艦魂年代史外伝 あの空の向こうにPDFで表示縦書き表示RDF


 さて、今回は駆逐艦『雪風』の物語です。
 本編では大和、武蔵、陸奥、伊勢、榛名、霧島、大鳳、隼鷹といった軍艦に分類される強豪の恋敵の中、雪風は唯一駆逐艦という艦艇に分類される艦魂でありながら翔輝を想っていました。
 そんな雪風は太平洋戦争という激戦を生き抜き、終戦まで残りました。
 その後祖国を離れて中国に渡った雪風は日本人を憎む中国人の中で生き抜きます。
 艦魂年代史外伝シリーズ第四弾、あの空の向こうに、スタートです。
艦魂年代史外伝 あの空の向こうに
作:黒鉄大和


 私は一体何の為に戦ったのだろうか。
 多くの姉や妹、仲間を失って、一体自分は何の為に戦ったのだろう。
 国の為? 天皇の為? 確かにそれもある。だが、本当は大切なものを守りたいが為に戦ったのだ。愛するものを守る為に・・・
 でも、私にはもう守りたかった姉も妹も、司令も上官も、仲間もみんな死んでしまった。そんな私は、ただの死にそびれた敗走兵でしかない。
 死んでしまった者は生き返らない。なら、自分がここで生きている理由は何なのか? 私の生きる意味は・・・何なのだろうか?
 そんな想いを抱き、私は故郷を離れた・・・
 
 時に一九四七年七月、中国の海軍の基地がある上海湾に一隻の戦闘艦が入港した。
 その艦体は七年半も前のもので軍艦としては少し古い艦だったが、その輝きは新品同様の美しさだった。乗組員達が最後の別れと、艦中をピカピカに磨いてくれたからだ。ただし、軍が解体された時に撤去された主砲や魚雷発射管、対空機銃などは搭載されておらず、軍艦とはいえ武装はされていなかった。
 そんな艦の艦首には一人の少女が天空を見上げていた。その表情はどこか虚ろで、何も感じないほど冷たいものだった。
 彼女は自分以外の姉妹、命を掛けて守ると決めた上官、頼りになる多くの仲間を失って、その心は冷え切っていた。
 そして、忠誠を誓った故郷の国に戦時賠償艦として引き離され、もはや全てどうでも良かった。
 ふと、マストに翻っている赤地に黄色い星に三本の青い線が描かれた中国海軍の軍艦旗を見詰め、むなしいため息をする。
 かつては星ではなく太陽を象徴とした軍艦旗を掲げていたが、今ではもうそれも叶わない。
 これから自分は未知の世界でたった一人で生きていかなくてはならないと思うと、泣きそうになってくる。
 そうこうしているうちに、目の前には少数の艦艇が浮かんでいる上海湾にが見えた。ここで自分は、忠誠も何もしていない国を守らなければならない。
 嫌な名前を付けられて・・・
 元の名に戻りたい・・・
 故郷に戻りたい・・・そう、心から思うが、それは叶わぬ夢でしかない。
 彼女の名は中華人民解放軍駆逐艦『丹陽タンヤン』の艦魂。
 昔の名は――大日本帝国海軍陽炎型駆逐艦八番艦・駆逐艦『雪風』・・・

