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乱世を往く!  作者: 新月 乙夜
第八話 王者の器
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第八話 王者の器⑪

 二人の男が食堂のカウンターに並んで座っている。二人は傍目にも歳が離れていることが明らかで、年齢だけならば祖父と孫の関係が一番近いだろう。もっとも、実際の関係は師弟だ。二人とも色違いだが同じデザインの外套を羽織っており、老人の傍らには金属製の槌が立てかけられている。


 店の中から響いた声が師匠(オーヴァ)のものであると気づいた瞬間、イストは全速力で逃走を試みたが、師匠(オーヴァ)の展開した魔法陣によってあえなく捕獲。首根っこつかまれ、引きずられるようにして店の中につれてこられたのである。


「それで?ここで何してんだよ」

「飯を食っておる」


 見て分らんか、とオーヴァ・ベルセリウスは目の前に置かれた料理を示した。白い湯気を立てるビーフシチュー、ドレッシングをかけた温野菜のサラダ、そしてバターを塗ったパンが二つ。なかなかに見事な料理である。


「いや、そうじゃなくて………」

「はい、お待ちどう様」


 ぬけぬけと答えをはぐらかす師匠に頭を抱えるイストの前に、カウンターの向こう側から食堂の女将さんが料理を渡す。三種類のホットサンドとコーンポタージュ。こちらも美味しそうである。


 目の前に置かれた料理とコッチを無視して食事を続けるオーヴァを見比べ、どちらを優先すべきかをイストは考える。一秒にも満たない時間で天秤は料理に傾き、イストも隣に座る師匠を無視して食事を開始した。呼び止めたのはオーヴァの方だし、用があるならあっちから話しかけてくるだろう。


 しばらくの間、師弟は何も言わずに食べ続ける。


「………弟子を取ったらしいの」

「ん?ああ、まあね」


 ちぎったパンをビーフシチューに浸して口に放り込みながら呟くオーヴァに、イストの方もホットサンドにかぶりつきながら答える。まったく、どこで知ったのやら。


「腕輪を渡すつもりか?」


 オーヴァの言う“腕輪”とは、アバサ・ロットの工房「狭間の庵」のことだ。これを渡すということは、つまりアバサ・ロットの名を継がせることを意味している。


「さあ?知らね」


 現状では本当に何も考えていない。弟子であるニーナがアバサ・ロットの名に相応しい腕を持つようになり、なおかつ本人が望むのならば継がせてもいいとは思っている。しかし、ニーナの目標は父親の工房である「ドワーフの穴倉」を継ぐことのはずで、彼女が自分のほうからアバサ・ロットを継ぎたいと言うことはないだろう。


「ま、腕輪の持ち主はお前じゃ。好きにすればよい」


 それはイストがオーヴァからアバサ・ロットの名を継いだ日にも言われたことだ。ほこりを被っている魔道具を売り払うも良し。保管してある資料を世に出しても良し。受け継いだ一切については好きにすればいいと言われたのだ。ただし、アバサ・ロットの名を名乗る場合には決して魔道具を金で売るな、と釘を刺されてもいる。


 それっきり二人は食事に専念して何も喋らない。何も喋らないが、お互いにそれを気まずく思っている雰囲気はなく、二人は黙々と料理を胃袋に収めていった。


「………おぬしに会いたがっている者がいる」


 料理を全て平らげお茶を啜りながら余韻に浸っているとき、ようやくオーヴァが本題を切り出した。


「オレが弟子を取ったっていう情報はソイツから?」

「まあ、そんなところじゃ」


 それを聞いてイストは顔をしかめた。ということはその人物はイストについて情報を集めたことになる。つまりはそれだけの組織力を持っているということだ。何が目的か知らないが、組織を率いる人間が自分に用があるとなると、あまりいい予感はしなかった。


「物騒な話じゃないよな?」


 イストは軽く首を捻って、食堂の隅の席に座っている四人組に視線をやった。四人はそれぞれ腰に剣を下げている。武器を持っていること自体は珍しいことではないが、彼らは玄人、しかもどこかで正規の訓練を受けた騎士であろうとイストは直感した。そしてそんな連中がこの場にいるということは、オーヴァとなんらかの関係があるのだろう。


(護衛兼連絡員、ってところか?)


