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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
幕間Ⅲ
134/187

幕間 南の島に着くまでに 後編

 イスト一行はポルトールの海岸部を西から東へ横断し、ついにオルレアンに入った。イストにとってはおよそ二年ぶりのオルレアンである。


「ところでイスト、太刀を依頼したのはどんな工房なのだ?」


 ふとジルドがそんなことを聞いた。オルレアンのナプレスにある工房だと以前に話しておいたが、それ以外のことは教えていなかった。


「工房の名前は『ヴィンテージ』。オレの友達で、『レスカ』っていう腕のいい鍛造の職人がやってる」

「ほう………」

「へぇ………」


 ジルドとニーナが驚いたような声を漏らす。ジルドはイストが「腕のいい職人」と称したレスカに興味を持ったようだ。彼はイストの素体に要求するレベルが高いことや、以前に使っていた「光崩しの魔剣」が刀剣としても優れていたことを知っている。期待が高まっている様子だ。


 ただ、ニーナが食いついたのは別の部分だった。


「友達、いたんですね………、師匠」

「よし。次の試験は不合格だ」

「ええ!?なんですかその横暴!」

「うるせ。師匠の人格ナチュラルに否定しやがって」


 しみじみと驚いていたニーナはイストの言葉によって、焦り、落ち込み、と忙しく表情を変化させる。がっくりとうなだれる弟子を、師匠であるイストは禁煙用魔道具「無煙」を吹かしながら(恐らく意図的に)無視した。


 ちなみに、ニーナの次の試験は本当に不合格にされた。


**********


 カツーン、カツーン、と金属を打って鍛える音が、刈り入れが終わり少し寂しくなった麦畑の中に響く。オルレアンのナプレス。この地域は農業が盛んで、収穫期には豊かな大地の実りを求めて多くの商人がこの都市を訪れる。ただ収穫期を過ぎたこの時期に活気は見られず、どこか老成したような雰囲気を人々に感じさせる。


 ナプレスの市街地と農地の境目くらいのところに、一見の工房がある。工房の名前は「ヴィンテージ」。元々はブドウの収穫年号やいわゆる「当たり年」を表す言葉なのだが、その派生として一級品や名品を表す言葉としても用いられている。


「いい物しか作らない」

 という、工房主であるレスカ・リーサルのこだわりと誇りが表された名前だ。鋳造の技術が発達したこの時代にあって、鍛造での仕事にこだわる彼に相応しい名前と言えるだろう。


 さして大きくもない石造りの工房からは、カツーン、カツーン、という金属音が絶え間なく響き、煙突からは白い煙が吐き出されている。


「仕事中、か」

「そうみたいだな」


 そう判断すると、イストたち三人は工房には入らず、工房のすぐ近くに建っている民家のほうに足を向けた。


 入り口の扉をノックすると、すぐに若い女性の声で返事があり扉が開けられた。


「まあ!イストさんでしたか。お久しぶりです」


 この扉を開けたエプロン姿の女性が、レスカの妻であるルーシェ・リーサルである。思わぬ懐かしい来客に、彼女の表情がパッと華やぐ。


「ん。お久し、ルーシェさん」

「今回はお連れさんもいらっしゃるんですね」


 イストの後ろにいるジルドとニーナに気がついたルーシェが二笑いかけと、二人は簡単に自己紹介をした。


「さ、立ち話もなんですから中へ」


 そういってルーシェは三人を家の中に招き入れた。客人に椅子を勧めると、彼女は「すぐにお茶を出しますね」と言って用意を始めた。


(雰囲気が変わったな………)


 お茶の用意をするルーシェの後姿を見ながら、イストはそんなことを感じた。その最大の理由は、お茶の用意をしながらも彼女が片手に抱いて離さない一人の赤子であろう。


 二年前に会った彼女は、新婚だったせいもあるのだろうがどこかまだ女の子で、母性というものに欠けていた。しかし、こうして赤ん坊を抱く姿は当たり前の話だが母親そのものだ。


