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泡沫の大地の詩 [バージョン1]
作:スピリットQ



<第一章>幾度目かの脱走(1)


 「おいザッハン、何してる!? はやく出て来いよ!!」

しびれを切らして苛立ち、キングスは辿ってきた抜け穴を覗き込んだ。
 その先には、身動きを止めて辺りを見回している男がいる。
キングスは声をくぐもらせてもう一度叫んだ。

「はやくしろって!!」
「は、はい! い、今行きます!」

 いつもは難なく城を抜け出すキングスが、今日に限っててこずっているのも、ザッハンがいたからであった。
キングスにしてみれば、それは日常的な行動であったため、不慣れなザッハンに息巻くのも無理はない。
 ザッハンは、王子の従者であった。
つまり、キングスが王子に当たるわけだが、彼はこうして城を抜け出しては、王や臣下たちの手を常に焼かせていた。
 当の本人には、反省の色は全く無く、
幼少の頃より共に育ってきた従者・ザッハンの肩の荷も下りることは決してなかった。
 そして今日もまた、キングスは城を抜け出す。
無論、守備兵が右往左往する堅固な城門をわざわざ通って来たはずもない。
 かと言って、神業の如く、一瞬の光のような足の速い馬に乗って兵士の目を欺いたわけでもない。
自分から捕まえて下さいと言わんばかりの愚行を、当然ではあるが王子は選んだりしなかった。

 ようやくザッハンは、その姿を陽の下に照らす。
木漏れ日が、彼の薄い金色の髪に当たった。

「はぁ…、ここに出るというわけですか」

 そこは既に城の外。
目と鼻の先には、『黒い森シェルド』が奥深くまで続いていた。
城門からはほど遠く、周囲には兵士の姿さえ見えない。

「凄い抜け穴ですね…。こんな所に穴が存在していようとは、皆目見当も付きませんよ」
 
 ザッハンは驚嘆していたが、キングスの方は半ば呆れた面持ちで肩をすくめた。

「当然だ。でなきゃ抜け穴の意味がない。うちの守備兵は鈍臭いのだ」

 分厚い城壁の一角に、いつ崩れたのか大人がやっと通り抜けることができる小さな穴が開いていた。
当初は、ネズミが通り抜けられるだけのほんの小さな穴であったであろうが、
それをキングスが自分が通り抜けられるように広げたのだった。
 その穴は、いつも岩と雑草に何の変哲も無く隠されていたが、かなり強靭に見えていた壁だけに、
まさか穴が開いていようなどとは誰にも思わせることが無かったのであろう。
 城内から抜け穴に至るまでの道は、鬱蒼うっそうと生い茂る手入れのされていない雑木林とやぶを通らねばならなかった。
裏庭の一番外れにある、不気味な雰囲気をかもし出すその先に城壁は見えていた。

「つまり王子は、人の目を盗んでいつもここから場外へ抜け出している…ということなのですね?」
 
 衣服に着いた葉を手で払いながら、ザッハンは嫌味を含んだ小言をさらりと言い立てる。
岩を元の位置に戻し、抜け穴を自然に隠すと、キングスは鼻で嘲笑あざわらった。

「俺を甘く見くびりすぎだぞお前。誰が抜け穴はここだけだと言った? 俺はそんなことは一言も言っていないし、
第一ここの他にも抜け穴は至る所にあるのだ。ここはその中の一つに過ぎん」
「至る所って、一体幾つあるんですか!? それほどこの城壁はもろいってことじゃないですか!?」
「ふん、全くそのとおりだ」

 昔からキングスは悪知恵だけは衰えを見せることは無く、驚異的な悪戯をしては周囲を驚かせてきた王子である。
ザッハンは、油断も隙もない目の前の主を見て、複雑な心境にかられていた。

 キングス・ニトゥワイレ・プロツェロワーツェス。
第十一代シッカ国王アンモスの嫡子ちゃくしにして、
次代の王に君臨すべく最高権力者という運命に投ぜられるであろう王子キングス。
 度々、城を抜け出しては、臣下に心配させる迷惑極まりない王子。
そんな軽率な行動が許されるはずもないが、しかし謹慎などの罰を与えても尚、
「城にいたくない」と躊躇なく断言されてしまえば身も蓋もない。
 今までも様々な趣向を凝らした罠や策で、王子を脱走から阻止したこともあったが、
それらも一度使い果たしてしまうと無意味なものと化す。
 それでも一向にキングスの脱走と放浪癖はとどまることを知らず、匙を投げられていると言っても過言ではない。