 断るならば力ずく、などという話にならなければいいがと思いつつも、師匠(オーヴァ)が出張ってきている以上結局自分の意思は無視されるんだろうな、とイストは諦めの境地に達しうなだれた。


 そんなイストの様子を、オーヴァは(恐らくは意図的に)無視する。


「ハーシェルド地下遺跡は知っておるじゃろう?」

「ん?ああ、一時期発掘を手伝った」

「会いたがっておるのは、その発掘に資金を出しておったパトロンじゃ」


 それを聞き、イストの目に興味の色が出てくる。発掘を行なっていた考古学者のシゼラ・ギダルティは、「パトロンはアルテンシア半島の方」と言っていた。その時はどこかの領主の一人かと思っていたが、この時期に旅をしている自分を探し出せるほどの広範な情報網を持っているアルテンシア半島の有力者といえば、一人しか思いつかない。


「なんでまた?」


 わざわざハーシェルド地下遺跡の名前を出したのだから、今回の用件は遺跡がらみであろう。それならば一時的に古代文字(エンシェントスペル)の解読をしていたイストではなく、発掘を取り仕切っていたシゼラのところに話をもって行く方がよいのではないだろうか。


「『調査隊は全滅。遺跡は全壊』、だそうじゃ」

「そりゃまた物騒なことで」


 軽い調子で話しながらも、イストの視線は鋭い。


「………犯人は?」

「さて、巷は夜盗の仕業だと思っているらしいがのう………」


 オーヴァが言葉を濁す。ここでこれ以上は話したくないということだ。この都市ベルラーシは、そしてフーリギアの国そのものが教会の勢力内。滅多な話はしたくないのだろう。しかしそのオーヴァの態度が、イストの確信を深めた。


「行きたくないって言ったら?」

「そうか行く気になったか」

「………だよな。そうなるよな………」


 予想通りの展開にイストはうな垂れる。こうして次の目的地はアルテンシア半島に決定したのであった。


**********


 イスト・ヴァーレ、ニーナ・ミザリそしてジルド・レイドの三人は、オーヴァ・ベルセリウスと四人の騎士と共にアルテンシア半島を目指してベルラーシを旅立った。合計人数は八人で、しかもオーヴァたちは馬車一台に馬四頭を連れており、随分な大所帯になったといえる。


 イストたち三人は、だいたいは馬車に乗って移動した。が、馬車の中は荷物で溢れており、乗り心地がいいとは言い難い。だが、それもある意味では仕方がない。旅をするとなれば食料や調理道具をはじめ様々なものが必要になる。また今の冬の時期には野宿のための装備が必要であろう。誰もが空間拡張型や亜空間設置型の魔道具を持っているわけではないのである。


 もっともオーヴァは持っているはずなのだが、今回は使わなかった様子だ。あるいは別行動をすることもあったのかもしれない。


 ベルラーシを旅立って四日。一行は街道沿いの見晴らしのよい平原で野宿をしていた。用意してあったテントを張り、すでにそれぞれ休んでいる。


 幾つか張られたテントの中心に、煌々と光を放つマグマ石が置かれている。そしてその傍らに一つの人影があった。寝ずの番をしているイストである。


 三人だけで旅をしていたときは、寝ずの番をする必要などなかった。「敵探査(エネミーサーチ)」という魔道具を使い、害獣や不審者が近づいてくれば警報が鳴るようにしてあったからだ。しかし、今回「敵探査(エネミーサーチ)」は使えない。連れている馬に反応してしまうのだ。


(要改良、と………)


 今までイストは馬を連れて旅をしたことがない。空間拡張型魔道具「ロロイヤの道具袋」のおかげで、馬を必要とするほど荷物に苦慮するということがないのだ。だから「敵探査(エネミーサーチ)」もそれにあわせて作ったのだが、今回のようなことがあるならば改良したほうがいいかもしれない。


 欠伸をしながら、イストはそんなことを考える。まったく、「必要は発明の母」とはよい言ったものである。


「師匠………」

「ん?まだ寝てなかったのか?」

「なんか、寝付けなくって………」


 そう言いつつ馬車から顔を出したのは、イストの弟子であるニーナだった。彼女とジルドには、オーヴァたちと一緒にアルテンシア半島に向かう理由についてすでに説明してある。


 その際、ハーシェルド地下遺跡の発掘調査隊が全滅したことも伝えてある。ニーナにしてみれば、シゼラ・ギダルティをはじめ二ヶ月近く一緒に働いた人たちが死んだ、と言われたのである。昼間はいつもどおりに振舞っているように見えたが、やはりまだショックが抜け切っていないようだ。


「さ湯でよければ飲むか?」

「………もらいます」


 イストはマグマ石の上に掛けてあったやかんから、マグカップにお湯を注いでにーなに渡した。彼女は受け取ったカップを両手で暖めるように持ち、マグマ石のそばに腰を下ろした。


