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苦手な方はご注意ください。

世にも奇妙な短編集

冬しか買えないアイスクリーム屋さんの秘密

角川つばさ文庫『世にも奇妙な商品カタログ(1)』に、このお話を下敷きにした短編を収録しております。

角川つばさ文庫公式サイト → https://tsubasabunko.jp/product/catalog/321809000128.html

 雪子の家の近所には、冬の間しかお店を開けない、ちょっと不思議なアイスクリーム屋さんがある。

 そのお店の名前は〈ふゆたけアイスクリーム店〉。

 店の入口の横の立看板に、かわいい雪だるまの絵が描かれたお店。

 フユタケさんという人がやっているお店なのか。それとも、冬だけしかアイスを売らないから、そういうお店の名前にしたのか。それはわからないけれど、そんなことはともかく、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリームは、ほかのアイス屋さんでは絶対に食べられない、とびきりおいしいアイスクリームだった。

 ミルク、バニラ、チョコレート。ミント、キャラメル、コーヒー、抹茶。ストロベリィ、ラズベリィ。レモン、バナナ、パイナップル……。フレーバーの種類は豊富で、店頭の冷凍ショーケースの中には、いつも色とりどりのアイスクリームが並んでいる。そのどれもが、口に入れたとたんにびっくりするほど、とびきりおいしいアイスクリームばかりなのだ。

 だけど、春になったらお店を閉めて、そのあと秋が終わるまでお店を開けない〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリームは、よりにもよって、寒い冬にしか買うことができない。あんなにおいしいアイスクリームを、冬なんかではなく、ただでさえアイスのおいしい夏の季節に食べることができたなら、どんなにすてきなことだろうと、雪子は思うのだけれども。〈ふゆたけアイスクリーム店〉の店長さんは、お客にどれだけ頼まれても、けっして冬の季節以外にアイスを売ろうとはしないのだった。




 雪子は、今日も木枯らしの吹く中、〈ふゆたけアイスクリーム店〉にアイスを買いにやってきた。

「いらっしゃい、雪子ちゃん。今日は、なんのアイスにする?」

「んとね。えっとね。……ストロベリィにしよっかな。でも、チョコレートもたべたいし。……んーと、んーと。うー、まよっちゃう。どっちにしよう」

「ふふふ。雪子ちゃんはまだ小さいから、二段重ねのアイスクリームは、ちょっと食べきれないものねえ」

 ショーケースに貼り付いて、一生懸命アイスクリームを選ぶ雪子と、その姿を眺めて、カウンターの向こうでニコニコ笑う店長さん。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉の店長さんは、ふくふくとよく太った、色の白いおばさんだ。そんな店長さんの顔を見ると、雪子はいつも、店の入口の看板に描かれた雪だるまを思い出す。

「……よし、きめた! チョコレートにする!」

 やっとのことで選んだアイスクリームを、雪子は意気勇んで注文した。

 注文を受けた店長さんが、目の前で、ショーケースの中のチョコレートアイスをくりん、とすくい、そうして丸い形にすくったアイスを、コーンの上にぽん、とのせる。


「はい、どうぞ」

「わあい。いただきまあす!」

 店長さんからアイスクリームを受け取って、雪子はすぐさま、ぱくりとそのチョコレートアイスにかぶりついた。

 しゃぐっ。とろり。

 甘さと冷たさが口の中に広がる。

 やわかくて、なめらかで、それでいてどこか氷っぽい。この〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリームは、なんともふしぎな口どけだ。もしも、アイスクリームが果物の一種だったなら、その果肉をかじった歯ざわりと、口の中いっぱいにあふれ出る果汁は、きっとこんな感じに違いない。

