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非異世界ファンタジア 作者:なんこつ
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第六話 お受験騒動

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 例年に比べて長かった梅雨も終わり、小学生最後の夏休みを目前に控えた頃にその話はやってきた。

「中学受験、ですか」
「そうだ。春日井ならいいところを狙えると思うぞ」

 そう言って、県内でもなかなかの有名どころを挙げていく。
 少子化対策の一環として学校に多額の補助金をばら撒いている我が県では、私立の中学校や高校が非常に多い。ゆえに一口に中学受験と言ってもピンからキリまであるのだが、目の前の担任が勧めてくるのは有名高校や有名大学への進学率も高く、そこの名前自体にある程度のブランドがあるようなところだった。とはいえ。

「あー、興味ないですね」

 そんな学校激戦区を生き抜いてきた公立校も非常にレベルが高く、ブランドさえ気にしないのなら私立に行く必要などない。むしろ高い授業料や寄付金を払う必要がない分、地元で生まれ育った者たちには公立校の方が人気があるくらいだ。

「まあ、そう言うな。今週末にでも親御さんを交えて話がしたいから、予定を空けられるか聞いてみてくれ」

 ところがどういうわけかこの担任、やたら強引に私立受験を勧めてくる。本人が興味ないと言っているのだから、普通そこで話は終わりそうなものなのだが。まあ、俺の知らないイチオシの理由でもあるのかもしれない。両親に予定を確認するくらいはしてみるとしよう。



「ほう、中学受験か」
「夢人は優秀だものね」

 感心した風の父に、嬉しそうな母。受検の話を教員サイドから打診されるのは、合格の可能性が高そうな子だけだ。ゆえに誇らしいのだろう。少しばかりこそばゆい。

「でも、必要ないかなって思うんだよね」

 スポーツは北辰バスケットボールクラブでしているし、勉強面は公立校で十分だ。なにより異世界に行く時に備えるために色々と動く必要があるのに、勉強をメインに据える私立校とは相性が悪く感じる。

「まあ、特に学業が盛んなこの県だとそうかもしれんな」
「でも、ちょっともったいないわね」

 それに、必要か否か以前に入学できるかどうかという問題もある。

「そもそも、受かる気がしないしね」

 そう言うと、二人は同時に口を開いた。

「そんなことはないわよ」
「夢人なら問題ないだろう」

 評価してくれているのはうれしいが、俺が勉強ができるのは夢の記憶によるものだ。逆に、夢で体験していないことに関しては人並みなのである。そして夢の中で中学受験はしていない。つまり、中学入試と言うものの性質に慣れるための勉強をゼロからする必要があるのだ。もちろん、それだけに注力すればわからないが、今のように運動や魔法のトレーニングをしながらだと間違いなく時間が足りない。これでも結構多忙なのだ。それを聞いた母はどこか釈然としない様子で呟く。

「あんなにたくさんドリルをやってたのに、それでもダメなんて……」
「あれは思考速度を上げる訓練のためのもので、中学受験には対応していないからね」

 夢の体験の記憶があると言えど、現実でそれを実際にやったわけではない。つまり、筋肉や思考速度などは鍛えないと使い物にならず、せっかくの夢の記憶も宝の持ち腐れでしかないのだ。
 ゆえに、身体トレーニングも欠かさず行っているし、結構な量の問題集をこなしてきた。ただ、それらはあくまで基礎的なものに過ぎないので、中学受験のような捻った問題に対する対処法を学べたわけではない。これが体験の記憶にある高校受験ならまた話は違ってくるのだが。

「ところで、面談だったか。私はどちらも仕事が入ってるから無理だな」

 父が思い出したかのように話を本筋に戻す。

「私は特に予定はないから、お話だけでも聞いてみようかしら」
「分かった。伝えておくよ」

 余り気は進まないものの、今週末は三者面談と相成りそうだ。



 週末。午後二時ごろに訪れた担任が、一人熱く語り続けている。途中からループし出した話に俺も母も辟易しているのだが、目の前の人物はそれに気付かない。時計は既に午後三時半を示している。

「――と、いうわけです。いかがでしょう? 中学受験をされるのであれば学校としましても最大限の配慮をいたしますが」

 やっと終わった。本人はやりきったと言わんばかりの表情をしている。

「残念ですが、受験させるのはやめておきます」

 母の言葉に唖然とする担任。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。一瞬動揺した様子を見せた後、再度説得のために喋り出した。

「で、ですがね、お母さん。より良い将来を掴むためにはより良い環境に身を置かねばなりません。そしてそれは早い方が良い。中学受験はその絶好の機会です。お子さんの将来を考えて、受検を決意してみませんか?」
「子供にその気がないのに強制させても効果は薄い、と考えてますので」