 一口、お湯を飲む。


「あったかい………」


 どこかホッとしたように、ニーナの表情が少し緩んだ。しかし、すぐに俯きつらそうに声を絞り出す。


「………みんな、いい人たちでした………」

「………そうだな」

「………みんな、優しくて好くしてくれて………」

「………そうだったな」

「なのに、なんで………!」


 とうとう、ニーナは喉を詰まらせながら泣き出した。握り締めたローブにはシワができ、そこに涙の粒が幾つも落ちる。


 イストは何も言わない。抱きしめることもしなければ、慰めの言葉を掛けることもしない。かといってどうすべきか迷っているわけでもない。ただ何もせず、そこにいることを選んだのだ。


「………すみません、なんか、泣いちゃって………」


 少し落ち着いたニーナが、鼻を啜りながら顔を上げる。なんとかして涙を堪えようとしているが、頬にできた筋には月の光が反射し続けている。


「いいさ、泣いてやれ。『聖歌の代わりに慟哭を。かくて死者は眠りけり』だ」


 イストがニーナも知っている教会の箴言を口にする。仰々しく聖歌を歌うよりも、本当に悲しいのなら声を上げて泣き悲しめばいい。それが何よりの弔いになる。そんな意味だったはずだ。


 ニーナの目の端に溜まる涙の量が多くなる。ついにニーナは声を上げて泣き出した。湧き上がる悲しみの全てを、泣き声と涙にして夜空と大地に帰していく。彼らの死を悲しんでいる人間が一人、確かにここにいるのだと残ることのない、しかしなくなることのない時間に刻む。


 一日にも半日にも、一時間にも半時間にも満たないほんのわずかな時間、その時間の間彼女は確かに彼らの死を悼み嘆き惜しみ、泣き声を上げて涙を流したのだ。


「………ほらよ」


 ようやく落ち着いてきた頃、イストはタオルをニーナに投げて渡してやる。彼女はもう声を上げて泣くことはなかったが、いまだ止めどなく涙を流す目をタオルに押し付けて隠した。


「………師匠は悲しくないんですか………?」


 二ヶ月近く一緒にいた人たちが夜盗に殺されたっていうのに、とニーナは涙声で聞いた。彼女には一通りの説明はしたがまだ今回の裏の事情、つまり教会が関与している可能性が高いということはまだ教えていなかった。


 とはいえそれは、今は些末なことであろう。


「………残念だとは思うが、悲しくはないな」


 イストは正直に答えた。魔道具を売り歩いたり気に入った相手に渡したりしていれば、なんらかのトラブルに巻き込まれるなんてことはよくある。その中で知り合いが怪我をしたり死んだりということは少なからずある。イスト自身、人を殺したことだってあるのだ。長年旅をして、そういう感情が麻痺している部分もあるのだろう。


「きっとどこか壊れてるのさ」


 おどけるように、しかし自嘲気味にイストは笑った。


「………わたしも、そうなった方がいいんでしょうか………?」

「まさか」


 心配そうに問う弟子に、イストは即答した。当たり前のことを当たり前に感じる。それは魔道具職人以前に人間としての問題だ。そんな根っこの部分を無理やりゆがめる必要などない。もっとも勝手に歪んでいくのを止める気はないが。


「それとも、そんなふうになりたいのか?」

「………なりたく、ありません………」

「なら、これから先も泣き続けろ」


 これから先、同じようなことがあるたびに涙を流せばいい。そうやって泣くことができるならば、きっと大丈夫だろう。


「………はい」


 ようやくニーナの表情が少し明るくなる。それを見たイストは、ホッとしつつも頭の冷たい部分では別のことを考えていた。


(やっぱりこいつはアバサ・ロットには向かないな………)


 アバサ・ロットとして大陸中を巡れば、人の醜い部分をいやでも目にすることになる。いや、それどころか自ら好んでそんな部分に首を突っ込むようなまねをするのだ。だからアバサ・ロットになるには、黒くて醜い人間の負の面を見たときに「快なり」と笑い飛ばせるような歪んだ精神構造をしていなければならない。少なくともイストはそう思っている。目の前の状況を冷たく客観的に、まるで舞台でも見ているかのように眺められないのであれば、アバサ・ロットになどならないほうがいい。


 歴代のアバサ・ロットが変人ばかりなのは恐らくそのせいだろう。アバサ・ロットとしての活動は誰かに強制されたものではない。変人のように図太くて歪んだ精神でなければ、続けようなどと思えないのだ。


