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  Konzert 作者:清春
第一章
    3 護る、その意味を
 どうして第二王子の護衛をやらせて欲しい、なんて言ってしまったんだろう?

 ただ、単純に願いを、どうしても叶えたかったからだろうか?
 自分に問いかけてしまうほどなぜ口にしたか分からなかった。願いと、いや、どんなものとも天秤にかけられない条件――「命」を前にして頷くことは恐れ多く、軽々しくして良いものではないと頭の中で分かっていたはずだ。

 それでも、灰色の髪に白い肌、深いアメジスト石のような瞳。整っている、だけでは物足りないほど美しい顔立ちは、見続ければ見続けるだけ吸い込まれて、その中へ取り込まれてしまいそうだった。それは少年が持つ力で、飾りつけることだけに価値を見出す異世界では、絶対的な支配力を持っているに違いない。
 少年の容姿は人によっては見るだけで嘆息に囚われてしまうかもしれないが、ある人によっては悪魔の産物だと囁かれても過言ではない。美しさは恐ろしい魔力だとはよく言ったものだ。

 しかし畏怖を与えるほど美しい少年には、ひどく人間味に溢れ、そこだけが自分たちと変わらないと感じさせるものがあった。
 一瞬見せた、暗い深淵に佇む濃い紫の瞳。
 複雑に絡まった感情が渦巻く瞳が何を宿していたかは全く分からない。それでも、その瞳を初めて覗いた瞬間「哀しい」と思った。なぜだかわからずとも、そう思った。





 リアナは息を切らして長い長い回廊を駆ける。途中で出会った騎士や侍女、侍従たちは、全てが完璧と言える城の中で場違いなほど全力疾走する少女に目を丸くしていた。中には「廊下を走るな」と、怒鳴りながら追いかけて来たたご老人まで出でくるしまいだ。とはいえ、そのご老人が若者の駆け足に追いつくはずも無かったが。
 しばらくすると後方から微かな嘆息が耳に入ってきた。苦しげな喘ぎ声に一瞬心配になって振り向いてみた。壁に寄りかかったご老人の眼は闘志にぎらぎらと燃え盛っており、到底今すぐどうにかなるようには見えない。呆れるほどの生命力を目にして、もう振り返るまいと思った。

「こんなひ弱な老人を置き去りにするのか!」

 正直、途中まで一緒に駆けっこをしていたくらいの老人が、ひ弱なわけがないだろう。むしろご老人はお迎えが来てもそれを叩き返しそうな気迫さえある。もしかしたら昔はそうとう名を馳せた大物かもしれない。リアナは妙に納得し、一人で勝手に頷いた。
 大人物である老翁に自分が立ち向かえるはずもないので、リアナ結局立ち止まることなく、老人から逃亡を成功させたのだった。

 だが、追いかけっこのせいかリアナは城で迷ってしまった。
 リアナを弁護するならば、彼女の方向感覚が原因というわけではない。迷わせるような複雑な作りになっているのが城というものなのだ。初めて城へ訪れた者なら当然と言える。むしろ短時間で城の構造を理解されるほうが「城」にとって色々問題であろう。
 迷った場合は無理をするとにっちもさっちもいかないものだ、とリアナは思った。誰かに道を聞くのが一番である。しかしリアナが走って来た方向には誰もいない。

「どうして肝心な時に誰も居ないのよ……」

 やはりご老人にもう少し粘ってもらえばよかったか。

 大きなガラス窓が続く廊下は、少し不安になる程ひっそりとしていて、暖かな日差しを受ける床は湖上を煌く光を宿している。しかし先の見えない回廊が何を思っているかはまるで知れない。

――こいつを一年間守りきれたら、お前の願いは俺が叶えてやる。

 思い出せるその甘美な響きに、今でも胸に宿る興奮を抑えきれない。

(“願い”を叶えてくれると言った。一年頑張れば、“願い”が叶う……)

 国王の言葉に心が揺れた。一年の我慢で願いが叶うなら、と夢のような申しであった。そして「やる」のだと、自分は返事をした。

 しかし、正直リアナは迷っていた。
 自分の辿った過去を振り返り、誰かを守るために剣を握ったことは無かった。実際、握りたくても握れるだけの力が無かった。誰かを守れるほどの力を、自分が持っているとは思っていなかった。
 剣術大会で優勝した。でもそれは本質の違う話だ。剣を握ることが誰かを守れることなどと思っているなら、それは傲慢だ。

 “護る”ことは“命を預かる”こと。
 曖昧な気持ちで答えをだしてしまったら、間違いなく誰かを傷つける。
 それでも、自分は返事を出した。
 「やる」と、その言葉を口にした。

(なんでだろう……?)

