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奇妙な短編集

白濁する全能のファイヤ

作者:佐々雪
 よくもまあ、こんなにもくだらない花束を見つけて買ってきたものだ。うっかり家まで持って帰ってしまったが、これは明らかに失敗だった。途中で捨てるか、会社のゴミ箱にしまってくるべきだった。

 自宅のマンションの扉を開くと、むわっとした熱気が、顔や身体を通り過ぎていく。昼のあいだに、真夏の日差しが入り込んだのだろう。ほど良くゆで上がった部屋は、自分の人生のくだらなさにとても良く似ている気がする。

 会社はやめなければ仕方がなかった。心を殺して仕事を続けるという選択肢もあったが、殺した心の上に積み重なるものなんて、果たしてあるのだろうか?

「お前はいつも逃げてばかりだ。いつまでもそうやって、逃げ続けることができると思っているのか?」

 分かりきったことをわざわざ口にしては怒りだした同僚。
 一見、老婆心、親切心の親戚のように見えるが、きっとそうではないのだろう。単に自分の中で表面化すべきでない感情を、僕を通じて殴りつけておさえているだけだ。

 僕はサイフと鍵だけを手にして、近所の公園にでかける。夕方の公園は静かで、ベンチで物思いにふけるのになかなか適している。

「さ、明日からどうやっていきていく?」

 僕は脳内の美少女、真夏菜摘さんとお話する。

「分からない」
「そうなの?でも、お金をかせがないとご飯食べられないし、ご飯食べないと死んじゃうんだよ?」
「死んじゃうのかもしれないね」
「じゃあしょうがないね。ねえ、死んだら何に生まれ変わりたい?」
「それがもう決まっていてさ。僕はね、べっこう飴になりたいんだ」
「べっこう飴?生き物じゃないじゃん。生まれ変われるの?」
「どうかな。でもいいんだ。僕はね、死んだら燃えてとけてドロドロになって、それから白濁したべっこう飴に生まれ変わりたい」
「どうしてそんなこと思うのかしら?」
「そんなの決まってる!甘くて透きとおっていて、白く濁ったものなんて、とっても愛おしいと思わないかい!?」

 興奮気味に話す僕に、真夏菜摘さんはクールな反応を返す。

「ねえ。そもそもべっこう飴って、白濁しているのかしら?」
「していなければ、させればいいだけだよ。そんなことよりさ。僕、忘れ物したよ。取りに帰ってもいいかな?」

 僕は彼女の返事をまたずに家に帰り、机の上に置いていた花束を手にする。
 それからまた公園に戻る。

「おかえり。ん?それはなに?」
「悪意だよ。綺麗に咲いてるでしょ?踏んだら爆発するんだ」

 僕はそれを公園の前にある、大きな道路に置く。しばらくするとトラックが通りがかり、花束をぐちゃっと踏み潰す。それから妄想の中でトラックを爆破させる。

「あははは、ざまあみろだ!大爆発だ!」
「そうだね。こっぱみじんだね……ねえ、もうすっきりした?そろそろ帰ろ。帰ってピザでも食べようよ。それで二人で楽しいことしよ?」
「分かったよ。あ、でもさ」
「なあに?」
「僕がべっこう飴になりたいことは、誰にも秘密だよ?」
「私が?誰に?どうやって?それを話すの?」

 二人は無表情でお互いを見つめ合う。
 それが3秒ほど続いて、それから二人同時に吹き出す。

 夕焼けは夜の闇を誘い、誘われた夜は神様に向けて祈りを捧げるように踊る。その夜すらも、きっと朝日はぱくぱくと喰らい尽くしてしまうのだろう。明日もきっと。明後日もきっと。

「ねえ。夜の闇よりも、空の青色の方が、よっぽど不親切だと思わない?」
「それには同意するわ」
「僕はやっぱり、べっこう飴になりたいな」
「そう?そう。そうね。そうしよう。ねえ、ピザ食べたい」
「食べよう。楽しみだね」

 きっとこれから先も、僕は何もかもがうまくいかない気がした。
 でもべっこう飴の甘さは僕のことを少しだけ愉快にしてくれるだろうし、その透明さは本当の意味での花を咲かせることができるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、僕はトラックにひかれてボロボロになった花束を眺める。

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