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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第三話 糸のない操り人形
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第三話 糸のない操り人形②


 大陸暦一五六三年九月始め、クロノワ率いるアルジャーク軍五万は帝都ケーヒンスブルグへの帰路にあった。オルクスには一万の兵を残してあり、これを元モントルム駐在大使のストラトス・シュメイルが指揮している。


 本来、彼はそのような地位にはいないのだが、彼を除けばクロノワしか旧モントルム領の政を掌握できる人物が居らず、かといってクロノワを残してアルジャーク帝国帝都ケーヒンスブルグに凱旋しても意味がない。


「猫の手も借りたいときに、立派な人の手があるのです。使わないわけにいかないでしょう?」


 そういってクロノワはストラトスに万事を押し付けたのであった。もっともこれは暫定的な処置であり、旧モントルム領をどのように扱うかは、アルジャーク帝国皇帝ベルトロワが最終的に決めるだろう。


 モントルムにおける戦闘は終止アルジャーク軍が優位に立っており、クロノワはその兵力をほとんど損することなく此度の戦争をおえた。そのことは既にアルジャーク本国にも報告されており、これで日陰者だったクロノワ殿下もようやく正しい評価を受けられるとアールヴェルツェなどは、我がことのように喜んでいた。


 特に急ぐ理由もないため、移動の速度は比較的ゆっくりとしたものだった。それが、旅に慣れていない人たちには幸いしたらしい。


「使者団の方々の様子はいかがですか、リリーゼ嬢」

「皆疲れてはいますが、一晩休めば大丈夫です。クロノワ殿下」


 そう、独立都市ヴェンツブルグの使者団もクロノワたちと一緒に帝都ケーヒンスブルグを目指しているのだ。彼らは基本的に文官でいくら馬に乗っているとはいえ、アルジャーク軍の本気の行軍についていくのはとてもではないが無理だ。


 行軍中にリリーゼとクロノワは何度か話をしたのだが、そのとき共通の知人がいることが判明した。すなわちイスト・ヴァーレという知人が。


「なるほど。あいつはそんなことをしていたんですか」


 こらえきれず笑いながら、クロノワは楽しそうに言った。リリーゼからヴェンツブルグでの聖銀(ミスリル)にかかわる一連の騒動について聞いたのだ。


「あの・・・・殿下・・・・、聖銀(ミスリル)の製法のことは・・・・・・」


 話の勢いとはいえ、極秘であるはずの聖銀(ミスリル)の製法について喋ってしまったリリーゼは、かなりあせった様子だ。「やらかした!」と全身で表現している。


「ええ、分かっています。他言はしません。それに、なにか手伝えることがあるかもしれませんね」


 聖銀(ミスリル)の製法を大陸中の不特定多数の工房に売る。それが独立都市ヴェンツブルグの、比較的上にいる人たちがやろうとしていることだ。だが如何せん一都市だけの力では限界がある。大国アルジャーク帝国の助力があればかなりやりやすくなるだろう。


「それにアルジャークが後ろにいれば、万が一教会にバレても、一方的な干渉を受けずにすみますしね」


 此度の大併合の結果、アルジャーク帝国の版図は二二〇州になった。このエルヴィヨン大陸でも一、二を争う大国になったのだ。その大国に教会が真正面から対抗してくるとは思えない。


「はぁ・・・・・、そうですね・・・・・」

 リリーゼも何とか納得したようだ。


「それにしても・・・・・・」

 気を取り直すようにしてリリーゼが話題を変える。


「殿下とあの男が友人同士だったなんて・・・・・」


 リリーゼの言う「あの男」とはもちろんイスト・ヴァーレのことだ。


「面白いヤツでしょう?」

「面白いって・・・・・。製法を独り占めするような男ですよ?」


 いくら古代文字(エンシェントスペル)が用いられておりリリーゼには読めなかったにせよ、確かにあの時彼女はその場にいたのだ。あの壁に刻まれていた物が聖銀(ミスリル)の製法だと教えてくれてもいいではないか。


「しかもそれらしい宣誓文を捏造してまで・・・・・・!」


 そのときの怒りを思い出したのか語尾が震えている。


「感動したのに・・・・・・!」


 それが口からでまかせで、しかも製法を隠すための方便だったのだ。あの時味わったなんともいえない寂しい落胆と激しい怒りは、決して忘れることが出来ないだろう。


「でも、宣誓文についてはまるっきりの捏造ではありませんよ」


 ヴェンツブルグ付近の反乱を指揮していたのはベルウィック・デルトゥードだが、彼の掲げた理想が確かそんな内容だったはずだ。


「下調べの際に見たのを覚えていたのでしょうね。相変わらず芸が細かい」


 仮にリリーゼがベルウィック・デルトゥードの反乱について詳しく知っていても、宣誓文の内容に疑問を感じないように、きちんと考えてつくっている。


 むぅ、とリリーゼは不機嫌そうに唸った。そんな彼女の様子を見てクロノワはクスリと微笑みをこぼした。


「・・・・何でしょうか」

「いえ、なにも」


 ギロリと睨むリリーゼを軽く受け流す。


 どうにも新鮮な体験だ。十五歳から宮廷で暮らすようになってからというもの、クロノワが親しく付き合ったのは皆彼より年上で、しかも感情よりも理性や責任を優先させる人たちばかりだった。だからリリーゼのような感情を素直に表現する年下の女の子(彼女が聞いたら怒りそうな評価だが)とこうして話しているのはとても新鮮に感じられた。


「失礼します。お二人とも食事の準備が整いました」


 そういって近づいてきたのはアルジャーク軍の女性士官グレイス・キーアだった。


「ありがとうございます、グレイス殿」


 女同士のためか、リリーゼとグレイスはすぐに仲が良くなった。二人で色々と男にはいえない話もしているらしい。


 クロノワも礼をいい、立ち上がった。空をみればもうすっかり夜の帳が下りている。雲もなく月が良く見えた。


(さて、イスト。君はどこでなにをしているのだろうね・・・・・)


 珍しく話題に上った友人をおもい、クロノワは月を見上げた。




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