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一巻《鳳凰の息吹》
chapter 0 疾走
挿絵(By みてみん)


『……A3エリアにショットガンを――う』
 その言葉だけを残して無線が途切れる。
 少年――坂上洋介の耳には、大粒の雨が草木を叩く音だけが重々しく響く。
 おそらくは最後の仲間も倒れたのだろう。
 どうしてこんなことになってしまったのか。鬱蒼と生い茂る木々と雨から逃れるように、洋介は乳酸の溜まった足で地を踏んだ。
 ぬかるんだ地面と低い草に足をすくわれそうになりながらも、洋介は駆ける。ただ、駆ける。速度が維持出来ている自信は無いが、足を止めてはいけないと本能が警鐘を鳴らしている。
 体より少し大きめの迷彩服は雨に濡れて濃い色調に変わり、跳ねた泥が付着することで迷彩のパターンが変化していた。
 ふと頭に過ぎったのは一時間ほど前に食べた昼食――先輩である瀬谷(せや)が作ったポトフだった。まさに「自己流」を体現したそれは、半煮えのジャガイモと、細かすぎるタマネギが舌に触るものだった。味付けには自信が有ると言った少女に、隣の鮫嶋が調味料だから誰でも味は変わんねえだろう、いや、お前が女並みの事ができた事を褒めるべきか、と言っていたのを思い出す。
 さっきまでは痺れを感じていた足だったが、今はその感覚すら失せていた。
 これは夢なのだろうかと己に問う。喉に広がる血の味と、弾け飛びそうなほど激しい動悸が残酷な答えを突き付け続けている。
 ざあざあと、耳障りな雨。姿のない敵に四肢を絡め取られているようであった。
 ――これが戦場。どんな雑兵でも、どんな英雄でも、常に死と隣り合わせ。死を恐れるからこそ前に進んで命を奪う、矛盾を孕んだ悲劇。
「は……ッ、ぁ」
 地を這う巨木の根に躓いて頭から地面に倒れ込む。泥水に塗れた防弾ゴーグルを通した視界の先に、先ほど撃ち抜かれた左手が映る。それと同時に突撃銃(アサルトライフル)を既に投げ捨ててしまったことを思い出した。
 洋介の武器は右手に握られた回転式拳銃(リボルバー)、ニューナンブM60と、二個の手榴弾が残るだけだ。左手が使えないので弾を込めることもできず、手榴弾のピンは噛んで抜く必要があった。
 敵の数はリボルバーの弾数より少ないだろうが、一発ずつの弾丸で仕留めていくなんて真似は不可能だろう。
 味方の援助を受け自分が敵陣を壊滅させる。与えられた役目は、この状態からではもう果たせない。
「――っ」
 立ち上がった瞬間、胸が張り裂けそうになる。真正面の十メートルほど先の藪が大きく揺れた。
 逃げなければならない事は分かりきっていたが、余りの不意打ちに一瞬の隙が生じる。ボロ雑巾のような体を奮い立たせて立ち上がり、起き上がりざまに右手のM60の一発を見舞う。だが、疲れ切った右手では三十八口径の反動を殺すことは出来ず、反動で銃口が大きく跳ね上がった。
 近場の木陰に素早く身を隠した洋介をショットガンのけたたましい発砲音が襲う。
 洋介は既にピンを抜いていた手榴弾を敵に向かって放り投げた。爆音が響く――が、かわされたらしい。ショットガンの銃声は鳴り止まない。
 背後で草が揺れる音がする。挟撃という二文字が頭に浮かんだときには、洋介は既に動き始めていた。
 覚悟を決め、ショットガンの銃声の合間を刺すように木陰から躍り出た。ほとんど相手の姿を見ずにニ発の銃弾を発射するも、敵は瞬間的に膝を折ってかわす。
 そのままの態勢で敵が放った散弾が、洋介の右半身に命中した。M60の最後の二発で応戦を試みるも、それより速く握った右腕が撃ち抜かれる。
 
 ――手榴弾のピンを抜いて自爆に巻き込めばよかったか。

 そんな風に考えた洋介だったが、両腕が使えない状態での反省など塵ほどの価値も無かった。
 勝者の余裕を漂わせて人影が歩いてくる。わざわざ腕を撃つ悪趣味な襲撃者の顔を見るために洋介は足音の方へと首を向けた。雨露と汗で曇ったゴーグルのせいで相手の顔は良く見えないが、手に持っているのが大型のショットガンであることだけは把握できた。無線機から得た情報が確かなら、自陣を壊滅させた『ショットガンを持った人物』は目の前の人間で間違いない。
 ゆっくりと、ショトガンが洋介の顔に向けられた。
「――――」
 敵の口が動いた。何かを呟いたようだったが、朦朧とする意識の中ではそれを聞きとることはできない。
 眼前でショットガンが火を噴いた。
Illustrated by Hatsuki

設定画は初木君の提供でお送りします


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