室内というには広い空間が広がっていた。
図書館の天井は入り口の方の、手前の部分だけが吹き抜けになっていて、仰ぐと最上階まで目にすることができた。壁に限らず辺りを整然と居並ぶ書架に思わず威圧される。
放心して本を見渡しているリアナをくすりと笑うと、ミュナーは上階へと誘った。
入口の反対側に三人ほどが通れる幅の階段がある。二階にあがると、一階と同じような造りになっていた。
二人は五階まで階段を上がる。
「パープル。こんばんわ」
五階の部屋の隅に向ってミュナーが声をかけた。そこには誰かがいて、腰元辺りまで積まれた本から一冊を取り出し、空いている本と本の間にぶつぶつ呟きながら差し込んでいるところだった。
近寄ってみると、髪をひとつに束ねたリアナと同じか少し年上くらいの少女だと分かった。
彼女はミュナーが声をかけてから少し経ったところで、リアナたちの方に顔を向けた。
「ミュナー様じゃないですかっ。そら耳かと思いましたよ!」
静かな図書館にそぐわない明るい大声を出して、少女は二人に駆け寄った。
「静かに。司書が騒いでたら立場がないわよ」
「ごめんなさいですぅ。えへへっ」
「相変わらず元気ね…。でもそこがあなたの良い所ね、パープル」
少女パープルに向かって微笑するミュナーは、室内の明かりに照らされて艶やかに見えた。それを目にして、パープルはほう、と感嘆のため息を漏らした。表情は恋い焦がれた少女のそれだ。
(す、すごいなミュナーさん……素で女の人をファンにさせている)
違う意味でどきどきしながらリアナはミュナーがパープルの心を鷲掴みにしたシーンを見つめる。
「リアナ、紹介するわね。こちらはパープル・テンプトン。この図書館の司書係でわたしの古い友人なの」
「はじめましてっ。あたしパープルよ!お探しの本がありましたら、あたしがお手伝いいたしまーす!」
パープルが可愛らしくウインクする。
「わたしはリアナ・レーベルトです。図書館は初めてなので、色々お世話になると思います。よろしくお願いします」
「やだやだ!この子がフェリス王子の護衛ちゃん?初めて見たよっ。かっわいい!」
パープルは至近距離から顔を覗いて来た。
「こんなにかわいいのに護衛なんて意外!ま、ミュナー様が騎士やってるくらいだから信じられなくもないけどさぁ。
リアナちゃんは図書館初めてだよね。王宮図書館の司書パープルちゃんに聞きたい事があったらどんと聞いてちょうだいよ!」
胸を反らせるパープルに笑ってしまいつつ、さっそくリアナは宿題に役に立ちそうな本があるかどうかを聞いてみた。
探している本を聞くとパープルはすぐにリアナたちを上の階、六階に案内した。
「六階はちょうど地理と歴史に関係のある書物を集めてあるから、階の移動はしなくていいよ。ただ、国ごとに書物の置かれている場所が違うから気をつけてね。一応壁にどこになにがあるかの大まかな一覧と棚の対応番号とか載ってるから、今度来た時は参考にしてね。分からなかったらあたしたち司書に気軽に聞くことっ。
んー、リアナちゃんの宿題に役に立ちそうなものは……」
パープルが書架と睨みあい始めると、ミュナーがリアナに声をかけた。
「私も借りる本を探しに行って来ていいかしら。案内はパープルで十分みたいだから」
司書の仕事に熱心なパープルに視線を向ける。
「わたしのことは気にしないでください。パープルさんがいてくれればひとまず宿題は大丈夫だと思います」
「そうね。
パープルっ。リアナのこと頼んだわよ」
すでに奥の書架の方に居たパープルが返事をした。ミュナーは「また後でね」と言って階段を下りて行った。
リアナはパープルのもとへ近寄った。彼女は梯子を使って自分の背丈よりも高い所の書物を取ろうとしている所だった。パープルはどちらかというと小柄なので、とても書架の上段には手が届かないようだった。
「大丈夫ですか?自分でやりますよ?」
