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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第八話 王者の器
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第八話 王者の器⑯

 ゲゼル・シャフト・カンタルクは乱世の王である。少なくとも、本人はそのつもりでいる。


 今のところ、彼の業績は輝かしい。


 これまでカンタルク軍に何度も煮え湯を飲ませてきたブレントーダ砦を攻略し、そこに住まう二匹の守護竜を粉砕した。さらにポルトールの内乱に乗じて、いや積極的に内乱を煽ってかの国を事実上の属国とした。


 因縁の敵国であるポルトールを完全に屈服させた王はカンタルク史上ゲゼル・シャフト以外にはおらず、ただこの一点をもってしても彼の名は歴史に残るであろう。


 この際、「守護竜の門」を破壊してブレントーダ砦を攻略したのも、ポルトールの内乱を煽り結果としてかの国の国力を半減させ屈辱的な条件を飲ませたのも、全ては大将軍たるウォーゲン・グリフォードの手腕である、と指摘するのはナンセンスである。


 彼がカンタルクという国に属している以上、その業績はすべてこの時代その国の王であるゲゼル・シャフトのものなのだから。


 ここまでは、いい。が、ここ最近のエルヴィヨン大陸には、ゲゼル・シャフト・カンタルクにとって無視しえぬ大きな動きがある。


 クロノワ・アルジャークとシーヴァ・オズワルド。東のアルジャーク帝国と西のアルテンシア。


 二人の英雄に率いられたこの二つの国は、ここ最近で急速に勢力を拡大させている。特にアルジャーク帝国はカンタルクと近く、いやオムージュを併合したアルジャークはすでにカンタルクと国境を接しており、あらゆる意味で無視することの出来ない存在になっていた。


 当然、カンタルクの王たるゲゼル・シャフトもアルジャークとその皇帝クロノワを意識するようになっていた。


 現在、アルジャーク帝国はカンタルクに対して、少なくとも表面上は友好的な態度を保っている。しかしカンタルクの王宮内では帝国を危険視する声も多い。つまり、


「将来的には矛をこちらに向けるのではないか」


 と心配しているのである。この危機感を共有しない者は、今のカンタルクの王宮内にはいないだろう。


 しかし、同じ危機感を共有しているとはいえ、その対応は大きく二つに分かれている。


「こちらも国力と戦力を増強し、アルジャーク帝国に対抗すべきだ」

 と唱える派と、


「アルジャーク帝国と敵対してもなんら国益にはならぬ。それよりも友好的な態度を取っている今のうちに積極的に協力体制を築き、争わないですむ道を模索すべきである」

 と主張する派である。


 主戦論と非戦論、と言ってしまえばあまりにもありきたりでつまらない表現になってしまうが、まあよくある意見の対立と思えばよい。どちらかが一方的に正しく、どちらかが一方的に間違っている、ということはない。両論どちらも聞くべき部分がある。そう考えるべきだろう。


 しかしこの意見の対立は王宮を二分するには至らなかった。なぜなら国王たるゲゼル・シャフト・カンタルクが主戦論に傾いていたからである。


 だが、彼の心のうちは他の者とは微妙に異なる。


 彼らが共有した危機感、言い換えるならば恐怖をもとに主戦論を唱えるのに対し、ゲゼル・シャフトがそれを唱えるのは野心に起因していた。


「クロノワ・アルジャークが、シーヴァ・オズワルドがどれほどのものか。この余とて、いや余こそが乱世の覇者である」


 そんな自負が、彼のうちにはある。


 余談になるが、シーヴァ・オズワルドは王になるに際して「我」という一人称を選んだが、ゲゼル・シャフトは「余」という一人称を選んでいた。この辺り、二人の感性の違いであろうか。


 それはともかくとして。動機の差はあれど、王が主戦論に傾いているのだ。自然、話はそちらの方向でまとまり動いて行くことになる。そしてその末の結果が、今一つの形になろうとしている。


 それが、オルレアン遠征である。


 オルレアンは西の国境をカンタルクやポルトールと接し、北の国境は旧オムージュ(現在はアルジャーク)、東の国境はカレナリアとテムサニスに接している。国土は五二州で、縦に細長い国であった。


