弟六話「がん」
そんな風でケイと私は、そのままだったら半年とか、がんばって一年くらいで別れていたと思う。
そのケイと私をもうしばらくツナイダのは、「がん」という病気だった。
病気とか怪我は、ほんとに突然、思ってもいないときにやってくる。
しかも絶対に「なんであたしが?」っていう、やり場の無い怒りと共に。
そしてこの「病気」とか「怪我」の事件が起きると、その事件がかなりメジャーすぎて、
日ごろのマイナーな出来事からくるメジャーだと思っていた危機が、かなりどうでもよくなってしまう。
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30歳になった私は、母のススメで人間ドックを初体験した。
検査結果とともに「再検査」のススメが届いた。
婦人科だ。
先生にうかがうと
「卵巣の近くに怪しい影があるので、詳しい検査(MRI)などの受診をおすすめします」
とのこと。
すぐにMRIを受診した。検査結果をききにいくと、先生は
「できればご家族の方といらしてください」
と言う。
私は え?と思って
「イヤです。私のことですから、私がまずうかがって判断してから、
家族に話す必要があれば話します」といった。
先生は困った顔で話はじめた。
「卵巣の付近に腫瘍があるのが見えます。ですが、この腫瘍が良性のものか、
悪性のものか、開腹手術をして取り出して検査に出さないと判断ができません」
という。
それならば、やることは決まっている。
私は入院、手術の手続きをして、家に帰ってケイに状況を説明した。
入院手術は「盲腸」程度のものでたいしたことはない。
三日か四日、入院して、退院して抜糸して、、。
取り出した腫瘍は、がんセンターに検査に出される。
検査には1ヶ月ほどかかるという。
ということは、私には1ヶ月の執行猶予が与えられたということだ。
たぶんそれは悪性の腫瘍であることを、私は本能で知っていた。
1ヶ月の間、踊りたいだけストリートで踊って、
クラスを教えて、ダッシュでNYへ行き、アパートをかたずけて引き払い、
出演する予定だった舞台を降りて、代役の人に引き継ぎをして、
なんか考える時間があると泣きたくなるから、
踊って、飲みに行って、遊んで、SEXして、踊って、仕事して、、
めいっぱいつめこんでみた。
そして1ヶ月後、検査の結果がきた。
今度は先生も「どうしてもご家族の方と、、、」と言ってきかない。
それだけで十分、悪性であったことがわかる。
卵巣がんだ。ちゃんとした名前は忘れてしまった。
卵巣はい細胞腫瘍 みたいな感じだったかな?
婦人科の先生が
「がんセンターのほうが多くの症例を扱っているから、
がんセンターに行ったほうが安心だと思います」と紹介状を書いてくれた。
がんセンターの担当の先生は木田先生。
とてもやさしく、わかりやすく、私の病気について説明してくれた。
要点は以下のとおり
● 悪性度の非常に高いがんです
● そのままにしておくと、2年以内に死亡する確率90パーセント以上です。
● ですが、近年このがんに直接ものすごく効果を発揮する抗がん剤が見つかっていて、
この治療をしたら、治る確率99パーセントです。
● 残りの1パーセントは、抗がん治療を途中でやめてしまったか、体が抗がん剤に耐えられなかった場合です。
● がんセンターでは、治癒率(治る確率が比較的高い)方から、早急にベッドが空き次第治療を開始します。
ということで、私の場合は、次にベッドが空き次第、入院、抗がん剤治療の開始となる。
それは、明日、かもしれないし、来週かもしれない。
いつかわからないけど、「その日は仕事が、、、」とかつべこべ言うと、
リストの一番後ろに回されてしまうから、言われたらその日に入らないとダメ!ってことらしい。
先生は、最後に、「決めるのはあなた自身ですが、まだ若いし、
本当にこの薬の効果は実証されているので、治療をおすすめします。」と付け加えた。
私は、ほかに言うべきこともなく、お願いします。と小さく言った。
頭の中が異常にクリアーだ。
真っ白だ。
そして異常に冷静に先生の話をきき、冷静に質問して、冷静に決断していた。
「私しっかりしてるな〜」と、感心さえした。
だけど、家に帰る途中、東西線の中で、
アトからアトから、アトからアトから涙があふれてきた。
悲しいのか、怖いのか、悔しいのか、、、。
たぶんその全部だ。
ただただ涙がでてきて、しだいにそれは号泣にかわった。
となりにすわっていたおじさんが見かねて
「また、いい人が現れるよ」と言った。
私は心の中で「うるせえ」と「ありがとう」を同時に言った。
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