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非異世界ファンタジア 作者:なんこつ
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第八話 山小屋にて

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 中学生活も半ば、その秋が深まる頃。これから日も暮れようというその時に、俺は僻地の山小屋にいた。

「救助は明日!? 待ってください、ここには子供たちもいるんですよ!!」

 それも今日中の帰宅は難しいらしい。金切声をあげる女性に不安をあおられた女の子の一人が涙の堤防を決壊させる。
 どうしてこんなことになっているのか。要因は色々あれど、やはり一番の原因は今も降り続けるこの大雨にあるだろう。激しく叩きつけるような音を奏でる雨と雨雲に視線を向けつつ、今日までのことに思いをはせる。



「春日井、ちょっといいか」

 放課後、HRを終えてさあ帰ろうかという矢先に担任から制止の声がかかった。

「なんでしょう?」

 提出物は滞りなく出しているはずだし、身だしなみを始めとした生活態度にも問題はないはずだ。つまり、呼び止められる覚えがない。となると、厄介事だろうか。

「来月の十五日なんだが――」

 それは確かに厄介事だった。担任の話を要約すると、十一月の十五日に県主催の各中学校の交流会があるらしい。そこでは自校の調査報告書を携えて生徒間で意見交換を交わすのだという。この時点で面倒くさそうなのだが、その内容は特報として新聞に掲載されるのだというからたまらない。

「うちの県は教育に力を入れている家庭が多いからな。良い資料になるというわけだ。責任重大だぞ」
「……なぜ、その話を俺に?」

 いや、俺とて分かっている。分かっているが余りにも気軽に、適当に、他人事のように語る担任の様子が癪だったのだ。

「もちろん、お前に頼みたいからだ」

 ですよねー。

「俺じゃなくても、他に適任がいるのでは? 例えば、そう。生徒会の面々とか」

 しかしながら喜んで受けたいような内容ではないため、他の人への押しつけを試みる。ちなみに現生徒会所属の人間に知り合いはいないため、俺の良心も傷まない。

「あいにく彼らを筆頭にほかの成績優秀者の面々は英語スピーチコンテストと弁論大会の準備で忙しい。とてもではないがこっちに割くための時間など無いな」

 以前俺が辞退した案件だった。まさかこんなところでツケが回ってこようとは。

「それにこれは学校行事扱いだから特別な理由が無い限り辞退できないぞ」

 そして事実上の赤紙宣言であった。思わず頬が引きつる。

「まあ、悪いことばかりじゃない。当日は公欠扱いになるし、内申点の向上にも大きく寄与するからな」
「それなら希望者がいくらでも出るのでは……?」
「こんなところで内申点を稼がなきゃいけないような奴に学校の宣伝を任せられるか」

 あんまりな、しかしご尤もな内容に思わず唸る。つまり公欠や内申点の加点といったメリットはあるが、それにつられるような層には用はないのだ。需要と供給のミスマッチ。いや、この場合は提供する見返りが不適格なのが問題だろう。

「ちなみに当然、使用する資料作成は先生方が手伝ってくださるんですよね?」

 ふと、気になったことを尋ねると、曲者の担任はイイ笑顔を浮かべている。

「素案チェックとデータ提供と最終確認はまかせろ」

 目の前で親指を立てる男への怒りと予測される作業量に眩暈がする。ほぼ一人で原案作成から調査、清書までこなせと言われているのだから。これなら弁論大会の裏方に出も回った方がマシだったかもしれない。

「じゃあ、来週までに素案の提出をすること。頑張れよ」

 そんな俺の様子など気にすることもなく立ち去る担任を俺は無言で見送った。



 そんなやり取りから約一月。件の資料は休み時間、昼休み、そして休日の遊び時間を潰すことになったが、何とか満足のいくものを用意することができた。そして今日、発表と意見交換をつつがなく終え、あとは他校生と雑談でもしながら迎えのバスを待つばかりといったところだ。だがそんな折、部屋に一つの着信音が響いた。