 城を抜け出した彼は、町や村によく出没しては人々と気兼ねなく話したり、
庶民と同じテーブルで飲み食いしたり、肩を組んで陽気に歌ったりした。
 大体地元の人々は皆、キングスが何者かであるかは知っていたし、彼に接してみれば何と言うことはない、
どこにでもいる普通の人間なのだと、気さくな人間として人気があったことを、王たちやザッハンも知らない。
 キングス王子の髪は黄金。
形の良い二つの青い双眸に、鼻筋の通った甘いかんばせ
よわい二十の青年である。

「ザッハン? さっきから何をじっと考え込んでいる? さっさと自分の馬リギャンに乗るんだ。一気に森を駆け抜けるぞ」
「…え?」

 そこで言われて初めて、森の方に何かがいる気配に気づきギョッとした。
見覚えのある二頭の白馬が、広葉樹の下で草をんでいたのだ。
 キングスとザッハンの愛馬である。

「な、何故馬屋ではなく、こんな所に彼らがいるのですか!?」
「そんなことは当然決まっている。お前の目にはおよそ、『二頭の馬、木陰で優雅にお食事中』にしか映らないであろうが、実は彼らは俺たちを、牢獄から自由の国へ繰り出さんとするためにつかわされた天の使いなのだ」
「……またわけのわからない御託を。それよりもちょっと待って下さい王子!! 私はそんなつもりであなたについてきたのではありません!! 珍しくあなたが秘密を教えると言うので、興味本位でついて来たまでです。
私まで家出の共犯者にするおつもりですか!?」

 ザッハンは落胆し、ため息を漏らす。

「つべこべ言わず素直になれ。お前が城を抜け出したい顔をしていたことを、俺が知らないとでも思っていたか? 
自由に動き回る俺を羨ましいと言っていたのは誰だ? お前だろう?」

 キングスは、自分の愛馬・ガテリスにまたがりながら言う。
確かにザッハンはそんなことを口にした覚えがあったが、しかしそれは王子の軽率な行動を戒めてもらうため側近者として諫言かんげんした、皮肉を込めた警告だったのだ。

「あ、あれはですね-----…」

 そこへ、一人の守備兵が見回りで歩いてきた。
今にも逃げ出そうとしているキングスに気づき、声を張り上げた。

「王子が逃げ出すぞ--------っ!! ザッハン、何をしている!? 王子をお止めしろ-------っ!!」

 ザッハンは面食らって慌て出した。

「ちっ!! そら見ろ!! お前がいつまでものんびりしているから見つかったじゃないか!!
 ついて来る気があるなら、さっさと馬に乗ってついて来い!!」
 
 キングスが手綱を引き馬のわき腹に一蹴りやると、ガテリスがいななき前足を振り上げた。
ザッハンは迷っていた。
 秘密の抜け穴を教えてもらったのに、今王子を止めてしまえば恩を仇で返すような真似になる。 
道理に背くことはしたくなかったが、しかし、ここで止めずに王子を見逃したとしても、
結局道理に背くことになるのではないかと思わず怯んでしまう。
 それなのに、ザッハンの体は無意識の内に鞍上あんじょうへと導かれていた。

「----やはり私は王子の味方なのですね…」

 何やら腑に落ちなかったが、自分はやはり王子の従者であるということを実感していた。
守備の兵士が沸いたように次々現れ、突撃をかけるかのように左右から迫って来た。

「今日という今日は逃がしませんよ-----っ!! ザッハンはやく王子をお止めしろ----っ!!
 王子お待ち下さ--------いっ!! 」
「バーカ、待てと言われて待つ奴があるか!」

 キングスは兵たちに一瞥くれると、鬱蒼と広がる森の中に馬を走らせ消えて行った。
ザッハンも後に続こうと手綱を引く。

「なにっ!?」

 ザッハンがきっと止めるだろうと思っていた兵士たちは、思いがけない彼の行動に度肝を抜かれ、
「してやられた!」と悔しがる。


 一方、ザッハンは、黒い森シェルドを駆けながら素朴な疑問に首をひねっていた。

「----それにしても王子は、馬を一体どうやって城外へ連れ出したんだろう…?」
 

 












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