 上海湾に到着した『丹陽』は他の艦達の近くに停泊した。
 ここが自分が守るべき国――とは思いたくない。
 雪風はふと自分が来た東の空を見詰める。その向こうには自分の故郷がある。帰りたい・・・そう、思う。
 雪風が呆然としていると、前甲板に数人の女性達が現れた。アジア系の黄色人種だったが、自分と同じ種族だとは思わなかった。
 その少女達が、中国人だったから・・・
「ニイハオ。丹陽さん」
 その中で一番階級が上そうな女があいさつした。だが、雪風はその女性を睨み付ける。
「あなたは?」
「初めまして。中国人民解放軍所属の駆逐艦『成都チョントゥー』と言います。以後仲よろしく」
「中国人なんかと仲良くなりたくなんかありません」
 無表情で言う雪風の言葉に、成都の後ろにいた一人の女が怒鳴る。
「私達だって日本人なんかと手を組みたくなんかないわよ!」
「それなら構わないでください。私は植民地でしかない中国の為に命を掛けるほど、バカじゃありませんから」
「言わせておけば・・・っ!」
「やめなさい」
 成都が女を制し、雪風を見詰める。
「あなたはもう私達中国海軍の仲間なんです。争いは起こさないようにしてください」
「そちらから仕掛けてこなければ何もしません――それと、私をその名で呼ばないでください。私には――雪風という、皆に愛された名がありますから」
「ここではその名はもう不要です。あなたはもう丹陽なんですから」
「こんな名前、吐き気がします」
 雪風は再び東の空を見詰める。そんな雪風を睨む女達を制し、成都は敬礼して皆を引き連れて消えた。
 雪風はむなしく天を見上げるだけだった・・・

 その後、中国の国民党軍は台湾に逃れた為、『丹陽』以下中国海軍も台湾に移動した。その際、『丹陽』は再武装化をして中国海軍の旗艦となったが、中国海軍の艦魂は彼女に従わなかった――ただ一人、成都を除いて・・・

