマルクの執務室に足を向けた。

 扉の前に立ち、ノックする。


「入れ」

 執務室の向こうから重厚な声がする。威厳に満ちたその声は、執事であるエルマーに連れられて初めてここに来たあの時と同じだ。ただ精神的に押しつぶされなくなったのは、確実に成長しているからだろう。


「失礼します」


 執務室に入ると、ビスマルクはやはりあの時と同じく鋭い目をアズリアに向けた。ただそこからは冷たさよりも懐かしさを感じる。


「短い間でしたが、お世話になりました」

「・・・・・行くのか」

「はい。フロイトのこと、宜しくお願いします」


 ビスマルクはしばしの間、目を閉じ瞑想した。


「魔道具は持っていくといい。餞別だ」

「ありがとうございます」


 それから二言三言言葉を交わしてから、アズリアは執務室を出た。最後の最後まで態度を変えなかったビスマルクに、人知れず笑いがこぼれた。

 玄関に足を向けると、エルマーがいた。


「エルマー。エルマーにも世話になった。礼を言う」


 ありがとう、と言ってアズリアが頭を下げると、エルマーは慌てたように手を振った。


「とんでもございません!私こそ、なんの力にもなれず・・・・・」


 アズリアが侯爵家を出ると決めたこの状況に、実直な彼は少なからず責任を感じているようだった。


「わたしが自分で決めたことだ。状況ゆえとか、そんな理由じゃないさ」

「アズリアお嬢様・・・・・」


 だから気にしないでくれ、と言うアズリアにエルマーは頭を下げた。


「できれば、フロイトにはうまく言っておいてくれ」

 少し冗談めかして、アズリアは頼んだ。


「それはまた無理難題ですな。ですがこのエルマー、必ずやお嬢様のご期待に応えてみせましょう」


 エルマーに別れを告げて、アズリアは侯爵家を後にした。状況だけ見れば、自分はいわゆる「お先真っ暗」な境遇だろう。だが、不思議と悲観的にはなっていない。


 積み上げてきたもの全てが瓦解するわけではない。身に付けた実力や知識は、どのような立場や状況になっても役に立つだろう。


「大丈夫だ。わたしはやっていける」

 心は晴れやかで、気持ちは前向きだ。


**********


 とりあえず、貴族たちの屋敷が立ち並ぶ区画から、一般の人々が暮らす市街地へと足を向ける。姓もクリークに戻り、これより新たな人生が始まると、晴れ晴れした気持ちであることに間違いはないが、現実問題としてひとまず腰を落ち着けてこれからの身の振り方を考える必要がある。


(ひとまず市街地で宿を取って、細かいことはそこで考えるとしよう)


 幸いにも懐具合にはいささかの余裕がある。ゆっくりと考える時間くらいはあるだろう。この国を出ることは間違いないだろうが、やはり後悔のない選択をしたい。


(あのときウジウジ悩んでいたことを思えば、随分と楽しく考えられるだろうし)


 あの時イスト・ヴァーレという流れの職人から預かった、魔道具「糸のない操り人形ノー・ストリング・マリオネット」をフロイトに渡すかどうかを悩んでいたときに比べれば、この先どこでどう生きていくかを考えることは、随分と精神的には楽なはずだ。


(ま、気軽に考えるとしよう)


 なんにしても魔導士ギルドのライセンスは取っておいたほうがいいかな、とかそんなことを考えながら道を歩く。

 そのとき、後ろから声をかけられた。


「失礼、お前さんがアズリア・クリーク嬢かな」


 相手は大柄な初老の老人だった。頭は白くなり、顔にも年相応のしわが刻まれているが、体には十分すぎる生気が満ちており声にも張りがある。


「そうですが、なにか御用でしょうか」

「なに、あの魔道卿ビスマルクを見限ったという令嬢を見に来ただけじゃよ」


 そういって老人は面白そうに笑った。貴族たちがよくするような、相手を小ばかにした笑い方ではなく、豪快で何の遠慮もない笑い方だった。


「はぁ・・・・・」


 いろいろと語弊のある言い方だったが、あっけに取られたアズリアは、結局訂正はしなかった。


「それで、どちら様でしょうか。直接の面識はないと思うのですが」


 ないはずだ。身にまとっている衣服は地味だが上等な品だから、この御老体は間違いなく貴族などの上流階級に属する人物であろう。だがヴァーダー侯爵家にいたおよそ一年半の間は文字通り訓練漬けの毎日で、アズリアは社交界の事情には疎い。ゆえにそのような人物とは接点がほとんどない。


「なに、ウォーゲン・グリフォードとかいうしがない老人じゃよ」


 おどけるようにしてウォーゲンは自己紹介をした。だがアズリアはと言うと、あまりのビックネームに硬直していた。


「ウォーゲン・グリフォード大将軍閣下・・・・・・!」


 このカンタルクで彼を「しがない老人」扱いできる人物は、本人以外は誰もいないであろう。


 王立士官学校に通ったことのある人間ならば、その名を知らない人物はまずいない。五十年近い軍歴を誇る彼は、もはや生けるカンタルクの軍事年鑑といっても過言ではない。大小八〇以上の戦場を経験し数多くの武功を上げた彼は、いまだ「軍人未満」の存在であるアズリアにとってはまさに雲の上の人物であると言える。


