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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第十話 神話、堕つ
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第十話 神話、堕つ⑭


「してやられたな」


 十字軍の部隊が補給部隊を強襲した件について、ヴェートから一連の報告を聞き終えたシーヴァは、苦笑しながらもどこか面白がるようにそういった。


「処分は如何ほどにも………」


 任務を遂行できなかったヴェートは頭を下げ、シーヴァの裁定を待つ。


「今回の件で将軍に落ち度はない。敵のほうが一足早かっただけだ」

「ですが………」

「よい。将軍が間に合わなかったのであれば、誰を向かわせても同じであったろう」


 非があるとすれば敵の思惑を素早く見抜けなかった我のほうだ、とシーヴァは言った。それからヴェートを立たせて席につかせると、今度はガーベラント公が立ち上がって頭を下げた。


「申し訳ありません」

「なぜガーベラント公が謝る?」


 今回の件で、彼には何も謝るようなことはない。


「私が撤退したことが、敵に勢いを与えてしまったのでしょう。あの場は留まって敵を退けるべきでした」


 申し訳ありませんでした、とガーベラント公は改めて頭を下げる。自らの責任を回避しようとはしない彼の姿勢はシーヴァにとっても好ましいものだが、今回は気負いすぎていると言うべきだろう。


「あの時の公の判断は適切であったと、我はそういったはずだ」

「ですが………」

「くどい」


 少し言葉と視線に力を込める。不必要な責任論を持ち出して時間を浪費することは、シーヴァにとって望ましいことではない。まして今ここでガーベラント公を罰すれば、部下たちは萎縮して失敗を恐れ自分たちでは何も決断できなくなってしまうだろう。そうして硬直してしまった組織に未来はないとシーヴァは知っている。


 もう一度頭を下げたガーベラント公が席についたのを確認して、シーヴァは一つ頷く。居並ぶ家臣たちの顔ぶれを一通り眺めてから、彼は軍議をはじめた。


「さて、これからどうするかだが………。リオネス公、このまま進んだとして次の補給までもつか?」

「難しいかと」


 補給部隊が強襲されたとはいえ、運んでいた物資の全てが灰になったわけではない。全体の三割未満とはいえ、ヴェートは物資を回収し本隊まで運んできている。それだけあれば、ここからアナトテ山に直行しそこを制圧することは可能だろう。


 しかしアナトテ山を落とせばそれで万事解決、というほどシーヴァはこの遠征を楽観視してはいない。十字軍相手に戦い続けるのか、あるいは教会や神聖四国との交渉が待っているのか、どちらにせよある程度の期間そこに留まる必要が出てくるだろう。そうなった時、今の手持ちの食料だけでは次の補給までもたない、というのがリオネス公の見立てだった。


「現地調達、という手もありますが………」


 参謀の一人が遠慮がちにそういう。それはすなわち略奪を行うということだ。住民に差し出させるということもできるだろうが、それにしたって力で脅すのだから略奪と大差はないだろう。


「現地調達はせぬ」


 しかしシーヴァはそう言い切った。略奪しながら軍を進めることなど、彼にしてみれば虫唾が走るほどに不快なことである。それはつまり、兵站の不備を内外に宣伝しているようなものだからだ。


「この軍の指揮官は無能である」


 と自分で、しかも嬉々として宣言しているようなものである。それはシーヴァにとって耐え難い屈辱であった。


 そしてなによりもっと感情的な部分で、シーヴァは略奪という行為を嫌悪していた。それは彼の生来の性質(たち)なのだろうが、それが一層強くなったのは第一次十字軍遠征の時に侵略者どもが行った略奪行為を目の当たりにしてからだ。


「おぞましい。人とはここまで堕ちるものなのか」


 シーヴァはそう思ったし、そういう人の性に恐怖を覚えたりもした。それは自分がそこへ堕ちていくことへの恐怖であり、また自分が指揮する軍がそこへ堕ちていったときに撒き散らす災厄への恐怖でもある。


