<第四章>旅立ち(1)
リーゲル公国の一件があってからというもの、
シッカ国では、厳重な警備が国中の至る所で張り巡らされていた。
同様に噂を聞きつけた近隣諸国でも、一斉に警備が固められていた。
「…では、襲ったのはセッツェン帝国軍ではないと、断言できるのであるな?」
「はい……。あれはどう見ても賊の類いでした。私たちを洞窟で見張っていた賊は、ほんの一握りです。
残り半数以上の男たちは、何故か姿をくらましました」
一晩明けて、少しだけ落ち着きを取り戻した侍女のアトナが流暢に語った。
さすがに貴族出身の侍女である。
他国の王を前にしても物怖じ一つしない。
謁見の間では、シッカの臣下たちが立ち並び、昨夜の惨事について色々聞き出していた。
「その中には、多分、魔法を使いこなす者がおりました。私はそれによって気絶させられました。
屋敷が壊滅したのも、衛兵たちの全滅も、その魔法の威力が合ってこそでしょう……」
アトナの隣りの椅子に腰掛けるトゥインガも憔悴し切った声で言った。
一晩中泣き明かしたのか、目が赤く腫れていたが、きっと一睡もしていないのだろう。
アンモスは、まだ休むように言ってきたが、彼女は謁見の間に顔を出した。
両親や家がこんなことになったというのに、尋常ではないその精神力は、
やはりどこか普通の公女ではないのかもしれないことを示していた。
しかしトゥインガは、真摯にシッカ王の目だけを見つめていた。
「とすると…予てより噂の例の海賊共か…?
不思議な力を使う男がいると聞いているが、それが魔法とやらを使うのではないか?」
王の推測に、臣下たちも賛同してうなずく。
「魔法ならばつじつまが合うやもしれぬ…。魔法師ではないが、
それに似通った力を持つ者の噂を聞いたことがある…」
キングス王子の教育係も担う、パロウ老師が間に入ってきた。
「ほう…、老は知っているのか? ならば是非ともその者の名を教えてもらいたい」
「よろしいが、その者はセッツェンの西、ぺネロジ山脈に住んでおるのじゃ」
「セッツェン!?」
突如、皆が落胆する。
セッツェンは、国外者の入国を簡単には許さない頑強な帝国で有名である。
「古い古いわしの異郷の知り合いが、錬金術や魔術をたしなんでいる者がセッツェンにいると言っておった。
そ奴が何かを知っているやもしれぬぞ」
「…うむ、難しい選択だな。これは困った。とは言え、他に敵を討つ方法はなし…」
アンモスの眉間にしわがよる。
と、そこへ-----
「私が潜入致します!」
名乗りを上げたのは、トゥインガであった。
壁際の用意された椅子に座っていたエーゼットや侍女たちが、悲痛な叫びを張り上げた。
「そんな!! お姉様、無茶はやめて!!」
泣きながら飛び込んできた、未だ涙を浮かべてばかりの妹を立ち上がらせて、彼女は優しく口にした。
「泣き虫エーゼット、よくお聞きなさい。お前には教会を建てるという使命があります。
数え切れない大勢の家臣たちが、彼処で亡くなりました。どんなにか心残りだったでしょう。
彼らのためにも、安らかな眠りを与えてあげて下さい。…頼みましたよ」
今まで聞いたことのない、他人のような自分への言葉遣いに、エーゼットは目を剥いた。
それはまるで遺言のような-----
「いや…お姉様…。まるで死にに行くような言い方はやめてっ!!」
侍女たちも、一斉に皆止めに入るが、トゥインガの決意は固かった。
「アンモス王! 私はリーゲル公国の人間です!
