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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第九話 硝子の島
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第九話 硝子の島⑦

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読んでくださる全ての方に感謝を。

どうぞ最後までお付き合いください。

 カティ・サーク号から降りてカルフィスクの港に降り立ったジルドは、一瞬寒さで身を震わせた。季節は冬。いくら大陸の南に位置する貿易港とはいえ、シラクサに比べればやはり寒い。


 外気は寒いが、ジルドの懐は暖かい。船を下りる前に片道分の報酬を貰ったのだが、海賊船を撃退したこともあって、随分とボーナスをつけてくれた。


「さて、情報収集をせねばならんな」


 そう呟き、ジルドは酒場に足を向けた。


 情報収集はイストから頼まれたことである。けれどもここカルフィスクにおいて、大陸中の詳しい情報を知りうる伝手などジルドにはない。それは頼んだイストも承知していることで、つまりは噂話などおおまかな情勢の変化を知りたいということでしかない。


 であるならば、やはり多くの人が集まる酒場が最適であろう。そして酒場に行くのであれば酒を飲まねばなるまい。船に乗っている間は酔って海に落ちるといけないので飲ませてもらえず餓えているとか、そんなことは決してない。


 いいわけじみたことを考えながらも、ジルドの足は軽い。シラクサに行く前に三人で入った酒場を見つけるとそこに入った。


 店内は以前に来たときと同じく喧騒に溢れていた。騒がしくも不快ではなく、ジルドもこういう雰囲気は嫌いではない。


 一人なので、カウンター席に座った。麦酒(ビール)とつまみを注文し、それが出来るまでの間、なんとなしに店内の喧騒に耳を傾ける。そうしていると、一人で旅をしていた頃を思い出した。


(ひどく昔のことのように思えるな。それほど時間はたっていないはずなのだが………)


 それほどイストたちと三人で旅をしていた時間は刺激に満ちていた。その最たるものはあのシーヴァ・オズワルドとの仕合であろう。彼の剣腕は以前から聞き及んでいたし、彼がアルテンシア同盟に反旗を翻してからはその頻度は多くなった。


「一度仕合ってみたいものだ」


 そう思ってはいたが、半ば諦めてもいた。自分の剣腕がシーヴァに劣るとは思わない。しかし相手はアルテンシア王国の建国者にして初代国王にまでなった人物である。一介の剣士でしかない自分に、彼と真正面から相まみえる機会など来ないと思っていた。


 それが、来た。


『そうだな、このおっさんと戦ってみてもらおうか』


 イストのその言葉に、全身の血液が一瞬で沸騰したかのような錯覚を感じたことを、今でもはっきりと覚えている。困惑したような声を出してしまったのは、事前に聞いていなかったからよりも自分の体の反応に驚いたからだ。


『仕合ってみたいんだろう?かのシーヴァ・オズワルドと』


 その言葉に、大仰な言い方だが宿命を感じた。そしてシーヴァと戦うことが宿命ならば、イストとの出会いは運命だったのだろう。


 実際イストと出会わなければ、本気のシーヴァと戦うことは出来なかったとジルドは思っている。


 魔道具「災いの一枝(レヴァンテイン)


 あの漆黒の大剣を構えるシーヴァの姿を思い出すだけで、今でも胃が締め付けられるような恐怖を感じ鳥肌が立つ。イストからもらった「光崩しの魔剣」がなければ、あの黒き風を防ぐことは出来なかっただろう。


 結局あの時の仕合は双方が得物を失い引き分けで終わった。それはそれで一応の満足は得られたのだが、次こそは勝って見せるとジルドは心の奥底で意気込んでいた。


 無意識のうちに太刀の柄に触れる。あの仕合で失った「光崩しの魔剣」の代わりに、イストが作り上げた新たな愛刀「万象の太刀」。これがあれば以前を越える戦いが出来るだろう。それをイストとジルドは確信していた。


 もっとも、それはオーヴァとシーヴァも同じだろう。イストの師であるオーヴァ・ベルセリウスは必ずや「災いの一枝(レヴァンテイン)」を超える新たな魔剣を用意するだろうし、シーヴァはそれを使いこなしてみせるだろう。


