第一話 ハジマリ
自分らしく生きなさい、と大人は言う。
でも自分が自分らしく生きていると、変な事をするなと大人が言う。
嗚呼、自分らしくってどういう事?
自分という型に当て嵌まって形を作られながら生きるって事?
わかんない。わかんないよ。
自分はここにいるのに、誰もそれに気付かない。そうさせたのが皆なのに!
「ねぇ、今度は大丈夫かなぁ?」
雲一つない青空の下、それとは反対に不安を胸に秘めながら弱々しく、その人物は隣に話し掛ける。
大きな校門の前だった。『菜恋后癒学園 中等部(サイレンコウユガクエン チュウトウブ)』と金の字で書かれた石の前に立つ人影は二人だけ。長い黒髪を靡かせる子と、その隣にいる黒髪に短髪の子。背格好はとてもよく似ていて、双子であろうと思われた。
「大丈夫だろ。……多分」
質問の返答にもどことなく力がない。無理もないか、と溜息を吐く。
「なんだよ、その顔……仕方がないな。じゃあ、こうしないか」
相手はこちらに向き、目を輝かせて言った。その目は希望に満ちている。何? と問い掛けると、耳に唇が寄せられた……。
六月三十日、朝八時。学園内にはたちまち噂が広がっていた。今日双子の姉弟が転入してくるらしい、と。口コミの力はなかなか侮れない。
その広がり方といったら……、調子の悪い時のネットに比べたら、断然速いだろう。
そもそもこの学園に中等部から転入して来るなんて、あまり例はない。夏の始めになんて時期的にもおかしいし、随分と急な話だ。
故に、二人は学園に来る前から有名人だった。
「双子の男の方、ウチのクラスに来るみたいよ!」
誰が最初に言い出したのか、恐るべし人間の情報網。私の耳に入ったのは一体何人に回った後だったのだろう?
そんなこんなで、担任が転入生を紹介する頃には、私――だけではなく皆の興奮はピークに達していた。
「山賀 光です」
どうやらこの短髪の子が、噂の双子の弟らしい。男子が来れば私もその他の女子も騒ぐのは必然だった。何故って? なんてったってこの学園には男子が少ない。そして男子さえも息を呑む程、その顔は整っていた。
隣のクラスではほぼ同時に、双子の片割れが自己紹介をしていたようで、歓声が壁ごしにも聞こえてくる。
もう一人の名は遥と言った。光に負けず劣らず――……とは言っても同じ顔をしているが、こちらもまた男女関係なく見とれる程の顔立ちだった。
ああ、そうそう、とりあえず『私』の紹介もしておこう。私は前野 悠音。一躍有名人となった双子の一人・光と同じクラスになった普通の女の子。平凡な生活を送る一介の中学生。
うん、じゃあそろそろ、私も山賀 光に話し掛けてみようかな。
だって彼、とってもカッコイイんだもの!
でもこの時、私は何も知らなかったんだ。光と遥の秘密を。
と言うより……最終的に知らない人の方が多いのだし、私だって知らない方がよかった。
だって二人が……ああ、いや、これは、言わないでおこう。
いずれ知る事になるのだから。一部の人、は。
貴方は知る人と知らない人、どちらになるのかな。
遥は放課後になると、真っ先に光の元へ駆けて行った。恥ずかしそうに、言いにくそうに、それでいてスッキリとした声でその名を呼ぶ。
その声に気付いた光は、少し苦笑して手を振った。遥が傍に来る。二人は目を合わせて微笑んだ。
「……ね、ボク、ちゃんと話せたかなぁ?」
と、遥。
「大丈夫じゃねえの? 何も心配しないで振る舞って大丈夫だぞ、……遥」
光の言葉に遥は顔を赤らめて頷く。長い艶のある髪がサラリと音を立てた。
「で、さ。あのね、光……明日……」
「わかってるよ。身体検査だろ」
そう言って、光は笑う。心配するなと、遥の頭を撫でた。綺麗な髪がクシャクシャになって、遥は慌てた。
「でもな、正直俺達だけじゃ無理があるな……完璧にやるには」
そこまで言って初めて、光は背後に誰かの気配を感じる。一瞬で振り返って、その鋭い眼光をその人に向けた。
それが、悠音だった。
特に彼女は二人の会話を盗み聞きする気はなく、光に忘れ物を渡そうとしていただけで、ただ会話を邪魔してはいけないと思ってそこに立って待っていたのだが……それが裏目に出た。
悠音の運命を変えたのは、恐らくこの瞬間だろう。
「……何だ、お前は……聞いてたか?」
「は、っ? 何を?」
惚けた覚えはない。悠音は天然なのだった。遥は黙っている。美しい表情に不安の色を浮かべて。
「だから、俺達の会話だよ」
それほど低くない声なのに、妙な凄みがある。でも会話なんて声が少し聞こえたが内容は全然わからなかった。
「知らないわよ」
「ふん、どうだか」
本当の事を言ったら即刻否定された。
「まぁどっちにしろ安心はできねぇな……しょうがない、こいつも共犯者だ。な? いいだろ、――遥」
え?
いや、ちょっと待て、何がどうなってんの!?
悠音がそう言葉にしようとした瞬間に、遥が口を開いた。
「ボクは誰でも構わないけど……」
「よし、決まりだ」
勝手に話が進められる。
ロクでもない不安が悠音を過ぎった。
そう……これが私の――じゃなくて私達の、始まり。
今思えば、これが始まりだったのだ。
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