父と母、それに死んでいった者への敵をこの手で討つまでは、
死んでも死に切れず、生きた心地も致しません!」
騒いでいた室内が静まり返った。
トゥインガの充血した灰色の目が、シッカ国王の青い双眸と一致する。
「相わかった…。皆の者、そちたちの中から同伴者を選びたいが、
誰ぞ我こそはと思う者は名乗り出られよ。歓迎致す」
アンモスはよく通るその声で言った。
室内が再びざわついた。それもそのはず。
セッツェンに入るということは、命の保証が無いも同然なのである。
「俺が行く」
名乗り出たのはキングスであった。
「王子!?」
「王子!! なりませぬ!! それだけは決してなりませぬぞ!!」
ザッハンと同時に叫んだパロウが止めに入る。
臣下たちも慌てふためき前に出る。
「うるさい!」
キングスは叱咤した。
一同の目が点になる。
「う、うるさいじゃと!? お、おお……」
倒れそうになる老人を、他の大臣たちが支える。
そんな息子に王は一瞬目を細くするが、何も反論しなかった。
「他には!?」
「----ならば、私が同伴致しましょう!」
アルディであった。
「奴は傭兵であるぞ! 信用できるのか?」
気絶しかけたパロウを支える大臣の一人が叫んだ。
「大丈夫だ。俺の良き友だからな」
「王子には、親切にさせていただいております」
アルディは、キングスの良き友で、良き理解者であった。
脱走の際に、王子の馬を密かに城の外に用意していたのも彼であった。
そんなことを、従者のザッハンが知る由も無い。
*
結局、ザッハンも同伴することで以上四名が、セッツェンに潜り込むことが決まった。
多すぎても目立ってしまうという理由からだったが、こんな頼りないメンバーで大丈夫なわけがないと、
一向に不安を拭い切れないザッハンだった。
「もう、勝手すぎます! 私の足は全力疾走には向いていないんですよ!
何かあっても簡単には逃げ出せないのです! そうですか、私は死にに行くのですね!」
ザッハンは膨れっ面をしていた。
幾ら王子付きの従者であるとは言え、勝手にキングスが有無を言わさず同行を決めてしまったことを、
怒り心頭に発していた。
「まぁまぁ、そんな時には無論、肩を貸してやるさ。なぁ、アルディ?」
「おお、そうとも。心配は無用というものだぞ、ザッハン君! 我々の熱き友情を信用したまえ」
「------」
二人の場違いな気楽過ぎる態度に、ザッハンの目が据わった。
「それがこれから敵国へ潜入する者の台詞ですか!?
ともかく、私はちょっと用事を済ませてきますから、お二人は旅の準備をしていて下さいよ。
遊んでないで!」
そう言って彼は、キングスの部屋を出て行った。
「ザッハン君はどこへ行ったんだ?」
「…さぁ?」
裏庭の花壇に、色とりどりの花が自慢げに咲き誇っていた。
その花を摘む一人の少女の姿を見つけると、ザッハンは顔をほころばせた。
「ライア!」
少女が振り返る。
花を摘んだ籠を手にした口の利けない侍女の元へ、彼は駆け寄った。
「ライア…、実は僕は旅に出ることになった…。だからしばらく君とも会えない。
ううん、もしかしたら…もう一生会えないかもしれない。
だからこうしてお別れを言いたくて…その…」
少女はまっすぐザッハンを見つめていた。
ただその瞳には涙が浮かんでいた。
他の侍女が周りにいなければ、彼女を思い切り抱きしめたかった。
ライアの涙を片手で拭い取ると、
「じゃ…、もう行くよ。-----さよならっ!!」
後ろを振り向かないように、なるべく早歩きで去って行く。
ライアがいつまでも、自分の背中を見ていたことを知っていた。
背中が熱く、痛かった…。
「キングス、トゥインガ様を頼みましたよ。皆さんも十分お気をつけて…」
王妃は、一人一人全員を抱きしめると、目に手を当てその場を去った。
見送ることが、身を切るように辛かったのだ。
「ったく…、相変わらず心配性な母上には参るな。既に死亡することを信じ切っている」
呆れ返って鼻で笑う。
「お姉様、行ってらっしゃいませ! 私、教会を建てるから…。
だから、見届けるためにもちゃんと帰って来てね!」
エーゼットが涙で目を潤ませて、トゥインガに抱きついている。
「そうね…。無事帰れることを、その教会で祈ってて頂戴ね…」
そうしてキングス、ザッハン、アルディ、トゥインガの四人は、シッカ城を後にした。
*
シャスデル海峡を抜け、ユーラ・アパシート海域の大海原に出た一隻の船は、穏やかな海を北北東に進んでいた。
その船体には、『青竜雷』と異国の文字で記されている。
その青竜雷号は、他の海賊船を次々と叩き落した、天下無敵の海賊船であった。
それというのも、その海賊船には魔法師が一人乗船、
それが最大の理由だった……。
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