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  Konzert 作者:清春
第三章
    17 紫水晶の戯れ(1)
「痛い、ローズ!」

 リアナは寝台の上で涙目になる。お構いなしに侍女ローズはリアナがエダン医師から貰ってきた湿布を強めにあてがった。そこはうっすらではあるが、皮膚が紫色に変色していて痛々しさがあった。

「だからお身体を大事になさいといってるのに! 女の子なんですから!」
「すみません……」

 しょぼくれるリアナにローズは大きな溜息をついた。

「フェリス王子に勝負の内容を全て委ねるだなんて……リアナはどうかしてますわ」
「あはは。そーよね」
「笑ってる場合ではないでしょう! フェリス王子が公平な勝負にしてくださったとしても、もしもそれが剣術とか身体を使った勝負だったらどうするの? フェリス王子は普段のあなたを参考にルールを設定なさるでしょうからどのみち今のリアナには不利になるんですからね」

 身体の4か所を打撲していて激痛とは言わないが、動くのに気になる怪我ではある。リアナは頬を掻いた。

「でもフェリスは勝負は三日後だって言ったし、二日あれば状態も落ち着くと思うわ。大丈夫よ」

 リアナの勝負を受け入れたフェリスは、
『勝負は明々後日の朝、日の出直後に開始する。だから日の出前に支度を済ませて来い。お前が準備する物はないが、よく寝ておけ。あとローラインを連れてきても良い』
 とリアナに言った。
 まるで事前に勝負で何をするか決めていたかのようなフェリスの様子は驚きだったが、彼がそう言ったのでリアナは勝負の開催日までに英気(えいき)を養うしかない。

「わたくしも行って良いなんて王子にしては気前がいいですわね。てっきり目障りだから来るな、くらいは覚悟してましたけど。まあそんなこと言われても見に行きますけれどね」
「でもわざわざ言うってことはなんか考えがあるのかしら?」
「……どうでしょうね。わたくしはイマイチあの方の考えることはよく分かりませんわ。
 それにしてもリアナ、せっかくわたくしが良い勝負のアイデアを考えて来たのそれを無駄にしてしまうなんて酷いですわ」
「う……ごめん」
「薔薇の速摘みとか、フラワーアレンジ対決とか、紅茶の銘柄当てとか色々考えましたのにっ」

 いや、それは……まあ確かに勝負かもしれないが……。

 そんなことを言い出せなかったリアナだった。












 そして勝負の日の朝。

 リアナは前日早めに休んだおかげで目がぱっちりと覚めた。寝台から起きてカーテンを引くが、まだ窓の外は暗い。

「よしッ」

 一人ひそかに気合を入れて、着替えを済ます。いつもの青い制服だ。

 着替え終わった頃に部屋の扉がノックされた。出ると案の定ローズだった。

 彼女はお湯の入った洗面器と綺麗なタオルを持ってきてくれていた。彼女の後ろから現れた侍女たちが朝食の用意をしてくれる。

「朝早いのにすみません。……ありがとうございます」

 ぺこりとリアナが頭を下げるとどの侍女たちもにこにこと笑って、嫌な顔をするどころかリアナの事情を知っているのか、応援の言葉をかけて部屋を出て行った。

「どうせわたくしたちはもう起きて仕事をし始めてる時間ですし、気にしなくて良いですわよ」

 ローズはてきぱきと器をリアナに渡し洗顔を促す。顔を洗う水ではなくお湯であると言うことは、冬では非常にありがたかった。
 顔から落ちる雫をタオルで受け止め、リアナは珍しく部屋の隅にある鏡台の前に腰かけた。

「あら、お化粧でもなさるの?」
「髪を結ぼうと思って」

 いつもは自前の櫛と鏡で簡単に髪を整えてるだけだが、今日は気合も込めて髪を纏めておこうと思ったのだ。

「それならわたくしにやらせて下さいな」

 鏡台の引き出しから大きな櫛や髪留めをローズは取り出した。
 今まで中を見たことのなかったリアナは引き出し中身を知って少しばかり驚いた。きらきらとした髪止めや色とりどりのリボン、耳飾り、ネックレスなどどれも可愛らしくて綺麗なものばかりだった。

