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読み専は一人、ネットの海を泳ぐ。

作者:庵田 恋
 知らない誰かが紡いだ物語を、すぐに読める現代に生まれてよかったとつくづく思う。

 電波で情報化してしまっても物語の本質というものは、文字が生まれた瞬間から不変だ。
 頭の中の形のない空想を文字という媒体によって、文章という他者とコミュニケートできる代物に昇華させる。

「今日はなかなか良さそうなのがあるな」

 誰もいない部屋で一人ニヤける。傍から見れば相当に危ない人間だが、流石に人前でそれを出すべきかどうかのTPOくらいはわきまえているつもりだ。

 こうやって仕事が終わって帰宅して、ネットで新たな小説を探すのが僕の日課。
 周りの同僚にはこのささやかな趣味のことはあまり話さない。というか誰にも話していない。あまりにも普通からは逸脱した趣味だからだ。

 ビールを片手にテレビを見て、何となく一日が終わる。社会人と呼ばれる人々の大体はそうするのが一般的らしく、自分もそういうことにしている。

 だが現実はこうだ。

 どこの誰か、全く知らない人の空想を読んで楽しんでいる。そう言えば前に大学の頃の友人に話したらこんなことを言われた。

『なんでわざわざそんな素人のやつを読むんだ? 売ってるやつのほうが良いに決まってるだろ』

 正論。

 これ以上ない真っ当な正論である。

 中には書籍化、つまりは本になるようなものもあるが、残念ながらネットを探っていて見つかるものの大半はその域に達していない。むしろ読まなければよかったと思うことも少なくない。

 だが、その堀り尽くせない大量の作品の山中には、まだ誰も見つけ出せていない売っているものと同等、あるいはそれすら凌ぐほどのものが眠っているのかもしれない。

 それを見つけたい。

 小学生の頃によくやった宝探しだ。

 自分の胸を震わせるほどの作品に出会った時の興奮と幸福感。インターネットがここまで発達したからこそ可能になった、かつてには想像もつかなかった壮大な宝探し。
 こんなに面白いことが他にあるのなら是非とも教えてもらいたい。

「ふむふむ……」

 小説投稿サイトのリンクを飛び回り、あらすじやタイトルを流していく。読むものを決めるのはいつだって直感だ。某騎士王のスキルほどのものではないが、逆にそれ以外で決める術もない。しかしながら長年こうやって大量の作品を漁ってきたこともあって、ある程度の精度は有していると自負している。

「なるほど……そうくるかぁ……」

 今回のはなかなかの当たりだった。文章も荒削りながらちゃんと作法に則っていて読みやすく、展開もベタながらも時折意外性を突いてきて読んでいて飽きない。

「ってはぁっ!?」

 我ながら素っ頓狂な声が飛び出す。いや、だって、これは……。

 読んでいて気に入っていたメインキャラが死にそうなところで終わって、次の話へのリンクがない。更新頻度から見るに次話は数日中には上がるだろうが、それにしたってこれは……。
 しかもこの小説は人が死ぬことが珍しくない類だから、余計に本当に死んでしまうんじゃないかという不安も生じた。

「ん……でも待てよ」

 改めて読み返してみると初見時には気付かなかったが、どの話もだいぶ気になるところで切っていた。連載でやる上では常套手段であり、最も効果的である方法の一つではあるが、この作者、なかなかに所謂ヒキというものが上手い。

 どうやらただのまぐれで面白いわけではなく、結構な敏腕の物書きのようだ。膨大にあった中からこれを選んだ自分の嗅覚を褒めてやりたくなる。

「あれ……?」

 しかしながら評価欄を見に行くと評価自体の平均は高いが、閲覧数やブクマ数は伸び悩んでいる様子。
 ネット小説にはよくあることだ。よく出来た物語であるにも関わらず、知名度的理由で広まらない。

「さてと……」

 ここからは僕ら、読み専の仕事だ。

 読み専とは読んで字の通り、ネット小説を読むだけで書くことはしない人種を指す。誰でも小説を投稿できる環境下だからこそ生まれた、独自の単語だ。

 読み専である僕らには作品を楽しませてもらった対価として、感想なり何なりを残していく義務があると思っている。別に読み専みんながやるべきとは思っていないが、自分の信条としてそういうものがあるだけだ。