 台湾沖に停泊している『丹陽』の一室には旗艦である雪風が無表情で中国軍の資料を見ながらお茶を飲んでいた。その部屋には成都もいた。
「司令。お茶のおかわりはいりますか?」
「結構です」
 雪風は依然中国海軍の艦魂達と対立していた。いつも一人で部屋に閉じこもって資料を読む。そんな生活を続けていた――外に出れば、他の艦魂達に石を投げられたりされるから・・・
「司令。いつも資料を読んでいるようですが、一体何を?」
「あなたには関係ありません」
 成都が微笑んで声を掛けても、彼女はそれを一蹴する。雪風に冷たく言われた成都はふと机の上にある二枚の写真が飾ってある写真立てを見た。
 そこには――今とはまったく違う明るい笑みを浮かべている彼女がいた。
 一方は十九人の少女達を撮った写真。
 もう一方は数人の少女と、一人の青年と共に撮られた写真だった。
「これが司令ですか?」
 写真を雪風に向けると、彼女は大激怒した。
「勝手に触らないでッ!」
 雪風はすさまじい速度で成都の手から写真立てを取り返した。その瞳はすさまじい怒りで染まっていた。
「す、すみません・・・」
 雪風の激怒ぶりに自分のした軽率な行為を悔やむ。
 不機嫌そうに再び資料に目を戻す彼女に、成都は静かに聞く。
「先程の写真は・・・」
 成都の質問に答える義務はなかったが、雪風は口を開いた。
「右の写真が私の姉妹と撮った写真。左の写真が、天一号作戦の時にみんなと撮った写真――もうみんな、死んでしまったけど・・・」
 雪風の言葉に、成都うつむいて何も言えなくなった。だが、何か言おうと再び顔をもたげると、雪風が少しだけ笑っていた。
 成都は、言葉を失った。
 とても優しい笑みに見えた。自分は今までこんな彼女の顔を見た事がなかったからだ。
 雪風は優しい目で左の写真の中央に写っている少年を見詰めた。
「たった一人・・・、長谷川少佐は生きてるけど・・・」
「長谷川少佐? 司令の元乗組員かですか?」
「違う。あの人は戦艦『大和』の航海士を務めていた人です」
 ――戦艦『大和』。連合国総司令部からの報告書で読んだ事がある。大日本帝国海軍の象徴で、世界最大最強の四六cm砲を搭載した、世界最大最強の戦艦だとか。あまりにも巨体過ぎて想像がつかないが、最強の戦艦だというのはわかった。
「なぜ『大和』の乗組員であるその方を司令が親しいのですか?」
「彼は、私達日本海軍の心の支えでした。戦局が悪化し、多くの仲間を失っても、私達が戦い続けてこれたのは、彼がいたからです」
「その人は、どういう方なんですか?」
「――とても優しい人です。いつも明るくて、落ち込んだ私達をはげましてくれました。私の最後の戦い――菊水作戦では落ち込む私達十勇士を先導してくださいました。そこで大和司令は戦死されましたが、彼は生き残って、私に救出されました。そして戦後、彼は空母『隼鷹』の航海長として復員活動に参加しました。時々でしたけど、私に会いに来てくれました」
 その長谷川少佐の事を言う時、雪風は本当に嬉しそうな顔をしていた。そんな今まで見た事のない彼女の姿に、成都はふと、
「司令・・・その長谷川少佐の事が――好きなのですか?」
「なっ!?」成都の質問に雪風は顔を真っ赤にしながら慌てて聞き返す。
「ど、どうしてそう思うのですか?」
「いえ、ただ・・・その方の事を言ってる時ん司令は、とても楽しそうでしたので」
 成都の言葉に、雪風はしばらく顔を赤くしながら沈黙していたが、
「・・・えぇ、大好きです」
 雪風は静かに言った。
「でも、彼には大和司令がいます。私の出る幕はありません」
「ですが、その大和司令は・・・」
「・・・そう。今はもういません。でも・・・やっぱり私には彼の力にはなれないんです」
「ですが・・・」
「・・・それに、私はもう日本には帰れません。この国で死ぬだけです」
 先程までとは打って変わって、寂しそうに言う。中国という何の関係もない国で生きるしかない彼女は、もう故郷には戻れないのだ。
 そんな落ち込む雪風に、成都は優しく言う。
「根っからの大和魂を持つ司令は、愛国家でしょうが。中国も、すばらしい国ですよ」
 自分に優しく接する成都に、雪風は不思議そうに聞く。
「あなたはどうしてそんなに私に優しくしてくれんですか? 中国人は、日本人が嫌いなのではないんですか?」
 雪風に質問に、成都は苦笑いする。
「中国人全てが日本人を嫌いな訳ではありません。かつて私に乗っていたある士官の方は、日本が好きな方でした。彼は台風で増水した川に誤って流された時に日本陸軍の方達に助けられ、その後も介護をしてもらったそうです。その方と親しくさせてもらった私も、日本人は嫌いではありません」
 成都は嬉しそうに言った。きっと、彼女はその人の事が好きなのだろう。
「その人は、今どうしてるんですか?」
 雪風の質問に、成都は苦笑い。
「彼は、日本軍の虐殺で殺されました」
「・・・っ!」
 真っ青になる雪風に、成都は優しく微笑む。
「でも、私は日本人を怨んでなんかいません。彼は日本人を愛していましたし、彼の母親は日本人でしたから」
 そう言うが、雪風の表情は暗いままだ。
 当時の日本は『大東亜共栄圏』をスローガンに戦っていた。アジアを欧米諸国から解放するというスローガンだったが、実際は虐殺や略奪などが横行し、欧米諸国よりも対応がひどい事もあった。
 雪風が所属する海軍はそんな事はしておらず、そういう報告書だけが届いていたが、ここに来てそれが目の前に現れた。
「・・・ごめんなさい」
「司令? なぜ司令が謝るのですか?」
「だって、私も、日本人だから」
「私は日本人が好きです。でも今は・・・」
 成都はとても優しい笑みを雪風に向ける。それは、本当に天使のような優しい笑みだった。
「――今は、司令を心からお慕いしています」
「・・・ちょん・・・とぅ・・・」
 雪風の瞳から、そっと涙が流れた。そんな雪風の反応に成都は慌てる。
「し、司令!? どうされたんですか!?」
 成都は雪風に駆け寄って慌てる。だが、そんな彼女の胸に雪風はそっと抱き付いた。それに対し成都はさらに驚く。
「し、司令!? ご気分が悪いんですか!?」
「ううん――とっても・・・いいよ」
「司令・・・?」
 自分の胸の中で嬉しそうに微笑む雪風に、成都は実感した。
 ようやく、彼女が心を開いてくれた。
 彼女は強く、たくましい艦魂だ。これから先他の艦魂達と衝突する事が多々あるだろう。でも、自分は彼女の力になろうと、成都は思った。
 雪風は、ようやく中国という国の考え方を変えた。
「日本は私の故郷。でも、中国も、私の故郷に・・・なるでしょうか?」
「はい。きっと・・・」
 雪風は姉のような雰囲気を出す成都の腕の中で、幸せそうな笑みを浮かべ続けるのであった・・・

