< 〃 >(4)
馬の持ち主である老人は、キングスたちを奥の部屋へ呼び寄せた。
中に入ると、四角い朽ちた木のテーブルが一つと椅子が二つだけで、
あとは黒いカーテンのような布が天井から吊るされているだけの殺風景な部屋だった。
先に入ったはずの老人の姿が見えなかったが、黒いカーテンがユラユラと揺れていたので、
どうやらその陰にいるようだ。
老人は何かを探しているのか、ガタンゴトンと音を立てている。
埃まみれなので、時にゴホンゴホンとむせる声も聞こえていた。
「…見ろ、魔法陣だ。これは…神聖文字か…?」
一見何の変哲もない部屋かと思われたが、床に円陣が描かれてあるのにキングスは気づいた。
奇妙な文字も至る所に書いてある。
「さすがは王子。遊んでいるように見えても、知識はあるようだな」
「蔵書で見たことがあるだけのことだ。それ以上は知らん」
アルディとキングスは、奇怪な円を眺めながら呟く。
「ゴホゴホッ! やれやれやっと見つかったわい。何せ五十年も昔にわしの師匠が隠しておいた物じゃ。
数日前にここへ戻って来たばかりの頃は、あちこち盗賊に荒らされていたが、
さすがにこれは持って行かなかったようじゃ。
これがお宝だと言うに…何と愚かな盗賊よのぅ」
一本の古めかしい木の杖を手にしていた。
だが、埃や蜘蛛の巣にまみれ全身が白くなって出てきた老人を見て、アルディが大笑いする。
「ウェッホン! 一同、よく見るがいい。これぞ、我が一派に伝わる秘伝の杖じゃ!」
その杖を高らかに掲げ、誇らしげに叫ぶ。
「そんな棒切れ、外に幾らでも落ちてらぁー」
ガツン! と、アルディの頭上にその杖が振り落とされた。
彼を叩こうと構えたザッハンだったが、老人に先を越されたので思わず手を引っ込めた。
「ってー!! 不意打ちとは卑怯な!!」
「これはただの棒切れでも杖でもない。神聖な魔術召喚の杖でもあるのじゃ!」
「魔術召喚!?」
「左様…。魔術は魔法の一環であるが、そもそも魔法とは、神聖魔法、精霊魔法、魔術魔法
の三つに分かちてあると言われておる。
わしも専門的な用語や用法はよくわからぬが、わしが若い頃、師匠がそんなことを常々言っておったんじゃ。
ちなみにここは、師匠の邸宅だった家じゃがの」
「邸宅ー!? あばら家の間違いだろ?」
再び老人が、ザッハンよりも早くアルディの頭上に杖を振り落とす。
「ところで、この字は何て読むんだ?」
腕組みをしてジッと足元を見下ろすキングスが訊ねた。
「それがよくわからんのじゃ」
「え…?」
「読めんのじゃ。何せわしは五十年ぶりにここへやって来て、まだ師匠の遺留品を全て調べ切ってはおらなんだ。
さすが魔法に携わるとあって、不可解な物品も多い。ちなみに言っておくが、この杖は凄いのじゃぞ。
わしをペネロジからここまで、瞬時に移動させたのじゃからな」
「それは本当か!?」
「誠じゃ。この杖と魔法陣があれば、空間移動が可能なのじゃ。
とは言え、趣味でたしなむ程度なわし故、魔術の腕前はまだまだ素人同然じゃ。
じゃが、これでも日々研究に精を尽くしておるのだぞ」
「年なんだしよ、精も根も尽きて-----」
ゴンッ!!