「この髪留めの石はガーネットなの。きっとリアナを勝利へと導いてくれるでしょう」

 鏡越しにローズが髪留めを見せる。小さな紅玉が室内の明かりに反射して輝いていた。 手際よく頭上で髪留めがされ、首元がすっきりとする。

 朝食をとったら……勝負の時間だ。リアナはぐっと顎を引いて鏡の中の自分を見据えた。











 朝日はまだ大地を照らさない。しかし西の空が白み始めている。

 フェリスの部屋には、部屋の主とリアナ、ローズ、アルバート、そしてなぜか眼鏡の中年男がいた。

(確かわたしが剣術大会に参加した時と、謁見の間にいたおじさんよね)

 神経質そうな男を上から下へと無粋に眺めていたリアナは、当の本人がわざとらしく咳払いをしたので慌てて視線を逸らした。

「なんでこんな所にマインド宰相様がいらっしゃるのかしら」

 ローズが小声でリアナに訊いてきたが、リアナは初めて目の前の男がこの国の宰相であると知ったばかりだったので、ただ首を横に振るしかなかった。

 宰相はローズの声が聞こえたのか、再びわざとらしく咳ばらいをした。

「私はフェリス様とリアナ・レーベルトの勝負の立会人として、わざわざ、こんな早朝に、早起きをしてまで、来ました」

 なんともねちねちとした言い方だった。ローズが傍らで嫌そうなため息をつく。
 
 宰相はぎろりと――なぜかリアナを睨んできた。それにたじろぐ。

「そもそも……陛下と護衛の任務契約をした貴方が、勝手に勝負で仕事を辞める辞めないを決めるなどと、我々が与り知らぬ所で言うとは信じられませんな。そう言うものは、雇い主であるハロルド様にせめて一言はおっしゃるのが礼儀というものです。
 まあ私個人としては、貴方のような品のない小娘などさっさとフェリス様から離れていただきたいと思っていますがね」

 どうやら敵視されているようだ、とリアナは睨みつけてくる宰相を見て思った。

「陛下は貴方がたの勝負を独自に耳にいれて私をここに寄越しました。陛下は深い懐をお持ちだったようで、勝負の結果に対してはリアナ・レーベルトの好きにするがいいとのことです」
「あの、ありがとうございます」

 確かに国王になにも言わなかったのは申し訳ないと思った。リアナは「約束を叶えてもらう」という報酬の他、いままで生活面での援助を受けていた……しかもかなり厚遇の。なりより、人として少なくとも一言は言うべきだったことを反省した。

(後になってしまうけれど、陛下に直接お詫びをしないとな……)

 謁見する時には勝負の結果は出てしまっているだろうが。

 そこへ新たな来室者が現れた。
 騎士コイズと、その後輩タクトだった。

 コイズと目が合うと、何も言わずに顔を逸らされた。

「おはようございます。今日は王子とリアナが勝負をされるそうですので、僕たちがリアナの代わりに王子の警護を務めさせていただきます」

 タクトが背筋を伸ばして騎士らしく一同に挨拶を済ます。宰相が深く頷いていてフェリスが興味なさそうな顔をしている辺り、どうも宰相が二人を呼んで来たようだった。

「……さて、日の出までそう時間はない。勝負の内容について説明させてもらおう」

 その場にいた全員がフェリスに顔を向けた。室内はまだ、燭台の火の光によって明るさを保っていた。

 フェリスは机の上に置いてあった布袋から一枚のコインを取り出し、リアナたちに見せた。
 大きめのボタンと同じ位の大きさのコインだ。彫られている柄はロスネルド王国では見かけないもので、どこかの国の貨幣か、記念コインのようだった。

 コインを渡されじっくり見ると、表側は鳥……からすが羽を広げ足に宝玉を掴んでいるような絵柄だった。裏面は何か文字が書かれているが見たこともない文字で、リアナには分からなかった。
手元をのぞき込んでくるアルバートたちも、何のコインか知らないようだった。

