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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第八話 王者の器
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第八話 王者の器⑬

「その魔剣を使ってオレを心の底から驚かせてくれ」


 かつてイストはジルドに「光崩しの魔剣」を渡す際に、そういう条件をつけた。もっともこれはジルドを納得させるための方便のようなもで、仮にジルドがこれを達成できなかったとしても、イストとしては魔剣の代金を求めるようなまねはしないと決めている。


 もともと、無理のある話なのだ。


 製作した本人でさえ想像できなかった力や使い方。それを見ることは魔道具職人にとってある意味最高の報酬なのだ、とその時イストはいった。


 しかし、それはどれだけ困難なことだろうか。


 イストは魔剣を製作した職人である。その心臓部にしてブラックボックスたる術式理論をゼロから設計したのである。言い換えれば、その魔道具に何が出来て何は出来ないのか、その全てを把握しているのである。


 そんな彼を「心の底から驚かせろ」という。


 それはつまり、「思ってもみなかったことをやってみせる」ということだ。しかし、少しばかり意表をついて見せても、「心の底から驚かせた」ことにはなるまい。それはすぐに解析されて、ただの現象になる。まったく理解不能で不可思議なことをして見せなければいけないのだ。


 イスト自身、ジルドがこの条件を達成できるとは思っていない。けれどもその一方で彼ならば、とも期待してもいるのだ。


 今、そのジルドがイストの作った「光崩しの魔剣」を構えている。彼に相対しているのはシーヴァで、その手にはオーヴァが作った「災いの一枝(レヴァンテイン)」がある。


 ジルドとシーヴァ。「光崩しの魔剣」と「災いの一枝(レヴァンテイン)」。この二人と二つの魔道具がぶつかり合えばきっと面白いことになる。その直感はもはや確信に近かった。


(さあ、見せてくれ。オレの想像を超えるものを………)


**********


 シーヴァ・オズワルドとジルド・レイド。この二人の仕合の場所として選ばれたのは、ゼーデンブルグ要塞の第二練兵場だった。ここは百人規模の部隊がその連携を訓練する場所で、足元には石畳が敷かれている。二人の仕合の場所としては申し分ない。


 今、シーヴァとジルドは練兵場のほぼ中央で、向かい合いようにして立っている。他のメンバーはといえば、見物するには少し離れすぎた位置に立っている。無論、シーヴァが使う「災いの一枝(レヴァンテイン)」を警戒してのことだ。


 シーヴァの「災いの一枝(レヴァンテイン)」とジルドの「光崩しの魔剣」。なんら似た所の無いその二振りの魔剣には、しかし大きな類似点が一つだけある。


 ――――天より高き極光の。

 ――――闇より深き深遠の。


 いずれの魔剣も刀身に似たような古代文字(エンシェントスペル)が刻み込まれている。その文言はロロイヤ・ロットが遺したものであり、そしてそれが刻印されているということは、その魔道具の作り手がアバサ・ロットの系譜に名を連ねる者であることの何よりの証拠であった。


「ベルセリウス老、合図を頼む」

「うむ。ではコインが地面に落ちたら開始じゃ」


 そう言ってオーヴァは懐から銀貨を取り出し、それを親指ではじいた。「ピィィィィンンン」という澄んだ金属音が練兵場に響き、その数瞬後に今度は「キィィィィンンン」というかん高い金属音が響いた。仕合開始の合図だ。


 仕合開始の合図が響いても、向かい合う二人は微動だにしなかった。しかし二人を取り巻く空気は確実に変わっている。のしかかるように重苦しく、そして切付けるように鋭い、極度の緊張感をはらんだ空気だ。


 お互いに頭の中で無数の斬撃を仮想し、攻め立てあるいは防ぎ、動かないままに仕合を進めていく。傍から見れば向かい合っているようにしか見えないが、本人たちはまるでチェスでもさすかのように頭の中で戦いを繰り広げる。奇妙なことに、二人はお互いが同じものを仮想していることを直感していた。


「来ないのか?」


 構えをゆっくりと変化させながら、シーヴァが問う「災いの一枝(レヴァンテイン)」の動きに合わせるようにして「光崩しの魔剣」を動かし決して隙は見せていないが、その言葉はジルドに確かに変化をもたらした。


