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泡沫の大地の詩 [バージョン1]
作:スピリットQ



<  〃  >(2)


 皇帝一行は、魔法師シグネの空間移動で目的地へ着地していた。
そこは、西炎傭兵団と竜騎士団が監視するセッツェンの西方。
 突然目の前に出現した皇帝らに驚き、竜騎士団の団長は休憩中に飲んでいた茶を口から勢いよく噴き出した。

「こ、皇帝陛下!? どのようにしてここへ!?」

 手の甲で口元を慌ててぬぐうと、ガインダークの前でひざまずく。

「騎士団長、今すぐ傭兵共を全員処分したまえ。奴らはもう必要ない」
「----は?」
「聞こえなかったのか? 全員拷問にかけろ。なぶって、とことん痛めつけるのだ。
 手ぬるいやり方では許さぬぞ」

 ガインダークが仮面の下で冷笑する。

「何…かあったのでございますか? ここの傭兵に怪しい動きは見受けられませんが……?」
「見てからでは遅いのだ。反逆を企てられる前に処罰せよ! 全騎士団に命じる勅令だ」

 それには、シグネの魔法力が借り出された。
彼の手にかかれば、何百人もの人間がいとも簡単に苦しみ悶える。
 騎士団たちが全く手を貸すことなく、彼らをのた打ち回らせる。
その余りのむごたらしさに、目を伏せる騎士たちがほとんどだった。
  
 一部始終を見下ろすようにじっくり眺めていたガインダークの仮面が、
クックッ…という笑い声と共に時々上下に揺れていた。



                    *



 甲板から星空を眺めていたガイは、真下から聞こえた水音に不意に視線を送った。

「----お前は……」

 青く長い髪の澄んだまなざし。
あの時逃がした人魚が、水面に顔を出して見上げていた。

「何しに来た…? また捕まってしまうぞ」
「お願いです。どうか逃げて下さい! あの魔法師に力添えをすれば、あなたの命も危ぶまれます!」

 そんなことを伝える為に、再び現れたというのであろうか…?
ガイの表情が怪訝になる。
  
「何故お前にそんなことがわかる?」
「私たち一族は昔、アウドリックの周辺に住む人魚でした。
 あそこは平和で美しい、言わば楽園なのです。
 しかし一族は…、彼の魔法によって惨殺されました。
 あの時の彼のおぞましい形相は、忘れたくても忘れられません…。
 彼はよもや人ではありません。
 あの男を海賊船で見かけた時は、戦慄が全身を駆け巡りましたが、
 あの魔法師こそ仮面をかぶった魔性の男なのです!」
 
「----何故、それを私に…?」
「あなたを死なせたくはないのです……」

 人魚はそう言い残して、深い夜の海へ消えて行った。
誰かの気配が背中に感じられ、ガイは目を細めたまま後ろを振り返った。

「何やら…、美しい海の妖精と愛を語り合っていたようですが、移り気はいただけませんね。
 そんなことよりも、明日は騎士団や庶民も殺めてもいいというお許しが出たので、
 貴公も胸が高鳴って眠れないのでしょう?」

 ガイは眉をひそめて魔法師を見る。

「…何の話だ?」
「おや、ご存知かとばかり思っておりましたが…。 
 皇帝は、騎士団にとどまらず庶民にも反感を食らっているようです。
 それが頭にきたのでしょう。彼らを皆殺しにすると同時に、
 雄鹿アグナヒ同盟国の全土も火の海に包んでも良いというお許しが下されました。
 まるで、この世の終わりが明日訪れるかのようで、私は非常に楽しみで、
 今夜は眠れそうにもないのですよ」

 軽薄な笑みを浮かべながら、シグネが告げる。

「罪作りな…。まだ死体を増やす気なのか?」
「それは陛下に直接おっしゃって下さい。私が決めたことではありませんので…。
 もっとも、あなたの妹君であるならば、兄妹水入らず交渉し易いのではないですか?」
 
