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アンモスは腹を立てていたが、そこは王、寛大な気持ちで馬鹿息子を迎え入れた。
「父上、私に頼みとは何でしょう?」
現れたキングスは、玉座の前に歩み寄る。
「唐突だが、お前にこれからリーゲル邸に向かってもらう」
「はぁ? 何で俺…いえ、私が? 今更何の用があって行かなければならないのですか?」
「これを見ても、まだわからぬかお前は」
王が指し示した場所に、女物の服や宝石類、そして食物が積み上げられてあった。
女物の服は、昔王妃が着ていた物。
「これを送り届けるのだ。お前はどうやら、私の知らぬ間に大公に会っていたと言うではないか。
その時のお礼とお詫びだ」
「お詫び…?」
「惚けてみても無駄だぞ。お前は令嬢にまたもや無礼を働いたそうだな。
一度では飽き足らず二度もするとは言語道断! まさか三度目もあるとは言わせぬぞ」
先日のトゥインガを連れ去った件が、ようやく王に知らされていたらしい。
遅すぎる報告と呼び出しに、キングスは笑って肩をすくめる。
「そこまで卑劣ではありませんよ。それにどうせ贈り物をするなら、
この間の諸国会議の際にでも直接大公に渡せば良かったんじゃないですか?」
「それでは意味がないのだ。お前が悪いのだから、お前が直接出向くべきであろう」
どうやら報告は当に行き渡っていたようだが、わざとキングスに詫びらせようという王の魂胆に、
ようやくキングスは気づく。
「----そういうことですか」
「そういうことだ。とにかく急ぎ出立せよ。外では近衛連隊が手はずを整えてお前を待っているぞ。
ザッハンも同伴させておる」
----あいつ…、惚けていやがったな…。
キングスは宙を睨む。
「くれぐれも、今度ばかりは騒ぎを起こさぬようにな」
「気をつけて行くのですよ」
王の後に続いて、心配そうな顔をする王妃が言った。
アンモスの顔は依然として堅かったが、キングスのせい、それだけではなかった。
先程から、嫌な悪寒が背筋を走って止まない。
再びあの時と同じ予感が、今また実現されようとしているのか……?
そんな不安を抱いて、窓から見える西空の真っ赤な夕焼けにアンモスは目をやった。
時は夕刻----
物々しい数の近衛連隊とザッハンが馬に乗り、城門の前で待機していた。
キングスの愛馬も待っている。
ザッハンが手綱を王子に手渡すと、キングスは白い馬の上に跨った。
「よし、出発!」
隊長のメビーリスが牛耳を執って片手を挙げる。
「寒くないですか王子? 夜は冷えますよ」
「----白々しいな、お前…」
「何がです?」
あくまで惚けるザッハンをキングスは一瞥する。
そして鼻で「ふん」と笑うと、ザッハンを置いてガテリスを走らせた。
*
黒い森は、シッカ城のすぐそばから群がっている。
それ故、まるで庭のような存在であったが、やはりそこは深遠な森。
夜ともなれば尚更、どこか不気味な雰囲気をかもし出していた。
メビーリスを先頭に、約二十名程の近衛連隊の騎士たちが、キングスを挟みながら森を闊歩する。
「何だってたかが森を一つ越えるのに、こんな多勢で物々しく行かなければならないんだ?」
仏頂面のキングスは愚痴をこぼす。
この森で盗賊や山賊の類いに出くわした噂を、ほとんど聞いたことがない為何とも言えないが、
これではかえって狙われやすくなるというもの。
そんなキングスの配慮を知ってか知らいでか、一行は一目散に国境を目指す。
リーゲル公国のリーゲル邸は、セッツェンとシッカを挟んだちょうど真ん中に位置する。
黒い森は夜になると、いつしか本当の黒い森へと姿を変えていく。
不気味な静寂が辺り一面に包まれていた。
「----それにしても、何故王はこんな遅くに出立することを命じられたのでしょうか?」
ザッハンが口にする。
キングスは夜道を駆けるのを慣れていたので別に気にしなかったが、言われてみればそうなのだ。
「確かに、夜になって伺うなんてことは普通考えられない。戦いに行くわけじゃなし……って、
ああ、そうか…。そういうことか…」
「何かわかったのですか?」
ザッハンが訊く。
それに対し、キングスが真顔で言った。
「つまり三度目は……、堂々夜這いをかけろということだ。
父上もやっと俺のことがわかってきたじゃないか」
刹那に力が抜けたザッハンは、馬から転げ落ちそうになった。
「こんな時に冗談はよして下さい!!」
ドド-------ン……!!