「そのコインと同じものを城の敷地内に隠した。同じコインを9枚集めたらお前の勝ち。そういう一種の宝探しをしてもらおうと思う」

 勝負というよりお遊び(ゲーム)的要素が強い提案にリアナは驚いた。正直もっと堅苦しいか、形式ばった勝負だと思っていたのだ。
 フェリスはそんなリアナの心情など知らず説明を始める。
 
「制限時間は陽が昇ってから再び昇る一日後までだ。流石に城は広いためいくつか設定がある。
 まず地面の上や、土の中に隠したと言うことはない。また雑木林、中庭と薔薇園のエリアは初めから除外する。あと衣裳部屋もそこに追加しておこう。誰かがコインを身につけているということもなしだ。
 お前に与えられる権利として、この勝負に関してお前は3つ質問することができる。ただしコインそのものの場所、あるいはエリアを絞った質問を“直に”訊ねることは禁止とする。
 それから、手助けを借りることを可能とする。アルバートとローラインもそいつを手伝いたければしても良い」

 リアナはすかさず異議を唱える。

「ちょっと待って。これはわたしとあなたの勝負。アルバートとローズは関係ないわ」

 一対一のぶつかり合いとして勝負を挑んだわけで、公平を謳ったのは自分だが大勢対一人など望んではいない。だが思わぬ挙手を食らう。

「ぜひお手伝いをさせてください!」
「そういうことでしたらわたくしも協力させてもらいますわ」

 アルバートとローズが、考える様子もみせず名乗りをあげたのだった。

「ちょっと、なんでやる気なの? というか二人とも仕事があるでしょうが!」
「今日はもとからリアナの応援のために休みをとってありますわ! ですから心配いりません!」

 ローズは誇らしげに笑みを浮かべる。

 一方アルバートは訴えかけるような眼差しをフェリスに向けた。

「この勝負はお前が協力すること前提だ。それに今日一日お前に渡す仕事はない」

 フェリスの言葉にアルバートはぱぁっと子供のように表情を輝かせた。

 二人の好意をありがたく思いながらも納得のいかないリアナに、フェリスが静かに良い含める。

「俺はもともとお前を含め、アルバートたちにも勝負の結果を納得させるために協力者ありの設定にした。人手は多い方が良いと思うがな」

 フェリスのゲームを受けるとするなら、明らかに一人では無理だ。言い返せず、唸るしかない。

「この勝負でお前の協力者の上限は設けない。協力してくれる者がいるなら素直に頼んだ方が賢いだろうな。……そこまで暇な者もいないだろうが」

 自分たちが暇人とでも言いたいのか、とリアナはむっとした。
 フェリスはそんなリアナをあざ笑うかのように、指で掴んだままだったコインを取り上げる。

「さて、ルールの続きといこう。
 城の者に俺がどこにいたか聞くのことは可能だ。ただし、中には口止めしてある者もいるからな。気をつけることだ。
 またコインの居場所に関して鐘が鳴るごとにひとつヒントを与えてやろう。つまり一日に5回鐘が鳴るから5回分だ。鐘がなったらすぐ俺に聞きに来ても良いし、まとめて聞いても構わない。好きにしろ」
「ちょっと待って。城の敷地内って言ったら、城壁内ってことよね? なら城壁そのものは“敷地内”に入るの?」

 リアナの疑問にフェリスはにやりとする。

「それは答えられない」
「え?」
「と言いたい所だが、領域の境目は言っておかないとな。城壁その物は範囲に入らない。それより内側が範囲内だ。
 …………言っておくが、設定に関して基本的に俺が言ったこと以外、お前たちの質問を受けつけない。もしもそれでも聞きたければ、お前たちに与えら得ている権利を行使しろ」
「どういうことよ」
「お前たちには俺に三つ質問することができるようにしてあるだろうが。その質問としてなら俺は答える、と言ってるんだ」
「なにそれ。それじゃあ質問が勿体ないじゃない!」
「質問自体も勝負の内だ。文句があるなら勝負自体やめてもいい」

 そう言われてしまうと言葉に詰まる。

「ある程度の人手と頭を使うなら、それなりにコインを見つけるお前たちに譲歩してある勝負だとはと思うが………しかし、お前がこの勝負では嫌だと言うなら止めても良い。お前が、俺が望む勝負を、といったから考えて作った勝負だが、お前の気が乗らないなら仕方がないな」