 士官学校で耳にしたウォーゲン大将軍の数々の武勇伝が頭をよぎる。


「し、失礼いたしましたっ!!」


 荷物を放り出してアズリアは最敬礼した。そんな彼女の様子にウォーゲンは苦笑する。こういった若手の反応は彼にとって特に珍しいものではない。だがいつも、


「儂も偉くなったもんだ」

 と、こそばゆい想いにとらわれる。


「まあ、そう硬くならずに。お茶を一杯、この老人に付き合ってくれんかな、お嬢さん」


 落ち着いて話したいことがあるらしい。思いがけないお誘いだが、アズリアに断る理由はない。快諾した。


「はい。わたしでよろしければ」


 良く来る店だ、といって案内されたのは、市街地にある日差しの良い通りに面したオープンカフェであった。店の外に用意された席に、ウォーゲンは慣れた様子で腰掛ける。それから向かいの席をアズリアに進め、顔見知りらしい店員に注文を済ませる。メニューを見もしないあたり、本当に常連らしい。


 談笑している間にウォーゲンが注文した品が運ばれてきた。紅茶が二つとクッキーが一皿。おそらくクッキーはアズリアに気を利かせてくれたのだろう。


「ここのクッキーは絶品でな、食べてみるといい」

 本人も食べたかったらしい。偉大な大将軍の意外な一面だ。


「いただきます」


 クッキーを口に入れると、やさしい甘さが広がった。ウォーゲンが絶品と太鼓判を押しただけのことはあって、アズリアが侯爵家でつまんでいたものと比べても、なんら遜色がない。


「アズリア嬢の諸事情は、大まかだが聞き及んでおる。して、これからいかがするおつもりかな」


 一杯目の紅茶を飲み終わり、店員が二杯目を注いで下がった頃にウォーゲンはごく自然に切り出した。


「カンタルクを出るつもりではいますが、詳しいことはまだ何も。今後のことは宿を取って二、三日ゆっくりと考えるつもりです」


「ふむ、そうか。実は今日こうして話をしにきたのは、おぬしを儂の副官にと思ったからじゃ。今後のことを考えると言うのであれば、そちらも考えてみてくれんかのう?」


 さらりと告げられたその提案に、アズリアの思考は一瞬停止した。そしてフリーズが回復すると、思わず叫んだ。


「わたしを閣下の副官に、ですか!?」


 大将軍たるウォーゲンの副官になるということは、それは将来が約束されたと同義である。しかも彼の傍はこのカンタルクでは一種聖域じみた場所で、国内では貴族たちの影響力が及ばぬ唯一の場所と言える。


 仮にこの国に留まるのであれば、これ以上の居場所は存在しないであろう。しかしアズリアの表情は冴えなかった。


(どんな流言飛語が飛び交うことやら・・・・)


 想像がつくだけに、憂鬱になる。そういう世界とはおさらば(・・・・)しようと思っていただけに、なおいっそう嫌になる。


「舌が滑らかなだけの輩になど、言わせておけばよい」


 そんなアズリアの心のうちを察したようにウォーゲンは言った。そういえばこの老人も貴族嫌いで有名だった。


「なぜ、そこまで言ってくださるのですか」


 大将軍ウォーゲンの副官ともなれば、多くの若手有望株がその席を狙っており、選ぶ立場からすればより取り見取りのはずだ。その中には既に軍務を経験し、功績を挙げている人材も当然いるだろう。にもかかわらず功績など皆無でさらには、この国を出ようとさえ考えていたアズリアを自身の副官として望むのはなぜなのか。


「そうおかしなことでもあるまい。そなたは士官学校魔道科を首席で卒業し、その後およそ一年半の間魔道卿の下で訓練を積んだのじゃ。将来を見据えて、そのような優秀な人材を手元において育てたいと思うのは当然のことじゃろう」


 ウォーゲンは紅茶を一口啜ってから言葉を続けた。


「副官と言っても、既に二人おって三人目じゃ。仕事は先任の者に教わりながら覚えていけばよい」


 将軍以上の役職にあるものが副官を複数人持つことはさほど珍しくはない。

 だがウォーゲンのその説明にアズリアは納得しなかった。彼が述べたのはあくまでも一般論であり、そもそも一般論を述べるのであれば、副官に「軍人未満」の人物を抜擢する道理はない。


「閣下ご自身も、そのようにお考えなのですか」


 失礼とは思いながら、アズリアは試すような目をウォーゲンに向けた。その視線を彼は真正面から受け止める。


「公人も私人もこの儂である以上、儂の考えの一面であることは間違いない。だがな」

 老将軍の厳しい目が、幾分和らぐ。


「極めて個人的なことを言わせてもらえば、あの堅物のビスマルクが私的に話を持ってくるような人物に興味が湧いたからじゃ」

「父上が!?」


 思わぬ個人名詞にアズリアは驚いた。ビスマルクがアズリアの行く末を案じてウォーゲンに便宜を図ってくれるように頼み込んだのだろうか。


「おっと、口が滑ってしまったのう」


 明らかにワザとであるが、ウォーゲンはそういっておどけてみせた。その仕草からアズリアは自分の推測が決して間違ってはいないと判断した。秘密をばらしてみせたのは彼なりの悪戯なのだろう。


「今すぐに返事をもらおうとは思わぬ。先ほどもこれからのことを考えるつもりだと言っておったし、選択肢の一つとして考えて見てはくれぬか」

「・・・・はい・・・・」


 思わぬ方向に話が進みアズリアの頭は少々混乱している。一度クールダウンしなければ熟慮などできる状態ではない。そう、答えるしかなかった。


 それで、お茶会は散会となった。



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