「どうかしましたか?」


 イストの視線に気づいたのか、ルーシェがイストのほうに振り返る。


「駄目ですよ、師匠。人の奥さんに手を出したら」

「………お前とは一度真剣かつ一方的に話し合う必要があるみたいだな?」

「一方的ってなんですか!?」


 イストは圧力を感じる笑顔で弟子をやり込めてから、視線を苦笑しているルーシェのほうに戻した。


「いや、泣かない子供だと思ってね」

「ああ、この子ですか」


 子供のことが話題になったのが嬉しいのかルーシェは柔らかく微笑んだ。お盆の上にお茶の用意を整えて片手で持ち、イストたちが囲んでいるテーブルの上に置く。


「あ、わたしがやります」

「そう?ありがとうね」


 ニーナがティーポットに手を伸ばすと、ルーシェは礼を言ってから椅子に座り赤ん坊を両手で抱きなおした。


 赤ん坊の名前は「ジロム」。今年で一歳になるという。


「この音を聞いても、全然泣かないんですよ」


 工房が近くにあるため、レスカが金属を鍛える音が家の中にも響いている。普通の赤ん坊であれば、泣き出しているかもしれない。


「やっぱり鍛冶師の息子で、孫なんですね」


 ついでに言えばひ孫でもある。少なくとも三代目のレスカまでは鉄を鍛えて飯を食っており、ジロムが鍛冶師になれば四代目だ。こうして考えてみると、リサール家は由緒正しき鍛冶師の家系である。


「イストさんもそろそろ身を固められてはいかがですか?」


 ルーシェがそんなことを言い出す。冗談かとも思ったが、その目はわりと本気だ。


「旅から旅への根無し草に付き合ってくれそうな相手は、なかなかいないよ」


 イストはそういって肩をすくめた。ちなみにニーナは「師匠と結婚するなんて相手の女性がかわいそうです」と思っていたが、賢明にも口には出さなかった。きちんと学習しているのである。


「そういえばお二人はイストさんとはどういう関係なんですか?」


 ルーシェが興味の色を浮かべてジルドとニーナを見た。


「わたしは師匠の弟子です」

「まあ!お弟子さんでしたか」


 てっきり恋人かと思いました、ルーシェが微笑む。ニーナはお茶を噴き出しそうになったが、何とか堪える。


「ち、違いますよ!」


 なんとか紅茶を飲み下したニーナが両手と首を激しく振って否定する。


「フラれちゃいましたよ?」


 ルーシェがイストに悪戯っぽい視線を向けるが、彼は肩をすくめただけでそれ以上は反応を示さなかった。それを見てルーシェは残念そうな表情を浮かべる。まったく、昔は他人の色恋沙汰にまで顔を赤くしていたというのに。


「それで、ジルドさんは?」

「うむ。ワシはイストの客、ということになるのかな」

「ああ、おっさんには魔剣を一本作ってやるって約束したんだ」

「ではレスカさんに依頼したのは………」

「そ、そのための素体」


 イストの言葉にルーシェは納得したように頷いた。それからしばらく他愛もない話をしていると、玄関が開き工房主であるレスカが家の中に入ってきた。


「ん?来ていたのか」

「ついさっき、な」


 家の中に風来坊な友人の顔を見つけてもレスカはあまり驚かなかった。手紙で刀を一本依頼されたときから、いずれ近いうちに来るものと思っていたのだろう。


「あ、そうそう。土産だ」


 そういってイストは道具袋から赤ワインを三本取り出した。ポルトールの港町であるサンサニアで買ったものである。イストは「魔道具じゃなくて悪いな」と頭をかいていたが、レスカは「来るたびに魔道具を持ってくるほうが異常だ」と呆れていた。ここで「そうか?」と首を捻るあたり、やはりイストの感覚は一般常識とかけ離れている。