 一九四九年、正式に中華人民解放海軍が編成された。そんな中国海軍の中でも『丹陽』は中国海軍旗艦として活躍し続けた。
 そんな中、雪風は元の彼女の優しさを取り戻し、すっかり中国海軍の艦魂達と意気投合していた。
「タンりゃん。また資料を読んでいるアルか?」
 駆逐艦『天津ティエンチン』の艦魂が笑顔で質問する。彼女は普段軍服ではなくチャイナ服を着ていて、チャイナ語を使う。
「天津。場をわきまえなさい」
 駆逐艦『桂林ケイリン』の艦魂が天津を叱る。だが、天津は頬を膨らませる。
「うえぇー、ケイりゃん厳しいアルよ」
「ケイりゃん言うなッ!」
 桂林が天津に激怒すると他の艦魂達も笑う。
「笑うなッ!」
「桂林。あなたうるさいわよ」
「成都先輩までぇ・・・」
 落ち込む桂林に雪風は優しく笑う。
「だからぁ、タンりゃんは何を読んでいるアルかと聞きたいだけアルよ」
 天津は雪風に迫る。
「別に、今年成立したばかりの中華人民共和国の状況や国民党政府の台北移動とかだよ」
 そう説明する雪風に天津はニヤニヤと笑う。
「な、何?」
「うそはいけないアルよッ!」
 天津は雪風から資料を奪った。
「あッ! コラ天津ッ!」
「これのどこが中国の資料アル?」
「そ、それはその・・・」
 雪風が見ていた資料のタイトルは『米国務省発対日講和強化へ』と書かれていた。
 天津はそれを見て雪風をじとーっと見詰める。
「これはどう見ても日本の内部情勢とアメリカの対日講和の内容だと思うアルけど」
「そ、それは・・・」
「天津、司令は日本人よ。日本を心配して何が悪いの?」
「そうアルけど・・・日本人なんかこの世からいなくなった方がいいアル」
「天津ッ!」
 成都が怒ると、さすがの天津も弱腰になる。
「じょ、冗談アルよ。怒らないでほしいアル」
 あははと笑う天津。刹那、天津に黒く光る銃が向けられた。その衝撃的な光景に誰もが目を疑った。その黒い銃を握っているのは――雪風だった。
 天津を睨み付ける彼女の瞳にはすさまじい怒りの炎が燃え上がっていた。
「天津・・・ッ! 日本を侮辱する事は絶対に許さない・・・っ!」
「た、タンりゃん・・・っ!」
天津は真っ青な顔でおびえる。
「司令! 銃を下ろしてください!」
 桂林が慌てて雪風の銃を下ろす。雪風は天津を睨みつけ彼女から資料を奪うと再びそれを読み始める。そんな険悪なムードになってしまった中、成都は天津を叱る。
「天津! 司令に謝りなさい!」
「わ、わかってるアルぅ。タンりゃん、ごめんアルよぉ」
 天津は謝るが、雪風はそれを無視した。日本人であり愛国家である彼女にとって、日本を侮辱される事は許しがたい事だった。
「司令・・・」
「出てってッ!」
 雪風がそう怒鳴ると、成都は天津や桂林達を連れて出て行った。
 成都達のいなくなった部屋の中で、雪風は頭を抱える。
 根本的に日本人と中国人には深い溝がある。だからこそ天津の意見は中国人としては当然のようなものだ。でも、自分は日本人だ。蒼い海を日の丸の旗を掲げて敵艦を打ち砕いた大和魂を持ち、武士道を心得た侍の血が流れる日本人である。中国の戦闘艦になっても中国に志まで渡した訳じゃない。
 魂まで渡した訳じゃない・・・
 日本への忠誠心は未だに衰える事はないのだ・・・
 日本人と中国人。せっかく仲良くなれても、そこには大きな壁が立ち塞がっている。なのに、ここにいるのは中国人ばかり。日本人は一人もいない。
 雪風はふと写真立てを見た。そこに写る多くの大切な人達は、もうたった一人しか残っていない。
 雪風は左の写真の中央に写る青年――翔輝を見た。
 もう二年以上も会っていない、片思いの彼。今、どこで何をしているのだろうか?
「少佐・・・私、どうしたらいいんでしょうか・・・?」
 雪風は写真立てを握り締めたまま、涙を流した・・・