「決して十字軍と同じところへは堕ちぬ」


 それが今回の遠征において、シーヴァが自らに誓った誓約であった。あらゆる面において、シーヴァは十字軍を上回ろうと決意していたのである。


「そうなると、一度ベルベッド城まで引くしかありませんな」


 シーヴァの答えを予測していたガーベラント公が顎を撫でながらそういう。ベルベッド城までなら、手持ちの兵糧だけでも多分持つだろう。大規模な戦闘は起こらないだろうから、なんなら切り詰めてもいい。どのみちベルベッド城に着けば腹いっぱい喰えるのだから。


「明日の夜明けとともにベルベッド城に向けて撤退する」


 シーヴァはそう決断した。軍議の席にどこか残念そうな空気が流れる。実際、アルテンシア軍は教会と神聖四国を追い詰めていたのだ。後は喉もとに剣を突きつけて降伏を迫るか、あるいはそのまま首を刎ね飛ばしてしまえばいいだけだったのに、それを目前にしての撤退である。不満というか残念に思うのは当然であろう。


「ベルベッド城で補給を済ませたあと、もう一度アナトテ山を目指すとしよう」


 そう言ってシーヴァは笑った。家臣たちも良く知る恐ろしくも頼もしい、あの獰猛な笑みだ。


「ただし、今度は全力で、な」


 シーヴァのその宣言を聞いた瞬間、その場にいた一同は鋼の支柱を背中に差し込まれたかのように背筋を伸ばした。一瞬漂いかけた軽い失望の雰囲気が吹き飛ばされ、ピリピリとした、しかし心地のよい緊張感がその場を支配する。彼らが感じているのは恐怖ではない。畏怖だ。


(教会の命運も尽きたか………)


 シーヴァとの付き合いが長い者ほど、そう確信するのだった。


**********


 アルテンシア軍の補給部隊を強襲し、彼らが運んでいた物資のほとんど(全てでないのが心残りだが)を燃やしたシルヴィアは、十字軍の本隊と合流すべく動いていた。


 ただし、随分ゆっくりと。


 もちろん距離を取ってだが、街道を監視しながら引き返したのだ。それはベルベッド城へと引き上げるアルテンシア軍を確認するためであった。


 はたしてアルテンシア軍は来た。街道を西へと、つまりアナトテ山と反対のほうへ向かっていく。この瞬間、シルヴィアは自分の策が成功したことを知ったのである。


「上手くいきましたな、殿下」


 アルテンシア軍が撤退していく様子を、シルヴィアと同じように草原に腹ばいになり望遠鏡で覗いている参謀の一人がそういう。彼らとシルヴィアのもう数十メートル後ろには茂みがあり、その向こうでは部隊が指揮官を待ちながら休憩している。


 無事に作戦を成功させたシルヴィアは歓喜と、それと同じくらいの安堵を感じていた。立ち上がってはしゃぎたいのを抑え、それでも口元はどうしようもなくにやけさせながら、シルヴィアは望遠鏡を覗きこむ。


 望遠鏡を通して見る視界の中では、アルテンシア軍の兵士一人ひとりの顔を識別することはできない。ただ人影ははっきりと見ることができ、アルテンシア軍の中に体格が明らかに異なる一団が混じっていることは簡単に見てとれた。


「まるで巨人じゃな………」

「恐らくは、あれがゼゼトの民なのでしょう」


 ゼゼトの民とは、アルテンシア半島のさらに北西に位置する極寒の島、ロム・バオアに住まう原住民族である。神聖四国、つまり大陸の中央部の人々からすればアルテンシア半島でさえ辺境なのに、さらにその向こうにあるロム・バオアともなればもう世界の果てと言っても過言ではない。


「世界の果てから来た巨人たちが、神聖な大地を踏み荒らしている」


 シルヴィアと一緒になって望遠鏡を覗いている参謀たちの中には、そんなふうに感じて憤慨している者もいた。しかしシルヴィアが感じているのは全く別のことであった。


「やはり傑物じゃな………、シーヴァ・オズワルドは」


 シルヴィアは幼い頃より姫君らしくなくお花やお茶、あるいはダンスなどよりも歴史学や地理学、さらには政治のほうに興味を持ち知識を取り入れてきた。だから彼女は、アルテンシア半島とロム・バオアの間にある確執についてある程度のことを知っている。