(イストと旅をしていれば、もう一度必ずシーヴァと戦うことができる)


 誰にも言ったことはない。イストはもしかしたら気づいているかもしれないが、ジルドが明言したことはない。しかしそれこそがイストと旅を続ける最大の理由だった。


 シーヴァともう一度相まみえる。それを想像すると血が沸き、魂が震える。


「はい、おまちどう」


 酒場の店主がジルドの前に麦酒(ビール)とつまみを置く。そこでジルドは自分の思考を打ち切った。


「随分とおっかない顔してたが、どうしたね」

「そうか?」

「ああ、おっかない顔して笑ってたぞ」


 店主にそう指摘され、ジルドは顎を撫でた。それから「すこし考え事をしていただけだ」と言って誤魔化した。


「それよりも、シラクサから来たばかりなのだが、こちらでは何かあったか?」

「そうだねぇ………。そういやアルテンシア半島のほうで………」


 店主の話を聞きながら、ジルドは麦酒(ビール)を飲む。久しぶりの酒が喉にしみた。


**********


 時間は随分と遡る。


 シーヴァ・オズワルドがゼーデンブルグ要塞からアルテンシア統一王国の首都に定めたガルネシアに向けて出立したとき、彼はまたある人物に教会の枢密院へ当てた書状を持たせて要塞から出立させていた。


 ある人物とは、第一次十字軍遠征に従軍していたグラシアス・ボルカ枢機卿である。彼はシーヴァがゼーデンブルグ要塞を奪還したときに捕虜になっていたのだが、枢密院へ書状を届けることを条件に解放されたのである。ただし一人で行かせるわけではもちろんない。護衛と監視をかねて、十人ほどの騎士をつけた。


 ただ、こうして生きて教会の総本山であるアナトテ山に帰ることが、グラシアスにとって幸せなことだったのかは疑問である。敗戦して逃げ帰ってきた十字軍の生き残りの中に彼の姿がなかったとき、枢密院は彼を死んだものとし遠征失敗のあらゆる責任を負わせて除籍処分にしていたのである。


 実際、十字軍に従軍した時点でグラシアスは枢密院を代表しており、遠征を主導する立場に立っていたことは間違いない。しかし七人いる枢機卿のうち、遠征に反対したテオヌジオ・ベツァイとカリュージス・ヴァーカリー以外の五人は遠征に賛成の票を投じており、それに付随するはずの責任をすべてグラシアスに擦り付けるのはいかにも切り捨ての感が強い。


 経緯はどうあれグラシアスはアナトテ山に帰ってきたわけだが、帰って来た後の彼について述べている文献は少ない。いずれにせよ彼がこの先、歴史の表舞台に立つことがなかったことだけは確かである。


 それはともかくとして。


 グラシアスが枢密院に届けたシーヴァ・オズワルドからの書状の内容を要約すると、

「十字軍の無法によりアルテンシア半島は多大な被害を被った。これに対し、アルテンシア統一王国は枢密院の謝罪と賠償金十億シク(金貨十億枚)を要求する」

 となる。


 賠償金の額はともかくとしても、「枢密院の謝罪」の部分にシーヴァの手加減を感じることができる。


 十字軍には“神子の祝福”が与えられていた。それがどれだけ形式的なものであったとしても、与えた祝福について神子が無責任でいられるわけがない。よって、本来ならば謝罪の要求は神子マリア・クラインにされるべきであった。


 しかし、仮に神子が謝罪要求を受け入れて統一王国に頭を下げ教会の非を認めたらどうなるか。それは教会という組織そのものが統一王国に膝を屈することを意味している。そうなれば教会の権威は地に落ち、世界に対する影響力は激減するだろう。さらには教会組織そのものが崩壊する可能性だって十分にある。


 教会の立場からすれば、どう考えても受け入れるわけにはいかない。そのことはシーヴァも承知していた。


 そこでシーヴァが用意した落としどころが「枢密院の謝罪」なのである。


 本来、神子の補弼機関であったはずの枢密院が現在事実上の最高意思決定機関になっていることは周知の事実である。さらに十字軍遠征も枢密院の決定にもとづき旗振りが行われた。


