< 〃 >(6)
乱闘はしばらく続いたが、さすがにかなりきつかった。
しかも携帯用の短剣である。
それでなくとも、腕力と体力と実戦に差がありすぎたのか、トゥインガの息が切れ始めていた。
斬りつけるどころか、かわすので精一杯だった。
そして、一瞬の隙を狙われて羽交い締めにされてしまった。
「お遊びはここまでだな」
トゥインガは顔をしかめて巨漢の男を睨みつけた。
「何…ですって!? 本気じゃなかったの!?」
途端に男たちが爆笑した。
「おいおい、そいつがお前みたいなひよっこと対等に戦っていたとでも思うのか?
半分も力を出しちゃいねーぜ、なぁ?」
再び嘲笑され、少女の顔に暗雲が立ち込める。
「くっ…!!」
「甘い甘い甘い!! 俺たちを舐めてもらっちゃ困るぜ? たかが山賊、されど山賊だ」
ヴァニダンが笑みを漏らして言った。
少女は唇を噛む。自分は本気だった。幾ら不利とは言え、全身全霊で戦っていた。
相手が強すぎたのか、それとも自分が弱かったのか、トゥインガは自分の無力さを思い知らされた。
それでも彼女は、羽交い締めしながらにやけるヴァニダンから離れようと暴れだす。
「もうおやめ下さい、トゥインガ様!!」
それまで見守っていた侍女たちの悲痛な叫びが聞こえたが、トゥインガは巨体から逃れようと尚ももがき続ける。
「あっ!!」
トゥインガが握り締めていた短剣が地面に落下した。
ヴァニダンにその手を叩かれたのである。
「終わりだな」
彼が、にやついて言った。
トゥインガはなす術もなく、肩で息をするばかりだった。
しかし突然男の腕が放されたかと思うと、少女の体も自由になるがドンッと押されたために、そのまま倒れこむ。
巨漢の男の視線が上から見下ろされる。
「さて…、お仕置きをしなければ…な」
「!?」
自分の体を嘗め回すように見ている。
トゥインガは気づいていなかったが、彼女が身に着けていた夜着は、焚き火の火に照らし出され、
多少透けて見えていた。
「…ち、近づかないでっ!!」
勝気な少女の、険しい表情が男に向けられた。しかしヴァニダンは近づく。
「来ないでって言ってるでしょ!! 馬鹿っ!!」
トゥインガが後ずさりする。
その時…、
「トゥインガ様、後ろっ!!」
背後に別の男が回り込んでいたことに気づきもしなかった彼女は、
まさか後ろから抱きつかれようとは思ってもみなかった。
その勢いで、うつぶせに倒れこむ。
「卑怯な!!」
「なかなか可愛いじゃねぇか」
「…は、離れなさいよ変態っ!!」
----もう駄目だ……。
誰もがそう思ったその時だった。
男のうめき声と共に、トゥインガに抱きついていた男、
それに目の前の巨漢の男が意識を失ってその場に倒れこんだ。
「悪趣味な奴らだな…」
洞窟の入り口に、誰かが立っていた。
石の飛礫を手の上で投げながら、青い双眸と黄金の髪が煌めいていた。
「キングス様!!」
侍女たちが立ち上がって、一斉に声を弾ませた。
地面にうつぶせになっていたトゥインガは、ゆっくりと首を振り向かせた。
見覚えのあるにっくきあの顔が、自分を見下ろしていた。
「よぉ、そんな所で寝ていると風邪引くぞ?」
「……」
相変わらずな彼だったが、今は何故か何も言い返せなかった。
「野郎っ!!」
残りの男たちが、いきり立ってキングスに立ち向かっていく。
男たちが次々倒れていった。全てはキングス一人の手によって。
剣の柄で疾風のように男たちの身体の急所を打ち付けていった。
瞬く間の出来事だった。
残った一人か二人の賊たちが、命からがら逃げ出して行く。
----当て身の技とは言え、こいつ、こんなに強かったなんて……。
トゥインガの瞳孔と口が、開いたままふさがらない。
「怪我はないか?」
頭に石をぶつけられ気絶している男を横に転がすと、トゥインガの手を取って立ち上がらせた。
いつもの軽薄な青い瞳が、今は真摯で優しげで、思わず吸い込まれそうになった。
しかしすぐさま手を彼から払うと、プイッと横を向いて口を尖らせた。
----な、何よ、調子が狂うじゃない……。
自分が知っているキングスと違って、まるで別人のように目に映った自分がもどかしい。
二度と会いたくないと叫んで別れてから、まだそんなに日は経っていない。
それに横を向いたまま目を合わせようとすらしない。
何だか後ろめたさと照れくささがあって、言葉一つ出てこなかったのだ。
*
応援に駆けつけたシッカの衛兵らと共に、ザッハンがやって来た。
十数人の若い侍女たちは、それぞれ衛兵の馬に乗せられリーゲル邸へと戻って行く。
山賊たちも、駆けつけたレッグドたちに拘束され、シッカにまとめて連行される。