 つい最近までほとんど交流のなかった半島とロム・バオアの間で、交易などが始まったのはつい最近のことである。実際にどれほどの被害が出ていたのかは分らないが、長年の確執というのはそう簡単に解消されるものではない。


 しかしシルヴィアが覗く望遠鏡の先で、ロム・バオアの兵士たちは自信に溢れているように見えた。なかにはアルテンシア兵と談笑している者も見受けられる。強制的に戦いに駆りだされたかのような、卑屈で疲れきった雰囲気は微塵も感じられない。それぞれが今この場にいることを誇りに思っているかのようであった。


「半島を統一したのがシーヴァでなければ、ああはなるまいよ」


 シルヴィアの内心で踊りまわっていた歓喜が、だんだんと静まっていく。代わりに沸きあがってくるのは一種の憧憬だ。人の上に立つものとして斯くありたい、という憧れである。


 しかし同時に危機感も覚える。そういう英雄が今、敵として十字軍とシルヴィアの前に立ちはだかっているのである。


(個人で一騎当千の力を持っており、さらに将としても非凡。まったく、とんでもない相手じゃな………)


 そのことを改めて確認したシルヴィアは視界をそこから動かす。次に望遠鏡に映ったのは一人の騎士だった。


 ゼゼトの民とは別の意味で、その騎士は周りの兵士たちとは異なっていた。明らかに体の線が細く華奢である。おそらくは女性であろう。


「アルテンシア軍には、女の将官がおるのか………?」

「それはおそらく、ヴェート・エフニート将軍でしょう」


 シーヴァがまだアルテンシア同盟の将であった頃から、その副将として働いていた将軍であるという。アルテンシア軍の中では最古参の部類に入り、その分シーヴァの信頼も厚いと聞く。


 シルヴィアは知る由もないが、彼女たちが強襲した補給部隊の援護として派遣され、そして一足間に合わなかったあの部隊を指揮していたのが、まさにヴェート・エフニート将軍その人であった。


「そうか………。ヴェート将軍、というのか………」


 シルヴィアの声に、先ほどとは少し違った憧れの色が混じる。軍人として生活することがどれだけ大変なのかは、彼女自身ここ最近の作戦行動で身にしみて分っている。それにしたって本来の訓練などに比べればぬるいものなのだろうに、シルヴィアはすでに心身ともにへばる寸前である。


 ヴェートはシーヴァの部下として、ロム・バオアにいた事さえあるという。そんな彼女が歩んできた人生の密度は、ここ数日のシルヴィアなど比較にならないほどに濃いのだろう。


 そんな人生の中、挫けることなくついには将軍にまで上り詰めたヴェートに、シルヴィアは純粋に尊敬の念を抱く。望遠鏡で覗く彼女の姿も貫禄というか落ち着きがあり、一つ一つの所作に自信が満ちているように見えた。


 自分とは大違いじゃな、とシルヴィアは苦笑した。今の彼女は五千の兵を率いる指揮官で、その地位は軍隊という組織の中において随分と高いといえる。しかし彼女がその地位に就けた最大にして唯一の理由は、シルヴィアがサンタ・シチリアナの王女だったからだ。ヴェートとは違い、シルヴィアはその地位を実力で得たわけではないのだ。


 その点について言い訳をするつもりはない。あの情勢の中、実力を身につけ実績を積み上げる時間などなかった。そして何よりも必要とされていたのが、神聖四国の王族という身分と血筋だったのだから。


 しかしそれらの諸事情は、実力と実績の不足を補ってはくれない。そのせいでシルヴィアは自分の命令があっているのかどうにも確信が持てない、という事態を何度も経験することになった。


 指揮官は泰然とし不安を表に出してはならない。それは分っているのだが、フワフワとした不安定さはなくならない。ここ最近だけで何回自分の未熟さを思い知らされたことか、数える気にもならなかった。


(ヴェート将軍はきっと、そのような段階は通り越しているのじゃろうな………)


 そう考えると、軽く嫉妬したりもする。シルヴィアは苦笑すると頭を振り、その考えを振り払った。


 しかしながら、アルテンシア軍はなんと強大なのであろう。その兵は精強。その将は有能。それに相対する十字軍はといえば、その兵は脆弱にして将はシルヴィアを含め無能だ。そう考えれば補給部隊への強襲が上手くいったことさえ奇跡に思えてくる。


(アルジャーク軍はまだ動かんのかの………?)