 翌日、雪風の下に天津が再び謝りに来た。
「タンりゃん。ごめんなさいアル」
「もういいよ。気にしてないから。それに、私の方こそごめん。ついむきにになっちゃって」
「そ、そんなっ! 悪いのは私アルよっ!」
「そうね。悪いのは全部あなたね」
 桂林が何度もうなずく。
「もうっ! ケイりゃん冷たいよ!」
「ケイりゃん言うなっ!」
 いつの間にか二人のケンカになってしまったが、雪風は静かに微笑んでいた。そんな彼女の横にいる成都は申し訳なさそうな顔をしている。
「すみません司令。本当にバカばっかりで」
「いいんです、それも個性ですし・・・私も昔を思い出されますから」
 妹の谷風と舞風は、よくこうしてケンカしてたなぁ、と、雪風は今はもういない妹達を思い出す。
「司令・・・」
「さぁ、今日も張り切っていきますよ!」
『おおおおおぉぉぉぉぉっ!』
 まだ溝は埋まらないけど、それでも私は努力する。溝が完全に埋まるにはまだまだ時間は掛かるだろうけど、それでも、新しい仲間達と一緒に生きる。それが、彼女の思いだった。
 窓の外にはこがらしが吹き、冬の訪れを感じさせていた。
 雪風は、かつての名の『雪』を見る事を楽しみにしていた・・・

 一九五〇年、朝鮮戦争勃発。人間は再び戦争を始めたのだ。
 ソ連の赤(社会主義)に染まった金日成が朝鮮半島統一をスローガンにソ連軍の軍備を装備した北朝鮮軍が軍事力の低い韓国に攻め込んだのだ。
 北朝鮮軍は圧倒的な強さを誇り、韓国軍やアメリカやイギリスを中心とした多国籍軍を圧倒。わずか四ヶ月で韓国軍及び多国籍軍を日本海側の韓国最後の砦である洛東江まで追い詰める。だが、ここでようやく多国籍軍が反撃を開始し、わずか一ヶ月で三八度線まで防衛線を回復した。韓国軍はついに三八度線を突破。北朝鮮内部に殴り込みを掛けた。
 この韓国軍と多国籍軍の資本主義軍の侵攻に対し、ソ連、北朝鮮と同じ社会主義政策を基軸としている中国軍は資本主義の侵入を防ぐ為に北朝鮮側に協力して、ついに中国は韓国軍、多国籍軍に宣戦布告した。
 前線兵力二〇万人。後方待機兵力一〇〇万人という大部隊を編成した。
 そして、中国海軍も動き出した・・・

