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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第八話 王者の器
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第八話 王者の器 エピローグ

 ルードレン砦の攻防戦において、ウォーゲン・グリフォード大将軍率いるカンタルク軍は奮戦した、と言っていい。砦に居残った五千の兵のうち生き残って捕虜となったのはおよそ三千であり、残りは全て戦死した。驚異的な事実として、その砦から逃げ出した兵士は一人もいなかったのである。


 生き残った三千のうち、そのほとんど全てが負傷者であった。無傷のものは百数十名ほどしかおらず、カンタルク軍の奮戦が窺える。オルレアン遠征全体として惨敗を喫したカンタルク軍であったが、最後に汚名を雪いだといえるだろう。


 さて、話は戦いの後の戦後処理に移る。


 アルジャークによるオルレアン遠征には詐術の臭いがする、と以前書いた。その理由については、ルードレン砦の戦いのあとの各国、つまりアルジャークとオルレアンそしてカンタルクの動きについて大まかにでも見てもらえれば分ってもらえると思う。


 ルードレン砦の戦いのあと、アルジャークはすぐさまカンタルクと講和条約を結ぶ方向で動いた。賠償金の額やルードレン砦で捕虜にしたカンタルク兵たちの身柄の引き渡し条件など、大雑把ではあるが内容をまとめて素案を作成し、アールヴェルツェがサインをした。クロノワの名前を使わなかったのは、これはあくまでも条約の叩き台という位置づけであったからだろう。


 余談になるが、ここでアルジャークが講和条約を主導するのは、少し不思議である。カンタルクが直接宣戦布告をしたのはオルレアンであり、アルジャークはその同盟国、いわば“代理人”として戦ったにすぎない。もっともオルレアンはアルジャークに“降伏”しており、オルレアンの権利はアルジャークの権利、と言えなくもない。実際問題としてオルレアンは一戦もしていないわけだし。


 話を元に戻す。作成された素案をカンタルク王都フレイスブルグにいるゲゼル・シャフトのもとに持っていく使者として選ばれたのは、ウォーゲンの副官であるウィクリフ・フォン・ハバナであった。そのほかに十名ほど、共の者が選ばれた。


 本来ならば、この使者にはアルジャークの人間が選ばれるべきであったろう。にもかかわらずカンタルクの人間を選んだのは、もしかしたらゲゼル・シャフトに危機感を持たせるためだったのかもしれない。返事が遅れればすぐにでもカンタルク領内に侵攻する、という無言の脅しを掛けたと考えられる。


 一方でアルジャークの方から条件を提示したということは譲歩でもある。カンタルクにしてみれば講和のための条件を、優位なはずのアルジャークから提示してもらったことになる。素案をそのまま飲むかは別として、交渉はかなり楽になると見ていい。


 さて、ウィクリフらを送り出した後、クロノワは捕虜にしたカンタルク兵を連れてルードレン砦から軍を引き上げ、キュイブール川を渡った先にあるオルゴット砦に入った。こちらは堅牢な要塞であり、オルレアン東国境の第二防衛線の要である。アルジャーク軍と入れ替わるようにしてオルレアン軍およそ十万が到着し、国境線近くに展開した。備えであると同時に脅しだ。


 ただし、レイシェルは二万の兵と共にルードレン砦に残った。これは戦力を当てにしてのことではなく、カンタルクとの交渉の主導権をアルジャークが握るためであった。実際、レイシェルにはカンタルクの使者が持ってきた書簡の中身を改め、それをクロノワに届けるか、あるいはつき返すかを判断する権限が与えられていた。事実上交渉の全権を任されていた、と言っていい。


 さて、その交渉である。レイシェルがカンタルクの使者が持ってきた書簡に目を通すと、たちまち彼の眉が跳ね上がった。


「いかがですかな」


 そう問いかける使者の言葉を無視して、レイシェルはその書簡に書かれた、いや書かれていないことの意味を推察しようとする。


(つまりは、そういうことか………!)


 ある結論に達したレイシェルが抱いたのは、いい様のない嫌悪感であった。しかし彼の責として判断は冷静に下さねばならない。結局レイシェルは、カンタルクの使者たちをオルゴット砦に通すことにした。


 オルゴット砦でカンタルク側の返答を知ったクロノワもまた、レイシェルが感じたのと同じ嫌悪感を覚えた。


 書簡に書かれている内容は、おおよそアルジャーク側が通達した素案に沿ったものと言っていい。ただ一点、捕虜の引渡しに関する条件がごっそり削除されている以外は。


(ゲゼル・シャフト陛下は、捕虜になった兵士たちを見捨てたのか………)


 そう判断するしかない。しかしそうなると気になることがある。


「こちらの書簡を届けてもらったウィクリフ殿らは如何しておられるだろうか」


 悪い予感を覚えつつ、クロノワは使者たちに問うた。


「陛下は彼らを処刑された」


 事実であった。カンタルク王都フレイスブルグに彼らが到着し、そのことがゲゼル・シャフトに伝わると、彼はすぐさまウィクリフらを捕らえさせたのである。彼らが預かってきた書簡はなんとか高官の手に渡り、そこからゲゼル・シャフトのもとへとたどり着いたが、ウィクリフらの状況が好転することはなかった。結局、フレイスブルグに到着してから三日後、彼らは処刑された。