 早く動いてくれないと、本当に教会と神聖四国は滅んでしまう。奇跡などそう何度も起こるものではないのだから。


 望遠鏡で覗く視界の中で、ヴェートに一人の騎士が近づいてくる。無造作に伸ばした髪が風に吹かれ、少し鬱陶しそうである。しかし何よりもシルヴィアの目を引いたのは、その騎士が背負った大剣である。


 アルテンシア軍の中で背中に負うほどの大剣を持つ者は一人しかいない。そしてその騎士に対するヴェートの態度も、シルヴィアの憶測が正しいことを暗示している。


「あれが、シーヴァ・オズワルド、か………」


 知らず声が漏れた。当たり前だが、シルヴィアがシーヴァの姿を見たのはこれが初めてである。向こうからこちらの姿は見えないと分ってはいるが、それでも体は緊張し手のひらには湿り気を感じた。


 なにやら話を続けるシーヴァとヴェートを、シルヴィアは注視する。そのうちふとシーヴァが首を動かし、その鋭い視線がシルヴィアの瞳を捕らえた。


「………っ!!」


 思わず望遠鏡から目を離して頭を上げる。シルヴィアの心臓は激しく脈打ち、背中には冷や汗を感じる。


(落ち着くのじゃ………!この距離で見えるはずがない)


 なにしろ望遠鏡を使っても顔ははっきりと見えないのである。肉眼のシーヴァが、こうして腹ばいになっているシルヴィアを見つけられるわけがない。さきほど見られたと感じたのも気のせいだろう。


 呼吸を整え、心臓の鼓動が落ち着いてからもう一度望遠鏡を覗く。話を終えたらしいシーヴァとヴェートが連れ立って移動していく。当たり前だが、こちらに気づいた様子はない。


 しかしそれでも。シルヴィアはあの瞬間にはっきりと見てしまったのである。こちらを見抜く、シーヴァの鋭い目を。たとえ幻であったとしても、それはシルヴィアの脳裏に焼きつき離れることがない。


「………アルテンシア軍が通過し次第、こちらも移動を再開する」


 固い声でシルヴィアはそう言った。強襲を成功させ、一時的とはいえアルテンシア軍を撤退に追い込んだのは確かだ。しかしそれを喜ぶだけの余裕は、もはやシルヴィアに残されてはいなかった。


**********


「聖女様だ!」

「聖女様がお戻りになられた!」

「聖女様、万歳!」

「万歳!」


 教会の総本山たるアナトテ山。その麓にある御前街のすぐ近くに布陣している十字軍本隊のもとに合流したシルヴィアは、聞きなれない単語が飛び交う熱狂的な雰囲気に出迎えられた。


(聖女………?一体誰のことじゃ)


 お戻りになられた、と言っているのだからシルヴィアの部隊にその聖女様はおられるのだろうが、しかし彼女の部隊には他に女性はいなかったはずである。そしてシルヴィア自身も「聖女」などという称号をもらった覚えはない。では兵士たちは一体誰を指して聖女と呼んでいるのだろうか。


 熱狂的な空気の中、首を傾げながら進むシルヴィアは視線の先に参謀長を見つける。見慣れない顔は混じっていないし、また立ち位置からしてもあの中では参謀長が最も位が高い。つまりまだ総司令官は決まっていないのだろう。


(悠長なことじゃ………)


 呆れながらもシルヴィアはそれを顔には出さず、作戦の成功を報告するため馬から降りて参謀長のところへと向かった。


 左右には大勢の兵士たちが集まり「聖女様、万歳!」と騒ぎ立てている。正面には参謀長をはじめ十字軍の主だった幕僚が全て揃っている。ではその中心にいるのは一体誰なのか。


