人里離れた山の奥。そこに、街中の屋敷程大きな古びた家が建っていた。
その家の前に小さな少女が座り込んでいた。
「どうしたんだ」
声をかけられて少女はぱっと顔を上げた。
目の前に白髪の男性がたっていた。
「おじいさま!」
男性は少女の隣に腰を下ろした。
「どうしたんだ。めずらしく元気がないみたいだが」
「うん、あのね。あたしね、ぜんぜん、けんじゅつ上手くならないの。おじいさまみたいなりっぱな剣士になりたいのに……」
そう言うと男性は笑った。
「私は剣士ではないぞ。ただの間者だ」
「かんじゃ、ってよくわからない。でもおじいさまは剣を使っててきをたおすんでしょ?」
「そうだな。私の一番の武器は剣だな。でも絶対に目立つところでは戦わない。それに剣を振るうことが目的じゃない。それはあくまで手段だ。私たちの仕事はそういうものだ」
「よく、わからない。むずかしい!」
男性は目を細めて隣の少女を見つめた。
「そのうちお前も分かるさ。……立派な剣士ではなく、立派に一族の仕事を担えるように励みなさい」
少女は大きく頷いた。大きく目を見開いて、笑顔いっぱいの表情で――――
「うん!ぜったいにりっぱな『かんじゃ』になるね!」
あの頃は、その言葉の意味をまったく理解していなかったけれど――――
◇
「…………この男の言っていたことは嘘ではないようだな」
不自然なほど静まり返った酒場に、その言葉が響いた。
「成る程。こいつが戦いに慣れているのは、そういう家に生まれ訓練されてきたから、だと」
フードをかぶっている男はくすりと笑いを溢した。
「ええ。お嬢さんの反応が何よりの証拠でしょう?」
「……それで?貴様がわざわざそんなことを言う理由はなんだ?」
そこで男の顔が少しだけ変わった。
「動揺されずにそう言いますか。ちゃんと『みている』方ですねぇ」
「お前のような胡散臭い者が善意で教えてくれるとは思えないからな」
「貴方のような方々は馬鹿ばかりだと思っていましが……しかし、貴方は悪くない。『ここ』まで来る破天荒さも実にオモシロイですし。
いやぁ、気に入りました」
にっこり笑うと男は片腕を広げて道を空けた。
「どうぞ、お通りください。『殿下』殿?」
フェリスは男を睨んだ。
「面白い皮肉だ。だが遠慮なく通らせてもらう」
酒場にいるものは誰一人フェリス達を止めなかった。
ただ不自然なほど、息を殺すように彼らを見ていただけだった。
「ああ、そうそう」
酒場を出ようとする三人の背中に飄々とした声が掛かる。
「『殿下』殿は気に入りましたから、今後一切この街の者には手を出させません」
フェリスも、そしてリアナもコイズも振り返った。
「まぁ、貴方のお父上と兄君は知ったことではないですがね――――」
フェリスは唇を噛むと、男に背を向けた。
「……俺がお前に感謝でもすると思うのか?」
「おや?気付いてらしたかな、貴方のその態度は」
「煩い奴らが、お前が現われてから気味悪いくらいおとなしくなったのに、気付かないとでも思うのか」
以上だ、と言いたげにフェリスが再び足を止めることはなかった。
◇
「あのやろーがガラントの黒幕かよ!?くそっ!状況が状況じゃなきゃひっ捕らえてやりてぇ!」
大人気なく地団駄を踏むコイズに、フェリスはため息ついた。
「残念だが、あいつが俺を知っている上で手を出さないんだ。屈辱的だが、こちらはその情けがなければ今ごろ八つ裂きだな。なにせガランドの『国王』と言って良い。
奴の気が変わらないうちに街を出るのが最良だ」
「くそぉぉおお!!あんな奴に情けをかけられるなんてえぇぇ!!」
しばらく唸っていたコイズだが、彼はリアナと目が合うと、瞬巡を見せた。
「あ――のさ、リアナ、お前さ……」
コイズの顔を見ていられなくて、ガラントの店灯りの中リアナは俯いた。
聞きたくなかった。
あからさまに罵られたりはしないかもしれない。でも、結局言われることは同じに違いない。
何を言われるか分かっていて素直に聞いて、傷つくと分かって受け入れるなんて……できなかった。
「ちゃんと話さなくてごめんね。
あはは、びっくりしたよね?でもわたしは暗殺なんてしたことないよ?そりゃあ、……そういう訓練は受けてきたけど、10歳の頃に家はなくなっちゃったしさ!