 彼は、笑ったのだ。


「………推して参る!」


 地面を蹴ってジルドが前に出る。その踏み込みは速く、離れたところで見物しているギャラリーも目で追いきれない。


 三段突き。


 刀の切っ先が三つ見える。それはジルドが繰り出した突きが神速であるからにほかならない。その突きを、シーヴァは頭を小さく振って全てかわす。そして若干体勢を崩しながらも「災いの一枝(レヴァンテイン)」を一振りした。ジルドはそれを左に軽くステップしてかわす。


「………完全にはかわしきれなかったか」


 刀の切っ先に触れたシーヴァの髪の毛が数本、風に飛ばされて宙を舞う。そのシーヴァの呟きを聞いたジルドの口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。


 一閃。


 狙い済ましてシーヴァの首を襲う「光崩しの魔剣」は、しかし「災いの一枝(レヴァンテイン)」によって防がれた。しかしジルドはそれだけでは止まらない。


 突き、薙ぎ、切り上げ、払い、振り下ろす。


 緩急をつけながらもその動きは一般人にはあまりにも速く、目で追うことなど出来はしない。「光崩しの魔剣」が描く銀色の軌跡は、一瞬送れて観客の網膜を焼いた。


 そのジルドの猛攻をシーヴァはその場から動かずに防いでいた。ジルドの動きはシーヴァから見ても速く、その点に関しては相手が自分を上回っていることを認めざるを得ない。同じように動いていては後手に回るだろう。そこで動きは最小限にし、動き回る相手を見失わないように常に視界に納めながらその攻撃を凌いでいく。


 いや、凌ぐだけではない。攻撃に移れるときは躊躇なく大剣を振るっている。それも苦し紛れの攻撃などではない。並みの兵士ならば防いだ剣とその先の鎧までまとめて叩き切れそうな一撃である。


 ジルドは雷のように鋭く、シーヴァは嵐のように激しく。二人は一瞬ごとに攻守を入れ替え、激しい剣舞を踊る。それにともない、練兵場には金属同士がぶつかりそして擦れる音が絶え間なく響いた。


 しばらくして、その剣戟の音が止んだ。二人は一旦距離を取って足を止める。二人の吐く息は白く、そして荒い。


「………終わった、んでしょうか?」


 息を呑んで二人の仕合に魅入っていたニーナが、恐る恐るといったふうに声を出す。


「まさか。これからが本番だよ」


 向かい合う二人を凝視したまま、イストが答える。二人ともまだ愛剣を魔道具として使っていない。つまり今までの剣舞は全て準備運動だ。


「………体は温まったか?」

「十分に」


 イストの答えを裏付けるかのように、シーヴァとジルドが短い言葉を交わす。そしてほぼ同時に獰猛な笑みを浮かべると、それぞれ愛剣に魔力を込め始めた。


「では………」


 シーヴァが漆黒の大剣「災いの一枝(レヴァンテイン)」を振りかぶる。


「本気で行かせてもらおう」


 刀身が霞むほどの勢いで、シーヴァが「災いの一枝(レヴァンテイン)」を振り下ろす。それと同時に大量の魔力を喰わせて漆黒の風を生み出しジルドを襲わせる。


 これでまで無敵の威力を誇り、相手が魔導士だろうが軍隊だろうが吹き飛ばしてきたその一撃は、しかしジルドに届くことはなかった。ジルドが一閃した「光崩しの魔剣」がその漆黒の一撃を切り裂き霧散させたのだ。


「は………?」


 目の前で起きたことが理解できないのか、いつもは冷静沈着なヴェートが呆けたような声を漏らす。ガビアルとメーヴェもまた目を大きく見開き、驚愕を全身で表現していた。


 彼らは今まで「災いの一枝(レヴァンテイン)」の一撃をたびたび目にしてきた。そしてその度に黒き風は敵を吹き飛ばしシーヴァに勝利をもたらしてきた。彼らはその一撃に、ある種信仰にも似た確信を抱いていたのである。


 それが目の前でやすやすと無効化されてしまった。


「なかなか、面白い魔道具を作ったようじゃのう?」


 オーヴァがからかうような視線を弟子に向ける。自分の作った魔道具の一撃が弟子の作った魔道具には通用しなかったというのに、ショックを受けた様子はない。その自信の根拠は、シーヴァの表情だろう。


