「つまらんねぇ……折角の剣術大会も、優勝候補どころか隊長クラスだっていやしねーもんな」
眼鏡をかけた中年の男がその気だるげな声に反応し、やつれ顔を浮かべながらもすかさず声を張り上げた。
「また貴方はそのような言葉遣いをして! 私はもう何百何千回……いいえ、何万回もお止めになるように申し上げてきましたが!?」
「うるせぇなー。お前は少しくらい黙ってられないのかよ」
「ハロルド様っ!!」
名前を呼ばれ、金髪の男はにやりと笑った。
◇
その国は「ロスネルド」と呼ばれていた。
資源もそこそこ、土地も狭くはない。国民も穏やかで明るい性質を持っていると言われ、他国と比べても実に住みやすい国だった。
だが貿易で莫大な収入を得ると言うほどでもなく、大規模な騎士団を持っている国というわけではない。しかしロスネルドは実に外交に長けた国であった。歴代の国王は、誰もが国の舵取りの上手い船長だった。おかげでここ数百年、国内で戦争が起こったことはない。
だからといって、ロスネルドの騎士たちが平和ぼけをしたただのお飾りというわけではない。
過酷な訓練を受けてきた精鋭の騎士たちがひしめき合い、他国との騎士と力比べをする国際大会でも優勝を勝ち取ることも度々である。隣国と“良いお付き合い”をしているため大きな衝突もない。
しかし同盟国が助けを求めればすぐに優れた騎士たちを送り込む。騎士たちは敵を散らしなぎ倒し、その強さを見せ付けて帰還するのである。ぼけている暇は、生憎なかったのである。
その優秀な騎士たちは今日、闘技場で大会に参加する予定だったのである。
そう、予定では。
傍目にも高級な服を着て椅子に座っている金髪の男は、眼鏡の男の諌めなど歯牙にもかけず、ぼんやりと眼下の闘技場で整列する緑色の塊を見下ろした。その列があまりにもきちんとしていたので、当然であるべきにもかかわらず、思わず肩を竦めてしまった。
「……キーツ、今回は“外”の参加者はいないのか?」
「は? ああ、もちろんいますよ。試験にパスした一般人が15名ほどですね」
ぶつぶつと文句を言っている途中で話しかけられたので、眼鏡の男は慌てて答えた。
「しかし……やっぱり俺としては、優勝候補のシュバイツァーかザクスに試合で当たって欲しかったな!」
それを聞いて眼鏡の男は深い、それはとても深いため息をついた。
「失礼ですが、今、彼らは、大会なんかに、出ている、暇は、ないんで、す、がッ!?」
「わざわざ強調しなくても分かるぞ、分かる」
「ならばそのようなことは仰らないで頂きたい! レギオス国が再び戦争を始めたというのに、貴方は危機感と言うものがないのですか!?」
「えー、だってさぁ。レギオスってここから遠いし、相手国はうちじゃなくてコプトだぜ?」
「他人事に思っていればそのうちあっというまに他国から叩かれますぞ!? だいたいッ、我が騎士たちが命を晒して戦っていると言うのに、何を子供みたいに文句を仰っているんですかッ」
真剣に、力強く言われる。金髪の男はくくっと笑いを噛み殺した。
「まぁ、正論だな。俺、キーツのそういう真面目なところが好きだぜ」
顔を上げながら、熱っぽく言ってみた。すると眼鏡の男は顔を真っ青にして壁際まで身を寄せた。
――すらりとした手足に、陽の光に煌く金の髪を持つ、いわゆる「美男子」が、熱い紫色の視線を彼に向けても正直違和感がない。違和感はないが、しかし……、
「な、なななな、ハロルド様っ!? そんな気色悪いことを真面目な顔で言わないでください! どうせなら普段からそんなお顔を……っておえぇぇ」
男はとうとう口に手を当ててよろめきながら、石の階段を下りていった。いくら見目が麗しくても、眼鏡の男は――語弊があるようなのだが――女の方が好みのようだった。
「……うん。真面目で冗談が利かない、そんなからかいがいのある所がすっごい好きだな。だが俺は年食ったおっさんより、若くて可愛い女の子のほうが好きだがなッ!」
椅子から立ち上がって握りこぶしを作る美男子。その姿は、整い過ぎた顔には少々似合わない。
「ちょっと、なんでわたしが出ちゃいけないの!?」
金髪の男は、背後の方から微かな少女の声に気づいた。後ろに立っていた騎士たちも気になったようで、石壁にあいたアーチ状の窓から顔をのぞかせていた。
「なぁ。なんの騒ぎだ?」
金髪の男が窓から顔を覗かせている騎士に声をかける。騎士は慌てて身体を起こし、振り向いた。
「はッ。それがどうやら……少女が入場チケットの販売員に詰め寄っているようです」
好奇心を剥き出しにして、男は騎士に代わって窓の下を覗いてみた。
確かに、15、6歳程の少女が販売員の胸倉を掴んで詰め寄っている。……なんというか、脅していると言ってもいいかもしれない。
「で、ですから、一般の参加は試験をパスしない限り不可能ですと……」
「じゃあその試験でもなんでも受けるからッ!」
「それはもう期限を過ぎておりまして、今提供できることは観戦チケットの発行しかできないのですが……」
「観戦じゃなくて、わたしは試合にでたいのッ!」
「だ、だからッ、私はただの販売員なんですよぉー!」
その「ただの」販売員は半泣きだった。一方、少女はがっくりと項垂れて、販売員から手を離した。おかげで彼は地面にキスする羽目になった。
「わたしは……わたしはただ…………」
少女の顔がくしゃりと歪む。上から様子を窺っていた金髪の男は、じっとその様子を見つめた。
突然、金髪の男は小さな唸り声を上げる。
「ど、どうかされたのですか?」
そんな騎士の心配も他所に、いきなり男は手を叩いた。
「よしッ、今回の大会を盛り上げるのには打ってつけ!」
そう言うがはやいか、金髪の男は上着の裾がずるずると床を引きずるのも構わず、階段を駆け下りていった。騎士の数名が慌ててその後を追いかける。
窓際にいた騎士は追いかけるタイミングを逃し、仕方なくその場に待機していたのだが、しばらくすると再び窓の下が騒がしくなったのが分かった。
「キャーッ!? ハロルド様よ!」
「ええ! どうしてこんな所に?」
「ハロルド様ッ、ご乱心をなされたのですか!? ご勝手に外に出られては混乱が……」
「やだっ、ハロルド様じゃない! ちょっとちょっと、ミリーあっち見てよっ!」
騎士は青ざめた顔で窓から急いで身を乗り出した。
下では騎士に囲まれた金髪の男が、外で入場を待っていた観客たちのざわめきをものともせず、先ほど騒いでいた少女の前に立っていた。
その男の姿は騒がしい周囲をよそに、鋭くて、そして重かった。騎士は思わず目を奪われた。
金髪の男は喧騒が落ち着く時を待っていたようで、一瞬だけ人々の間に静寂が流れたのを見逃さず、ゆっくりと唇を開いた。少女はただ、驚きに目を見開いているだけだった。
「我、ロスネルド王国国王、ハロルド=R=リヴァズ=ロスネルドは、そなたの大会参加を歓迎しよう」
窓際の騎士は、国王陛下の傍でいつの間にか戻っていた眼鏡の宰相がぶっ倒れたのが見えた。
気長に書き綴っていくつもりなので、気長にお読みいただけたらと思います。
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