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  Konzert 作者:清春
第一章
    2 彼に望む願い
 駆け足で謁見の間に向かう灰色の髪の少年、フェリスは強く唇を噛んだ。

 国王は言ったはずなのだ。フェリスが何度も訴えるほど嫌ならば無理強いはしない、と。その“契約”
を守ると確かに国王は言った。
 しかし言われたことを律儀に信じた自分は馬鹿だったのだ。

 謁見の間の扉が口を閉じてから、しばしの時間がたった頃だった。
 その広間は、農民や商人、子供でさえ、どのような身分であってもロスネルドの国民で、手続きを許可されたものであるならば、誰でも入室することが出来る。時には、他国からの使いが来る時も使用された。
 もちろん身分証明がされている者がやってくるといっても、その中に邪な考えを持つ者がいないとはいえない。そのため国王が居る時は厳重に輪をかけた警備になっている。

 しかし謁見の間は役目を果たす時以外は、あまり人が寄り付かない場所だった。だから広間の前に、いきなりロスネルド王国の第二王子が現れた時には、百戦錬磨の流石の騎士たちでも心の底から驚いたようだった。

「フェリス王子!? な、なぜここに?」

 王子フェリスはそれには答えず、騎士たちを急かした。

「扉を開けろ」

 騎士たちに目を向けるわけでもなく、ただ前を見据えている少年に、騎士たちは狼狽した。役目を果たすためにはその言葉に従う訳にはいかないだろう。しかし一国の王子の言葉を蔑ろにしていいものなのか彼らには瞬時の判断ができないようだった。
 騎士たちの葛藤に痺れ、フェリスはもう一度口を開いた。

「……開けろ、と俺は言っている」

 低く唸るような呟き。
 仮にも戦場をかけた身であろう騎士たちは、怯えたように、でも少年に魅入られた。

「さあ、今すぐその扉を開けろ」
「し、しかし陛下もいらっしゃることですし、勝手な行動は……」
「“勝手”?」

 目の前に居る痩身の少年から、騎士たちは滑稽なほど視線を逸らした。目を合わせたのなら口を開くこともできないという風だった。

「いや、その、しかしですが……」
「言葉が分からないか?」
「い、いえ」

 汗が、騎士たちの額を流れた。そして扉に手をかける。国王陛下の言葉に従う時のように恭しく、しかし微かな震えを持って扉を開けた。
 騎士たちの様子も歯牙にもかけず、フェリスは足早に部屋に入る。怯むことなく堂々と。少年が進む先にはロスネルドの国王陛下がいるというのにだ。

 当然ながら目の前にあった大きな扉が開いて、真っ直ぐに自分に向かってくる息子に国王が気がつかないはずもない。彼はにやりと楽しげな笑いを湛え、フェリスを咎める事もせず、むしろ歓迎するように声をかけた。

「めずらしいな、フェリス。お前がこんな派手な行動にでるとはなかなかの驚きだ」
「あなたの都合など俺が知ったことではないからな」

 父親とはいえ一国の主。王子のぞんざいな言い方に、とうとう眼鏡の側近はよろめくように倒れた。むしろ溜まりに溜まったものがあったのかもしれない。

「契約を破ったな。どういうことだ?」
「契約? お前とそんなものしたっけか」
「俺には護衛をつけない、という契約だ。忘れたとは言わせない」

 鋭く睨みつけると、国王はそれをあしらうように鼻で笑った。

「俺はお前と“約束”はしたが、“契約”なんてした覚えはねぇよ」

 飄々とした様子の国王に、頬がこわばった。

「『お前には専属の護衛はつけない』、って約束か。約束は破ったらいけないな。だが」

 ハロルドは目を細めて、息子であるフェリスを見つめた。いつもは爛々と輝いている紫の瞳が、少し、揺れた。

「護衛をつけられない状況じゃ、もう、ないんだ」
「……だから? 状況なんてどうでもいい。俺は『いらない』と、はっきりあなたに言った。護衛など、今後もな」

 国王は息子を茶化すように声を立てて笑う。だが目は笑っていなかった。

「全く、お前は本当に頑固だな。でももうお前の護衛役は決まったんだ。適任者を探してたから、丁度良かったぜ」

 驚きを顔に浮かべていたフェリス良く見えるように、ハロルドは指差した。

「この子だ」

 そこに居たのはフェリスと同じくらいの年の少女だった。琥珀色の瞳をした、同世代の少女よりも少し背の高い、いたって健康そうで、でもどこにでもいるような少女が居たのだった。





 リアナは目を丸くして、謁見の間に入ってきた少年を見つめた。少年は国王に不満をぶつけているようだった。それを傍観者として見つめていた。
 だから急に国王に指を指され心底驚いた。