 とりあえず来た道を戻るのが懸命だ。リアナはのろのろと足を進める。
 前方の壁際にガラスドアがあった。少し離れた場所からそこに目を向けると、鮮やかな紅い木々が少し遠くに見えた。何もかもが見慣れない高級品ばかりの中で、ガラス越しの風景は彼女にとって心を和ませるものだった。
 その景色を良く見ようとドアに近づいたリアナは、そこで今まで探していた人物を発見した。

 ドアの先はテラスになっていた。そこの手すりに両腕を乗せ、彼はどこか遠くを見つめていた。彼の灰色の髪は、陽の光で銀色に見えた。
 リアナは静かにガラス戸を開けた。

「……何をしに、来た」

 低く、無感情な言葉だった。謁見の間で見せた荒々しい感情は全く見えない。
 リアナはガラス戸の前で足を止め、じっと少年の背中を見つめた。正直なんと言ったら良いか分からなかった。だから、明るく答えてみた。

「何って、あなたの護衛よ。わたしは、リアナ・レーベルト。よろしくね」

 意外にもフェリスは振り返った。その表情は冷たいものだったが、口調は非常に淡々としていた。

「こうなった以上、国王が言ったことを、俺は覆せはしない。だが、俺はお前という存在を認めない」
「……別にあなたに認められなくても、わたしはわたしで勝手にやるから構わないわ」

 あくまでリアナが約束したのは国王ハロルドと、である。それならばハロルドの意向にかなった働きをリアナが出来れば何の問題もないのである。だから王子であるフェリスがどんな見方をしたとしても、リアナの仕事には影響することはない。

 だが、なんだってこの少年は、そこまで「護衛」を嫌がるのだろうか?
 リアナからすれば、王族など皆から「守ってもらう」のが仕事のようなものだ。その代わりに、彼らは国民を「守る」義務がある。その義務があるから、彼らは常に「権力」の渦の中に立っていなければならないのだと思う。
 国民のために命を晒せるほど熱心な王族がどれほどいるのか、というのがリアナの正直な思いだ。それでも王族という存在は、「守られる」ことが当然であり、城の中ではそれが「常識」であり「日常」であるのだろう。
 だとすれば、ロスネルド王国の王子であるフェリスの考えは「非常識」であり、「普通」の王族からすれば考えられないことであるはずだった。

「……お前は、俺を守れると思っているのか?」
「え?」

 少年は振り返った。紫の眼光が鋭くリアナを貫く。

「なぜお前を、国王が俺の護衛につけた? お前は騎士でも傭兵でもないだろ。見たところ、そもそも争いごとに係わり合いになる年齢でも身分でもないだろ」
「わ、わたしが、昨日の剣術大会で優勝したから……だと思うけど……」

 フェリスは疑惑の眼差しをリアナに向けた。明らかに不審そうだ。

「……今回の大会の優勝者は一般参加者の子供だとは聞いていたが、まさか本当とは。冗談か何かではなかったのか」
「冗談なんかじゃないわよっ。こうして、わたしがここに居るんだもの!」

 フェリスは視線を外さない。疑惑の瞳でリアナを見据える。

「……では、お前は何者だ?」
「何……者?」

 言われたことが理解できず、思わず聞き返していた。

「そうだ。優勝しておいて『ただの一般人』で済ませられると思うのか? 剣術大会にはこの国の騎士が大多数の参加をしていたはずだ。そいつらを倒してお前のような者が優勝? 騎士共がそうとうの馬鹿か間抜けというのでなければ、お前には彼らに勝つだけの“力”があるということになる。じゃあ、その“力”はどこで手に入れた? まさか、普通に生活していて自然に、などと言うわけではあるまい?」

 フェリスの言いたいことが分かり、リアナは言葉を詰まらせた。

「そ、それは……」
「なんだ? 言えない様な、やましい仕事でもしていたか」

 その嫌味な物言いに頭にきたが、文句を言う前に身体が動いていた。
 考えるよりも早く、掌が少年の腕を掴んでいた。

「何を」

 彼が文句を言いたいのは分かったが、リアナは思い切り掴んだ腕を引っ張った。
 
――ガシャンッッ!

 背後でガラスの割れた音が響いた。リアナは構わずフェリスを抱え込んだままテラスを後にして、廊下に転がり込んだ。

「ちッ、また馬鹿なヤツらの仕業か!」

 まさに少年を狙ったのは一本の矢であり、その矢が何を意味しているかは推し量るべくもない。
 リアナは矢がそれ以上飛んでこないことを確認すると、急いで立ち上がった。

「犯人を捕まえないと!」

 だがそうして意気込んだのはよかったのだが、彼女が駆け出すよりも早く、伸びてきた手が彼女の腕を掴んでリアナがいなくなるのを赦さなかった。

「何よ!?」

 リアナの腕をフェリスががっちり捕まえている。肩の先に、深刻な顔をして自分を見つめている双眸があった。その真剣な眼差しにリアナは戸惑った。

「な、何……?」
「……何が掠った?」
「はぁ?」

 目の先には、「血の滲んだ」自分の肩がある。
 リアナはどこか居心地が悪くなって、視線を外した。

「何って……色々よ、多分」

 リアナが言い淀むのを見て、フェリスはなぜかとても怒った顔をした。

「当たったのは矢だろ!? どうして俺を庇ったりした!」
「か、庇うって、それは咄嗟のことで……。だいたい矢がこっちに飛んできたら避けるのが当たり前でしょ!?」

 助けたのになぜ自分が怒られなければいけない?
 そんな思いでリアナは声を荒げた。

「なぜお前が傷つくッ!」
「え……?」

 フェリスは痛みに耐えるように、何かに対する怒りの感情を叫んだ。少年の声がどうしてか耳の奥に留まり、螺旋を描いた。
 どこか大人びた表情をしていた少年ではない。フェリスは「傷ついた顔」をした、年端もいかない幼子のようだった。