突然、とてつもない爆音と激震が遠くから響き渡り、一行は馬を止めた。
「何だ!?」
先頭を駆けていたメビーリスも馬上から目を細めている。
「あれは…もしや、リーゲル邸の方向…?」
途端に、全員の顔が蒼白になり、ザッハンも青ざめている。
「王子、お待ちを!!」
一人馬を走らせたキングスに、ザッハンが叫んで後に続いた。
横を通り過ぎた二人に続くように、メビーリスも指揮を執る。
「全員、一気に森を駆け抜けろ!!」
炎は猛威を振るって燃え盛っていた。
瓦礫の山が、元は何をかたどっていたのか今ではもうわからない。
そしてその下には、血を流して動かなくなった、魂の抜け殻と化した人々の姿が見えた。
運良く逃げ出せた人はごくわずか。
兵士たちもあちこちで倒れて死んでいた。
阿鼻叫喚して泣き叫ぶ人が、絶望のどん底に突き落とされていた。
悪夢だった。いっそのこと悪夢であってほしいと、駆けつけた一行の誰もが思った。
「地震…? それとも戦いがあったのか?」
「それにしても、建物の破壊のされ方が普通じゃない。人間業とはとても思えないな……」
だが、死体には剣で斬られた痕も見受けられた。
「……一体どういうことだ?」
シッカの騎士たちは、木っ端微塵に粉砕されたようなリーゲル邸を目の前にし、呆然と立ち尽くしていた。
一方、キングスとザッハンは、燃え盛る炎を潜り抜け、奥へ奥へと入って行く。
「危険です王子! お戻り下さい!」
それでもキングスは、業火の中を強引に入って行く。
ただ一心に、大公夫妻と公女の姿を求めて…。
「!?」
キングスの足が、突如止まった。
炎に向かって慟哭する女性の姿が目に入り、彼女のそばへ駆け寄る。
トゥインガ付きの侍女・ガーネマーラだった。
「ひぐ、うあっ…、 ど…うかお嬢様を…、お助け-----……」
そこまで言って、彼女は気を失ってしまった。
抱え起こして、横暴だが頬を叩いて無理矢理意識を取り戻させる。
「何があった!? 大公夫妻と公女はどこだ!?」
「----ば…爆音がして…、突然、お屋敷が崩れ落ちたのです…。
ああっ、お嬢様をっ…!! トゥインガ様をお探ししなければっ…!!」
立ち上がろうとするが、腰が抜けているせいでそれもうまくいかない。
ガクガクと震えながら、それでもガーネマーラは公女を探そう四つん這いになって前に進んで行く。
「よせ! とにかくここから離れるんだ!」
彼女の体を抱き抱えようとするが、頭を振って暴れだす。
「いやっ!! お放し下さいな!! 私はお嬢様をお探しするのですっ!!
大切なあのお方のお嬢様を----……」
キングスとザッハンは、思わず目を合わせた。
----この侍女は、メレクシール大公を……?
それが、二人の心の一致した意見だった。
それとも、愛人なのだろうか。
「ブドウと同じく、恋慕の情にも余念がなかったというわけか…」
キングスは失笑した。
侍女は一心不乱になりながらも、両手を着いて前に進んで行く。
炎はすぐそばまで迫っていた。
そんな彼女を無理にでもひきずり、キングスたちはその場を後にした。
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