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  Konzert 作者:清春
第二章
    8 後宮からの招待状(1)
 その日は天気はいいものの、少し風が強かった。
 フェリスの部屋で雑用……ではなく護衛をしていたリアナは、頭を悩ましていた。

「……うう……ん…?」

 悩んでいる間にも、用事でいないアルバートの代わりにお茶を淹れてくれているローズが、「頑張れ」と応援してくれるのだが、これ以上良い手など見つからない。

「……投了(リザイン)なら早めに言ったらどうだ」

 向かいのソファに座りながらも、視線は手元の書物から離れないフェリスに、リアナはむっとしながらも、なんとか最悪の盤面と戦っていた。
 しかしチェスなどやったこともなく、つい最近コイズやローズに教わったばかりのリアナに、手馴れたフェリス相手に勝てるわけもない。だが、せっかく教わったのだからゲームをしてみたい。そういうわけで、無謀にも彼にチェスを申し込んだのだった。
 正直なところ断られることを想像していたものの、意外や意外、フェリスは二つ返事で了承した。そのわりにリアナが熟考している間は、常に読書しているという姿勢からして、彼にとってそれ程手間のかかることでもないのだろう。

 リアナは悩んだ末に頭をかきむしった。

「もう分かんない。降参します!」

 そう言って自分のキングを指で弾いた。駒はころころと白と黒の盤上を転がり近くの駒に当たって止まる。

「おい、丁寧に扱え」

 本から顔を上げたフェリスに怒られ、リアナは口を尖らした。だが素直に謝った。

「それでは、チェスを片付けてしまいますわね」

 テキパキと片づけ始めるローズ。リアナはソファに抱きつくように凭れかかった。

「なんかすっごく頭使った気分」
「やり始めてからさほど時間がたっていないような一局だったくせに。もう疲れてるのか」

 フェリスのいつのもの皮肉にリアナはふん、と鼻を鳴らした。

「どこぞの誰かさんみたいに、部屋に籠って頭しか使わないような生活はしてませんでしたから」
「……それはどうも。どこかの誰かみたいに、身体しか使わない脳を腐らせるような生活は性に合ってないからな」

 しばし両者は睨み合いを続けた。
 その均衡を崩したのはローズの笑い声だった。

「何笑ってるのよ、ローズ」
「何が可笑しい、ローライン」

 似たような台詞が偶々(たまたま)重なってしまった。ローズのはそれがまた面白かったらしく吹き出していた。

「くすっ……お二人とも、仲がよろしいのですわね」

 ローズの言葉に異義があるのだろう、フェリスは眉間に皺を作った。

「どこを見れば友好的に見える」
「どこ、というよりもそのままですけれど?」
「……お前の目はどこか可笑しいんじゃないか?」

 ローズにも容赦ない言葉。だが彼女はくすくすと笑っただけだった。

「それではわたくし、新しいお菓子の用意をしてきますわ。少しお待ちくださいな」

 裾を翻し部屋を出ていくローズを見ながら、リアナは先日のことを思い出して、向かいのフェリスを見た。彼は本をソファの間の机に置いている所だった。

「そういえば、この間フェリスのお兄さんにあったんだけど……」

 言った後に、フェリスに言えるようなことを第一王子に言われなかったな、と記憶を蘇らせたのだが、フェリスの驚いた顔にリアナが驚いて、それどころではなかった。

「あの男に……?」

 身を乗り出したフェリスが少し怖かったが、リアナはただ頷いた。

「なにか、悪かった?」
「別に、悪くはない……。どうせ俺の悪口でも言っていたのだろう」

 ソファに座りなおすフェリス。図星にリアナは言葉を詰まらせた。

「それとも、お前に嫌なことを言ってきたか?」
「わたし?」
「例えば……いや、なんでもない。…………ただ、あの男のことで何かあったら俺に言え。お前にはどうにもできないことでも、俺だったらどうにかできるかもしれないからな」
「?」

 紫の瞳を見つめながら、リアナは首を(かし)げた。その瞳の意味することを、彼女がうかがい知ることはできなかった。

「……ねぇ、フェリスとエリオル様って仲悪い……みたいよね?」

 みたい、ではなく、悪いことは明白なのだが、リアナにとってそれは少し不思議なことだった。

(兄弟って、口では悪いこと言っても、実際は相手のこと、大切なものだわ。でも、あのエリオル様の瞳……怖かった……)

 そう、あの美しい蒼い瞳には、「憎しみ」のようなものが込められていた。

 リアナは昔を思った。
 彼女には三人の兄弟と、同い年くらいのいとこやはとこまでいた。だれもが皆仲良く、喧嘩をしても仲直りして、笑いあって、皆好きだった。お互いが大好きだった。