 シーヴァは笑っていた。獰猛な、もはやそれだけで殺気を感じるほど獰猛な笑みを浮かべている。それを見て、ジルドもまた応じるように獰猛な笑みを浮かべた。


 彼らの内に湧き上がる感情、それは恐怖と歓喜だ。


「………猛獣が二匹、檻の中に入っているようなもんだな………」


 暴力的に荒れ狂う二人の殺気に、イストが頬を引きつらせる。ニーナなどは目の端に涙を浮かべ、イストの外套をつかんでその背中に隠れるようにしている。


 もはや猛獣などという表現でも生ぬるい。鬼と修羅、二匹の化け物が戦っているかのようである。


 シーヴァが動く。再び「災いの一枝(レヴァンテイン)」に大量の魔力を喰わせ黒き風を呼ぶ。薄く、しかし広範囲に。薄く、とは言っても当たれば無事ではすまない。しかも広範囲に展開された黒き風はジルドに逃げ道を与えない。


 その状況下で、ジルドは前に出た。そして「光崩しの魔剣」で展開された黒き風の一部を切り裂き、その包囲網を突破する。


「ぬうっ!」


 それを予測していたかのように、シーヴァが渾身の一撃を振るう。それを何とか受け止めたジルドは、しかし体を浮かせた。


「黒き風よ!」


 横に振り払った「災いの一枝(レヴァンテイン)」を、運動に逆らわないように円を描きながら振り回し、切っ先を宙に浮くジルドに向けて黒き風の一撃を放つ。ジルドは刀を正面に構えてその黒き一撃を防ぐが、さらに後方へと押し飛ばされてしまう。


 ようやく地に足をつけたジルドに、さらに漆黒の風が襲い掛かる。とっさに「光崩しの魔剣」で切り払うが、ジルドの体勢が崩れた。そこへシーヴァが仕掛ける。


 シーヴァの一撃は重く、そして激しい。体勢が崩れたままシーヴァの猛攻にさらされたジルドは思うように回避できず、刀で大剣を防ぐことでしのいでいた。しかし重いその一撃を受けるごとに、彼の体勢はさらに少しずつ崩されていく。


 たまらず、後ろに下がって間合いを取る。しかしジルドが間合いを取ろうとすれば、シーヴァはそこに漆黒の風を撃ち込み攻撃の手を緩めない。


「おっさんの足が止まったな………」


 速度ならばジルドのほうに分がある。それは最初の“準備運動”を見ていれば分る。しかし今ジルドは足を止めてほとんど動いていない。否、動けないのだ。


 ジルドがやっている「『光崩しの魔剣』で漆黒の風を切り裂き無効化する」という行為は、より技術的に説明すれば「『干渉』の術式で漆黒の風を構成している魔力に干渉し霧散させる」ということになる。


 言葉で言うのは簡単だが、これには相当な集中力が求められる。「干渉」の術式自体が扱いにくいものであるのに加え、漆黒の風を構成する魔力の量は桁外れに多いからだ。むしろ相性が良いジルドだからこそ出来る、といったほうがいいだろう。


 だからジルドが黒き風を切り裂くときには、どうしても一瞬足が止まってしまう。シーヴァはその一瞬を見逃さない。攻めて攻めて攻め続け、ジルドを防戦一方に押し込めて彼に足という利点を使う隙を与えない。


 つまりシーヴァは「災いの一枝(レヴァンテイン)」の一撃がジルドにはとどかないことを知るや、その一撃をいわば「足止め」に使い始めたのである。


 今まで必殺の一撃だったものを足止めに使う。その発想の柔軟さは、驚異的ですらある。彼はつまらぬ矜持で自分の選択肢を縛るようなまねはしないのであろう。


 暴風の如き激しさをもって、漆黒の大剣がジルドに襲い掛かる。それを一つ受けるごとに彼の体勢は崩され、腕には強い衝撃が残る。しかしジルドとて押し込められているままではない。