 罪状は不敬罪とされているが、彼らがフレイスブルグに到着してから拘束されるまでの間に、不敬を犯すような暇があったとは思えない。


「ゲゼル・シャフトの腹いせか八つ当たりであろう」

 というのが、後世の歴史家たちのおおよその見解である。


 遠征に失敗したこと、王都フレイスブルグに帰還するまでの間に兵の半分以上が逃げてしまったこと、その一方でウォーゲンと共に居残った兵士たちは一人も逃げなかったこと、そして自分がクロノワ・アルジャークに及ばなかったこと。その他にも数多くの要因が彼の心をかきむしったのだろう。


 実際、この頃からゲゼル・シャフトは乱れ始める。昼間から酒を飲んで泥酔し、女と戯れるようになった。気に入らないことがあればすぐに剣を抜いて暴れ周り、臣下が諫言しようものならその場で手討ちにすることさえあった。


 閑話休題。話を元に戻そう。


 使者の態度や話から、ゲゼル・シャフトに捕虜を取り戻す気が皆無であることを悟ったクロノワは、カンタルク側の講和条件を飲んだ。捕虜に関すること以外は素案に沿った内容であり、一度提示した以上文句を言うのもはばかられたのだ。


 カンタルクとの間に締結された講和条約の中身を一言で要約すると、

「カンタルクは賠償金として一億シク(金貨一億枚)を支払う」

 となる。


 これはカンタルクの国家予算からすれば、およそ五分の一から四分の一に相当する金額だ。莫大な金額ではあるが、しかし同時に払えない額でもない。それにカンタルクにはポルトールという別の財布もあることだし。


 そのほかに戦費の全額負担という項目もあったが、それ以上のこと、つまり領土の割譲や長期的な賠償金の支払いを求めなかったことが、カンタルクに素早い決断を促したものと思われる。


 カンタルクの使者たちは務めを果たせて満足した様子で帰っていったが、一方で不穏な雰囲気となったのが捕虜になったカンタルク兵たちであった。


 自分たちが王であるゲゼル・シャフトからどうも見捨てられたらしいという話は、すぐさま彼らの中に広がった。講和条約がまとまればすぐにでも祖国に帰れると思っていた彼らは絶望の底に叩き落されたといっていい。


 その絶望は刹那的な行動に直結し、あわや暴動が起こる事態となった。兵を落ち着かせることが出来るはずのウォーゲンが、怪我で寝台から動けなかったことも原因の一つだろう。


 しかし、その暴動は未然に防がれた。クロノワがそれらの捕虜たちをアルジャーク国民として受け入れることを確約したからである。少し先の話になるが、捕虜となった兵たちはオムージュ領のカンタルクとの国境近くで生活することとなった。彼らのうちの半分ほどは、後に祖国に戻ることが出来たようである。


 さて、次にオルレアンとの交渉である。


 最初にアルジャークがオルレアンに締結を迫った通商条約はかなり不平等なものであった、という話は以前にもした。しかし、降伏したはずのオルレアンとアルジャークが結んだ条約は、なぜか至極公平な内容となっていた。関税の引き下げなど、アルジャークに対する優遇措置はいくつか盛り込まれているが、それはオルレアン側にも適用される場合が多く、「友好国に対する配慮」の範疇に十分収まるものであった。


 つまりオルレアンとアルジャークは対等な同盟を締結した、と解釈していい。国力に差がある以上完全に対等ではないだろうが、少なくともこの時点でオルレアンは何も失わなかったのである。


 ただ何も失わなかった反面、オルレアンは何も得なかった。カンタルクの賠償金一億シクは丸ごとアルジャークの懐に入ることになっており、オルレアンの取り分は銅銭一枚もなかった。まあ、実際に戦ってはいないから当然といえば当然だが。


 今回の戦いの総括を簡単にまとめると、アルジャークは賠償金と友好国を手に入れ、オルレアンは独立主権を失わずに友好国を手に入れ、カンタルクが一人負けした、といったところであろうか。オルレアンにとって最も良い終わり方をしているといえ、その辺りがアルジャークとの密約を疑われる最大の原因なのだろう。


**********


 さて、ウォーゲン・グリフォードの死について書かねばならない。


 ルードレン砦の攻防戦において深手を負ったウォーゲンは、アズリアの看病も虚しく日に日に衰弱していった。それでも講和条約が結ばれ終戦を見届けるまでは死ねないと気力を振り絞っていたのだが、そんな中ゲゼル・シャフトが捕虜を見捨てたという話が彼の耳にも入った。


「噂は、まことであろうか………?」


 見舞いに訪れたクロノワにウォーゲンは噂の真偽を問うた。すっかり弱々しくなってしまった彼の姿に痛々しいものを覚えながらも、クロノワはその場しのぎの慰めに嘘を付くことはしなかった。