 魔法師は、あざけり笑ってその場を離れた。



                    *



 キングスたちがマナートの魔法陣に再び姿を現した時には、既に三日は過ぎていた。
しかしそこにあの老人の姿は、どこにも見当たらなかった。 

「どこ行ったんだあのじいさんは…」

 玄関の扉を開けた瞬間、

「------!?」

 視界に入ってきた光景に一同は唖然とする。
所々から立ち上がる炎と黒煙、破壊された家々…。
 この建物も、崩壊寸前だったが、敢えてほとんど無傷で持ちこたえられていたのは、
 きっとマナートが魔法をかけてくれていたおかげであろうか。

「これは酷い……」
「もしかしてあの時の賊たちか!?」

 トゥインガの体ががガクガク震えている。

「皆さん、急いでシッカに戻りましょう!」

 セシリーがそう叫ぶ傍らで、ルフィネが何やら呪文を唱えている。

「あれ…? アルディはどこですか?」

 ザッハンが不審に思い、辺りや家の中を見回すが彼の姿はなかった。
しかしついさっきまでは、確かに自分の隣りにいたはずである。
 セッツェンに着いた途端、消えていなくなってしまった。

「私が彼を捜して来ます。皆さんは先に向かって下さい! ルフィネあとは頼みましたよ!」

 セシリーが周辺を捜し始めた。
呪文を唱えていたルフィネの体を金色の光が包み込み、やがてその光はキングスたちをも包み込む。
 そして彼らはその場から姿を消した。



              
 ズドドド-------------ン……

激しい振動と共に、大地が大地震のように揺れ動いた。
 人々の驚愕する声も、海の中へ沈んでいく。
ドクルー海に浮かんであった島が丸ごと一つ、海の藻屑もくずと消え去った。
 それは魔法の力だった。
魔法師がふんぞり返ってけたたましく笑っている。

「あはははは!! 実に愉快だ!!」

 沈没させた島は、セッツェンやシッカのあるへブル島以外ほぼ全てだった。
大陸に於いても、大陥没させた場所が幾つもある。
 その中には無論、シッカと同盟を結ぶ幾多の国々もあった。

 海賊船に乗って遠くから眺めていたガインダークは、仮面の下で不敵な笑みを浮かべていた。


「奴だけは敵に回したくないな…。魔法があんなにも恐ろしいものだったとは……」

 船に乗っている海賊とそれに手を組んでいる山賊が、凄まじい光景を目の当たりにして身震いする。

「----しかし、かなり尋常じゃないな」
「ああ、確かにな…。ここまでする必要が、果たして奴にあるというのか…? 
 幾らあの悪魔の申し子のような皇帝にそそのかされたとは言え、
 あれじゃあ、どっちが悪魔かわからんではないか……」
「類は友を呼ぶのさ。あいつらは破壊と殺戮さつりくを楽しんでいるに過ぎない。
 ……俺たち以上にな」
「俺たちなんて虫ケラみたいなもんだぜ。…しかし捕らえたシッカの連中を、皇帝はどうする気なんだ?」
「じっくりお得意の拷問にでもかけるんだろ? シッカは皇帝の最も嫌っていた、元は血族だと言うからな」

 男たちの会話は延々と続く…。

一方、他の仲間たちとは違い、甲板に出て事の顛末てんまつを見ようとはせず、ガイは自室にこもりっきりでいた。
 当然のように、傍にはディリエも座って心配そうに彼を見つめている。 

「何をそんなにふさぎこんでいるの…?」

 そっと訊ねる。

「------妹は変わった…。光の妖精に愛されたような、明るく優しい子だったのだ……」
「人は変わるわ…。でも私は変わらないから安心して。あなたを永遠に愛するって……」

 ディリエは、ガイの手に自分の繊手せんしゅをそっと重ねると、その唇にも自分の柔らかな唇を重ねていった…。














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