 両手でしっかりとコーンを持って、雪子は、夢中でチョコレートアイスをほおばった。

 しゃぐ。しゃぐっ。とろり。

 ぺろ。とろり。ごくん。

 そうして、雪子は、あっというまにアイスクリームをたいらげた。


 その一種類、一段だけのアイスクリームで、店長さんの言ったとおり、雪子のおなかはもういっぱいになってしまった。

 目の前にあるケースの中の、色とりどりのアイスクリームを見て、雪子はくやしい気持ちになる。ああ、わたしがもっと大きくなったら、二段のアイスクリームが食べられるのに。チョコレートとストロベリーを、一回で両方食べることができるのに、と。

 口の周りについたチョコレートアイスを、あまさずぺろりとなめ取って、それから、雪子は小さなため息をついた。


 そのとき、店長さんが、店の外を指さした。

「あら、雪子ちゃん。お外、見てごらん。雪が降ってきたよ」

 その言葉に、雪子は店の入口を振り返った。

 本当だ。ガラス戸の向こうに、ちらちらと雪が舞っている。その景色を見て、今さっきアイスを食べたばかりの雪子は、思わずぷるっと体を震わせた。

 店内はあたたかいし、アイスはとってもおいしかったけど、アイスの冷たさをまだおなかに抱えたまま、これから雪の降る中を、家まで歩いて帰らなければならないと思うと、ちょっとだけ嫌になってしまう。

 でも、このお店のアイスクリームは、冬にしか食べられないのだ。この、寒い季節にしか。


「雪子ちゃん。雪がひどくなるといけないから、傘を持っておいき。今度お店に来たとき、返してくればいいから」

 そう言って、店長さんは、黄色い傘を雪子に渡した。

「ありがとう、おばさん」

「マフラー巻いて、手袋して、ちゃんとあったかくして帰りなね。風邪なんか、引かないようにね」

「うん、大丈夫。……でも」

 雪子は、マフラーをしっかり巻きなおしながら、店長さんの顔を見上げた。


「ねえ、おばさん。どうして、このお店は、冬しかアイスを売らないの? ここのアイスクリームは、とってもとってもおいしいけど、やっぱりアイスクリームだから、冬に食べるとさむいんだもん。冬がおわっても、夏になっても、ずっとお店があいてるといいのにな」

 雪子が言うと、店長さんは、ふふふ、と目を細めて優しく笑った。

「冬しかお店を開けないのはね、うちのお店のこだわりなの。だって、お客さんには、最高においしいアイスクリームを食べてほしいから。最高においしいアイスクリームは、寒い冬の間だけしか、作ることができないの」

「そうなの? どうして?」

 雪子がさらに尋ねても、店長さんは、それ以上は何も答えず、ふふふ、と笑うだけだった。




 お店の外に出た雪子は、軒先で黄色い傘を広げて、雪の中へと歩き出す。

 と、そのとき。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉のお店の、その建物の陰から、白い小さなものが、ひょっこりと顔をのぞかせた。

 雪子は、思わず足を止めた。

 そして、その白い小さなものを、じっと見つめた。

 それは、雪だるまだった。

 手の平にのるくらいの雪だるまが、物陰から顔だけ出して、こっちを向いている。

「だあれ? そこにいるの」

 そう呼びかけて、雪子は雪だるまに近づき、建物の陰をのぞき込んだ。そこにいる誰かが、小さな雪だるまを手に持って、それを動かしたのだと思ったのだ。


 ところが。

 そこに、人の姿はなかった。

 あったのは、一つの小さな雪だるま、だけだった。

 大きさの違う雪玉を、二つ重ねてくっ付けた、真っ白で真ん丸な頭と胴体。その頭が、胴体の上で滑るようにくるりん、と回転して、二つの黒い目が雪子を見上げた。

 雪子は、声も出ないくらいにびっくりした。

 雪だるまが、動いた。雪子の見ている目の前で、生き物のように、自分で動いたのだ。

 生きている雪だるま。そんなもの、絵本の中にしかいないと思っていたのに。どうしよう。すごいものを見つけてしまった!