「しかしサンサニアか。あの辺りには塩以外にめぼしい特産品はなかったはずだが………」

「なんでも新しい領主が特産品にすべく頑張ってるんだと」


 オレも飲んでみたけど美味かったぞ、とイストは言った。彼はサンサニアの宿でジルドと一本空けている。


 レスカが椅子に座ると、初めて会うニーナとジルドが再び簡単な自己紹介をする。


「すると、依頼の刀はジルドさんが使うんだな?」

「そうなる」


 イストがそう答えると、レスカは腕を組み少し考え込んだ。


「………依頼の品はもう出来ている。表で少し振るってみてもらえるか?」

「かまわないが………」


 ジルドが怪訝な様子で答えると、レスカはすぐに奥の部屋から布に巻かれた刀を一本持って来た。ジルドはそれを受け取ると、家の外に出て刀を鞘から抜いた。


「相変わらず見事だな」


 軽くそって優美な曲線を描く刀身は、鏡のように磨かれ太陽の光を反射して輝いている。刀身に浮かぶ刃紋は以前と同じく乱れ乱刃。刃は豪快ながらも、美しい透明感を持っている。間違いなく第一級の大業物だ。


「腕を上げたんじゃないのか?」

「当然だ。かといって満足したわけではないが」


 次はもっと良い物を。そういう向上心をレスカは忘れない。技術に対して貪欲である、と言ってもいい。そして彼のそういう姿勢こそが、イストが彼を鍛冶師として信頼する最大の理由だ。


 一同が見守る前で、ジルドが刀を振るい始める。その動きは流れるようで、見るものに舞を連想させた。旅の中で見慣れているはずのニーナも、思わず目を奪われる。


 おもむろにレスカが薪を放った。ジルドは動きを止めることなくその薪を捕捉し、手に持った刀を神速で一閃させた。二瞬ほど遅れて、二つになった薪が地面に落ちる。


「音が、しなかった………」


 それはつまり、ジルドの技量が極めて優れている証拠だ。


「ありがとう。もういい」


 そういってレスカが刀を振るい続けるジルドを止めた。


「あんたはもう少し長いほうが得手だな」

「そうなのか?」


 レスカの言葉に、イストが不思議そうにジルドの方を見た。刀を振るっているところを見る限り、この長さが不得手ということはなさそうに思えるのだが。 


「うむ、欲を言えば、な。だが、これでも不便は感じないが………」


 ジルドはそういったが、レスカは満足しなかった。

「駄目だ。使い手が目の前にいるのに最高のものを渡さないなんて、俺のプライドが許さない」


 そういってレスカはほとんど睨みつけるかのような強い視線をジルドに向けた。


「せっかくだし、作ってもらえば?」


 逡巡するジルドにイストは軽い調子で声をかけた。ジルドは悪いと思っているかもしれないが、分野は違えど同じ職人であるイストからしてみれば、これはレスカの側のわがままだ。それに刀の代金はきちんと(イストが)支払うのだからジルドが気にすることなど何もない。