「はい、もしもし」

 今回のイベント担当の県庁職員が席を立ち、部屋の隅に移動する。なにやら焦った様子で話をしているが、昼前から降り始めた豪雨の音により内容は聞き取れない。

「じゃあ、今度一緒に遊びに行こうっ」
「いいねいいね。買い物とか映画とか!」
「あのポイントは道中の弱点属性で揃えていくといいよ」
「でもそれだとボス戦が厳しくない?」

 周囲では中学生らしい呑気な会話をしている。反対に通話を終えてこちらに戻ってくる県庁職員の顔色は悪い。

「何かありましたか?」

 新聞に載せる記事を作成するために同行していた記者が訪ねる。

「橋が崩落して、帰りのバスが来られないみたいです」

 どうやらトラブルらしい。先ほどまで騒がしかった室内は静まり返り、ただ激しい雨音だけが響く。

「どういうことですか?」

 もう一人の県庁職員が訪ねる。こちらも先ほどまで談笑していた時のような余裕は感じられない。

「詳しいことは私にも。ただ、この雨で川が氾濫して道中の橋が崩落したみたいなんです」

 俺たちが現在いるところは県の所有するイベント会場。もとい僻地の古民家を流用した山小屋で、行き来には一つの橋を渡らねばならない。たいして大きくもない石橋なのだが、これを渡る以外のルートが無い以上、崩れてしまったらバスで帰ることは不可能だ。他の人もこのことに気が付いたようで、動揺が、特に生徒間には大きく、広がっている。

「あの。消防にレスキューを頼んでみてはどうでしょうか」

 いち早く落ち着きを取り戻した一人の男子生徒が控えめに県職員に進言する。

「そ、そうですね。電話してみます」

 気を取り直した女性職員が再度電話をかける。そしてその結果、冒頭の状況に至るのだ。



 考えるに、既に日が暮れそうなことと先ほどから聞こえてくる強風のせいだろう。すぐに橋をかけられない以上はヘリでの救出となるが、暗闇と強風はその危険度を大きく上げる。それならば一晩時間をおいて様子を見ようという判断になってもおかしくない。だが、正しい判断が必ずしも現場の状況を改善に導くとは限らない。
 予想に違わず、通話を終えて戻ってきた女性職員が同じようなことを述べると泣き出す女子生徒が増えた。県の職員二人は頭を抱えているし、新聞記者は我関せずで気楽に構えている。

「僕たちは、どうすればいいんでしょうか」

 ただ、中には比較的冷静な生徒もいるようで、先ほど消防への連絡を提言した男子生徒は職員二人に指示を仰ごうとする。

「どう、しましょう」
「……しばらくは、そのまま待機で」

 しかし尋ねた相手が悪かった。見るからに年若い二人の職員はこちらを不安にするようなことしか口に出来ず、当てのない待機指示を出すだけだったのだ。男子生徒は何ともいえない表情を浮かべたものの、それ以上なにも言うことなく俯いた。



 それから三時間が経過した。幸い電気は通っているので、暗闇で更なる混乱に陥るという事態は回避できている。しかし、戸を締め切っていてもどこからともなく入り込んでくる隙間風が体を冷やす。十一月の空気は冬服に衣替えする前の中間服ではなかなか堪えるものだ。そしてその寒さのせいか、大人三人は舟をこいでいる始末である。この様子では何も期待できそうにない。

「仕方ないか」

 誰へともなく小声で呟く。大人を立てていた方が上手くいくと思って放置していたが、流石に我慢も限界なので自分で動くことにする。
 突然動き出した俺に注目が集まるが、気にせずまずは家探しを敢行する。合宿等のイベント会場に使われていることもあって、押入れには数台のファンヒーターと予備の毛布が十枚以上あった。もっとも、ファンヒーターには給油がされていなかったので使うことはできないが。また、土間に下りて床下を覗くと薪のストックも確認できた。これを使えば囲炉裏で暖を取ることも出来るだろう。古民家を流用していればこそだ。加えて、台所の下の収納スペースからは保存食も見つかった。全て乾パンで、なおかつ半分以上が消費期限切れなのはご愛嬌。あっただけ儲けものである。水道は通っているので飲料水の心配は必要なさそうだ。