 どきどきしながら、雪子は、そうっと雪だるまに手を伸ばした。

 すると、雪だるまはぴょいん、と小さく後ろに跳ねて、雪子の手から飛びのいた。

 雪だるまは雪子に背を向け、足のない体をぴょいん、ぴょいんと跳ねさせ、逃げていく。

 お店の建物の陰は、隣の建物との間に空いた細長い隙間で、奥へ行けばすぐに行き止まりになっている。それだから、雪子は、雪だるま追いかけて捕まえようか、とも考えた。けれど、雪だるまの逃げた先には、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のお店の裏口があった。裏口のその扉は、少しだけ開いていた。雪だるまはそこから、ぴょいん、と建物の中に入ってしまった。


 そうして、雪だるまの姿が見えなくなったあと。

 雪子は、しばらくの間ぼんやりと、雪の中で黄色い傘を差して、立ち尽くしていた。

 生きている雪だるま。

 そんなものがいたなんて。

 でも、見間違いじゃない。近くで見ても、おもちゃやなんかの作り物には、見えなかった。あれはどう見ても、雪でできた、本物の雪だるまだった。

 あの雪だるまは、誰かに作られて、魔法で命を吹き込まれたのだろうか。そうでなければ、雪の妖精? それとも、お化け?


 なんにせよ、あの雪だるまは、どうしてこんなところにいたのだろう。

 首をかしげて、それから雪子は、ふと〈ふゆたけアイスクリーム店〉の店先にある看板を振り向いた。

 かわいい雪だるまの絵が描かれた、立看板。

 雪子は、「あ」と声を上げた。

 もしかすると。

 あの雪だるまは、この看板の絵を見て、ここにやってきたのかもしれない。自分と同じ雪だるまの仲間が、このお店で働いているのだと思って、それならばと、アイスを買いに来たのかもしれない。

 雪でできた雪だるまは、冷たいアイスクリームが、きっと好物なんだろう。でも、雪だるまが人間のお店へ買い物に行くわけには、いかないから。それで、アイスを食べたい雪だるまは、自分と同じ雪だるまがアイス作ってを売っている、そんなお店はないかと、探していたのだ。


 いや、いや。はたしてそうだろうか?

 お店の裏口から、建物の中に入っていった雪だるまは、それきりいっこうに出てくる様子がない。逃げ道がなくて、たまたまそこに開いていた扉の中に、仕方なく入ってしまっただけならば、あの雪だるまは、少ししたらそっと扉の外をのぞき見て、逃げ道をふさぐ人間がいなくなったかどうか、確かめるんじゃないだろうか。

 雪子がそう思ったときである。

 雪だるまの入っていった裏口の扉が、中からパタン、と閉められた。

 扉を閉めたのは、雪だるまか。それとも、店長さんなのか。どちらなのか、雪子にはわからなかった。けれど、何事もなかったかのように閉められたその扉を見て、雪子の頭の中に、また一つの空想が浮かんだ。


 ひょっとすると。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉は、本当に「雪だるまのアイス屋さん」なのかもしれない。

 そう。それは、つまり。さっきの雪だるまは、看板を見てやってきた通りすがりの雪だるまではなく、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のお店で働く雪だるまなのだ。〈ふゆたけアイスクリーム店〉の裏口から、ちょっと外に出てきたところを、たまたま雪子に見つかって、あわててまたお店の中へと戻っていった、あのお店の雪だるまだったのだ。

 いつか読んだ『小人のくつや』の絵本を、雪子は思い出す。小人たちが、靴屋さんをお手伝いして、すてきな靴を作ってくれる物語。絵本の中には、針やトンカチを使って、チクチク、トントン、カンカンと、いっしょうけんめい靴を作る小人たちが描かれていた。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉の厨房でも、小さな雪だるまたちが、みんなでいっしょうけんめいに、アイスクリームを作っているとしたら。