 そのセリフに落とすべきは俺だと判断したのだろう。担任の矛先がこちらに向いた。

「春日井。君のような成績優秀で品行方正な生徒には有名中学がお似合いだと、先生は思う。さあ、受験してみようか」
「いえ、公立で十分だと考えていますので」

 そっけない回答をすると、担任の顔が引きつる。

「あー、まだ学校の内容がよく分からないから不安なんだよな? よし、もう一回先生が説明してやるから、今度はよく聞いておくんだぞ」

 その言葉に母と二人焦る。また一時間半もループ演説を聞かされては堪らない。

「分かりました! もう一度家族で検討してみます。今日はありがとうございました!」
「んー……そうか。分かった。賢明な判断を期待するぞ。それではお母さん、今日はお時間をいただきありがとうございました」

 残っていたお茶を煽り、玄関から出て行く担任を見送る。ドアを閉め、施錠をしてから何とか追い返したことに安堵の息を吐く。下手な訪問販売より性質が悪い。

「なんだか、先生がいらっしゃる前より私立受験の印象が悪くなっちゃったわ」

 ネガティブキャンペーンとしては大成功の様だ。



 ところが、俺の忍耐の日々は次の日から始まった。

「受験の意思は決まったか?」
「いえ。やっぱり受験はしないことにしました」

 時間を見つけては職員室に呼び出し、

「どこを受けることにしたんだ?」
「はい?」

 暇を見つけては声をかけ、

「このテキストが受験には良さそうだぞ」
「……」

 執拗に受験を迫ってくる。しまいには、

「中学受験すら挑戦できないようなら、この先なにをやってもダメ」
「立派な大人になるにはそれ相応の環境が必要」
「所詮社会は経歴がモノを言う」

 等々、どんどん発言が過激になっていった。



 そしてある日の放課後、ついに俺は空き教室に呼び出された。

「いい加減、志望校を決めないと対策が間に合わないぞ!」
「ですから、中学は公立にすると言ったはずです」

 イラついた様子で大声を上げる担任に、努めて冷静に返事をする。

「私は、お前の、ために、言って、いるんだ!」

 机を叩く音がうるさい。思わず顔を顰めてしまう。だが、答えは変わらない。

「ありがとうございます。ですが受験はしません」

 そんな様子の俺に、しかし担任の忍耐は限界を迎えたようだ。

「いいから、黙って言うことを聞け!!」

 胸ぐらをつかまれ、壁に押し付けられる。明らかに犯罪の域なのだが、所詮は子ども。恐怖で言うことを聞かせられると思っているのだろう。だがしかし、あいにくとこちらは普通の子供ではない。

「これは、どういうことかね」

 突然の第三者の声に、姿勢そのままで振り返る担任。そこには、

「こ、校長!?」

 彼が今、その醜態を最も見られたくない人物が立っていた。

「これはどういうことかね、戸田くん」

 顔を青くし、震える担任。ふと、何かを思いついたのか作り笑いを浮かべつつ、俺から手を放した。

「あ、あはは。少しばかり指導に熱が入り過ぎてしまいました。すまなかったな、春日井? 痛っ」

 苦しすぎる言い訳。しかし本人は俺しだいで切り抜けられると思っているらしく、話を合わせろと手を握りつぶしてくる。なので身体強化をして握り返してやった。

「見ての通り、戸田先生に暴力で脅されていました」
「なっ」
「うむ。最初から見ていたから分かっている。素直に認めるかどうかを試しただけだ」
「なあっ」

 驚く担任は、事ここに至ってどうにもならないことを理解したのだろう。力なくへたり込み、慟哭する。しかし彼に同情の言葉をかける者など、この場にいようはずもなかった。



 種明かしをすれば、なんてことはない、普通の対応をしただけだ。今日の昼休みに親子で校長に対し苦情を入れたのだ。しつこいから何とかしてくれ、と。そこに偶然呼び出しがかかったので、事前に校長室に寄って実際に現場を見てもらうことにした。その結果があれである。
後で聞いた話によると、来年から進学強化クラスを設置する予定で、担任はその責任者の座を狙っていたらしい。今年の進学実績が良ければ選出されるだろうと。また、俺の他にも数人の公立進学予定の成績優秀者に対して脅迫行為を行っていたことが余罪追及で明らかになった。モンスターペアレントならぬモンスターティーチャーだったというわけだ。
 結局、担任は解雇処分になったそうだ。後釜を誰にするかという問題もあったようだが、学年主任が併せて受け持つということで落ち着いたらしい。その先生は極めてまともな人格者なので、残りの小学生生活は安心して過ごせそうだ。
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