(ま、別にどうでもいいけど)


 ニーナを弟子にしたのは、彼女がアバサ・ロットに向いていると思ったからではなく、魔道具職人に向いていると思ったからだ。それにイスト自身、まだ後継者を心配しなければいけないような年齢でもない。のんびりやればよかろう。


「ところで師匠、オーヴァさんのことなんですけど」

「………師匠がどうかしたか?」


 泣きはらした真っ赤な目を好奇心の色に染めながら、ニーナはイストの方に視線を向けた。逆にイストは逃げるように目をそらす。


「いえ、たいしたことはないんですけど」


 師匠(イスト)のこういう反応は新鮮だ。ニーナはここぞとばかりにいつもやられている分をやり返そうとする。が、しかし………。


「なんだ、師匠にも教えを請いたいってのか?」

「い!?」

「まあ確かにオレでは力不足かもしれないなぁ。お前のそのやる気に免じて、どれ今からでも師匠に………」

「ごめんなさいなんでもないです師匠はいい師匠です!?」


 腰を浮かせるイストを、ニーナは外套の端っこを掴んで必死に止める。イストでさえやり込めてしまう変人(オーヴァ)にモノを教わるなど、考えただけでも気絶ものだ。一人前の魔道具職人になる前に廃人になる自信がある。


 先ほどとは別の理由で涙目になる弟子を見て満足したらしいイストは、禁煙用煙管型魔道具「無煙」を取り出して吸い白い煙(水蒸気らしいが)を吐き出した。


「ま、師匠がシーヴァのところにいるって聞いたときは驚いたけどな」


 オーヴァの護衛に付いた四人の騎士がシーヴァの直属部隊所属だったこともあり、その辺の事情はすでに説明してニーナやジルドも知っている。


「そうですか?」


 イストの言い分にニーナは首を傾げる。先代のアバサ・ロットであれば魔道具職人としての腕は超一級のはずで、そのような職人であれば権力者たちはこぞって囲い込みたがるはずである。


 例えるならば、腕のいい魔道具職人というのは、金の卵を産む魔獣のようなものである。好き勝手をされて強力な魔道具が一般に出回れば、あちらこちらで被害が出ることは容易に想像できる。魔道具という金の卵は欲しいが、無理に取り上げようとすれば手痛いしっぺ返しを食うだろう。


 ではどうすればよいのか。檻に閉じ込め、しかし可能な限り宥めすかして機嫌を取るのだ。


 権力を持てば持つほど、人は優秀な魔道具職人を囲い込みそして管理しようとする。それは欲望に起因することもあれば、治安維持の一環であったりもする。いずれにせよ権力者たちは腕のいい魔道具職人を法律や規制という檻の中に閉じ込めようとするのだ。


 しかしその一方でその檻の中は豪勢に飾り付けられている。何不自由ない生活、大きな工房をはじめとする働きやすい環境、そして職人としての名誉。腕が良ければよいほど、その待遇は破格のものになっていく。権力者たちはそうやって、魔道具職人たちを抑えつけるのではなく宥めすかすのだ。


 アバサ・ロットという特殊な例はともかくとして、それが世の中の常識である。ならばアバサ・ロットの名をイストに譲ったオーヴァが、シーヴァという覇王のもとにいるのはむしろ当然ではないだろうか。ましてや名を譲った直後の彼は工房を持っていなかったはずなのだから。


「甘い。あの無礼厚顔を地で行く師匠だぞ?王だの貴族だの、そんな連中とそりが合うと思うか?」

「大変そうですね………」


 衝突している場面がたやすく想像できる。しまもやり込められているのは王侯貴族のほうだ。そのうち嫌気が差して雲隠れするオーヴァの様子まで克明に想像できてしまう。苦労してるんだろうなぁ、とニーナはまだ見ぬシーヴァ・オズワルドに思わず親近感を抱いてしまった。


「それにしても、なんでシーヴァ・オズワルドだったんでしょうか?」


 シーヴァに不足があるとは思わない。しかし話を聞く分には、オーヴァがシーヴァのもとに腰を落ち着けたのは、彼がまだアルテンシア半島のさらに北西にあるロム・バオアにいた頃だ。その頃であれば、彼以上の有力者など沢山いたであろうに。


