第十話 失くした髪と、でっかい愛
一回目の入院で、五日間連続して薬を点滴したあと、さらに五日間様子を見て、退院した。
そのころになるよ、やっと少し、飲んだり、食べたりできるようになる。
退院して、自宅で二週間ほど、体力の回復を待ちながら、次の入院に備えるのだ。
食べられるものは、人それぞれだと言う。
私の場合は、徹底して「冷たくて」(湯気が立ってなくて)、「色が白いもの」だった。
あたたかいと、湯気のにおいで、「うっ」ときちゃうから、冷たいの。
そして、しょうゆでも、なんでも、香りがあるものも、やっぱり「うっ」ときちゃうから
「白い」もの。NO味付け?
それは、ずばり、食パン(白いまま)とうどん(茹でてから冷まして、白いままたべる)だった。
十日間の入院で、すでに三キロほどやせていた私はがむしゃらに食べた。
家での二週間は、入院時に比べたら、すごく楽しかった。
ごろごろして、テレビ見て、ごろごろして、本読んで、ごろごろして、ケイと話して、
ごろごろして、食べて。
何よりうれしいのは、いつも誰かいてくれたこと。
寂しさがすごくまぎれる。
母、妹、父、母、妹、父、そしてケイ。
だけど、退院して、一週間目に、恐れていた日はやってきた。
お風呂に入って、髪の毛を洗っていて、髪をとかしたら、
そのまま、ずるずるって、髪の毛が抜けた。
髪、とかしたら、髪の終わりまできたら、「スルっ」と指が抜けるよね?
どこまでも、ついて来たりしないよね?
髪の毛の終わりが無い。
とかすたびに、ずるずるずるずるって指にどんどん絡み付いてきて、
指にからまった髪を必死で払い落とし、目を開けないで、何度も何度も払い落として
いたけれど、足元にどんどん髪の毛の束が積もっていくのが感じられた。
水が流れない。
足元にたまってゆく水を、感じながら、目をあけると、そこには、かつらができるほどの
髪の山が、排水溝に詰まっていた。
恐ろしくなって、風呂場を飛び出した。
風呂場の外には洗面台。
風呂場のドアを開けた勢いで、鏡がくもっている。
息を呑んで、鏡のクモリがハレルのを待った。
丸い穴。おでこの左上に、大きな丸い穴。
コースターより少し小さい、大きな丸い穴。
ごっそり、ぽっかり、抜けてしまった。
コースターはげ?
これが私?
急激に病人の顔になった私がそこにいた。
十歳老けた、私がそこにいた。
頭の左側がぽっかりとはげた、おばさんがそこにいた。
ケーーーーーーーーーーーーーーーーーイ。
けえええええええええええええええええええええいっ。
ケイ、ケイ、ケイ、ケイ、
私は力いっぱい、泣き叫びながら、ケイを呼んだ。
ケイは、大急ぎで走ってきて、洗面所のドアをあけた。
「何?どおした?大丈夫か?」
ひいいいいいいいいいいいいっく、うっ、うっ、うっ、
ひいいいいいいいいいいいいいっく、ぬっ っ けっ
ひいいいいいいいいいいいいいいっ こっ れっ
と、激しく嗚咽を繰り返し、頭を指差す。
ケイは、とりあえず、私を抱えて、洗面所を出た。
ベッドに寝かせて、やさしく、ぎゅっと抱きしめながら、
大丈夫、よしよし、大丈夫、よしよし、大丈夫、よしよし、大丈夫、、
と繰り返す。
三十分ほどして、私の嗚咽はおさまったが、
今度は、マシンガンのように話続けた。
「わかっていたの。覚悟もできてると思ってたの。髪なんか、抜けてもまた生えるし、
そんなたいしたことじゃない!って言い聞かせてたの。だけど、思ったよりも、急激だったのと、いっぺんに、
いっぱい抜けたから、すごいびっくりしちゃって、びっくり涙!みたいな?軽くショック状態みたいな?ごめんね。
ごめんね。もう大丈夫だから。ごめんね、ごめん、ごめんね、ごめん、、、」
ケイが今何を考えているのか、怖くて怖くて、しゃべり続けた。何かしら、言葉を発してないといられなかった。
ケイはずっと抱きしめながら、私の肩をやさしくたたきながら、よしよし、よしよし、よしよし、を繰り返していた。
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その日から、一週間の間、髪の毛は抜け続け、家の中は常に「美容院の床」みたいに、毛だらけになった。
妹が、コードレスの掃除機を買ってきてくれた。
吸い取っても、吸い取っても、あとから、あとから、抜け落ちる髪。
お風呂に入って、出てくるたびに、ぽっかり空いた穴は大きくなっていた。
そして、ついに、左右の耳の横に少しずつ束があるのを残して(まちゃまちゃみたいな)
髪はみんな抜けてしまった。
微妙に残っている髪の毛を見て、「病人っぽいな。」って思った私は、その毛もそり落としてしまった。
そして、大きく息を吸って、大きな声でケイを呼んだ。
「けええええええええええええい。見てみてみてみて。」
「じゃああああああん。マルコメ君。」
「何い?ええええ?!!全部剃っちゃったのお?何してんだお前?
あははは かわいいね。りずむ」
「かわいいね。りずむ」
「かわいいね。りずむ」
「かわいいね。りずむ」
ケイはそのアト、ゆっくりと話してくれた。
本当は少し自身が無かったこと。
りずむが大好きだけど、実際、髪の毛無くなったりしたら、俺の気持ちは変わっちゃうのか?
って、不安だったこと。
そしたら、笑っちゃうくらい、何にも変わらなかったし、それどころか、もっともっと、
愛おしいし、大事にしよう!と思ったこと。
かわらず「りずむ、愛してるよ」と言えること。
「りずむ、愛してるよ」
「りずむ、愛してるよ」
「りずむ、愛してるよ」
え〜ん。え〜ん。え〜ん。え〜ん。
え〜ん。え〜ん。え〜ん。え〜ん。
私は子供みたいに泣いた。
何の心配も無く泣いた。
心おきなく泣いた。
ケイがいてくれてよかった。
何もかも、失いかけている今、ケイがいてくれてよかった。
え〜ん え〜ん え〜ん。
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数日後、父が見舞いに訪れた。
「どうだ?」
「げっ。お父さん何それ?」
父は頭を坊主にしていた。真冬のさなか、坊主にしていた。
「あれだよ、あの、その、、、あれだ。
りずむだけ、一人、坊主じゃ寂しいだろ?
お父さんも付き合うぞ!!!!」
畜生!お父さんめ!
畜生!お父さんめ!
畜生!お父さんめ!
それが、不器用な父の、愛し方だ。
やさしすぎて、不器用な父の愛し方だ。
畜生!絶対に生きてやる!!!!
お父さんにはあえて、ありがとうは言わない。
絶対に生きてやる。
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