「そうだな。一般的に言えば、仲が悪いんだろう。あの人は俺を『憎むほど』嫌いだ」

 淡々と言うフェリスには、つらさも寂しさも何もない。ただ、事実を述べているだけだ。
 まるで他人事のようだった。

「……王子、だから?王族だから?だから、仲良くなれないの?」

 ソファを立ち上がってフェリスの前に立つ。見下ろす少年は、じっと目の前の机を見つめた。

「さぁな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「フェリスは?あなたはどう思っているの?お兄さんのことを……」
「兄、か。…………昔は、そう思っていた頃も、あったな」

 今は、そうではない。
 そういう答えだった。

「ただ、あの人は次のロスネルドを担う者であり、未来の国王だ。それ以上でも、それ以下でもない。俺にとって、あの男はそう言う存在でしかない」
「そんな……」

 俯くリアナを見上げて、フェリスは呟いた。

「何をお前が気に掛けることがある?これは俺とあの男の問題だ。そういえばアルバートも気にしていたな。そんなに、考えることなのか?」
「だって……だって、悲しいじゃない。せっかく兄弟なんだよ?」
「悲しい……?」

 心底不思議そうに見上げるフェリスに、リアナはぎゅっと上着の裾を握った。

(悲しいかどうかも、分からないなんて、そんなの…………辛すぎるわ)

 あんな風に兄から言われたら、もっと傷ついてもいいくらいだ。それなのに、フェリスは「ああ悪口を言われたのか」、そんな程度で済ませてしまう。きっと、どんなことを言われているのかフェリスも知っているのだろう。それでも、それが彼を傷つけることがない。
 それは、良いことじゃない。傷つくことはなくても、それでは心が何も感じないということだ。傷つくことは悪いことだけではない。時としてそれは、人が人として生きていることを証明してくれる。大切なものをどれだけ大切なのかを教えてくれる。

 身体を震わせて俯くリアナを見て、フェリスは静かに立ちあがった。
 きっといつものように鼻で笑って、それで済ますに違いない。リアナは何か言おうと唇を動かそうとした。

「なぜ、お前がそんな顔をする?」

 ひんやりとした、でもなぜか暖かい指先が頬に触れた。
 顔を上げたリアナは、目の前にある少し困ったような表情を浮かべたフェリスに驚いた。触れている指がどこか落ち着かなくて、でもその温もりは離れがたいものの気がした。

「そんな顔って…?」

 だがその言葉の先は扉をノックする音に消された。

 そちらに顔を向け、少し大きな声でフェリスが返事をした。指はそのままリアナから離れて行った。

「誰だ?」
「……王妃様の第三騎士、ミュナー・サリエ・ウィントンでございます、フェリス様」
「ウィントン?…………とにかく入れ」
「失礼致します」

 静かに扉が開かれ、外から透き通るような赤い髪をした女性――騎士のミュナーが現れた。 彼女はフェリスに頭を下げ、突然訪問した非礼を詫び、彼がそれを許すと、少し釣り目の瞳をリアナに向けた。

「お会いするのは二度目ですね。前回は名も名乗らず失礼しました。私はミュナー・サリエ・ウィントン。王妃ソフィア・C・マルリア・ロスネルド様の第三騎士でございます」
「あの、えっと…わたしはリアナ・レーベルトと言います」

 ぺこりと頭を下げる。
 それをみて微笑したミュナーは、懐から真っ白な封筒を取り出すと、リアナにそれを渡した。

「わたし宛て、ですか?」

 まじまじと封筒とミュナーを交互に見ると、彼女は頷いた。その時のミュナーは、どこか憐みを帯びた表情で見つめ返した。

「確かに貴女宛てでございます。どうぞ中を御覧なさって下さい。そのために、私は参上いたしました」

 その言葉に従い封をあけると、中から綺麗な文字が並べられた便箋が現れた。

「えっと、なになに?」

 紙面にはこう書かれていた。

 『突然のお手紙に驚かれていると思います。ごめんなさいね。
 貴女には前々から一度お礼を言いたかったの。
 良かったら、息子の都合のつく日で良いから、会ってもらえないかしら。会えるのを楽しみにしているわ 』。

(……息子?)

 頭を斜めにしたまま次の文に目を通したリアナは目を擦った。だが、文字が変わることはなかった。

「…………ソフィア・C・マルリア・ロスネルドより……?」

 リアナはちらりとフェリスを便箋越しに見た。
 傍に立っていた彼は、綺麗に眉間に皺を寄せると、リアナが手に持っていた便箋を視線で射抜いた。








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