 よって、十字軍遠征に責任があるのは神子ではなく枢密院である、と言えなくもない。この際、十字軍には“神子の祝福”が与えられていたとか、神子は枢密院の上にいるのだから枢密院にしでかしたことは神子の責任である、といった論は口にしないのが作法である。


 実際、枢密院が全ての責任を被り謝罪を行えば、少なくとも神子の権威、すなわち教会の権威は守ることが出来る。代わりに七人の枢機卿の首は全てすげ替えることになるのだろうが、教会組織そのものがなくなることに比べれば随分と小さな傷で済む。


 少なくともシーヴァ・オズワルドはそう考えた。しかしその考え方は、残念ながら枢密院では少数意見だった。


「このような恐喝に屈すれば教会の権威は地に落ちる!そのようなことはあってはならない!」


 枢密院の会議の席で拳を振り上げそう熱弁を振るうのは、グラシアス・ボルカの代わりに新たな枢機卿として選ばれたルシアス・カントであった。大きく身振りをして熱気を煽るようなその話し方からは、“扇動家”という言葉が連想される。


(地に落ちるのは教会ではなく枢密院の権威だが………)


 ルシアスの言葉の置き換え、もしくは問題の置き換えを心の中で指摘したのはカリュージス・ヴァーカリーである。


 カリュージス個人としては、統一王国の要求を呑むこともやぶさかではない。無論、そうなれば教会と神聖四国の財政はさらに悪化し、彼自身も枢機卿としての地位を失うことになるだろうが、十字軍の歴史的な敗北に対する代償と考えればむしろ安いともいえるだろう。なによりも教会と神子の権威は守られる。それさえあれば教会の建て直しは十分に可能だ。


 ならば、わざわざシーヴァが用意してくれた落としどころだ、それに乗っかるのもそう悪い話ではない。と、カリュージスは思っている。


「神界の門を守護せし我らは俗世の暴力に屈してはならない!敬虔な信者たる方々もそう思われるであろう!?」


 敬虔な信者、という言葉にカリュージスの眉が不快げに動いた。テオヌジオを別にすれば枢密院に敬虔な信者などいない、というのがカリュージスの見解だ。彼自身、自分は宗教家というよりも政治家であると考えている。


「しかしルシアス卿、仮に要求をはねつけるとして、その後どうするのかね?」


 枢機卿の一人がそう発言する。その流れにカリュージスは作為的な、予定調和ともいえそうなものを感じた。


 ニヤリ、ルシアスが口の端を吊り上げる。


「今一度十字軍を結成し、アルテンシアの異教徒どもに正義の鉄槌を下すのです!」


 その言葉に、カリュージスは深々とため息をついた。


 ルシアス・カントはグラシアス・ボルカの後任として枢機卿になった人物である。そしてグラシアスが、どのような経緯があったにせよ、十字軍遠征失敗の責任をとって枢密院を去ったのであれば、その後任となるべきは本来ならば非戦派の人物でなければならない。


 しかし、ルシアス・カントは主戦派であった。


 枢機卿の選定には、つねに神聖四国の政治的な思惑がついてまわる。だから主戦派のルシアスが枢機卿になったという事実は、教会や神聖四国の内部にもう一度十字軍遠征をやりたい、あるいはやって欲しいと思っている勢力があり、しかもその勢力はかなりの力をもっていることを示唆している。


 つまり、今回の十字軍遠征で得をした人間もいるということだ。


 第一次十字軍遠征は全体で見れば大赤字である。しかしそれでも莫大な金が動いたことに変わりはなく、一部の商会や彼らと結託した貴族などは莫大な利益を懐にねじ込んだと聞く。そういった連中からしてみれば、十字軍遠征は是非もう一度やってもらいたいイベントであるに違いない。


 そしてそうした勢力の後押しを受けて枢機卿になったのがルシアス・カントなのだ。カリュージスやテオヌジオなども、何とかして非戦派の人物を枢機卿にしようと奔走したのだが、全て徒労に終わってしまった。


 だいいち、再び十字軍を結成したとして勝てるのか。敵はシーヴァ・オズワルド率いるアルテンシア軍。しかも今回はゼーデンブルグという大要塞に籠って十字軍を待ち受けることだろう。そんな相手に勝てるのだろうか。


