<第三章>魔の担い手(1)
一面石の壁に囲まれた窓一つない一室に、同盟各国の代表が円卓に座していた。
シッカ城の『石の間』と呼ばれる、言わば盗聴を阻止する目的で造られた特別な部屋である。
扉を閉ざせば、一声も外に漏れることがない冷たい石壁の部屋。
彼らは、『雄鹿同盟』を結んだ17ヶ国の各代表者たちであり、ここに集結していた。
「最大の難関、セッツェン帝国におきましては、幾ら同盟を推し進めてみたところであしらわれるのがオチ。
このまま放っておくのが得策でしょう」
それを言うのは、シャスデル海峡を挟みシッカの対岸に位置するムイ・ファータ国のレオハルト卿。
「いや、放っておけば血の気の多い一族のこと。突如、攻め入って来ることも思惟される。
最も、新皇帝がどのような人物であるかにもよるが、アンモス王のおっしゃることには帝国は警備の目が至る所に光っていると聞く。全く先が読めぬ上に、油断は禁物ですぞ」
対してこちらは、ドクルー海に浮かぶラーチイェン諸島国の第二王子グリオ。
盟主であるアンモス王の隣りには、リーゲル公国のメレクシールが座していた。
アンモスは、盟友たちの意見にしばし耳をそばだてる。
実は彼には、ほとんど情報が流されてこない門外不出のセッツェンの、ベモンドル皇帝が危篤状態にあったことを、
片腕と言える宰相・ダフスーからいち早く聞いていた。
ダフスーは使者を通じて、幾つもの内密な情報を仕入れていた。
現在、セッツェンが公にしていることといえば、現皇帝ガインダークの名と、
亡くなってから数日過ぎての皇帝ベモンドル崩御の知らせ。
あとは、全くと言っていいほど公表してこようとしない鵺的存在の帝国だった。
「ではアンモス王に、率直お尋ね申したい。王は帝国について、どのようなお考えをお持ちであろうか?」
小王国ゼランのバーストクス王が、アンモス王に意見を求めた。
一斉にシッカ王が注目される。メレクシールも横から目線を送る。
アンモスは、一度唇をなめてから落ち着いた口調でゆっくり口にした。
「こうして皆に集まって戴き、参考のためしばし意見を聞かせてもらっていたが…、やはり無理強いはよくない。
逆なでしてしまう恐れもある。確かにセッツェンが同盟に調印すれば心強く安堵の声も上がろうが、
それで必ずしも和平が保たれるとは断言し難い。
ここはもうしばらく様子を見て、それから改めて考えを練り出すことにしよう」
結局その日は、妙案が出されぬまま幕を下ろした。
各国の代表者たちは、盟友たちと握手を固く交わしあい、それぞれの国へ帰って行った。
最後に残ったリーゲル大公・メレクシールが、アンモスの側に歩を進める。
「----真の戦いは、これからですなアンモス王」
笑みを浮かべて言う。
盟友の中の盟友である彼にアンモスも笑みを返すが、不意に背を向けた彼の背中を見ると、
黒いモヤがメレクシールの体の周りに取り巻いているのが見え、途端に彼の背筋にも悪寒が走った。
実はアンモスは、昔から誰かにとりわけ死の危険が訪れようとすると、
そういった危惧的感覚に襲われる傾向があった。
そしてそれは皮肉にも、ほとんど的中してしまう不運さも備えていた……。
「まだまだ踏み込みが甘いですよ!」
騎士や兵士たちの習練場に、キングスとレッグドが剣をぶつけ合って、キンキンと音を立てていた。
飛び散る汗、荒立つ息、足元からは砂ぼこりが立ち上がる。
「脇が開いてますよ。もっと内側を引き締めて……そう、そう…」
彼らの耽溺した集中ぶりに、騎士や兵士は無論、偶然通りかかった侍女たちまでもが熱中して観戦していた。
「王子、そこだ、行け!」
「レッグド大尉などやっつけちまえ!」
荒くれの傭兵たちが茶々を入れる。
「うるさいぞ野次馬諸君。何ならこの後、私と本気で一戦交えてみるかね?」
キングスのキレのある剣を受け止めながら、余裕で言い返す。
「い、いえ! ご遠慮願います!」
明らかに動揺して、彼らは咄嗟にレッグドの挑戦状を拒否した。
城で、剣の使い手と称されるメビーリスやイファニールの更に上を行く剣の達人レッグドと対等に闘えるものは、
誰一人としていなかったのである。
キングスも彼と本気で戦って、未だ勝ったことのない一人ではあったが、王子は実は、自称・平和主義者だった。
ただ自分の身などを守るために必要最低限の訓練は受けているのであるが、
本音を言えば、彼は人殺しのための剣術習得はごめんだった。
レッグドには、「勝つことだけを念頭に入れて闘え」と教わってきたのだが、キングスにとって勝敗はどうでもいいものであった。
「そろそろ、疲れが見えてきましたね。キングス様、いい加減降伏したらいかがですか?」
「…いや、俺はまだまだやれるさ。疲れが見えてきたのは、むしろ大尉の方ではないか?」
二人は目を合わせながらニヤッと笑う。
「年には抗えませんから」
レッグドの代わりになってキングスが言う。
「何の! 私はまだまだ若いですよ」
「言い訳か? それとも負け惜しみか?」
キングスもさすがに疲労困憊していたが、中年のレッグドには更に疲れが見えていた。
「答えは両方…、否!」
レッグドの改心の一撃が出された。
キングスの握っていた剣が、宙を回転して遠くの地面に突き刺さる。
「今日はここまでです。キングス様、今後も精進いたしますよう努力して下さい。剣術を甘く見てはなりませんよ」
汗をタオルで拭きながら一礼すると、レッグドは宿舎の方へ歩いて行った。
キングスも重い足取りで、水場へ向かって歩き出す。
水を頭からかぶると、近くの草の上に座り込んでため息をつく。
そこへ、拍手をしながら楽しそうな顔をした筋肉質の男がやってきた。
「いやぁ、実に楽しかった。大尉の年よりじみた一件が見れて」
「アルディ…何だ、いたのか」
アルディは、ドカッとキングスの隣りに腰を下ろした。
二人は仲が良かった。
三年前、シッカ城に傭兵として雇われた身でありながら、王子に畏れるようでもなく、気さくに話しかける男アルディ。
その気さくな性格ゆえか、出逢ったその日からキングスは彼を気に入り、親しみを込めて自然と接していた。
それは、まるで昔からの友人であるかのように。
「レッグド大尉相手に王子はよくやったよ。いやぁ、見直した」
「見直すんじゃない。運動にはもってこいだが、人殺しの道具として使いこなす訓練は願い下げだ」
「ははっ。これはこれは、このご時世に全く貴重なお考えをお持ちな王子様。気分を害してしまったかな?」
「貴重でも何でもない。これが普通だ。それよりお前はどうなんだ?
剣戟に限らず、戦いは全てに於いてくだらないと思わんのか?」
「一応、それを生業として食っている身だからな、傭兵なんてもんは…」
「世の中腐り切っているな」
「だが平和過ぎても、結局人間は堕落を招く」
キングスは大柄な隣りの男を見据える。そして静かに呟いた。
「例え周りが堕落したとしても、自分はそうならないよう心がけていれば済むことだろう?」
「そうは言っても、それはそれでなかなか難しいものだぞ? それに王子が言ってもこう…説得力が感じられないのも哀しいかな、事実として受け止めるべきか否か……」
「----お前、何が言いたい…?」
キングスの怪訝な目が向けられるが、アルディはそれに臆することもない。
「いや、事実をありのままに-----…」
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