 現在カンタルクでは軍部が総力を挙げてオルレアン遠征に向けて準備を行っている。それは大将軍たるウォーゲン・グリフォードも同じで、ということは彼の副官であるアズリア・クリークも遠征に向けた準備に追われていた。


「大将軍は今回の遠征、どのように思われますか?」


 書類の束を胸元に抱えながら、アズリアはウォーゲンに尋ねた。彼は部下が質問してきても決して嫌な顔をしない。


「遠征を行うことを前提に考えれば、正しい選択じゃろうな」


 オムージュ領に出兵してアルジャーク帝国に喧嘩を売るには早すぎる。北のラキサニスやポルトールの西に位置するラトバニアといった国はほとんど神聖四国の属国のような立場で、遠征の対象とすれば神聖四国と教会が黙ってはいるまい。カンタルクは神聖四国の一国であるサンタ・シチリアナとも国境を接しているが、ここに遠征を仕掛けるのは愚の骨頂であろう。


 となれば、消去法のすえに最後に残るのは東のオルレアンしかない。


 カンタルクの版図は六三州。ただしポルトールを属国としているので、かの国の版図六七州も計算に含めることが出来るだろう。合計すれば一三〇州になる。単純に考えれば、オルレアンと比べて三倍近い国力を持っていることになる。


「政治的に考えても軍事的に考えても手ごろな相手。その評価は間違ってはおらぬと思うぞ」


 そう言いつつも、ウォーゲンの言葉にはどこか棘があるようにアズリアは感じた。


「大将軍は、今回の遠征には反対ですか………?」

「………今回の遠征は陛下が決定されたことじゃ。である以上、軍人である儂はそのために己の職責を全うするのみじゃ」


 ウォーゲンは言葉を濁して直接の答えを避けた。言葉を濁したこと自体、彼が今回の遠征に心のうちでは賛成し切れていないことの証拠だ。しかしウォーゲンの言うとおり国王たるゲゼル・シャフトが決定を下した以上、大将軍たる彼にはそれに従う義務がある。この時点で一人だけ反対するわけにもいくまい。


 今、カンタルクは国を挙げて遠征に向かって突き進んでいる。軍はまだ動かしてはいないし宣戦布告もまだしていないが、外交交渉の席などではかなり高圧的な要求をしているとも聞く。


 オルレアン遠征はまだ始まってはいない。しかし、もはや確定した未来として歴史に予定されている。ウォーゲンはそう感じていた。そして恐らくはオルレアンの人間たちも同じことを感じているのだろう。


(ならば、祖国にとって輝かしい未来にしたいものじゃな)


 ウォーゲンはそう願う。そして恐らくはオルレアンの人間たちも同じことを願っているのだろう。


**********


 カンタルクで遠征の準備が着々と進められていたとき、その対象であるオルレアンにおいてもその気配は感じ取ることが出来ていた。そしてその気配に気づいた以上は何なしらの決定を下さねばならないものだ。


「まず決めるべきはカンタルクの提案を受けるか否か、か………」


 オルレアン国王、エラウド・オルレアンは会議室に居並ぶ国の重臣たちを前に、まずそうきり出した。


 カンタルクの提案というものを簡単に要約すれば、

「カンタルク・ポルトール・オルレアンの三国で同盟を結び、近年急速に勢力を拡大させているアルジャーク帝国に対抗する」

 というものである。


「素案だけ見れば、その内容は共感できる部分も多いのですが………」


 そういって言葉を濁し、眉をひそめたのはこの国の宰相であるカストール・フォン・オルデン侯爵である。彼の言うとおり、カンタルクの使者がおいていった素案だけを見れば、この話はそう悪いものではない。


 アルジャーク帝国はオムージュ・カレナリア・テムサニスというオルレアンに国境を接していた三カ国をすでに併合してしまっている。つまりオルレアンは国境線の半分以上をアルジャークと接しているわけで、いつどこから攻め込まれるのかと戦々恐々とした空気が王宮内に漂っていた。


