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  Konzert 作者:清春
第三章
21 紫水晶の戯れ(5)
 迎賓館の壁や柱には丸みを帯びたなだらかな模様が刻まれていた。真っ白な正面扉に入ると、広い空間が目の前に現れる。
 ホールには沢山の椅子が用意されていた。どの椅子も疲れた来客者たちを癒すに相応しい、惜しみない贅沢が尽くされているのだろう。計算されて配置された椅子の間には花たちがホールに彩りを与えていた。

 ローズとアルバートは何度か迎賓館に来たことがあるらしい。城でパーティーや催しがあると、一時的にここで客人たちを持て成さなければならなかったからだ。
 迎賓館で客人を持て成すのは、二人にとって本来の仕事外の勤務だ。だが忙しくなれば実際そうも言ってられないのだろう。臨時の仕事として、催し物があれば迎賓館やホールで持てなしの仕事をしているとのことだ。

 迎賓館のホールの両脇には階段が二階まで繋がっていた。階段を上るとその先に扉があり、そこに一人の騎士がいた。リアナたち三人は彼に会釈をして扉の中に入ると、目当ての展示品を探しはじめた。
 展示室にはいくつか大きくて横に長い台があり、その上に乗せられたガラスの箱の中に展示品が並べられていた。
 リアナたちは展示台を覗き込み目当ての物を探す。そう時間をかけず暁の騎士と呼ばれていた英雄の遺品を見つけることができた。

 ガラスケースの中には英雄の物だったらしい、刃の欠けた剣と傷だらけのかぶとが並べられていた。その横にあるプレートには暁の英雄と讃えられた戦士の生まれや功績などが刻まれていた。

「みなさんお揃いで、ようこそいらっしゃいました」

 英雄の遺品をガラス越しにまじまじと見つめていたリアナたちに、一人の女性が近寄ってきた。

「展示室で勤務されている方ですか?」

 アルバートの問いに女性は柔和な笑みを浮かべた。

「はい。展示品の案内などをさせていただいております。もし分からない事やお聞きになりたいことがございましたら、なんなりとお訊ねになってくださいな」
「すみません、展示品を取り出すのってまずいですか?」

 リアナの問いかけに係の女性は少し目を丸くした。

「申し訳ありませんが、展示品の劣化を防ぐため、直接手で触れて頂くのをご遠慮させて頂いております」
「このガラスケースって上部が取り外しできますよね?」

 鍵が付けられているわけでもなく、ガラスケースから遺品を取り出すことはフェリスでも可能そうだった。

「それはそうですが……ただあの……」

 疑惑の視線を受けてリアナは慌てて簡単に事情を説明した。どうやら勝手に持ち出されるのではないかと思われたようだ。

「……そういう事情でしたのね」
「あなたに調べていただくことも駄目でしょうか?」
「分かりました。少しお待ちくださいな」

 女性は一度展示室の奥に行き、なにかを持って戻ってくる。手にしてるのはショール程の大きさの厚手の布だ。彼女はそれを床に敷くと、ポケットから白い手袋を取り出して手に嵌めた。
 ガラスケースの上部――ただのガラス板を外して布の上に置くと、女性は慎重な手つきで剣を手に取った。

「なにか変わった様子とか変なところとかありますか?」
「そうですね……」

 女性はむき出しになった剣の先から柄までじっくりと見ていく。

「以前と変わった所はなさそうなのですけれど……」

 リアナたちは顔を合わせる。
 女性はかぶとの方も時間をかけて見るが、結局首を横に振った。

「私が見る限りどこにも変わった所はありません」

 リアナたちは困惑した。どういうことだ?

「あのヒントは展示室のどこかにコインがあるって大まかなヒントなのでなくて?」
「展示室を隅々までチェックした方が早いのかしら」
「……あの、ここ三日間ほど展示室にフェリス様が来たりしませんでしたか」

 アルバートが係の女性に訊ねる。

「来てはいない、と思います。その、昨日まで二週間ほど展示室を閉めていましたから」

 思わぬ証言にリアナたちは閉口した。

「今日は久しぶりの開室で……もしかしてフェリス様はコインを最近お隠しになられたのですか? 鍵がなければこの展示室にフェリス様は入れなかったと思いますよ」

 展示室に来たらすぐにヒントの謎が解けてコインが見つかる、とは思っていなかった。
 しかし『彼の物の証』そのものは、展示室の遺品を指した言葉だと思った。

 展示室の遺品は間違い。それならば『彼の者の証』とはなんなのだろうか。

「図書館とかでちゃんと調べた方がいいんじゃないかしら」

 リアナの提案にローズたちも同意する。

「ではすぐに図書館に――」
「あれ?」

 展示室を出ようとしていたリアナたちは、声があがった入口の方に振り返った。

「リアナ君じゃないか。それにアルバートさんにローズさんも。展示室になにか用……ってそりゃあ展示品見に来たに決まってるよね」

 眼鏡をかけたひょろりとした体躯の男が立っていた。フェリスの政治学の教師をしているネルソンだった。

「先生……」
「リアナ君ちゃんと宿題やってる? 調べ方が分からなかったら僕でもフェリス様でも、どっちに聞いていいからね。あ、勝手にそんなこと言ったらフェリス様怒るかな?」