 多国籍連合艦隊と中国海軍は激突した。
「撃てッ!」
 中国海軍旗艦・駆逐艦『丹陽』艦長が命令し、『丹陽』の主砲が唸る。実に五年ぶりの戦闘だった。迫る敵艦隊はこちらと互角。さらに味方には北朝鮮海軍も参加し、まさに資本主義と社会主義の激突にふさわしいものだった。
『丹陽』より発射された砲弾は敵艦に命中した。味方艦もそれに続いて砲雷撃を開始する。だが、敵艦隊も黙っていない。反撃を開始する。
 水柱がまわりに上がり、海の中を魚雷が翔ける。
 敵味方次々に損傷、沈没していく中、『丹陽』は被害なしで駆け回って敵艦を確実に沈めていく。
 これが『雪風』の幸運力である。
 太平洋戦争でも、この幸運のおかげで生き残れたのだ。その輝きは今もなお健在だった。
「撃てッ!」
 艦長は再び叫ぶ。そんな中、雪風は沈む米海軍艦を睨んでいた。
「鬼畜米英め」
 アメリカが大嫌いな日本人の心を持っている雪風は、それが死んでいった日本海軍の仲間達への仇の如く敵艦隊を攻撃しまくった。
 結局、勝敗は痛み分けのような結果になってしまい、『丹陽』は傷ついた味方艦隊を引き連れて基地に戻った。その中には、『成都』『桂林』『天津』の姿はなかった・・・
 雪風は泣いた。
 人種は違くても、信頼できる仲間だった――友達だった。
 特に成都はずっと自分の味方をしていてくれた。そんな彼女がいなくなった今、自分は一体どうすればいいのか?
 答えは一つ。生きる事だ。
 かつて多くの姉妹や仲間を失った時には自暴自棄になった。でも、その時も翔輝と言う人間が自分を救ってくれた。
 今度は、自分一人で立ち直る――そう、決めた。
 今の自分の下には多くの艦魂達がいる。自分が倒れては彼女達にも迷惑が掛かる。
 雪風は再び立ち上がった。死んでいった者達の為にも・・・

 戦争は韓国軍と多国籍軍の国連軍が優位に立ち、当時北朝鮮の首都であったソウルと臨時首都平壌を占領し、山岳地帯まで北朝鮮軍を後退させたが、人海戦術を駆使する中国軍の反撃に遭い、韓国第二軍が壊滅するという結果になった。
 中朝軍は反撃を開始し、十二月に平壌、翌年一月にソウル再奪還した。
 しかし、この頃になると両軍の兵力は消耗しきり、大攻撃や大反撃はできなくなっていた。
 その後は大きな激突も少なくなった。そして一九五三年七月、北朝鮮・中国軍と国連軍の間で三八度線を境に停戦条約が結ばれ、朝鮮戦争は終結した。

 中国も多くの人員を失い、艦艇もかなりの数を失っていたが、その中には『丹陽』は健在した。
 中国海軍はソ連から駆逐艦八隻をもらい、戦力の回復をし続けた。
 これが、雪風の最後の戦いであった。

 そして時は流れて一九六六年、『雪風』と『丹陽』の二つの名を翔けた艦と少女は二六年の現役生活を終え、中国海軍から除籍された。
 退艦式には多くの中国海軍の人間や艦魂達に見送られ、『丹陽』は練習艦として余生を過ごす・・・はずだった・・・