 現在アルジャーク帝国の版図は三四九州という広大なものである。仮に戦端が開かれた場合、到底オルレアン一国で対抗することなど出来ない。


 そこで、三国同盟である。


 カンタルク・ポルトール・オルレアンの三国の版図を合わせれば一八二州となり、勝てないまでも負けない戦いをすることは可能だろう。


 加えて西方、つまり神聖四国を中心とした教会勢力の混乱がある。十字軍遠征がどうやら失敗したらしいという情報はすでにオルレアンにも届いている。この先教会勢力がどうなっていくかは分らないが、仮に混乱をきたした場合、その影響は確実にカンタルクやポルトール、さらにその東のオルレアンにも波及してくるだろう。


 そうなった時、一国で対処することは難しい。だが三国同盟という一つの勢力圏が確立していれば、その影響も最小限に抑えることが出来るのではないだろうか。少なくとも一国で事に当たるよりもマシな結果が得られるであろう。


「そう、悪い話ではない。三カ国の発言力が同じならば、だが」


 アルテンシア同盟においてもそうであったがこういった同盟の場合、その内部での発言力はそれぞれが保有する力に比例する。簡単に言えば国の版図に比例する、ということだ。


 三カ国の版図は、カンタルクが六三州、ポルトールが六七州、そしてオルレアンが五二州である。おおよそ力は拮抗しているといえ、普通ならば同盟内での発言力も等しくなるはずである。


 そう、普通ならば。


 残念なことに三カ国の内の二つ、つまりカンタルクとポルトールの関係は普通ではない。ポルトールは今や事実上カンタルクの属国であり、それはカンタルクが一三〇州分の発言力を持っていることに等しい。


 つまり三国同盟が成立した場合、カンタルクは事実上の盟主になる。そうなれば、オルレアンは対アルジャーク帝国の防波堤として無理難題を押し付けられ、使い捨てにされるのが目に見えている。


「カンタルクの交渉のやり方を見ていますと、是が非でも三国同盟を成立させたい、という意思は感じられません」


 カンタルクとの交渉の責任者がそう発言する。相手方の交渉役の態度は横柄で誠意というものが欠けている。同盟の成立よりはこちらを怒らせることを目的にしているようだ。


 カンタルクにとってこの同盟の提案は遠征の準備のための時間稼ぎと、宣戦布告のための材料集めに過ぎないのだろう。よしんばオルレアン側が屈し、屈辱的な条件を飲ませることが出来れば御の字、程度にしか思っていない。


「………仮にカンタルクと事を構えることになったとして、我が軍は勝てるのかね?」


 老年の文官がテーブルの向こう側に座る武官たちに問いかける。その問いに答えたのは、オルレアンでも屈指の名将と名高いブッシェル・フォン・ギーレス伯爵だった。


「カンタルクだけならばやりようはありますが………」


 仮に戦端が開かれたとして、実際に動くのはカンタルク軍だけであろうとブッシェルは考えていた。先の内乱の影響でポルトールの力、特に軍事力に限って言えば半分以下に減退しており、そのポルトールが遠征にしゃしゃり出てくることはないだろう。しかしその予測があるにもかかわらず、彼の言葉は苦い。


「アルジャークか………」

「御意」


 エラウドの言葉をブッシェルは肯定した。


 仮にカンタルク軍を退けられたとして、しかしそのためにオルレアン軍が疲弊しきっていれば、その隙をアルジャークが見逃すとは思えない。いや、それ以前に西でカンタルクと戦っている間に東からアルジャークに攻め込まれれば、その時点で終わりである。つまりオルレアンが主権国家としてこれまでどおり存続していくためには、カンタルクを退けなおかつアルジャークに手出しさせないという、神がかり的な綱渡りを成功させる必要があるのである。


「………カンタルク主導を承知で同盟に参加する、という手もありますが………」


 文官の一人が思わずそういってしまうほど、この条件は厳しい。第一隙を見せなくてもアルジャークとの国力差は歴然なのだ。この綱渡りが成功する確率はほぼゼロと言っていいだろう。


 同盟に参加することでアルジャーク帝国に対する防波堤扱いされたとしても、それはある面しかたがないとも言える。なにしろそういう位置関係なのだ。国の位置に文句をつけても始まらない。