 不可能ではないのだろうが、相当に難しい。少なくとも十字軍を巨大な寄せ集めではなく、強固な組織として編成しなければ不可能である。それがカリュージスの出した結論だった。


 しかし、十字軍というのは兵を出す国によって思惑が異なる。積極的に参加したいと思っている国もあれば、嫌々ながら兵を出している国もあるだろう。いや、場合によっては国の内部でさえ意見が分かれて思惑が違っているのだ。そんな十字軍を強力な軍隊として編成することは、いかなる名将でも不可能であろう。


「………今は神聖四国をはじめ各国が疲弊している。今この時期に十字軍を再び結成するのは時期尚早と思うが」


 勝つことはほとんど不可能に近いと結論しながらも、カリュージスは再び十字軍遠征を行うこと自体には反対しなかった。反対しても勝てないと分っているからである。代わりに統一王国の要求と十字軍遠征を切り離し、すこし冷却期間を置こうと考えたのである。幸いなことに次の議長役はテオヌジオだ。主戦派が多数を占める枢密院において、彼が十字軍遠征を議題にあげるとは思えないので、ここで結論を出さずに置けばしばらく時間が稼げる。その間に結論がうやむやになってしまえばなおいい。


「なにを悠長なことを言っているのです、カリュージス卿!今こうしている間にも異教徒どもの魔の手が、神子のお膝元たるここ聖地アナトテ山に伸びてくるかもしれないというのに!」


 それはないだろう、とカリュージスは思った。今シーヴァ・オズワルドが優先すべきはアルテンシア半島の復興であり、それを差し置いてまで軍を引き連れて大陸中央部に進出してくることなどありえない。もしその気があったのであれば、十字軍を半島からたたき出したとき、その後を追ってきているはずである。


「それに再び十字軍を集結させることをしないというのであれば、あの不当な要求に対して、カリュージス卿はどのように返答すべきと考えておられるのですか?」

「不当と思うのであれば無視すればよい」


 馬鹿な、という声が複数あがった。言葉による要求を無視すれば、次に待っているのは軍事行動による強制であるというのはこの時代の常識である。


 しかしカリュージスは言う。

「シーヴァ・オズワルドがこの要求を本気で飲ませたいと思っているのであれば、少なくとも神聖四国の国境まで軍を進めてきているはずである。確かに要求を無視すればシーヴァは軍を動かすかもしれないが、十字軍を集結させるのはその前兆を確認してからでも遅くはないはずだ。逆にこちらから動けば統一王国を刺激することにもなりかねず、軽率な行動は控えるべきである」


 しかしルシアスはカリュージスの言を鼻で笑った。


「今この時に枢密院が沈黙すれば、やはり教会の威光は地に落ちるでしょう。信者の弱った信仰を強めるためには、『不当な要求には断固として屈しない』という強力なメッセージを一致してうちだす必要があるのです!」


 ルシアスの言葉を翻訳するならば、

「信者を教会につなぎ止めておくために十字軍遠征をもう一度行う必要がある」

 ということになる。


 第一次十字軍遠征が失敗したあと、教会から距離を取り始めた信者がいるのは事実である。露骨なことを言えば寄付金の額が減り始めている。


 自前の国土と国民を持たない教会にとって、信者からの寄付金は文字通り生命線である。それが減り始めたことに危機感を抱くというのはカリュージスも分るが、それを十字軍遠征のための理由にするというのは、いくらなんでも飛躍が過ぎるように思える。


「信者の信仰を強めることが目的ならば、なにも十字軍遠征でなくともよいのではありませんか」


 ルシアスに煽られ興奮していた枢機卿たちを宥めるように穏やかに言葉をつむいだのはテオヌジオだった。彼の一声で枢密院の空気が幾分沈静化する。


(流石だな………)


 カリュージスはそう思った。テオヌジオは枢密院では唯一と言っていい敬虔な信徒である。しかし敬虔なだけの信徒が、術策権謀あふれる枢密院に席を連ねることなど出来るはずもない。