あはっ、それからはこれでもまっとうに生きてきたんだよ?生活費はアルバイトで――お店のお手伝いとか、そういう普通のバイトだよ?そういうのでなんとか暮らしてきたんだからっ」
聞かれてもいないのに口が饒舌になる。
「こんなかたちで聞かせるつもりなかったのに、な。あはは、もー、言わなかったわたしが悪いんだけどね」
影のかかった朱色の砂利を、じっと琥珀の瞳は固まったように見ていた。
ふと気配を感じて顔を上げようとしたが、その前に頭を大きなものでおおわれた。
「無理して笑ってんじゃねぇよ……」
コイズの声が頭上から降ってくる。
「別に無理なんか、して、ないよ?」
「嘘つけ。」
コイズはぐっとリアナの頭を押さえ付けた。
「うまく……いえねぇけどさ……。今は違うんだろ?なら良いじゃん!気にするなって!」
気付いていた。コイズの言葉には迷いがあることに気付いていた。
それでもこの時初めて、深く息を体から吐きだすことが出来た。
「良い訳があるか」
弾かれたように顔を上げると、強い紫の光にぶつかった。
身体に鳥肌が、立った。
「あの、わたし、だからわたしはフェリスのこと……ッ!!」
太い腕がのびてきた瞬間、リアナはそれに抱きとめられた。足に力が入らず、その腕に支えてもらえないと地面に倒れこんでしまう。
コイズが上から顔をのぞかせた。
「大丈夫か?……色々あって疲れたんだろ。俺がおぶってやるよ」
リアナはしかめていた顔を横に振った。
「……両手がふさがった、ら、どうやって、フェリス、を、まも、るの……?」
「あ」
たった今気が付いたといわんばかりのコイズは頬を掻いた。リアナをおぶったらさすがに戦えないだろう。
だからといってリアナが一人で立てるようでもなく、まさか危険な場所に放置するわけにもいかない。
悩んだ末、コイズは、
「じゃあ、フェリスがおぶってやれよ」
と言い出した。
「……」
「お前も男なら、女の子一人くらい背負ってやれよ。そんなこともできないのか?」
「……出来ないわけではないが、お前がやればいい。何かあったらお前の代わりに戦ってやるさ」
「いやいやいや!それは不味いから!さっきみたいのは俺の心臓に悪いから止めてくれ!」
困ったように唸るコイズに、腕のなかのリアナは弱々しい声を絞りだした。
「い…いよ…。少し休んだら、後から行くから……フェリスを早く…」
「リアナっ」
「ほら、……わたしは、『普通の子』……なんかじゃないし、ね?」
自嘲気味に笑うと、コイズは唇を噛んで目を背けた。
「今は馬鹿なこといってる場合じゃねぇぞ」
「コイズは、騎士よ?」
言った意味に気が付き、コイズがさらに一人で悪態を吐いた。
「どーすりゃいいんだよ、畜生!」
その答えを出したのはフェリスだった。
「……仕方ない。俺がやれば良いのだろう?」
リアナが呆然としている間に腕をとられ、フェリスは背中を彼女に向けた。
「早くしろ」
ふらつきながらもその「無防備な」背中を見つめて、リアナはその場に立ち尽くしていた。
だが再度フェリスに同じ言葉を、先程よりも強く言われ、彼女は慌てて彼の肩に両手を置いた。
「あ、あの…?」
決して体格が良いとは言えないフェリスだったが、すんなりとリアナを背負った。
「なんだよ、やりゃー出来るじゃねぇか。もったいぶんなよッ」
「あくまでも仕方なく、だ。これ以上ぐずぐずとしていたくない。行くぞ」
そう言葉を紡ぐフェリスと触れた部分が、微かに音を響かせる。身を委ねた背中の暖かさに、落ち着かなかった。
それと同時に、なぜだか泣きたくなった。
「かんじゃ」が「患者」に思えるトリック。(どうでもいい)
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