< 〃 >(5)
騎士たちは、懸命に消火活動を行っていた。
ブドウ園の至る所にある溜め池や井戸からバケツで水を汲んでは、ひっきりなしに火に投げ込む。
「大尉! 駄目です! 全く火が消えません!」
「馬鹿者! 男がそう簡単にあきらめるな!」
メビーリスは弱気になる部下に渇を入れる。だがさすがに水を運ぶだけでも相当な活力を要した。
次第に彼らの息も荒くなっていく。
しかし、幾ら水を投げ入れたところで、勢い付く炎を前に微々たる人間の力は無力に等しかった。
騎士の一部は、怪我人などの対応に追われていた。
出血した箇所を布で止血したりするだけの応急処置を施してやっている。
シッカでは、急ぎ舞い戻った隊員の一人に惨事を聞かされた国王夫妻が気を落としていた……。
ガーネマーラを一時安全な場所に避難させ、再び行方を捜していたキングスたちであったが、
あまりにも多すぎる瓦礫の山と、あちこちで上がる火の手に、捜索を断念せざるを得ず途方に暮れる。
「やはり亡くなられてしまわれたのでしょうか…トゥインガ様は…大公夫妻も…」
ザッハンが唇をきつく噛む。隣りに立つキングスも、低い声で呟く。
「…この有様じゃ、生きている方が難しい。----頑丈そうな女だったんだがな…」
「王子、あなたは残酷です!! いつも彼女に嫌がらせをして、優しくしたことなんてなかったんじゃないですか!?」
「------そうだな……」
ザッハンの目が剥く。
目にした王子の伏せ目の暗い表情を、彼は今まで見たことがなかった。
「す、すみません王子!! 言い過ぎました。お許し下さい!!」
「……いや、お前の言うとおりだ。反論はない」
二人は言葉が詰まった。瓦礫の山と燃え盛る炎を見つめる。自分たちがもうやれることは何もなかった。
水を汲み運んでいた近衛連隊の騎士たちも、とうとうあきらめてしまい呆然と立ち尽くしていた。
こういう時こそ、人は自分たちがどんなに無力なのかということを痛いほど思い知らされる。
ガーネマーラは依然としてむせび泣いていたが、彼女が飛び込んで行かぬよう、
傍らには無事だった別の侍女を付き添わせている。
「------少女はまだ生きていますよ……」
突然、背後から誰かに話しかけられ、キングスとザッハンは後ろを振り返った。
そこには、喪服のように黒いドレスを着た、長い黒髪の女性が立っていた。
髪と同じ色の漆黒の瞳と、それに相反する血の気のない真っ白な肌。だがどこか品のある美しい女性。
そのあまりにも整った容貌に、二人は息を飲み込む。
「…ほ、本当ですか!? どこにいるのですか!?」
ハッと我に返ったザッハンが訊き出すと、美貌の女は聖母のように微笑んだ。
そしてゆっくり人差し指を差し出すと、遠くの山へと向けそこで止めた。
「少女は…数人の若い侍女らと共に…山賊にさらわれて行きました…。あの山の麓の洞窟にいます…。
早く助け出さなければ…彼女らは遠い国へ連れて行かれます……」
先程から黙り込んでいるキングスは、すぐに愛馬の元へと駆け出した。
「お待ち下さい王子! 応援部隊がもうじきやって来る頃です!」
聞く耳を持たないことはわかっていた。だから彼の後を自分も追って行こうとしていたが、
この女性に御礼を言っておかなければと今一度振り返る。
「失礼ですが、あなた様はどちら様で------って、あれ…?」
女の姿はもうなかった。
*
-----少女よ起きなさい……起きるのです……
消え入りそうな澄んだ声が頭の中に聞こえ、トゥインガは意識を取り戻して目を開けた。
「ああ!! トゥインガ様!! 良かった!!」
侍女のアトナが隣りにいた。彼女は、妹・エーゼットの専属侍女である。
「どうしてアトナがここに…? それに今の声は-----…」
アトナの声ではなかった。聴いたことのない女性の声だった。
トゥインガは瞬きを何度もした。
目の前に、沢山の侍女たちがいたからである。
それも皆、自分と同じくらいの年の若い娘たちばかり。
彼女たちは身を寄せ合い、すすり泣いていた。
「皆、どうして泣いているの…? ガーネマーラ!?」
自分の専属の侍女の名を呼んだ。
呼べばすぐにでも彼女はひょっこり顔を出してくれる。
しかしいつになっても彼女は現れない。
「ガーネマーラ様は、ここにはいらっしゃいません…。ここにいるのは若い侍女たちばかりです…」
アトナが答えた。その目には涙が浮かんでいる。
トゥインガは目覚めたばかりで、ことの事情をまだ把握できずにいた。
「お姉様!!」
突然トゥインガの胸に、泣きながら少女が飛び込んできた。
「エーゼット? 何故お前までがここにいるの? お前の部屋はここじゃ……」
トゥインガは眉をひそめた。
自分の部屋にしては先程から何かがおかしい。
見ればごつごつした岩が壁や地面にむき出しになっていた。
そこでようやく彼女は気づく。