キングスはまだ洞窟の中にいた。
その様子をトゥインガはしばらく眺めている。
「一体、何してるのよ…?」
確実に呆れている声だった。
衛兵が山賊たちを連れて行こうとすると、キングスがしばらく待つように言ってきた。
彼は、自分が当て身で倒した男たちが、怪我をしていないか見て回っていた。
山賊たちは、時々うめきながらも、未だ気絶したまま。
その中の一人の男の元へしゃがみこむと、突然自分のマントを裂いて、男の頭から流れている血を止血しだした。
思い切って投げた飛礫が、直撃したらしい。
「…さてと、これで良し。おーい、大尉、もういいぞ。あとは煮るなり焼くなりお好きなように!」
王子の合図を受け、レッグドと衛兵たちが次々洞窟から男たちを無理矢理叩き起こして連れて行く。
「さらった奴らに、これ以上世話する必要はないからな」
「止血する必要もなかったわよ。何で一思いに殺らなかったの!?」
蔑んだ目をして、少女が突っかかる。
キングスは深いため息をついた。
「俺は殺生を好まない。但し、今回ばかりは俺流のおしおきが必要だった」
「やっぱり馬鹿王子だわ。でもまぁ、お礼だけは一応言っておくわ。そうしないと、今度また何されるかわからないもの」
「今はまず何を言われても俺が一歩引いてやるが、お前…、さっきから平然な顔してるが、
----もしかして、知らないのか……?」
アトナが言っていたことと同じことをこの男の口からも言われ、釈然としないまま訝しむ。
「----な、何がよ…?」
「やっぱり知らないようだな……。とにかく馬に乗るんだ。話は戻りながらだ」
「へぇー! 今日は何だか随分優しくて気持ち悪いほどだわ。何か悪いものでも口にした? それとも別人?」
だがキングスは、何を言われても構う様子もなく、さっき切り裂いたマントを、夜着姿のトゥインガに投げてよこした。
「要らないわよ、こんなボロ!」
自分に降ってきたマントを掴んで投げ返す。
「そんなに身体を見せていたいのか? 結構淫乱だな」
「だ、誰が淫乱……!?」
不意に自分の身体に目線を落として、そして急に赤面する。
薄い夜着なために、身体が透けて見えていたのだ。
自分のあられもない隠微な姿に、この場になってようやく気づいたトゥインガであった。
だから、男たちの視線がどこか淫らだったのか…。
咄嗟に透けて見える胸部を両腕で隠して、キングスからマントを奪い取った。
「み…、み…、見たわねっ!!」
「自分で見せておいてよく言うぜ。第一そんな貧相な身体……」
「貧相ですってぇ------っ!?」
「奴らも災難だったな。同情するよ」
やはりいつもの皮肉る、ドスケベ最低馬鹿王子だった。
トゥインガの怒りが沸々とこみ上げる。
…が、白馬の方へ歩いて行くと、馬に飛び乗りキングスは手を差し伸べてきた。
「乗れって言うの!? おあいにく様!! 歩いて帰るわ!!
また乱暴な走り方でもされて振り落とされたんじゃ、たまらないもの!!」
「ご希望とあらば、今度はゆっくりと行くさ。だが----、お前がそれでいいのならな」
表情も暗く、突然声を低く下げて口にする彼に、再び嫌な予感を感じ始める。
「一体さっきから何なのよ!? 侍女たちもあんたも!! 知らないんだから早く教えてよ!!
リーゲル邸が襲われて、崩壊したとでも言うの!? 馬鹿馬鹿しい!!」
キングスがトゥインガを驚きの眼で見つめる。
「----それだけならいいがな……」
「なっ!! どういうことよそれっ!?」
「察しがいいようだが、お前が言った通り屋敷は崩壊、死人も多数出た。
それに大公夫妻も未だ見つかっていない。…誰かに聞いたのか?」
「え……」
言葉を失ったトゥインガの頭の中は、一瞬で真っ白になった。と同時に、腰砕けになる。
「う…嘘……」
咄嗟に掴まれたキングスによって支えられるように立ってはいるが、
でなければ彼女はすぐにでも地面にくずおれそうだった。
腕を伝って、彼女の全身の震えがキングスにも伝わる。
「----う、嘘でしょ…? ねぇ…、冗談…言わないでよ……」
キングスが首を横に振る。
「とにかくここから出るんだ。まだ他の山賊がこの近くにいるかもしれないからな。
それにお前が屋敷を見たくないと言うのなら…、無理にとは言わん。
シッカ城に向かうが、どうする…?」
「-------いいえ…、リーゲル邸に…お願い……」
そうして、ガクガク打ち震える少女をガテリスに乗せると、キングスは急いで馬を走らせた。
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