「いいのいいのっ。こういうのも司書のやく…きゃっ」
梯子がぐらつきパープルが後ろに倒れそうになるのをリアナは反射的に防いだ。動きを止めた梯子を手にして、二人は思わず同じため息を吐く。
「ありがとねっ。あたしちょっとおっちょこちょいだもんで……」
「パープルさんが倒れなくて良かったですよ。
自分で本を取りますね。こう言ったらなんですが、高いところは人より慣れてるんです」
リアナにとってたとえ本棚にしては高い一番上の棚も、梯子に頼らず手に取ることはたやすいのだ。ただそれをするには行儀がよろしくないので、リアナは梯子の様子を確かめてから足を乗せた。
「一番上の棚の、えっと、左から八番目あたりの白と茶色の背表紙の本よ」
手に取った本は案外綺麗だった。少し年期を感じさせるが、埃はかぶっていない。表紙には「ロスネルド王国と外交」と書かれている。
「その本をベースに、各国について詳しく書かれた本を読むと分かりやすいと思うんだ。セイント=フィリア法王国とかシリル国とか、それぞれの書物はこっちにあるよ」
「他国について書かれた本もたくさんあるんですね」
図書館とはなんでも揃っているのだな、とリアナは感心した。
違う棚から違う色の本を取り出しながらパープルが話しかけてくる。
「リアナちゃん、護衛ってどんなかんじなの?王子様と四六時中いられるなんてなかなかできない体験でしょ?そらもぉ女の子の夢ってやつ!?」
その王子との関係が最悪なリアナはなんと答えようか逡巡してしまう。しかたなく苦笑いをうかべるしかなかった。
「逆に夢なんて壊されますよ。王子様もみんなと変わらないんだなって」
(でも……フェリスが特別なのかな?)
わざと王子らしく振舞わないフェリス。それを本人に告げた時に浮かべた柔らかな表情――いま思い出すと、彼の表情は嬉しげだったのでは、と思えてくる。
そして一転して蘇るのが、エリオルへのフェリスの態度だった。
(……フェリスは、王子であることが嫌なのかも)
だから、王子として振舞わないのだろうか。まるで自分が無価値だと言うように、自らを貶めるようなことを兄に言ったのだろうか。
「死ぬ」なんて、恐ろしいことを――――
「みんなと変わらないなんて信じられないなぁ。エリオル王子も超絶美形だけど、フェリス王子も周りから浮いちゃうような美人さんじゃん?正直フェリス王子ってとっつきにくいしいつも澄ましたような顔してるけど、なんだかんだで人気あるしねぇ。そんなこといえるリアナちゃんはかなり贅沢だよ!」
「そ、そうでしょうか」
みんなフェリスの性格は勘定に入れないのだろうかと思った。
「エリオル王子なんてまさに王子様!って人だよね。容姿はもとより、頭もいいし振舞い方なんか見惚れちゃうわ」
エリオルに関してはリアナは何も言えない。はっきりさせれば、二度と会いたくない相手だ。
「それから優しいし、意外に面白いし。ちょっといじわるだけど、その一方で相手をとっても大事にする姿。うんうん、まさに王子!って人だよね」
何かを思い出すようにパープルが腕を組んで頷く。その彼女の言うこととエリオルが重ならず、リアナは肩を竦めた。リアナにとってのエリオル王子のイメージは、偏執狂とあまり変わらない。だからエリオルはよほどの演技派なのだろうと思った。
「とはいえ、その態度が誰にでも!ってわけじゃないのがまた良いよねー。心に決めた女性だけに見せる情熱の姿ってのがまたいいのよっ。思い出すだけで羨ましいなぁ」
複雑な心境で耳を傾けていたリアナは、両手を組んでうっとりとするパープルの次の言葉に驚きを隠せなかった。
「周りから見てモロばれだったよなぁ。エリオル様がどれだけミュナー様のことが好きだったか」
リアナは思わず手にしていた本を絨毯の上に落とした。
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