「このたびのご帰還、心よりお喜び申し上げます。聖女シルヴィア・サンタ・シチリアナ様」


 仰々しい挨拶とともに、参謀長と幕僚たちは片膝をついて頭を垂れる。この瞬間、シルヴィアは自分がいつの間にか聖女に祭り上げられてしまったことを知ったのである。


 アルテンシア軍が、撤退した。それも神聖四国から撤退したのだ。


 アナトテ山まで後一歩というところまで迫りながら、シーヴァは軍を引き返しベルベッド城まで撤退したのである。それはシルヴィアの率いる部隊が補給部隊を強襲したせいで兵站が続かなくなり、補給ためにベルベッド城まで戻る必要があったからだ。


 まあ、理由や経緯はこの際どうでもよい。重要なのはアルテンシア軍が神聖四国の外へ撤退して言ったという事実だけである。


 日に日に近づいてくるアルテンシア軍に戦々恐々としていた神子様(というのは建前で枢密院の枢機卿たち)は、脅威が遠ざかって行ったことに大層お喜びらしい。これが一時的な撤退に過ぎず、アルテンシア軍は再び襲来するであろう、ということはおそらく頭にないのだろう。


 それで喜んだ神子は、作戦を立案者し自らも部隊を指揮して戦ったシルヴィアに聖女の称号を与え、さらに彼女を十字軍の総司令官に任命した、というのがここまでの流れらしい。


「後日、神殿で正式に叙任式が執り行われます」


 突然の話で呆然としているシルヴィアに、参謀長がそう告げる。この瞬間、シルヴィアは自分の人生がもはや自分の手の届かないところへいってしまったことを悟ったのだった。


**********


 その場にいる全ての人の視線が、二人の少女に向けられている。一人はゆったりとした職服に身をまとってたたずんでいる。もう一人は銀色に輝く鎧と純白のマントを身につけ、職服を着た少女の前で跪いている。


 シルヴィアが十字軍本隊に合流してから三日後、今まさに神殿前の広場で彼女の叙任式が行われた。


 つい先日神子の座に付いたばかりのララ・ルー・クラインが、まだ慣れない様子で直々に詔を読み上げてシルヴィアの功績を称え、そして彼女に聖女の称号を与えさらに十字軍の総司令官に任命すると宣言する。


「魔王シーヴァ・オズワルドの魔の手より、必ずや御身をお救いいたします」


 その瞬間、広場を埋め尽くす兵士たちから、地鳴りのような歓声が沸きあがった。「その歓声は神殿さえも震わせているかのようであった」とある歴史書は記録している。


「聖女様、万歳!」


 熱狂的な空気の中、銀色に輝く鎧と純白のマントを身につけたシルヴィアは、王女らしく済ました顔で神子ララ・ルーの前に跪いている。そんな彼女の頭にララ・ルーはオリーブの冠を乗せた。


 聖女シルヴィア・サンタ・シチリアナが誕生した瞬間である。


 シルヴィアが立ち上がると、兵士たちの歓声がさらに大きくなる。マントを翻して兵士たちに向き直ったシルヴィアが手を上げると、その歓声が一瞬で静かになった。


「勇敢なる十字軍兵士諸君!今、この神聖なるアナトテ山が蛮夷の魔王によって脅かされている。神々に祝福された神殿と神子の御身が魔王の手に落ちることなど、あってはならない!


 戦おう、兵士諸君!私が、この私が諸君に勝利を約束する。教会と神子のために戦う我らに神々の祝福を!神聖なるこの地を汚さんとする魔王に正義の鉄槌を!たとえ戦いの中で我が身が果てようとも、神界へと召された我が魂は諸君らを導くだろう!!」


 その瞬間沸き起こった歓声はアナトテ山さえも震えさせているかのようであった、とある歴史書は記録している。


 その後シルヴィアは白馬にまたがってアナトテ山をおり、御前街の大通りを行進した。広場に入りきらなかった群集に誕生した聖女をお披露目するためだ。


 管楽器が鳴り響き、花吹雪が大通りに舞う。誰も彼もが聖女の誕生を祝福していた。誰も彼もが、聖女が魔王を打ち倒してくれると信じていた。無邪気に、いや妄信的に、そう信じていたのである。



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