 あははと一人で笑うネルソンは、ノリの悪いリアナたちに気付き肩をすくめた。

「もしかしてお邪魔だったかな。室長に借りた物返すだけなんだけど」

 そう言いながらネルソンは案内係の女性に室長の在室を問う。女性が今は席をはずしていると答えると、史料を返しておいてください、と片手に抱えていた長方形の箱を彼女に渡した。

「それじゃあ」

 気を使ってか、さっさと帰ろうとするネルソンを係の女性が引きとめた。

「あの、ネルソン教授。『暁の騎士』にまつわる品は、ここにある遺品以外で城にあったでしょうか?」
「いきなりなんだい? 君の専門は絵画じゃなかったかな」

 女性がリアナたちに代わって事情を説明すると、ネルソンは慌てたように展示室の中に戻ってくる。

「君たちそういう大事なことはすぐに言いなさい! 剣と冑じゃないなら、考えられるのはあそこだッ」

 自分たちの口からろくに話もできないうちに、ネルソンはリアナたちをとある場所まで引っ張って行った。 





 斜めになった天井からまばゆい光が零れ、床にタイルで描かれた白銀の鷲が光を放っていた。

「暁の騎士は――」

 城の中央塔にリアナたち三人をつれてきたネルソンは、一階の一番東の部屋の奥に立ち、そう切り出した。

「騎馬族と戦う前に、ここで仲間たちへ語りかけたそうだ」

 何百人が集まっても十分な程の広い部屋には調度品も置物もいっさいなく、清潔さだけ保たれていた。だから城では少し浮いた場所のようにリアナには感じられた。
 リアナたちがやって来たこの『初春の広間』は、建物しろから半分飛び出したような部屋の構造になっていて、二階がない部分はガラスの天井で太陽の光を上から受けられるようになっていた。

「戦いの季節は冬が終わるかどうかの頃だったと記録に残っている。騎馬族から国を守り抜き春を迎えたい気持ちがあって、彼はここから出陣しようとしたんじゃないかな」

 リアナは光の中にいたネルソンの隣に立つ。

「どうして騎馬族を退けるために十分な兵力を集めなかったんですか。その頃のロスネルドには集められない事情が?」
「簡単に説明すると、ロスネルドが建国されてすぐに内乱があったんだ。西南の領地を任された力のあった候爵が反乱を起こしてたわけ。そんな時に国外から攻撃受けた。兵力を候爵の領地に向かわせていたからすぐに動かせる兵がほとんどいなかったんだ。でもものすごい勢いで国外から敵がやってくる。そこで立ち上がったのが当時、王都を守っていた戦士の一人『暁の騎士』だったんだ」

 ネルソンは上から注ぐ光に背を向けた。

「出陣の朝、彼はこの場所で勝利を誓った。その姿をちょうど現れた朝日が照らす。まるで太陽が彼に福音を齎してくれたようだったそうだ。その後暁の騎士は勝利不可能と言われた戦いに奇跡を起こした。おかげで無事内乱も鎮圧され、ロスネルドの平和への礎は築かれたんだ。まさに『暁』の名に相応しい伝説の騎士だと思わないか」

 熱く語るネルソンの瞳は少年のようだった。リアナも知らなかった自国の歴史の一端を耳にして好奇心が刺激される。
 しかし楽しく歴史や偉人の話をしているわけにもいかない。

「さて話はこれくらいにして……。ヒントの『栄光の輝き』はおそらく太陽を指し示している。『永久に照らし出す』ともあるし間違いないだろうね。そして問題の『彼の者の証』だ。暁の騎士は好んで銀翼の鷲の紋章を身につけていたそうだ。太陽に照らされた証になりそうなもの……ここまで言えば分かるね?」

 リアナはその場にしゃがみこむ。

 タイルとタイルの間になにかあった。
 正確には何かではない。本当はわかっている。胸が膨らむ。

「リアナ、どうですの!?」

 焦れったそうなローズの問い掛けも耳に入らず、リアナは指先にあった感触に食らいつく。摘んで引き上げた。
 それは光を受けて、白い輝きを放った。

「あった……!」

 カラスの彫刻が施された小さなコインのひとつ目が、見つかった。




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