今度こそザッハンは、老人よりも早くげんこつで叩くことに成功した。
「ちと早すぎねーか、ザッハンよー?」
間髪入れずにお見舞いしたザッハンに、しかめっ面でアルディが苦言を漏らすが、
満足感に浸る従者は無視を決め込んでいる。
「ともかくじゃ、今からお前さんたちを魔法国アウドリックへ空間移動させる」
老人が唐突におかしなことを言い出すので、キングスたちの表情はキョトンとして立ち尽くしていた。
「は…? 魔法国だって…? アウドリック…? そんな国が実在するのか!?」
キングスが代表するかのように言うが、誰もが老人の言葉に耳を疑っている。
確かに本や噂では魔法国は聞いたことがある。
しかしそれは、伝説上の国か物語で作られた国だとばかり思っていた。
「するのじゃ。わしの師匠がその昔、神の国に最も近いその国に、この魔法陣から行った事実がある。
我々から見れば夢か幻のような美しい不思議な国じゃが、ここからは遠い遠い場所に実在する国なのじゃ。
ただしリスクがある。素人同然のわしじゃ、うまく向こうへ行けるとは限らん。
じゃが、向こうへ無事辿り着いた暁には、是非とも助力を懇願するが良いぞ。
それがお前さんたちの目的なのじゃからな」
まるで知っていたかのようなその発言に、皆の顔が怪訝になる。
「頼まれたのじゃ。お前さんたちがアウドリックへ来るように、アウドリックの王から…。
彼らは此度のことを知っておる。
何と言っても、人の心もこの世界のことも知ることができる魔法国だからの。
実はあの四頭の馬も、お前さんたちをここへ呼び寄せるために魔法で準備した幻じゃ」
「何!? あの馬が幻だったってのか!?」
そう考えるとこのあばら家に、あんな場違いな馬が四頭もいたことにも納得できる。
アルディは、ショックを受けてか落ち込んでいた。
余程気に入っていたのか、黒い馬を本気でもらうつもりでいたのだった。
「そうじゃ。騙されたであろう? そもそもペネロジは、兵士がいっぱいで今は行けんよ」
「だけど、何で俺たちを魔法国の王が呼んでんだ? 知ってたんならそっちから来ればいいことだろう?」
「お、王子…!」
「知っていたなら、さっさと助けに来てくれていたなら、リーゲル邸だって大公夫妻だって死なずに済んだかもしれない」
キングスは視界の隅で、トゥインガに視線を合わせる。
彼女はあれっきり、人が変わったようにとんと言葉を発しなくなっていた。
彼女がそばにいることさえ忘れてしまうかのような、存在感の無さと化している。
しかしキングスの言葉が耳に入ると、彼女の顔も悲痛に歪み出す。
それは、無神経にも痛い所を突いて来る王子に対しての苛立ちか、
はたまた、両親を襲った者たちへの憎しみか…両方か。
「実は魔法国はのぅ、この世界とは少々異なる世界にあってのぅ…、
自分たちから手出しすることは禁じられているんじゃ。
つまり、こちらから出向いたり求めなければ、勝手に向こうから助力することは避けられておる。
異世界の文化や秩序、その他諸々のバランスが崩れてしまうでな。
下手に手を貸して、かえっておかしくなる危険性も伴っておるのでな…」
「それで俺たちがやって来るのを待っているというわけか。馬鹿馬鹿しい」
「変なところで遠慮するな! …って、文句でも言って来るか?」
アルディが冗談とも本気とも思えることを口にする。
「助けてくれると言っているのに、そんな失礼なこと言わないで下さいよ!!」
ザッハンが鼻息を荒立てていると、老人が全員に魔法陣の中に入るよう仄めかした。
「…おいおい、まだ俺は信じられねーぜ。本当にこんな円の絵から魔法のお国へ行けるって言うのかぁ?」
半信半疑なのは、皆同じだった。
「マナート殿は、ご一緒なさらないのですか?」
円陣の外にいて呪文を唱えようとする、マナートと呼ばれた老人に向かってザッハンが訊ねる。
「わしは万が一のことも考慮して、こちら側で待つことにしよう。
何せわしは五十年ぶりに-----…」
「早くしろよじいさん!!」
アルディがそれはもう聞き飽きたとでも言いたそうに、耳に指を突っ込んで叫んだ。
マナートは肩で息をついて、杖をかざし始め、そして意味不明な言葉を呟く。
呪文を言い終えると、杖を魔法陣に突き刺し、
円から放出された光と共に、四人はその場から消え去った--------
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