「事実です。カンタルク側は捕虜について一言も触れてきませんでした。ウィクリフ殿も処刑されたとか」


 クロノワがそう答えると、ウォーゲンは横になったまま目をつぶり悔しそうに顔をゆがめて「なんと愚かな………」と呟いた。その後ろではアズリアが目を見開いて絶句している。


「………クロノワ陛下………!」


 ウォーゲンは痛みに堪えながら必死に手を伸ばして身を起こした。アズリアが静止するも聞かず、結局彼女はウォーゲンの背中を支えた。


「このようなことを頼める立場ではないことは重々承知しております。しかし、それでも、どうか………!」


 ウォーゲンの声は擦れており張りもない。しかしそれを上回る彼の必死さが、言葉に精気と力強さを与えていた。


「どうか兵士たちのこと、よろしくお願い致します………!」

「はい。委細承知しました。どうぞご心配なく」


 クロノワはウォーゲンの手を握りそう答えた。その言葉に誠意の響きを感じたウォーゲンは、安心したように微笑むと再び横になった。クロノワが捕虜たちをアルジャークの国民として迎え入れるという決定をしたのは、もしかしたらウォーゲンに対するはなむけだったのかもしれない。


 その晩、カンタルクの名将は静かに逝った。全ての仕事をやり終えたかのような、穏やかな死顔であったという。


 彼の遺体は、オルゴット砦の一角に埋葬された。彼の懐に忍ばせてあった古い遺書には、

「墓は要らず、名も要らず。ただ我の槍か剣を突きたてよ」

 と書かれており、それにしたがって彼が最後まで使っていた愛用の無骨な剣が一本、突き立てられた。


 ウォーゲンの埋葬の際、クロノワは捕虜たちが参列することを許した。参列したカンタルク兵たちは皆一様に泣き崩れ、偉大な大将軍の死を悼んだのである。


 埋葬も終わり、カンタルク兵たちが引き上げてもアズリアは一人その場に残っていた。昔、母親に教わった花冠を作っていたのである。作り方を覚えているか不安だったが、ひとたび始めると体は勝手に動いてくれた。その花冠を地面に突き立てられた剣に掛け、アズリアは跪いて黙祷を捧げた。


 その隣に一人の男が立ち、彼女と同じように黙祷を捧げる。クロノワ・アルジャークであった。


「………大将軍のこと、ありがとうございました」

「いえ、当然のことをしたまでです。大将軍は兵の方々に慕われていたのですね………」

「はい、とても………」


 しばらく二人の間に沈黙が下りる。それを先に破ったのはクロノワのほうだった。


「これから、どうされるおつもりですか?」

「………わかりません」


 そういってアズリアは首を振った。もはやカンタルクに帰ることはできない。いや仮に帰れたとしても、ウォーゲンがいないカンタルクに彼女の居場所は無いだろう。


「もしよろしければ、アルジャークの海軍に来ませんか?」


 アルジャーク帝国は自国の海上権益を守るために、これから海軍を整備しなければならない。アズリアが持っていたあの白銀の魔弓は対艦戦でこそ真価を発揮するとクロノワは考え、魔導士部隊ではなく海軍に誘ったのである。


「………なぜ、そこまでわたしにしてくださるのですか?」


 あの魔弓が対艦戦で真価を発揮するというのであれば、わざわざアズリアを海軍に誘う必要はない。魔弓をだれか他の魔導士に持たせればいいのだ。そもそもクロノワは最初からアズリアに甘い部分があった。それは一体なぜなのか。


「あの魔弓を作ったのは、イスト・ヴァーレという流れの魔道具職人ではありませんか?」

「………!」


 思いがけない名前が出たことに、アズリアは絶句して目を見開く。そんな彼女を見て、クロノワは「ああ、やっぱり」と面白そうに笑った。


「私は別に自分の目や貴女を信頼しているわけではありません。ただ、貴女にあの魔弓を渡した友人のことを信頼している。ただそれだけです」



 その生涯が一遍の詩となる者を英雄と呼ぶ。アズリア・クリークの生涯が一遍の詩となるかはさておき、彼女のこれまでの人生が激動続きであったことは間違いない。そして恐らくはこれからも。あるいは、それはアバサ・ロットから魔道具をわたされた者の宿命なのかもしれない。シラクサに向かう船の中で、アズリアはふとそう思った。


―第八話 完―


というわけで「第八話 王者の器」いかがだったでしょうか。


このタイトルはあまり深く考えず直感的につけたのですが、結果的に内容に沿ったものになったと新月は思っています。今までにないくらい、王だの皇帝だの出てきましたからね………。


惜しむべきはクロノワとアズリアの絡みがあまりなかったことでしょうか。いえ、最初からこうするつもりではいたのですが、書き上げてみるとちょっともったいない気もしますね。


さて、この「乱世を往く!」という話自体、そろそろ終わりが見えてきました。予定では、この次に幕間を挟み、その後はあと二話で完結となります。

とはいえその二話がどれだけの分量になるかまったくの不明。よっていつ終わるのかもまったく分りません。


こんな感じですが最後までお付き合いいただければ嬉しいです。


1/9 「番外編約束」の最後に八七八 九々様が作ってくださった第一話分の相関図を追加しました。是非見てみてください。

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