 卓越した政治的手腕をも兼ね備えた敬虔な信徒。それがテオヌジオ・ベツァイという男なのである。その手腕はカリュージスをはじめとする他の枢機卿たちも一目置いている。教会の正義を真っ直ぐに主張する彼の存在を少々煩わしく思う者もいるだろう。しかし彼の場合、その私心のなさこそが最大の武器なのだ。


「テオヌジオ卿におかれては、なにか別の方策がおありか?」

「ございます」


 テオヌジオがそう答えると、ルシアスは「ほう」と驚いて見せた。ただし、その様子はすこし芝居じみている。


「ぜひ、お聞かせ願いたい」

「御霊送りの儀式を執り行うのです」


 テオヌジオの言葉に対する枢密院の反応は二つに分かれた。ある者は失笑したが、ある者は感心したように思案を重ねている。


「皆様もご存知の通り、御霊送りは現世に残された最後の奇跡にして教会の教えの基盤にございます」


 もし今、御霊送りの儀式を行うことが出来れば、それは教会が神々の恩寵を失っていないことの何よりの証拠となる。それは信者たちの信仰を大いに強めるであろう。テオヌジオはそう主張した。


「しかし、御霊送りの儀式は『世界樹の種』が赤き光を放ってから、というのが古よりの慣例です」


 テオヌジオの案に反対意見を述べたのはカリュージスだった。十字軍遠征の議題に対して、これまでは協力して反対していた二人の思わぬ対立に枢密院には「おや?」というような空気が流れる。


「しかし、今はまさに教会の危機。この危機を脱するためならば、神々もお許しになるのでは?」

「危機なればこそ、古よりの伝統をないがしろにすべきではありませぬ」


 カリュージスの言葉にルシアスを始めとする他の枢機卿たちも同意する。カリュージスが反対にまわった時点でテオヌジオは孤立無援になっている。形勢が不利なのを見ると、すぐに彼は主張を取り下げた。


 ただ同じく反対したにしても、カリュージスと他の枢機卿たちとでは思惑が異なる。


 御霊送りの儀式を行うことを今この場で決めてしまえば、それを主導するのは間違いなく発案者のテオヌジオになる。そうなるとそこで生まれるはずの莫大な額の金は、全てテオヌジオの管理下におかれ他の枢機卿たちは手が出しにくくなってしまう。それでは面白くない。


 余談になるが、これまで御霊送りの儀式は形式上とはいえ、神子の主導で行われるのが慣例であった。それは主導権争いをする枢機卿たちが互いに牽制しあうことで何も決められないという事態が起こったからだ。今回のテオヌジオに対する反対も、同じような事情がある。


 一方でカリュージスの思惑である。彼にしてみれば枢密院さえも知らない、御霊送りの裏に隠されたあの救いようのない真実が明るみに出ることはなんとしても避けなければならない。


 少し時期を早めて儀式を行っただけで、あの真実が暴かれるなどということはないだろう。それに、あの真実を知っているはずの神子が、今この時期に儀式を行うことを認めるわけもない。加えて枢機卿たちの駆け引きもある。そう考えれば、カリュージスが矢面に立って反対する必要はなかったのかもしれない。


(しかし、万難は排さねばならん………!)


 間違っても、あの救いようのない真実を知られるわけにはいかない。知られれば今の教会組織は間違いなく瓦解するのだから。


 しかし、やはりカリュージスは矢面に立つべきではなかったのかもしれない。彼がまっさきにテオヌジオに反対したことで、なし崩し的に「もう一度十字軍遠征を行う」という案だけが残ってしまった。


 カリュージスが主張したように無視するという選択肢もあるはずなのだが、枢密院の空気がそうなってしまったのである。そしてカリュージスとテオヌジオを除く五人の枢機卿たちは、積極的にその空気に乗ろうとしている。


 こうなってはいかにテオヌジオが反対しカリュージスが結論を先延ばししようとしても無駄である。


 こうして枢密院は神聖四国やその周辺国に呼びかけ、再度十字軍を結成してアルテンシア統一王国を討伐することを決定したのである。



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― 新着の感想 ―
せめて、負けたら責任とって 謝罪したのちに物理的にクビになるぐらいの言質とらないとこの手のやからは何度でもやらかすよなぁ... 現実の古今東西の宗教がそれを証明してるし
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