 それは突然の朗報だった。
「司令! 大変です!」
 駆逐艦『信陽シンヤン』の艦魂が駆け込んできた。彼女を未だに司令と呼ぶ艦魂はまだ多いのだ。
「どうしたの?」
 もう幼さはほとんど消え、十七、八歳くらいに成長した雪風が不思議そうに信陽を見詰める。
 信陽は荒い息を整え、ある資料を彼女に渡した。
 雪風はそれを受け取って読むと、我が目を疑った。
 その資料のタイトルは――『大日本帝国海軍最後の戦闘艦・駆逐艦『雪風』の日本国返還について』と書かれていた。
「わ、私・・・日本に帰れるの・・・?」
 雪風は自分の体が震えているのに気づいた。怖いのではない。嬉しいのだ。もう二度と戻れぬと思っていた故郷に、帰れるなんて・・・
「この計画には司令がかつて『雪風』だった頃の元乗組員達を中心に結成された『雪風保存会』の努力のものです。日本国政府もこれに積極的になっていて、現在中国政府と交渉中だそうですよ」
 信陽の言葉に、雪風は胸に温かいものを感じた。
 自分を守ろうと、かつての戦友達が私を取り戻そうとしている。そう思うと、心の底から嬉しくなる。
 雪風は資料を見た。その中には保存会のメンバーの名が並んでいた。どれも見覚えのある名前ばかりで、すぐにその人の顔や何をしていた人かを思い出せた。
 懐かしい名に心を躍らせていると、『雪風』乗組員以外で保存会に参加しているメンバーの名がずらりと並んでいた。それに目を通し始める。その刹那、彼女の瞳から涙が溢れた。
 見覚えのある名前――いや、聞き覚えのある名前。
 かつて自分の心の支えになり、いつも笑っていてくれ、優しく、たくましい青年士官――そして、ずっと片思いの相手だったの名が、そこにはあった。
 彼女の視線の先には――雪風保存会非乗員部部長・長谷川翔輝元海軍少佐と書かれていた。
「少佐が・・・私を・・・」
 今まで音信不通だった彼の今が少しわかった。
 彼は、私の為に国を相手にして戦っていてくれたのだ・・・
 雪風はその場に泣き崩れた。
「司令!?」
 信陽が心配して駆け寄ったが、彼女はそれを断って立ち上がった。その表情は涙でグチャグチャだったが、最高の笑顔だった。
「私には日本に帰れる・・・っ! もう一度、日本の桜を見れる――もう一度・・・少佐に会える・・・っ!」
 雪風は最高の笑顔のまま信陽を抱き締めた。驚く信陽など気にせず、雪風は泣き続けた。もちろん・・・嬉し泣きだった・・・

 雪風はその後退役した後なのに生き生きとしていた。
 日本に帰れる。
 そう思うと、自然と笑顔になってしまい元気が出てくる。
 日本にいた時間より中国にいた時間の方が長い。だが、大好きな祖国に戻れる嬉しさは、それをはるかに上回った。
 雪風は早く日本に帰れる事を願った。

 ――だが、雪風の幸運は・・・すでに朽ちていた・・・――

 それは一九七〇年五月の事だった。
 もう艦齢は三〇歳になり、当時の金剛に並ぶような年長者になった。
 日本と中国の『雪風』の取引はほとんど完了し、もはや日本に帰れるのは時間の問題だった。
 だが、そんな『雪風』が停泊している台湾に台風が直撃した。
 荒れくれる波が『雪風』の艦体を叩き付ける。
 艦が大きく揺れ、雪風は艦橋の中を転げ回っていた。
「うにゃあああああぁぁぁぁぁ・・・・」
 右へ左へ転がる体をなんとか立て直して立ち上がる。
「ひ、ひどい嵐ですぅ」
 艦体は一際大きな波がぶつかって大きく揺れた。雪風は再び転んだ。
「も、もうっ! 何なのよ!」
 立ち上がって怒ると何か違和感を感じた。
 先程よりも揺れ方が激しい。しかも、艦橋から見える景色が動いている。
 雪風の表情が真っ青になった。急いで確認すると――艦体は流されていた。どうやら、さっきの波で錨が抜けたらしい。艦を固定していた錨が抜けた今、艦は流され始めたのだ。
「そ、そんなっ!」
 練習艦とはいえほとんど記念鑑のような『丹陽』には誰も乗っていなかった。これでは錨を再び下ろす事も、機関を動かして体勢を立て直す事もできない。
『丹陽』は荒波に揉まれ続けた
 雪風が恐怖に怯えていると、前方に岩礁が見えた。
 彼女の表情から完全に血の気が失せた。
 このままでは岩礁に激突する。しかもこの流れは速く、この速度でぶつかれば致命傷とも言える傷を負う可能性は高い。
 雪風は脱力した。
 ようやく日本に帰れる。桜を見れる。彼に会える。そんな期待に胸を膨らませていたのに、もうそれまでもが叶わぬ夢になるなんて・・・
「そんなの嫌あああああぁぁぁぁぁっ!」
 雪風は叫んだが、流れは止まらず岩礁は巨大になっていく。そして・・・
 ドドドオオオオオォォォォォン・・・
「うぐっ!」
 鈍い音が響き、雪風は崩れた。
 体が冷たくなっていくのを感じた。艦内に海水が浸水しだしたのだ。だが、彼女には何もできなかった。
 雪風は鈍い痛みの中――泣いた。
 かつて幸運艦と呼ばれて幾多の戦いを生き延びてきた自分が、こんな死に方をするなんて、情けなかった。
 死んでいった姉や妹、仲間達に申し訳がなかった。
 今も生きて自分の為に戦ってくれているかつての仲間や翔輝にも申し訳がなかった。
「少佐・・・ごめんなさい・・・っ!」
 雪風はそこで静かに目を閉じた・・・