 指先を辿った少年の視線がリアナで止まる。
 少年の瞳は国王と同じ色をしていて、でもそれとはまったく違うものだった。

 重なった視線に、リアナは心の奥底で何かを感じた。

「リアナ。これが俺の息子のフェリス。こいつを一年間守りきれたら、お前の願いは俺が叶えてやる」

 一瞬自分の耳を疑い、弾かれたように国王に振り向く。彼の口元に微かな笑みを浮かんでいた。
 リアナは思わず唾を飲み込んだ。

「願いを……?」


 遠い記憶。
 赤い海の中で向けられた刃から、守ってくれた真っ白な腕――――


「……ふざけるなッ!」

 少年の叫びに我に返る。

「ふざけているつもりはないんだが」

 国王ハロルドの顔に、もう笑みはない。それは底冷えするほど硬い表情。

「いいか、フェリス。賢しいお前ならとっくに分かってるはずだ。お前はこの国の王子だ。たとえ王位が継がれなくても、情勢が変わるきっかけに十分なりえる。お前の死が、国の混乱を招かないとも言えまい。考えたくはないが、第一王子であるエリオルに万が一があった場合、お前がこの国を継がなけらばならなくなるかもしれない。……それに、もしもお前が捕まって、その命を盾にされたらこちらの身動きが取れない」

 少年は態度を翻した。感情を露わにしていた先刻がなかったように口を閉ざし、ただ何かに耐えるように掌を握った。少年はひどく落ち着いた様子で――目線を床に落とし、自嘲気味に笑った。

「そうしたら、切り捨てればいい」

 その言葉は小さい呟きだったが、不気味なほどその場にいるもの全ての耳に響いた。

 なんと哀しい言葉。哀しくて、寂しい響き――……。

 国王はとっさに何かを言おうとしたようだったが、かみ締めるようにその口を閉じた。
 継承者が他に存在する状況で、第二王子であるフェリスを人質にされたとしたら、国王が選ぶ道など、無いのだ。
 
 彼は強く歯を食いしばった。だが、すぐに怒りを込めて言葉にする。

「どちらにしろ、そういう可能性を少なくするのは懸命なことだッ。いい加減分かれ!」
「そんなこと……」

 そこで、リアナは叫んでいた。

「ハロルド様ッ!」

 声が広間に響くと、二組の紫の瞳が少女に向けられた。
 
 美しく、強靭で、強い輝き。
 そして、
 儚げで静謐な、鋭い光。

 自分が本来ならば、受けられないであろう、視線たち。

「やらせて下さい。王子の護衛を、わたしに…………」

(教わったから。誰かを守ることが、本当はなんなのか、教えてもらったから……)

 それは決意。少女に宿ったその叫びだった。

 濃い紫の双眸が、揺らめいたままリアナを見つめた。
 だからリアナはその視線を受けとめた。受けとめなければならないと思った。

「馬鹿なことを……ッ、何が護衛だ!」

 フェリスはリアナに食って掛かったが、ハロルドが素早く制した。しかし、目を覚ました側近の男も再び声を荒げた。

「ハロルド様! 貴方様はなんて無鉄砲なことをおっしゃっているのですか! 身元も分からないような少女に、それこそ少女ですぞ!? フェリス様の護衛など無茶なことをおっしゃるなんてっ。私は前々からヴィーリーをフェリス様にと申し上げていたのに」
「黙っていろ」

 すうっとハロルドの目が細められた。
 リアナは国王から発せられる威圧感に、身体が重くなったのを感じた。さすがに国王に食って掛かっていた王子も眼鏡の男も黙り込んで、何かを言う様子はなくなった。

(すごい……)

 リアナは緊張の中、感心していた。
 誰であろうとも一瞬で黙らせることが出来る力。「王」とはそれを持ち合わせるべき存在なのか。

 ハロルドはゆっくりとリアナの前にやって来た。衣擦れの音が近づく。慌てて頭を下げた。

「顔をあげなさい」

 リアナは小さく息を吐いて、顔を上げた。王の鮮やかな紫の瞳に自分の顔が映っていた。
 ハロルドはじっとリアナを見つめた。知らずに汗が流れる。
 
 王は身を屈んでリアナの耳に口を近づけた。

「どうか、彼を光の下へ――――」
「え?」

 リアナが顔を上げた時、既に王は広間にいる全員に告げていた。

「先ほども申したが、もう一度耳に聞き入れてやった方がいいようだな。ここにいる少女、リアナ・レーベルトが本日を持ってフェリス=R=レイファール=ロスネルドの護衛任務にあたることを私、ハロルド=R=リヴァズ=ロスネルドが名の下に証明する。不服は聞かん!」

 綺麗な髪を持つ少年は強く、血が出るほど強く唇を噛んで、踵を返し謁見の間を出て行く。
 側近たちは騒ぎ出し、眼鏡の男は再び床に倒れて唸り声を上げた。

 夢心地のリアナに、ハロルドは微笑んだ。それはとても綺麗な笑みだった。

「さぁ、リアナ。君の仕事はもう始まっている。早く行きなさい」

 驚いたままのリアナを立たせてやり、ハロルドは彼女の背を押した。
 リアナはぎこちなく頷き、とてもじゃないが優雅とはいえない礼をした。

「失礼します」

 そして慌てるようにフェリスの後を追った。ハロルドが触れた場所が、とても暖かかったのは気のせいだろうか?
 
 



 これは、光の導きか悪の囁きか。
 それでもいい、少しでも、彼が「幸せ」に気づいてくれれば……。
  
 ハロルドはずっと二人の出て行った扉の外を見つめていた。




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