「ふむぅ……」

 いざ書くとなるとなかなか文章がまとまらない。

 どうしたら作者に喜んでもらえるか。

 自分の物語への解釈が誤っていないか。

 そういうことを考え始めると恐ろしく文章が進まなくなる。そういう点を鑑みて改めて、素晴らしい物語を文章に収めている作者というものの凄さを思い知る。
 やはり自分には物を書く才能はないなと、この時にいつも実感する。

 だが、自分が読んだ物語のどこか良かったか、どこに心を揺さぶられたか、はてにはどう思ったか。それを文章にまとめていく作業は楽しいものだ。昔からファンレターというものがあったが、今は作者本人にダイレクトに即時的に感想を送ることができる。いい時代だ。

 ジッとノートパソコンの画面とにらめっこすること三十分。ようやく出来上がった感想文を何度も何度も読み返し、自分の伝えたいことをちゃんと表現できているか、誤解が起こるような表現が入っていないか、チェックする。……あ、誤字があった。

 そして送信する。見たこともない人へのラブレターは一瞬で感想欄の一覧に追加された。

「……よし」

 ブクマにも登録したし、これでいつ更新が来ても安心だ。
 プロフィール欄を見るとどうやらツイッターもやっているらしく、すぐにページへ飛んでいってフォローした。そのまま今読んだ小説のURLと簡単な紹介文をツイートする。

 自分なんかの宣伝で大きく変わるとは思っていないが、少しでも他の人に知ってもらいたいという思いから始めたこれも日課の一つだ。

「あ、そろそろいろいろ更新されてるかな」

 変色したリンクをクリックすると、自分のブクマ欄が表示されて若干、いやかなり辟易した。

「こんなにたくさん追ってたっけ……。ちょっと減らさないと読み切れないな……」

 そんなわけで事業仕分けならぬ小説仕分けを開始する。あれ、本来の目的なんだっけ。

「……あ、これは……、いや、やっぱり続き気になるな……」

「……ふむ、ああ……、これ面白かったなぁ。同じ作者の次が……ある!? あとで読む!」

 ブクマ一つ追加。

「……」

「…………」

 そうしてブクマ整理の結果。

 成果、プラス1。

 一つも減らせず逆に一つ増えてしまった。これには恐らく某女性議員もびっくりだろう。ブクマ登録するのは相当気に入った時しかしないから、削れるものなんてないのだ。
 それがこんなにも転がっているとは……。

「ネットは広大だわ……」

 お決まりのセリフを呟いて何となしにツイッターを開くと、通知欄に4の文字。
 開いてみると全て先程フォローした作者関連のものだった。

 フォローと自分の紹介ツイートのリツイートとふぁぼ。
 そして、一件のリプライ。

『感想書いてくださりありがとうございました!
 見た瞬間に嬉しすぎて思わず飛び上がってしまいましたw
 すごく良すぎてスクショもしちゃいました。
 これからもよろしくお願いします!』

 わざわざ一読者である自分にリプライを送ってくれるなんて、良い人だ。そう思ってタイムラインを眺めていると、その人のツイートが流れてくる。数秒前という表示から今この瞬間につぶやかれたものだとわかった。

『初めて感想をいただきました! 感激!』

 そう言えばあの小説には一つも感想がなかったことを思い出す。思えば自分が感想第一号だったわけだ。
 続けざまに新たなつぶやきが上から流れる。

『ツイッターだから正直に言いますけど、書き始めてから半年が経っても感想は一つも来なくて、誰にも面白いと思ってもらえてないんじゃないかって思ってました』

 ふと、過去の記憶がよみがえる。

 昔、ほんの一時だけだが物書き擬きをしていたことがある。今となっては黒歴史だが。
 結果は散々でほとんど反応もなく、PVも一日あたり一桁止まりで0も珍しくなかった。

『だからもうやめちゃおうかと思っていたんですよね。無責任ですけど誰にも読まれてないならいいやって』

 この世界のどこかにいる知らない誰かの心の叫びが、デジタルに変換されて僕の画面に映る。
 僕も、そうだった。誰も見てくれていないんだから、もうやめてしまおうと。

 でもその時、一つだけ来た感想。

 ――乙。面白かった――

 ほんの一行だけの変哲もない言葉だったが、それを見た瞬間に胸の奥が熱く湧き上がったのを今でも覚えている。

 そのたった一つ感想に支えられて僕はその物語を完成させた。今にして思えば構成も文章も滅茶苦茶な代物だったが、途中で挫けそうになってもその一言が僕の原動力になった。
 ……結局、自分には物を書く実力がないと痛感させられてそれっきりやめてしまったが。