「多分、師匠は自分が造った魔道具で世界とか歴史とか、そういうものが変わるところを見たくなったんだ。シーヴァはそのための、言葉は悪いが『道具』なんだろな」


 なぜシーヴァを選んだのか。それはあの食堂でイストもオーヴァに聞いていた。


『シーヴァの、アレ(・・)を使いこなして見せたぞ』


 アレ(・・)、と言われてイストが思いつくのは一つしかなかった。


 ――――「災いの一枝(レヴァンテイン)


 オーヴァが作り上げた漆黒の魔剣で、シーヴァの愛剣でもある。イストが知っているのはまだ術式を練り上げている段階だったが、その術式と使う予定の素材を聞いて、果たして使いこなせる人間がいるのかどうかと疑問に思ったことを覚えている。


 その魔剣を、シーヴァは使いこなしたという。


「その時確信したんだろうな。『コイツならば』って」


 信頼にたる確証はなにもない。しいて言うならば直感である。ただし、アバサ・ロットとして三〇年以上大陸を渡り歩いてきた者の直感である。そしてその直感が正しかったことは、今のアルテンシア半島を見れば良く分るというものだ。


「そういえば、お前にアバサ・ロットの名前の由来って話したっけ?」

「いいえ聞いてないです」


 ニーナはブンブンと音がしそうなくらい勢い良く首を振った。何かあるだろうとは思っていたが、なかなか機会がなくて聞けなかったのだ。


「初代のアバサ・ロットの名前がロロイヤ・ロットだってことは前に話したよな?」


 だからアバサ・ロットの「ロット」はロロイヤの姓名そのものである。では「アバサ」のほうはどうなのか。


「『()すべき()鹿どもに()ぐ』」

「………はい?」

「いやだから『()すべき()鹿どもに()ぐ』だって。そこから音節ごとに一文字ずつ取って『アバサ』」

「………え?え?ええぇぇぇぇえええ!?」


 イタズラを成功させた悪餓鬼のように、イストはニヤニヤと意地悪く笑う。もっとそれらしいエピソードでもあるのかと思っていたニーナは顔を引きつらせている。


「ほんと、ネーミングセンスの欠片もないテキトーな付け方だよな」


 イストも苦笑し嘆息する。


「だけど、これはロロイヤの意地の表れでもある」


 ロロイヤは天才的な腕を持つ魔道具職人で、特に空間拡張型や亜空間設置型の魔道具製造に秀でていた。イストやニーナも使っているが、この種の魔道具は恐ろしく便利だ。それはロロイヤの時代も同じで、それゆえ彼は彼の魔道具を手に入れようとする人々にしつこく付きまとわれたという。


「それで『()すべき()鹿どもに()ぐ』、ですか………」


 ニーナの声音は微妙だ。呆れが半分以上だが、職人の端くれとして共感できる部分も確かにある。


「そ。そしてその系譜たるアバサ・ロットは、名前からして『気に入った相手にしか魔道具を譲らない』と宣言しているわけだ」


 そしてそれが歴代のアバサ・ロットたちが旅を続けた理由でもある。一所に留まり続ければ問題が起きやすいという事情もあるが、それよりも旅をして各地を回ったほうが気に入った人間を見つけやすいという理由のほうが大きい。


「オレはそういうあり方が気に入っている。『コイツにはこんな魔道具が合う』って考えながら作るのは楽しいしな」


 例えば、イストはクロノワに「雷神の槌(トールハンマー)」という魔道具を渡した。しかし、この時点ではその魔道具のもとになった魔弓「夜空を切り裂く箒星(ミーティア)」もまだイストの手元にあった。

 魔道具としての性能を比べれば、威力や射程を制御できる「夜空を切り裂く箒星(ミーティア)」のほうが高性能であるといえる。しかしクロノワは魔導士ではないし、戦場においては軍を統率する立場である。


 そのような彼が「夜空を切り裂く箒星(ミーティア)」を持っていても役には立たない、とは言わない。しかしより扱いが簡単な「雷神の槌(トールハンマー)」の方が役に立つ、とイストは考えたのだ。


 しかし、イストが考えるのはここまでである。もちろん魔道具の性能を十全に引き出して、思っても見なかった力を引き出して驚かせてくれれば嬉しく思う。しかし彼の場合はそこまでなのだ。魔道具を渡した人間がそれを使ってなにを成し遂げたのか、その部分にイストは大概無頓着であった。


「オレはそれでいいと思ってる。オレは魔道具職人だ。その範疇から出ようとは思わない」


 イストは「無煙」を吸い白い煙(水蒸気と主張している)を吐き出す。それから、「だけど」と続けた。


「だけど、師匠はその先を見たくなったんだろうな………」


 それが良いとか悪いとか、イストは何も言わなかった。


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