「というわけで、毛布は三人で一枚使用してください。乾パンは二人に一缶です」

 途中から参加した数人で手分けして物資を運び終えた後そう告げると、未だ動き出せていなかった人たちもようやく再起動を果たした。泣いていた女子生徒もとりあえずは笑顔を見せている。

「やるなあ、少年」

 すると、記者の男が物資に群がる人たちを見ている俺に笑いながら話しかけてきた。相変わらずどこか人ごとのような態度だが、まあそれは置いておこう。

「あとは囲炉裏で火を起こして暖を取れば、夜はしのげると思います」

 感心したように頷いて見せる様子に悪い気はしない。

「あ、火は危ないから私たちが」

 しかし火を付けようかと備品のマッチを手に取った時、ちゃっかり毛布と乾パンを取ってきた職員がそんなことを口にする。中学生に混じって取ってきたのかと呆れつつ、一応の責任者でもあるからと火種を渡す。火など誰が付けても同じだから、と。

「あれ? 上手くつかないな」

 だがそれは間違いだったらしい。なにせ、大きな木の板に直接火を付けようとして上手くいかないと唸っているのだから。

「紙とか燃えやすいものから火を大きくしてみては?」

 これは酷い、なぜよりにもよってそれを選んだ、などと言いたいのを飲み込み、助言を行う。すると今度は紙をそのまま燃やして燃えカスを量産し始めた。

「駄目だ、すぐ消える」
「……」

 もはや絶句である。後ろを向くと記者は笑いを堪えていることから、正しい火の起こし方を知っているのだろう。

「代わります」

 しかし記者は代わるどころかアドバイスをする気もなさそうなので、俺が代打を申し出る。職員は申し訳なさそうに、だが現状を見つめている生徒たちの視線から逃れられることから安堵したようにマッチを渡してくる。
取り急ぎ、捻じった紙と木の枝を使って素早く火をおこし、徐々に大きくしていくと感嘆の声が上がる。

「おお~」

 思わず呆れそうになるが、考えてみれば俺も夢の未来体験において同じことをやらかしたから知っていたのだ。現代っ子は知らなくて当然。むしろ知っている俺が変わりものなのかもしれない。

「あったかい」

 誰かの呟きが静まった空気を震わす。そこに不安と悲しみは既になく、火による安息が生まれていた。



 ゆっくりと時は過ぎ、やがて夜が明ける。火の番を買って出た大人たちが信用できず、睡眠をとらなかった俺に窓から差し込む朝日の光はなかなか辛い。だが雨風が止み、雲が晴れた証と思えばこれもまたいいものだろう。他の面々も起きだし、外を見て笑顔を浮かべている。ふと入り口で物音がしたので目を向けてみれば、職員の一人が電話を手に戻ってくるところであった。こちらも笑みを浮かべている。

「九時ごろに、ヘリコプターで救助に来て下さるそうです」

 帰れる。その意味を理解し、生徒たちは沸き立つ。職員二人もどこか安堵しているようだ。変わり者の記者の男だけはやれやれといった風体だが。

「ようやくか」

 かくいう俺も一つ息を吐く。特に危険もない状況で一晩だけだったが、それなりに緊張して疲労もしているらしい。夢では野営の経験も数えきれないほどあれど、記憶だけで体が慣れているわけではないからだろう。……異世界行きに備えて野営の訓練もするべきだろうか?

「では今のうちに片づけと準備を済ませておきましょう」

 そんな益体も無いことを考えていると、職員の音頭で現実に引き戻される。もちろん俺一人サボるわけにもいかないので皆に合わせて行動する。空き缶を備品のごみ袋にまとめ、毛布をたたみ、火の後始末をする。書類はクリアファイルに突っ込み、文具は筆箱へ。全て終わった後は軽く話をしながら時間が来るのを待つ。そしてしばらく。

「ヘリだっ!!」

 プロペラ音で会話は終わり、皆が一斉に山小屋から飛び出す。待ちわびたオレンジ服の隊員に一人ずつ橋の向こう側まで運ばれ、一日遅れで帰宅を果たすのだった。



 後日、今回の事でインタビューを受け、新聞の記事にされることに頭を抱えるはめになったのだが、それはまた別のお話。

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