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泡沫の大地の詩 [バージョン1]
作:スピリットQ



<  〃  >(2)


 ガインダーク新皇帝が即位してからというもの、セッツェンは前にも増して守備が一層強固になった。
千年もの栄華を極めた大帝国なだけに、古今東西を数多くの軍隊や騎士団が守備に就いている。

 帝国騎士団並びに北炎傭兵団が警備に当たるは、帝都中央を流るるサテュ・シス大河下流部一帯。
竜騎士団並びに西炎傭兵団が警備に当たるは、サテュ・シス大河西の支流アアリール河上流部一帯。
 飛翔騎士団並びに東炎傭兵団が警備に当たるは、サテュ・シス大河東の支流エプシュ河上流一帯。
疾風騎士団並びに南炎傭兵団が警備に当たるは、サテュ・シス大河上流部一帯。
 ぺネロジ軍隊が警備に当たるは、ぺネロジ山脈地帯一帯。
ユート軍隊が警備に当たるは、北海のユーラ・アパシート海域一帯。
 セッツェン精鋭部隊が警備に当たるは、東方のシッカ国国境一帯。 
そして、近衛親衛隊が警備に当たるは、セッツェン城塞及び城郭都市一帯。

 ----以上を、各管轄に駐屯ちゅうとんさせた。
そうすることで、帝国セッツェンを強国に見せ付けたつもりであろうが、端から見ればそれは、
外部からの接触や侵攻を恐れているかのようにも見せていたことを、彼らは知っていたのであろうか。

 セッツェン帝国は、先々代皇帝がべる頃より治安が乱れ始め、
道徳、礼法、言語に至るまでほとんど全てが錯綜さくそう・混迷していた。
貧富の差は開き、殺人、暴虐、略奪、強姦……あらゆる醜態が街全体に流布るふしていた。
 こうした秩序の堕落で汚染された帝国を浄化させるためにも、
ガインダークは守備と警備の一層の強化を勅命ちょくめいしたのである。



                *



「提携など結ばぬと申し立てたであろうが!!」

 ガインダークの部屋から大音声だいおんじょうが発せられた。

「ですが、周囲の国々の大半は同盟を結んだと言います。このままでは我々は孤立してしまいます!
もし万が一、一斉に押し攻められでもすれば、この帝国も終わりであります!
ガインダーク様、『古き考えを捨て、新しきを知る』と言いましょう。  
何卒なにとぞ今一度お考えをお改め下さいますようかしこみ申し上げます!」

 セッツェンの周囲に点在するほとんどの国が、同盟を結んであることに危機感を募らせていた参謀さんぼうのゲオールは、
ガインダークに同盟に加わることを推し進めてきたが、皇帝は断固拒否を押し通す。
 それもそのはず、彼はプロツェロワーツェス家とそれに同意し協力した者たちを、忌み嫌っていた。
三百年前の両家のいきさつを、まるで知っているかのようにガインダークはその一族をうとんでいた。

「ゲオール!! そなたは我が帝国軍の力を見くびっているのか!?」
「いいえ! 決してその様なことは…」
「ならば不服はなかろう!! もう下がれっ!!」
「しかしガインダーク様、どうか平に…平に…!!」

 ゲオールは、若き皇帝の足元にひざまずいて懸命に嘆願する。
ガインダークはしばらく無視し続けたが、それでもなかなか引き下がろうとしない参謀にとうとう激怒する。

「ロイゼンッ!! この背徳者を拷問室へ叩き込めっ!! 
二度とそのわずらわしいツラを拝まなくていいようにしてくれるっ!!」
「ひっ! ひぃっ…!! お許しを!! お許しを-----っ!!」
「くどいっ!! 懇願しても無駄だ!! 一度決めたことを私は変える主義はない。
ロイゼン、さっさと連れて行け!!」
「御意」
「お慈悲を----っ!! どうかお慈悲を-----っ…!!」

 ゲオール参謀は、ロイゼンに引きずられて部屋から消え去った。
ロイゼンは、愚痴一つこぼさずいつも黙って皇帝に従う、第一の忠実な臣下である。
 口数こそ少ないが、皇太子の時代よりもう何年もガインダークに仕える頭の切れる三十代前半の男であった。
部屋に一人となったガインダークは、薄ら笑いを浮かべていた。

「愚か者がこの私に箴言しんげんなどして盾突いたりするからだ。思い知れ!! クズがっ!!」




 薄暗い地下牢では、拷問待ちする数多くの老若男女の姿がひしめいていた。
冤罪えんざいを着せられた無実の人間も多く、否応いやおう無しに無理矢理セッツェン各地から連れてこられた面々で埋められていると言っても過言ではない。
 鞭撻べんたつと熱湯をかけられたゲオールは、鉄の針でジワジワと板ばさみされていた。

「ぎぃやぁああああああ-------っっ…!!」

 参謀として皇帝に仕えた彼の断末魔の叫びが響き渡る。
背徳者と吐き捨てられた命の灯火が、地下の拷問室から消えていった。


 騒ぎを聞きつけた医師のウェンリッグが、ガインダークの部屋にかこつけるようにして入ってきた。

「皇帝陛下!! 何故なにゆえ参謀を迫害死させたのです!? 拷問にかけるどんな理由が彼にあったと言うのですか!?」

 閉ざされた鉄の仮面の下で、ガインダークは眉をひそめた。

「迫害死だと…? はーはっは!! 何をたわけたことを申すのだウェンリッグよ。
奴は私の平常心をあおって乱したのだ。奴は自分で自分の首を絞めただけのこと。自業自得と言えよう」
「何という愚かな真似を……」
「愚か…? 今、確かにそう言ったな…? 言葉をつつしめい、ウェンリッグ!! 
お前も自分の言動によっては、首を絞めることになるぞ!! 
お前は二代に仕えた有能で貴重な医師ゆえ大目に見てやるが、
そうでなければ、今ここに命はなかったと思えっ!!」
「……」

 ウェンリッグは言葉がなかった。

----これは一体誰だ…? 

 彼は我が目を疑った。
自分の知るガインダークは、こんなに冷酷無情な人間ではなかった。
 確かに父帝や歴代皇帝の血を受け継ぎ、傍若ぼうじゃく振りな点は見受けられたが、
歴代の皇帝ほどではなく無欲恬淡むよくてんたんとした性格だったはずだ。
 それが皇帝になった途端、ガインダークは別人のように変わってしまったではないか…。
ウェンリッグは深く懸念した。
 しかし、自分はベモンドルと約束したのだ。
この若き新皇帝を、命に代えても護り通すと-------。

「……心得ました」

 それは、面従腹背めんじゅうふくはいに出た言葉である。その証拠に、彼の声はどこか震えてうわずっていた。

…と、そこへ、ロイゼンが戻って来る。

「背徳者の処刑は済んだか?」

 それはまるで自分が神になり、自分に背いた者に対してそう呼んでいるかのようであった。

「はい。全ては刑吏けいりに任せましたが……」
「はーっはっは!! あの世で悔やむがいいわ!! 双方、ついでによく聞いておけ!!
私は裏切り者が一番嫌いだ!! 裏切りは背徳だ。過去とは言え、一度裏切ったプロツェロワーツェスがシッカを、
私は許しはしない!! 今後、同盟の話を持ちかけたりすれば、それは即刻死を意味する。肝に銘じておけっ!!」
「----御意」

 ロイゼンは反駁はんばく一つせず即座に従うが、ウェンリッグは釈然とせずにたたずんでいた。

----果たして背徳者とは、どちらを名指して言うものか……。

 苦虫を噛み潰した衝動に、ウェンリッグは駆られていた。


 












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