 翌朝、『丹陽』座礁の報を聞いて中国政府や海軍関係者がやって来て調査を行ったが、損傷や浸水が激しく、修理は不可能の状態だった。
 中国政府は日本政府にこう伝えた。

 ――駆逐艦『丹陽』こと『雪風』は、台風の影響で座礁。損傷が激しく貴国に返す事ができなくなった。よって、駆逐艦『丹陽』は解体する――

 その後、『丹陽』の解体作業が始まった。
 体が壊れていく感触はなんとも心地が悪い。
 だんだんと薄れていく意識の中、雪風は泣きながらつぶやいた・・・
「・・・大和司令。私はもう長く生きました。もうすぐ、あなたの所へ行きますから」
 雪風はそう言って、悲しげに笑った。
「・・・悔いがあるとすれば・・・もう一度日本に帰って・・・もう一度旭日旗をマストに掲げて・・・もう一度桜を見て・・・もう一度、少佐とお話をしたかった・・・」
 雪風はそう言って目をつむり、永遠の眠りについた・・・


 さて、いかがでしたでしょうか?
 今回は雪風の戦後のお話で、艦魂シリーズとしては初めての戦後作品です。
 中国に引き渡され、『雪風』の名を『丹陽』と改められた。
 日本人を憎む中国人の住む中国の中で雪風は生き抜き、そして紆余曲折の末にわだかまりをなくしました。
 気持ちがあれば想いは届くのです。
 朝鮮戦争にも参加し、その後も生き抜いた。
 そして日本が『雪風』を返してほしいという話まで持ち上がり、『雪風』は祖国に戻る事になった。だが、台風で損傷して解体されるという悲しい結果に終わってしまいました。
 もし『雪風』が返還されていれば嬉しかったですが、それはもう叶いません。
 今もなお雪風はみなさんの心の中で生きていると信じたいですね。
 さて、今作はある意味一番苦労しました。
 なぜかと言うと太平洋戦争に比べて恐ろしく資料が少ないからです。
 中国での『雪風』の細かい資料はほとんどなく、さらにそれ以外の艦艇も資料がありませんでした。その為今回出てきた中国の駆逐艦は全て架空艦となっていますのでお間違いなく。
 さて、ついに雪風ネタまで終わってしまった今、実はかなりネタに困っていたりします。
 ですがまだ少しストックはあるので安心してください。
 次の作品はスピンオフではなく普通の短編です。
 有名な駆逐艦『雷』の実に四〇〇名イギリス兵を救出する感動的な話を艦魂ものに改良しました。
 あの感動の中で、一体どんな物語が展開していたのか、ご期待ください。













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