 何かを言わなくては、とリアナは言い知れぬ焦燥に駆られ、フェリスに対する一つの返事を口にした。

「あー……でも、わたしあなたの護衛になったんだしさ」

 空気が凍った気がした。とても薄い氷が張り巡された感じだった。
 フェリスは、思い切り壁を叩いた。驚いたリアナはそれを見つめるしかなかった。

「だから嫌なんだ!! 護衛なんて……ッ!」

 はっとした。
 少年の顔が苦渋で歪んでいた。目に見えない傷にもがき、少年は「何か」と葛藤していた。

(もしかして、この人は……)

 リアナはぽつりと声にした。

「誰かが自分の代わりに傷つくのが、怖いのね……?」

 窓から光が二人に降り注ぐ。 
 銀の髪の少年が、憔悴しきった表情で、でも反発するような瞳をリアナに向けた。
 
「……別にそういうわけじゃない……」
 
 俯くと、銀の髪に顔が隠れる。周りが身震いするほど静かだった。

「ただ、嫌なだけだ……」

 まただ、とリアナは思った。
 どうしてか少年の助けになりたいと思った。

(広間にいたときも同じ思いが浮かんだ。だからわたしはあんなことを言ったんだ。護衛をやると、言ってしまったんだ……)

『そうしたら、切り捨ててくれて構わない』

 そう国王に言った少年の顔がとても辛そうで寂しくて、そしてとてもとても暗い深淵に沈んでいるようだったから――だから気づいてたらリアナは国王にあんなことを申し出ていた。
 そうだ、「だから」なんだ。

 リアナはフェリスを抱きしめた。少年の身体が強張るのが分かった。でも、彼は何も言わなかった。

「護衛だから傷つくこともある。それは仕方の無いことだわ。でも、ひとつだけあなたに約束できることがあるの」
「……何?」

 顔を上げたフェリスに小指を突き出した。リアナは笑った。

「わたしは絶対に死んだりしないわ」

 フェリスの驚いた顔を気にせず、リアナは無理やり指切りをする。しっかりと指は約束を結んだ。絡んだ指から、フェリスは視線を外した。

「あなたも約束して。何があっても死なない。ね?」

 リアナは小指に力を込めた。

「約束、だからね」





「だいたい……俺は護衛について認めないと言ったはずだ」

 フェリスは小指を無理やりはがした。強硬な態度の少年に、リアナはため息を付いた。

「何度も言わなくたって分かってるわよ。わたしのこと馬鹿だと思ってるわけ?」

 すると彼は一瞬口を噤んだが、次の瞬間――ニヤリ、と笑った。陰鬱な表情ばかりを浮かべていた少年の年相応の表情にリアナは驚いた。なんというか、不意打ちで一発殴られた気分だった。

「違うのか?」
「ッ!?」

 わななくリアナを尻目に、フェリスは何かに気がついたように後ろを振り返る。素早く立ち上がると、足早にそのまま近くの階段を登っていってしまった。

「ちょ、ちょっと! 勝手に行かないでよっ」

 フェリスを追いかけようとした所、ようやくリアナも近づいてくる足音に気がついた。

「こっちか!? 今度こそこっちだろうな!?」
「ええ。五回も間違えましたけど、今度こそこっちですわ!」
「どうかのう。さっきも張り切って三階の突き当たりに行ったが、完璧はずれだったぞい」
「さっきから煩いですわね、このキチガイじじい! 法廷にぶち込みますわよ!!」
「なぬ!? じじいとはいかなる無礼!! わたしゃあまだ若いわ!」
「みなさん……目的を忘れないでください、お願いですから……」

 リアナはポカンとした顔のまま騒がしい声のするほうへ眼を向けた。
 訳がわからないままそのまま突っ立っていると、大勢の使用人たちがモップやら箒やらを手にやって来た。その中の一人である侍女が勝ち誇ったように、割れたガラスドアを指した。

「ほらっ! 言ったとおりですわ!」
「うわ、マジでガラス割れてる」
「最悪だ……このガラスの取替え俺の仕事じゃん……」
「現場検証をしなければなりませんわ! いいですこと。皆さん、現場はそのまま荒らしたり触れたりしてはいけませんことよ!」

 リアナの目の前には騒々しいを体言したような人たちが群がっている。とても愉快そうな人たちだった。
 お互いに言いあっていたその愉快な人たちは、とうとう傍に立っていたリアナに気がついた。
 そしてリアナを指差し、とんでもないことを叫んだ。
 
「「「犯人発見ッ!」」」

 リアナは一斉に向けられた指先を見詰めたまま、呆然として否定することを忘れていた。






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