あなたバカじゃないの。
言葉とは裏腹に、どこまでも寂しそうな声。
「こんなふうに、バカなことを話して笑い合って、たまに少しケンカして、でも、すぐに仲直りして。
最高の関係よね、こういうの。
――…だから、私はそれだけで満足だったのに。それ以上なんか望まなかったのに。
ねえ、あなたは、どうしてそれ以上の関係を求めようとするの?
今の私たちが持っている、居心地の良い最高の関係を壊してまで。」
ひどく悲しい彼女の声は、かすかな憤りを滲ませて、
どこまでも強くまっすぐに俺へと届く。
長年の付き合いから、彼女の思いが痛々しいほどに理解できた。
なんて皮肉だ。
聞こえないふりをしたい俺の意思を、まるで嘲笑うかのように。
「和正…」
「おう。どうした、みっちゃん」
「みっちゃん言うな。俺の名前は三田村だ」
「それだと他人行儀なんだよ。下の名前で呼んでいい?」
「やめろ」
「どうしてだよ、つとむ君」
「つとむ君やめろ。俺は自分の名前が大嫌いなんだ。平凡だから」
「いいじゃん、平凡」
「よくねぇんだよ。もっと格好いい名前が良かった」
「ああ、和正とか?」
「やだ。昭和っぽくてダサイ」
「んだとコラ。人の名前にまでケチつけんなよ」
出会ったころ(確か小学3年生だったか?)から幾度となく繰り返した会話を終わらせて、和正は小さく息を吐いた。
教室に来るなりグッタリと座り込んだ俺を見て、和正はだいたいの事情を察してくれたらしい。
先ほどの出来事を、わざわざ一から口に出して説明できるほど気力の残っていなかった俺にとっては、非常に有り難いことだった。
ナイス親友。ブラボー親友。
「栄子が、さ…」
「ああやっぱり栄子関係か」
「うん。…栄子が…あんなふうに俺のこと責めたの、2回目なんだ」
「へえ。じゃあ、1回目はいつ?」
「小5。俺があいつの好きな人の名前を言いふらしたとき」
「そういや、そんなこともあったな。いくら栄子のことが大好きで嫉妬してたからとはいえ、最低だよな、お前」
「んなこたぁ自分が一番よく解ってんだよ…」
「うん、そうだな、ごめん」
ずっと一緒だった。
小学校の頃から友達だった。
俺たち以上の親友なんていないよな、と。
笑いながら、ふざけながら、何度も何度も確かめあった。
俺と、和正と、栄子。
中学2年生ぐらいだっただろうか。
その頃から、少しずつ3人の間がぎくしゃくしていった。
俺が栄子を好きになったからだ。
「バカなこと、したよな…俺」
「みっちゃん…」
「みっちゃん言うなアホ」
「じゃ、つとむ君…」
「もういい」
栄子が、俺のことを恋愛対象として見ていないのは明らかだった。
でも俺はバカで単純だったので、そんなことお構いなしに突き進んだ。
中3になってからも、高校へ進学してからも。
馬鹿正直に、自分の気持ちを隠そうともしないで。
悲しそうな表情を浮かべる栄子に、ただ好きなんだ一緒にいたいだけなんだと、一方的に好意を押しつけた。
そして。
栄子に「俺と付き合ってくれ」と攻め寄って、見事な右ストレートと共に「あなたバカじゃないの」とフラれたのが、つい先ほどのこと。
「なんでグーパンチなんだよ…女なら平手でパチン!だろ…」
「え、そっち? フラれたことじゃなくて?」
「両方だ、アホ」
「アホって言った方がアホ…」
「もういい、ってば」
多分、栄子は優しいから。
とてもとても優しいヤツだから。
俺の気持ちに、今までずっと気づかないふりをしてくれていたんだろう。
気づいてしまったら、もう戻れなくなることを解っていたから。
栄子は、バカで単純な俺のために、わざと鈍感なふりをしてくれていた。
俺のために。俺を傷つけないために。
俺と、一生「仲の良い幼馴染み」でいるために、わざと。
栄子は本当に優しい。
俺はその、優しい思いを踏みにじるようなことをしたんだ。
「…和正」
「なに」
「もう、戻れないのかな」
「だろうな」
「…フォローしろよ」
「慰めの言葉が欲しいのかよ」
「いや、無責任に慰められたらそれはそれでムカつく」
「だろー?」
和正は、俺の扱いをよく心得ていると思う。
今まで俺が単純に突っ走り続けることが出来たのも、和正がこうして俺を支えて、コントロールして、俺が倒れ込んでしまわないように気を配ってくれたからなんだ。
まあ、その結果として俺は栄子にフラれてしまったわけだから、ここは感謝するべきかそれとも恨むべきなのか、非常に微妙なところではあるのだけども。
でも俺は、和正がいて良かったと思った。
一人だったら多分、栄子に殴られたまま二度と起きあがれなかったに違いないから。
「みっちゃーん?」
「・・・・・・・・・・」
「つとむー?」
「・・・・・・・・・・」
「おーい、つとむ君やーい」
「・・・・・・・・・・んだよ」
「泣くなよ。俺、いるじゃん」
「泣いてねぇ」
「目が潤んでるぞ」
「・・・・・・・・・・・・心の汗だ」
「すげぇな、心も汗を流すのか!」
「もういいからホント黙れお前」
とりあえず、明日の朝、一番に栄子に会いに行こう。
それで、謝ろう。
恋人は無理でも、もう一度、「仲の良い幼馴染み」になれるかもしれない。
可能性は限りなくゼロに近いし、もし戻れたとしても、「以前と全く同じ関係」ってのは無理だと思う。
でも、失うのだけは嫌だから。
「俺も一緒に付いてってやろーか?」
「…いらね」
「なんだよ、小学校の頃はよく連れションしたじゃないか」
「俺の一大決意をトイレ扱いするな。ていうかもう喋るな和正」
重っ苦しいシリアスをぶちこわしてくれる、大切な大切な友達。
恋じゃなくても、ずっと一緒にいたい、幼馴染みの女の子。
2人とも大好きだ。
軋んだ胸はまだ痛むけれど、でも。それでも。
バカでガキな俺は、多分、死ぬまで彼らに依存し続けるんだろう。
「いいんじゃないかな、それで」
それもまた人生だ。
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