 また神聖四国で混乱が生じたときには、今度はカンタルクがその混乱に対する防波堤になる。そういう意味では対等であるとも言えるだろう。


「有事の際に協力を惜しまないでくれるならば、か………」


 しかし、交渉に臨む今のカンタルクの態度を見るにそれは難しいように思えた。結局のところカンタルクが欲しいのは対等な同盟国ではなく、自由にこき使える属国か新たに併合した領土なのだ。


 対等な関係でカンタルクと手を結ぶことは出来ない。そのことが再確認されると、会議室には重苦しい沈黙が広がった。


「宰相に聞きたいのだが………」


 その沈黙に押しつぶされることなく声を出したのは、国王のエラウドだった。


「現状、我が国にとって最も良い結果とは、なんであろうか」


 エラウドに問われ、カストールは考え込む。ひとまず現実不可能でもよい。オルレアンにとって最善の結果、それは………。


「………アルジャークと対等の同盟を結べるならば、それが最善です」


 言いはしたものの、会議室の空気は軽くならない。「そんなことは無理だ」とこの場にいる全ての人間が理解しているからである。


 現在、アルジャーク側からはなんの接触もない。かの国がオルレアンに対してどのような思惑を持っているかは定かではないが、少なくとも格下相手にわざわざ平等な同盟を結ぶ必要などない。


 カンタルクがオルレアンを狙うこの状況下では、もはやこれまでどおりの独立を保つことは難しい。さりとて対等な同盟を結んでくれそうな隣国もない。


 なかなかに絶望的な状況だといえるだろう。


「………仮に手を結ぶとして、カンタルクとアルジャーク、どちらがましかな」

「それはアルジャークでしょう」


 思いがけず宰相のカストールが即答したことに、エラウドは驚いた。


 確かにアルジャークの方が国力はある。しかしオルレアンから見れば、それは自国を安く見積もられるということだ。商売ではないが、売り込むのであればより必要としてくれるところ、より高く買ってくれるところへ売り込むのが筋ではないだろうか。この場合、オルレアンの力をより必要としているのは、カンタルクのほうのはずだ。


「さきのアルジャークによるテムサニス遠征は、皆様ご存知のことと思います」


 カストールの言葉に、一同は頷く。隣国が侵略を受けて無関心でいられる国などない。当然オルレアンもこの時にはいつもより情報収集を密にして状況の推移を見守っていた。そのため事の始めから終わりまで、かなり詳細な情報を持っていた。


「あの遠征の際、アルジャークは連合軍を組織しました。恐らく、いえ確実に単独でも遠征を成し遂げるだけの力があるにもかかわらず、です」


 捕虜にしていたテムサニス軍と連合しジルモンドを担ぎ出すことによって、確かに遠征は普通では考えられないくらい早期に決着し、しかもその後の混乱も小さい。しかしその代償としてクロノワはジルモンドに五州を与えることになり、領土内に一種特別な自治領が出来てしまった。


 今、その良し悪しを論じる必要はない。ここで重要なのは、

「クロノワは五州を与えてでも早期決着にこだわった」

 ということである。


「つまりアルジャークには、いえ皇帝クロノワ・アルジャークには単純な領土拡大とは別の目的がある、と考えるべきです」


 その目的が何なのか、今はまだ分らない。しかし、クロノワが領土拡大にこだわらないというのであれば、同盟を締結した際に何州か割譲させられる、という事態は避けられるのではないだろうか。


「しかし、不利な条件を飲まされることに変わりはないのでは………?」


 領土拡大以外の目的があるというのであれば、その分野でアルジャークは自分に有利な条件を押し付けてくるだろう。ならばオルレアンの立場が不利であることに、結局変わりはない。


「何とかして共犯者になりたいところだな」


 エラウドが呟く。弱者と強者という関係ではなく、一緒になんらかの目的を達成する共犯者の関係。


「………出来るかもしれません」

「まことか?カストールよ」

「はい。カンタルクが上手く踊ってくれれば、ですが」


 この時代、攻守の関係などたやすく入れ替わる。カンタルクは肉食獣を自認しているだろう。しかしオルレアンは食われるだけの草食動物ではない。オルレアンにとて、牙はあるのだ。


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