 一撃の一つを選んで、受けると見せて「光崩しの魔剣」の刀身の上を滑らせて流す。シーヴァの攻撃がわずかに乱れ、そして生まれたほんの小さな間隙を縫い、ジルドは強引に攻めに転じる。


 ほとんど苦し紛れのその攻撃は、シーヴァにたやすく回避される。しかしその攻撃を起点にしてジルドは一気に速度を上げた。


 ジルドの姿が霞む。速い、しかし緩急をつけたその動きは見る者の目に残像を生み惑わす。暴風から逃れたジルドを、シーヴァは再び捉えることが出来ない。


「くっ」


 たちまちシーヴァが守勢に回った。しかも全ての攻撃を凌ぎ切れているわけではない。彼の顔には一つ二つ赤い筋が浮かび始め、鎧には無数の傷が残されていく。


(埒が明かぬ!)


 シーヴァが「災いの一枝(レヴァンテイン)」を石畳に突き刺し、その威を発する。放たれた黒き風は石畳を粉砕し幾つもの礫を飛ばす。爆心地に近いシーヴァはそれをまともに受けた。ほとんど自爆である。それに対しジルドは飛んでくる礫をかわしほとんど無傷である。しかしそれはシーヴァにとっては織り込み済みのこと。


「そこぉぉおお!!」


 予想通りの方向からジルドの攻撃が来る。先ほどの黒き風はワザとむらを作り、ジルドの次の攻撃を誘導したのである。


 礫があたった額から血を流しながらシーヴァは「災いの一枝(レヴァンテイン)」に魔力を喰わせる。しかしその威を解き放ちはしない。溜め込み、漆黒の大剣に黒き風を纏わせた。それを突っ込でくるジルドに向けて振るう。


 黒き風を纏わせたその一撃は、とうてい受け止められるものではない。ジルドは咄嗟に身をかがめてやり過ごす。しかし………。


「はぁぁぁ!!」


 シーヴァが咆哮を吐く。その瞬間、漆黒の刀身に溜め込まれていた黒き風が解き放たれた。至近で放たれる黒き風は身をかがめるジルドの頭上から襲い掛かり、そして彼を弾き飛ばした。


「これを防ぐか。流石だな」


 弾き飛ばされ、しかしすぐに起き上がったジルドを見てシーヴァが感嘆の声を漏らす。


 黒き風が解き放たれたあの瞬間、ジルドはとっさに「光崩しの魔剣」を構えて黒き風を防いでいた。しかし完全に防ぎきることは出来なかったらしく、弾き飛ばされてしまった。長旅にも耐えうるよう丈夫に作られていた衣服はおよそ右半分が千切れ飛び、皮膚は裂けてあちらこちらから血が流れている。しかしその一方で致命傷は見受けられない。今の攻防、優勢はシーヴァだが、褒めるべきはジルドであろう。


 ジルドが刀を構える。むき出しになった肌からは白い湯気が立ち上り、彼の発する覇気が増す。そしてシーヴァもそれに答える。


(とんでもないことをやらせてしまったか………?)


 イストの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。足が震えているのは錯覚ではあるまい。しかし後悔は感じない。湧き上がってくるものは歓喜だ。足は震え背中には冷や汗が流れている。しかし彼の口元に浮かぶのは喜悦の笑みだ。


 シーヴァが再び「災いの一枝(レヴァンテイン)」に黒き風を纏わせる。これは攻防一体だ。相手の攻撃を防ぐその時にさえ、同時に攻めることが出来る。


 それを確認したジルドは、しかし地を蹴って前に出る。


「馬鹿だなぁ………、おっさん。逃げ回っていれば勝てるのに」


 イストの言葉に嘲笑の色はなく、むしろ温かい。彼はこういう馬鹿がたまらなく好きなのだ。


 黒き風を刀身に纏わせる。それはつまり、黒き風を放ち続けるということだ。当然のことながら、一撃放つのとは比べ物にならない量の魔力を消耗する。いかにシーヴァの魔力量が膨大であろうとも、そう長くもつものではない。


 だからこそ、ジルド・レイドは前に出た。


 逃げ回ってシーヴァの魔力が尽きるのを待てば、確かに確実に勝てるだろう。しかしそんな勝利を得て何を誇るというのか。


 いや、「シーヴァ・オズワルドに勝った」という事実は、ただそれだけで栄誉あるものだ。シーヴァも自分の敗北を否定するような醜いまねはしないだろう。


(しかしっ!この身はそれでなんの満足を得る!?)


