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自分はここにいる
作:東 風林



第七話 フキゲン


 林間学校、というものに楽しい思い出はなかった。

 悠音は中学二年秋の林間学校が近付くにつれ、日々テンションを落としていった。無論、殆どの人はそんな悠音の心の内など知る由もないのだが。
 そして転入してきたばかりの双子には尚更、それは分かるはずもない。
「ゆ、悠音ちゃん、暗いよ」
 遥のおどおどした声に、悠音は暗鬱としたオーラを発しながら振り向いた。
「……何か用?」
 返事もそっけない。遥は首を竦める。
「用があるわけじゃ、ない、けど……」
「あっそう」
 真っ黒な空気が漂う。遥は涙目で小さく謝った。ハタから見れば喧嘩に見える。周りの視線が集まった。
 もちろんその視線の中には光のものもあって、悠音と同じクラスの光は彼女の機嫌が悪い事を朝から知っていたのだが、さすがに遥の涙を見ると腹が立つようで、人込みを割って入ってくると、悠音の後ろ襟を引っ張った。
「何すんのよ」
「てめえが何してやがる」
 低い声で呟き睨み合う二人。遥が慌てて間に入った。
 その瞬間、
「やめなよ」
 凛とした声が響き渡る。もちろん、遥の声ではない。三人が振り返った先には、光と悠音と同じクラスの女子がいた。
「悠音はさ――」
 涼しい表情で続ける彼女。
「林間学校が嫌いなんだよ」
 その瞬間、全てが静まり返った……のは、光の気のせいだろうか。
 光はおもむろに悠音に顔を向け、不機嫌極まりないその顔を見つめる。
「……って事はお前……林間学校が嫌だからってイライラしてただけなのか……?」
 ふざけんな。
 光は最後に口の中だけで、そう付け足した。
 ムスッとした悠音の顔にデコピンを喰らわせる。悠音はむぅ、と声を漏らして、光を見上げた。
 遥は光と悠音を交互に見つめている。さっきの女の子はもう背を向けて、その場から去っていた。
「なんかムカつくな。全部話せ」
 自分の秘密は隠したがるくせに、人の事は色々と聞きたがるらしい。
 否定しかけた悠音も、再び写メの脅しといういつものパターンで口を開く事になったのだった。
「小学生ん時の林間学校で登山中にさぁ……」
 トラウマの内容は案外馬鹿らしい話だった。道草をくっていたらいつのまにか皆とはぐれ、遭難しかけたというのだ。
 ふざけんな。
 光は心の中で繰り返す。
「今回は大丈夫だよ」
 遥がニッコリと笑って言った。
「ボク達がそばにいるから」
 悠音は遥の優しさに涙ぐむ。そこに、光も口を出した。
 悠音の背に手を回して、
「そうだな。ま、万一遭難しても俺が一生面倒みてやるよ」
「お前と一緒になんか山登るかッ! 先行ってろ! 私に構うな、つか近いッ!!」
 さっきまで暗かった顔が真っ赤になる。いつもの調子を取り戻したようだ。
 光は悠音から離れて、鼻で笑うと教室に戻って行った。
 何があるか分からない林間学校まで、残り三日だ……。
 ああ、もう。
 ただでさえ嫌な林間なのに、光と同じクラスだとまた一騒ぎ起きそうだッ!
 しかし時の流れってのは残酷なもんで、三日なんてあっという間に過ぎてしまうのだった。
 そしてもっと残酷なのは運命とか偶然とか。バスでの隣の席が光だというのはまさしくその中の一つだ。
「よろしくな、前野」
 嫌な笑みを浮かべる光。人通りの少ない帰り道だからって、ちょ、また顔近いし。
「離せ変態めっ!」
 遥は相変わらず助けてくれないようだ。悲しいわ。
「失礼な奴だな」
 舌打ちして悠音から離れると、光はまた歩き始めた。遥はさも可笑しそうに、クスクスと笑っている。
 何が面白いんだか……っ!
 光は慣れてるのかもしれないけど、私はあんなに顔が近いと驚くのよ! 言っとくけど、キスなんかした事ないんだからね!
 挨拶でもした事ない。日本人よ、私は。
「あのさ、悠音ちゃん。旅館の部屋どこ? ボク、遊びに行っていい?」
 話を逸らす遥には笑みを向ける。俺も遊びに行くとかほざき始めた光には眼光を飛ばすだけ。
「いいよいいよ、私は202だから。遥は四組だから近いわよね?」
「うん、ボクは210。悠音ちゃんも遊びに来てね」
 はにかんだ笑顔がなんとも愛らしい。
「俺は303」
「だから何よ」
 同じ顔なのについ扱いに格差が出るわね。
 光に部屋番号を聞かれたのは間違いだったかもしれない。あいつなら来かねないからだ。
 なんだかんだ言って女子が集まってくるしな。
「てめえ、俺と遥に対する態度がずいぶん違くねーか?」
 当たり前だろ。
「あんたに優しくしてたらどんな調子の乗り方するかわかんないわ」
「光はオレサマだからしょうがないよ……許してあげて?」
 珍しく遥は口を出す。
 遥が言うなら許してやってもいいわ。
 悠音は口を閉ざした。
 光は溜息を吐いて先を行く。その後に遥、そして悠音。
 夕焼けをバックに、三人は歩いていた。この時だけは、悠音は林間学校の恐怖を忘れていたのだが。
 今年も登山がある上に、嫌な奴がいる。そして中学生だからって、登る山がこの前よりもハイレベルなのだ。落ちたら一たまりもないだろう。まぁ、それは前の山も同じだが。
「林間学校、どうなるかなぁ……」
 楽しみと言わんばかりの遥の声が、悠音の恐怖を煽った。
 そして光はと言うと、
「お前を突き落としてやる」
 とかガキのような言葉を吐き捨てていたのだった。
 林間学校まで、あと一日。いや、あと半日もない。












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