「ここは……どこなの!?」
「山の麓の洞窟みたいよ、お姉様…。皆…さらわれてきたの……」
三つ年下の自分と同じ栗色の長い髪の少女が、しがみつきながら震える声で言った。
でもさっきまで自分は、確かにベッドの中にいたはずだ。
その証拠に、疲れを癒してくれるセニールの花の香りが、まだこの夜着に染み付いている。
「そうだわ…、突然誰かが部屋に入ってきたんだわ…。それで剣を掴もうとしたけれど、そこで急に力が抜けて------」
気を失った。
トゥインガの記憶は、そこでプッツリ途切れていた。まるで魔法か何かをかけられたような感覚だった。
接触がないまま気絶させられてしまったのだ。
だが魔法の噂は聞いたことがあっても、実際見たことがなかった彼女は、魔法の存在を信じていなかった。
だから、呪文のような不思議な言葉があの時聴こえていたとしても、半ば、半信半疑でいたのだ。
「あれは何!? 怖いっ!!」
エーゼットがトゥインガの腕の中に顔を突っ伏して体を震わす。
トゥインガは後ろを振り返る。
背後には真っ暗闇の狭い道が続いていたが、よく見れば天井に幾つもの光る目が自分たちをじっと見つめていた。
時々、ザワザワと羽音が遠くで聞こえる。
「あれは…コウモリよ。心配いらないわ」
そう言って、優しく妹の髪をなでる。
そして今いるこの辺りがそれと反対に明るかったのは、
入り口付近で見知らぬ男たちが焚き火をしていたからであった。
「うるせーぞ、そこの女共! さっきから何ボソボソしゃべっていやがる!?
どうあがいたって、明日の今頃にはお前たちは遠い空の真下にいるんだ。黙って寝やがれいっ!!
…おおっと、それは俺の金だぜ。くすねるなよヴァニダン!」
焚き火を囲んで座る男たちの卑しい笑い声が響き渡る。
山賊と思われる男は全部で六人いる。ジャラジャラ音を立て、金銭を分配している様子だった。
「どうせ盗んできたお金だわ…」
トゥインガが目を細めて呟くと、隣りにいるアトナに囁く。
「あいつらが私たちをさらってきたの?」
「ええ、そうです」
「…じゃあ、あの中に魔法を使う奴がいるかもしれないのね」
「魔…法…? 何ですかそれは?」
侍女は魔法の存在を全く知らないようである。
「目に見えない力のことよ。最も私もよくは知らないんだけどね…」
「…ではトゥインガ様は、その魔法とやらにかかって気を失っていたのですね…。
私はてっきり、気丈なはずのトゥインガ様が、余りの悲しい出来事に気を失ったとばかり思っていましたので……」
「アトナ…? 悲しい出来事って何なの…?」
「-----!? そうでしたか…、やはりご存じなかったのですね…。お屋敷がどうなったのかも……」
「どういうこと…? 一体何を言っているの…?」
侍女の言い出さんとすることが、トゥインガには全くわからなかった。
やがて、侍女たちのすすり泣きが大きく漏れ出した。
エーゼットもアトナも、全身から声を震わす。
「ね…、皆…、何でさっきから泣いてばかりいるの? 大丈夫よ、すぐに助けが来るから」
「おーい、聞いたかぁ? 助けに来るってよぉ!」
「ギャハハハ…!!」
男たちが突然笑い出した。
いよいよ頭にきたトゥインガは、立ち上がる。
「ちょっと! さっきから大人しくしていれば何よ! 山賊の分際で馬鹿にして!」
「何だと? 威勢がいい姉ちゃんだな」
「何よやろうっての? 面白いじゃない、受けて立つわよ!」
「ほーぅ…」
一人の巨漢の男が唇をなめて、立ち上がった。
「やめときなってヴァニダン、こいつらは売りもんだぜ。ヒャハハ…!」
「へっへっへ…、こうも若い女がウジャウジャいて何もしないなんてのは体に毒だ。
なぁーに、手を付けたってばれやしねぇ」
女たちは思わず悲鳴を上げた。
ヴァニダンと呼ばれた男が近づき、トゥインガに手を伸ばす。
「それ以上寄らないでっ! 下衆が!!」
トゥインガは太ももに隠し持っていた小さな短剣を引き抜くと、男の前に差し出した。
ヴァニダンが口笛を吹く。
「おーおー、勇ましいねぇ。そんな物騒な物を、貴族の姫さんが持ってちゃいけねーぜ。さぁ、それをよこしな」
「なーに、脅しだ。どうってことないさ」
他の男が小馬鹿にする。
「そうかしら…? これが肌に触れると痛いわよ」
シュッ!! 隙を狙って、少女が一振り浴びせた。途端に、目の前の太った男の丸い顔から赤い血が滴り落ちた。
「こ、こんのアマ!! こっちが大人しくしてりゃ、いい気になりやがって!!」
「やれ!! ヴァニダン!!」
自分の口に流れてきた血を舌なめずりし、男は剣を取って振り上げた。
「いや-----っ!! やめて------っ!!」
エーゼットの金切り声が、洞窟の外まで突き抜けた……。
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