 しかし、一つ大切なことを教わった。

『でも、今回感想来てすごく嬉しくて、やっぱりもっと書きたい、ちゃんとやり切って終わらせたいって思いました』

 それは、僕ら読む側にはネットにたくさんある物語の中の一つでしかない物語でも、作者にとっては唯一無二の存在なのだと。

 そして作品に対する反応が、作り手の原動力を支える物の中で最も尊いのだと。

 ネットで小説を書く人は対価として金銭を得て物語を紡いでいるのではない。ただ自分たちが書きたいから書いているのだ。そこが商業として書いている小説家と最も異なる点である。だからそこにかかる情熱は書店に置いてあるものとは異質なところがある、と思う。

 そしてそれを読んで楽しんでいる自分たちはそれに金銭的な対価を支払うことはできない。

 でも、彼らに感想という花束を贈ることはできる。

 だから僕は読んだ小説にはいつも感想を残すのだ。短くとも長くともそれは作者への支えになると知っているし、面白くともつまらなくとも、読んだ以上は支払うべき対価だとすら思っているからだ。

 リプライに対して簡単な返信を送ってパソコンをスリープする。もう良い時間だ。明日も仕事だしそろそろ寝るとしよう。

 自分の送った一つの感想が、一人の人間と作品を救った……と言うと大袈裟だが、貢献できたと思うと嬉しくてまた口元がニヤケる。

 いつか、あの物語が評価されると良いな。

 そんなことを思いながら、僕は眠りについた。

――――

 一年後。

 仕事終わりの日課はいつもと変わらずに行われる。そうだ、今日はブクマしている小説の更新分を読むとしよう。
 と、ブラウザが開いていたツイッターの画面に、一つのつぶやきが現れた。

『重大発表です!
 なんと、私の小説が書籍化することが決定しました!
 応援してくださった皆様のおかげです! ありがとうございます!』

 それはいつかの作者のアカウントからのつぶやきだった。

 あれから少しずつファンが付いていき、その人気は二次関数的に上昇していった。
 このままなら書籍化も時間の問題だと思っていたが、とうとう来たかと自分のことのように嬉しくなる。
 ほとんど人気もなく、作者自身も投げ出しかけていた頃を思い出して、それでも書き続けた彼の努力が報われたようで、本当に嬉しかった。

 祝福のリプライを送ろうとしたその時、DMのメッセージが画面に浮かび上がった。
 ついさっき見たアイコンと同じ者からだ。

「なんだろう……?」

 本人は書籍化で嬉しくて仕方ないはずだが、そんなタイミングで自分に一体何の用だろう。嬉しすぎて手が滑ったのかな。

『さっきもつぶやきましたが、ついに僕の小説が本になります!
 やめそうになっていた時に感想をくれたあなたのおかげです。あの時は本当にありがとうございました!』

 胸の奥が熱く湧き上がり、全身の体温が一気に上昇していくような錯覚を覚える。
 自分という一つの物語を作り上げることしかできなかった矮小な存在が、大人気とまで言われるようになった作者からこんな風にお礼を言われている。

 彼の書籍化が自分のおかげだなんて、思い上がったことは考えちゃいないが、それでも当の本人からわざわざメッセージが送られてくるなんて、読者冥利に尽きるというやつだ。

『いえいえ! 自分はただ面白かったから感想を書いただけです!
 それと書籍化の件、本当におめでとうございます! 絶対買いますね!』

 売上プラス1。

 別にこうやってメッセージを送られたから買うわけじゃない。ただ純粋にこの作品が優れたものであるから僕は買うのだ。だからもしも書籍化まで行ったら絶対に買おうと以前から決めていた。

「うーん……」

 よし、気が変わった。今日は宝探しをするとしよう。

 今この瞬間にも僕の知らない傑作がネットの海を漂流しているのだ。それは時間が経てば経つほどに海の奥深くへと沈んでいく。そうなる前に見つけなければならない。

 壮大な情報の波に揉まれながらの、宝探しゲーム。

 今日はどんな物語に出会えるだろう。

 壮大なファンタジーか。

 はたまた胸をときめかせる恋愛小説か。

 童心に帰らせるギャグやコメディか。

 背筋を震わせるホラーか。

 いずれにせよ面白ければジャンルなんて単語はあってないようなものだ。
 僕は新たな出会いに希望を抱きながら、リンクをクリックする。

 ――そして、

 読み専は一人、ネットの海を泳ぐ。

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