「だがそうなると、この刀は無駄になってしまうのではないか?」


 ジルドが鞘に収めた刀を掲げて見せる。せっかく作り上げた、それも超一級品の名刀を無駄にしてしまうのは忍びない。


「心配ない。実は街の魔道具工房から刀を一本依頼されている。そちらにまわす」


 レスカは事もなさげにそういった。


「………では、お願いするとしよう」


 しばしの逡巡の後、ジルドはそう決断した。レスカは一つ頷くと、今度はイストの方を向いた。


「この機会だ。お前のほうでも何か要望があれば聞くぞ」

「そうだな………。魔剣にするわけだし、魔力伝道率がなるべく高いほうがいいな」

「そうなると素材を代えることになるな………。それで長さを伸ばすとなると、折れやすくなるかもしれん」

「切れ味のほうは術式で何とかなるから、まずは折れないことを第一に作ったらどうだ?」

「そうだな………」


 レスカは少しの間腕を組んで考え込んでいたが、すぐに「あとで考えるか」と思考を切り替え、ジルドのほうに向き直った。


「じゃあ、ジルドさん、何本かサンプルを持ってくるから、振ってみて一番シックリくるものを選んでくれ」


 レスカに手伝わされるイストも含めて、男三人が忙しく動き始める。その様子を見ていたルーシェは優しげな微笑を浮かべた。


「さて!今のうちにご飯を作っちゃいましょう。メニューは何にしようかしら………。お土産の赤ワインに合うものがいいわよね………」

「あ、お手伝いします」


 そういって女性二人(抱かれたジロムもいるが)は家の中に入っていく。しばらくして、家の煙突からは白い煙が立ち上り始めた。


 結局男三人は日が暮れるまで外にいた。ただその甲斐あってか、作るべき刀の構想は固まったようだ。家の中のテーブルには幾つもご馳走が並べられており、腹をすかせた男たちの食欲を刺激した。


「悪いが三・四日時間を貰うことになる」


 食事の途中、土産のワインを飲みながらレスカがそういった。街の魔道具工房に刀を卸したり、新しい刀の素材を集めたりするのに少々時間がかかるという。


「かまわないよ。その間にオレも刻印する術式の最終調整を済ませるから」


 どうやらしばらくこの街に滞在することになりそうだ。頑張って作った料理を食べながら、ニーナはそう思った。


**********


 五日後、ついにジルドの刀が完成した。以前のものよりも少々長く、その分豪壮なイメージを見る者に与える。体格のいいジルドに良く似合っていた。


 値段は三五シク(金貨三五枚)。平均的な家庭の月収が三~五シクということを考えると、もはや年収である。


 この値段を聞いたときニーナなどはお茶を噴き出しそうになっていたが、イストは「至極妥当な値段」だという。


「魔道具用の素材はそれだけでも値が張るからな。加えてこの業物だ。金で買えるなら安いものだよ」


 即金で金貨三五枚積み上げながら、イストはそういった。

 さらにイストはその日のうちにこの刀の下準備を済ませ、次の日には刻印を施した。


「大きい………」


 イストが展開した刻印用の魔法陣を見て、ニーナは圧倒されたように声を漏らした。普通、刻印用の魔法陣は小さけば小さいほど刻印しやすくなるといわれている。だから魔法陣が大きいということは、それだけ刻印しにくく、また術式が複雑であるということになる。それはつまり、魔道具としてはかなり高性能であることを予感させた。


 刻印に費やす時間は、客観的に見ればほんの数十秒である。しかしいつもイストは何十年にも感じる。しかも今回の仕事はここ数年では一番大きな仕事である。


 刻印を終えると、イストの全身から汗が噴き出す。イストは立っているのもおぼつかないような様子で、椅子に座り込むとしばらくは荒く息をするばかりであった。だがその顔は満足と充足で溢れている。彼のその表情が、仕事が成功したことを何よりも雄弁に語っていた。


 イストは完成した魔剣に、

「万象の太刀」

 と名付けた。


 この太刀の刀身には「光崩しの魔剣」にならって古代文字(エンシェントスペル)で言葉が刻まれた。無論、術式としての効果がないことを確かめてからである。


 刻まれたのは、

 ――――森羅に通ず

 という言葉である。


 この魔剣を持つのは、もちろんアバサ・ロットが認めた使い手、ジルド・レイドである。


 イストが作り上げジルドが振るう魔剣「万象の太刀」がどのような力を持っているか、それはまた別の機会に語ることにしよう。


というわけで、「幕間 南の島に着くまでに」いかがだったでしょうか。

懐かしいキャラも出せて、新月的にはなかなか楽しく書くことが出来ました。


次は「第九話 硝子の島」。

物語が完結に向けて動き出します。お楽しみに。

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