 フェリスは大げさに肩を竦めてリアナに向かって薄ら笑いを浮かべた。どうしてこの王子はいちいちカンに障る言動をするのだろうか。

 リアナは怒りと呆れを感じつつ、その口調がなんだか懐かしく思えて少し口元を緩めた。

 しかしフェリスの勝負に勝たねばリアナは城をでなければならない。自分の願いを叶えることが、自らの決意すら貫くことが――そしてフェリスを“護れ”なくなるのだ。笑っている場合ではない。

「わたしはあなたが決めたルールに従うと言ったわ。二言はないわよ」
「本当に?」
「あたりまえよ」

 フェリスは吟味するようにリアナを見つめ、口を開く。

「……もう一度考え直した方がいいのではないか?」
「良いいっていってるでしょ!」

 しつこいフェリスの確認にリアナは思わず声を荒げる。そこまで自分の言ったことが信用ならないのだろうかと思うと悲しくなる。

「本当に、いいんだな」

 真剣な眼差しでフェリスは問う。瞳の奥にはなにか良く見えないフェリスの真意があるようで、リアナはまるで自分が愚かな選択をしている気持ちになった。

――――本当ニ、良イノ?

 真冬の早朝だというのに、嫌な汗が首を伝ったような気がした。

「……いいわ」

 リアナは頷いた。それがなぜか……取り返しのつかない判断だったのではないかという猜疑心を産む。
 でも引かないと決意してここにいるのだから、答えるべき返事はひとつだけだった。

 そして室内に眩いばかりの朝日の光が差し込んだ。









「でたらめに探したら余計に時間がかかりますわね。それぞれ担当を決めて探していきましょう」

 とりあえずフェリスの部屋を出てリアナとローズ、アルバートは今後の行動を話し合う。
 ローズの積極的な発言に頷くリアナだったが、ひっかかることがあった。

(フェリスは頭を使えばコインを探す事は可能だと言っていたわ。ということは普通に探すんじゃなくて探すコツがあるってことかしら?)

 リアナが考えている傍ら、ローズがテキパキとこれからの割り当てを決めていく。リアナが東塔、ローズが中央塔、アルバートが図書館……できればその場にいる人たちに協力を仰ぐということですばやく作戦を決める。

「ではさっそく行きましょう!」

 いまにも駆けだしそうなローズをひとまず自分の考えを伝えるために止めようとしたリアナだったが、その前に彼女を引き留める声が上がる。

「待ってください」

 先ほどからリアナたちの作戦に口を出さず静かにしていたアルバートだった。

「どうしたの?」
「そのですね……コインを探さなくて良い場所をあらかじめ削っておいた方が良いと思います」
「探さなくていいって、それが分からないから順番に探そうとしてるわけではないですの」
「このゲームの本質は一から十を全て調べることではなく、いかに的を絞って正解を見つけるか、だと思います」
「どういうこと?」

 アルバートは少し時間をください、と言って空いている部屋にリアナたちを案内した。
 とりあえずすすめられるに従ってリアナとローズはソファに腰を下ろす。

「ゆっくりしている暇はなくてよ?」
「分かっています。ですが初めに除外する場所を決めておかないと、一日ではとてもコインを見つけられません」
「アルバートの言う事は分かるけど、どうやって範囲を狭めるというの?」
「質問ですよ」

 リアナとローズは共に首をかしげる。

「フェリス様は私たちにこのゲームに関する質問を三つお許しになりました。コインそのものの場所に関する質問を直にすることは許されていない。しかしコインに対するヒント自体は時間になれば与えてくれる。
 ならば我々に与えられた質問自体はコインそのものに対するヒントを導き出すものではなく、別の意図のために存在するのだと思います」
「別の意図?」
「おそらくその意図は、コインがある場所を絞るための手段ではないかと思うのです。例えば……私がまず思い浮かんだ質問なのですが」

 アルバートが人差し指をピンと立てる。

「『コインはフェリス様が単独で隠したどうか』という質問です」





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