 満足など、到底得られはしない。残るのは虚しさと後悔と、恥にしかならぬ栄誉だけである。


 ジルドはシーヴァに向かって猛然と突き進む。シーヴァはゆっくりと「災いの一枝(レヴァンテイン)」を振り上げ、ジルドの動きに合わせてそれを振り下ろした。ジルドも「光崩しの魔剣」に魔力を込めて迎え撃つ。


 本来ならば漆黒の風によって折れてしまうはずの銀色の刀身は、しかし漆黒の刀身と凌ぎを削っている。「災いの一枝(レヴァンテイン)」が纏う黒き風を、「光崩しの魔剣」が無効化しているのである。


「うううぅぅうぉぉぉぉおおおおおお!!!!」

「はははぁぁはぁぁぁぁああああああ!!!!」


 シーヴァが「災いの一枝(レヴァンテイン)」にさらなる魔力を喰わせ、それを迎え撃つようにジルドも「光崩しの魔剣」に魔力を練りこむ。


 無効化はまぬがれたが前に進むことの出来ない黒き風は後ろに流れてシーヴァの周りに漆黒の翼を形作り、「光崩しの魔剣」からはあふれ出した魔力が白い光となってあたりに満ちる。


「くっ!洒落なんねぇな!!」


 その余波だけで、イストを始めとする見物客は吹き飛ばされそうである。イストとオーヴァの二人が防御用の魔法陣を展開した。


 鍔迫り合いを続ける二人の周りに暴風が吹荒れている。石畳が砕かれ、あるいはめくれて宙を舞った。


 変化は、突然起こった。


 ――――天より高き極光の。

 ――――闇より深き深遠の。


 凌ぎを削りあう「災いの一枝(レヴァンテイン)」と「光崩しの魔剣」。その二振りの魔剣の刀身に刻印されたその古代文字(エンシェントスペル)が輝きを放ち始めたのである。


 黒き暴風を放っていた「災いの一枝(レヴァンテイン)」は一転して白き極光を放ち始め、代わりに白い光を溢れさせていた「光崩しの魔剣」が深遠なる闇を発生させる。


「なんだっ!?」


 イストが叫ぶ。その顔は、やはり喜悦で歪んでいる。


 その叫び声に呼応したわけではないだろうが、鍔迫りを続ける二振りの魔剣のその接点を中心に、今度は空間が歪み始めた。今までは全てを排斥し吹き飛ばしていた暴風は一転してその風向きを変え、今度は全てを中心へと引き寄せ始める。


 シーヴァとジルドの二人は、自分たちの周りで起こっている現象に無論気づいていた。しかしそれでも二人は、自分の愛剣に魔力を込め続けた。周りの異常事態がどうでもいいと思えるほどに、目の前の好敵手との戦いに没頭していたのである。


 二人が込める魔力の量に比例して、空間の歪みが大きくなっていく。そして………。


「くう!?」

「ぬう!?」


 空間の歪みがはじけた。「ギイィィィイインンン!」という耳障りな金属音を残してジルドとシーヴァも吹き飛ばされる。二人が鍔迫り合いをしていた場所は、地面がえぐられすり鉢状のクレーターが出来上がっていた。


「剣が………」


 ニーナが呆けたように呟く。「災いの一枝(レヴァンテイン)」も「光崩しの魔剣」も、柄だけを残して刀身は砕け散っている。折れたわけではない。粉々に砕け散ったのだ。


 いつも間にやら集まっていた見物客の間にも、ざわめきが起きはじめる。しかしそのざわめきはイストの耳には入らなかった。


(何が………、起きた?)


 なぜ?原因は?どうして?


 分らない。分らない分らない分らない。理解不能だ。あまりのことに思考が止まる。こんなことは一体何時ぶりだ?


「は、はは、ははははは………」


 しかし湧き上がってくるものがある。


 それは驚愕だ。

 それは歓喜だ。

 それは渇望だ。


 衝動のままにイストは叫ぶ。


「確かにコイツは思っても見なかったぜ!!」


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