 牛乳や生クリーム、はちみつ、お砂糖をボールに入れて、泡立て器でカシャカシャとかきまぜる雪だるま。まぜあわせている材料がこぼれないように、しっかりとボールを押さえている雪だるま。材料がまざったら、つぶした果物や、キャラメルソースやチョコチップをそこに加えて、それから、雪だるまたちはみんなでいっせいに、ひゅうっと冷たい息を吹きかけて、アイスクリームを凍らせるのだ。そうすると、ほかの店ではぜったいに味わえない、すばらしくおいしいアイスクリームができあがる。

 そうだ。それこそが、店長さんが言っていた「最高においしいアイスクリーム」の作り方なのだ。

 ふくふくと太った色白の店長さん。雪だるまによく似たあの人は、小さな雪だるまたちを従える、雪だるまの女王さまなのかもしれない。女王さまである店長さんは、厨房で働く雪だるまたちをてきぱき指示して、おいしいアイスクリームを作らせるのだ。


〈ふゆたけアイスクリーム店〉は、雪だるまのアイス屋さん。

 だから、このお店は、冬の間しかアイスを売らない。


 あたたかくなったらとけてしまう雪だるまたちは、春が来る前に、お店の冷凍庫に入らなければならないから。そうして、また冬が来るまで、雪だるまたちは冷凍庫の中で眠りにつく。雪だるまたちが眠っていては、「最高においしいアイスクリーム」を作ることはできない。だから店長さんは、寒い冬の季節以外には、けっしてお店を開けようとしないのだ。そう考えれば、ぜんぶ辻褄が合うではないか!


 雪子はもう一度、お店の前の立看板を振り向いた。

 看板の中に描かれた、かわいい雪だるまの絵。その絵に隠された意味を、このお店に来るほかのお客は、知っているだろうか?

 雪子は、周りに聞こえないように、こっそりと小声で呟く。

「雪だるまのアイス屋さん、だもんね」

 それに気がついたのは、もしかしたら、自分一人だけかもしれない。きっとそうだ。だって、ほかの誰かがそんなことを言っているのは、一度だって聞いたことがない。

 看板の中の雪だるまは、雪子のほうを向いて、笑顔でウインクしている。まるで、「このことは、誰にも内緒だよ」と、雪子に目配せしているかのように。

 このお店のすてきな秘密を、自分だけが知っている。

 それがたまらなくうれしくて、雪子は、看板の中の雪だるまに、思わずにっこりと笑い返した。


          *


 それから、十五年が過ぎた。

 雪子は、ずっと〈ふゆたけアイスクリーム店〉の近くで育ち、そのまま大人になった。けれど、あれ以来、「生きている小さな雪だるま」を目撃することは、一度もなかった。

 雪子は、大人になった今でも相変わらず、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリームを買い続けている。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉は、雪子が子どもの頃から、何ひとつ変わらない。アイスクリームのおいしさも、冬しかお店を開けないところも、看板に描かれた雪だるまの絵も、昔のままだ。このお店のおかげで、雪子は毎年、冬が来るのが待ち遠しくてかなわなかった。雪子にとって、冬といえば、クリスマスよりお正月より、とにかく〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリーム。そのくらい、大好きで、思い入れのあるお店だった。十五年以上の間、ずっとずっと、そうだったのだ。


 そんな雪子は、今日もまた、〈ふゆたけアイスクリーム店〉へと足を運ぶ。

 びゅうびゅうと吹きすさぶ木枯らしに、時折ちらほらと雪が混じる中、白い息を吐きながら、お店へと急ぐ。寒さなんてものともしないくらい、雪子はこの日、いつになく胸を弾ませていた。

 そうして、雪子がお店にたどり着いてみると、〈ふゆたけアイスクリーム店〉は、いつもと様子が違っていた。この時期にはめずらしく、お店はシャッターを半分おろし、雪だるまの絵の看板には、「休業日」の貼り紙がしてあった。

 けれども、それを見て、雪子が肩を落とすことはなかった。この日、お店がお休みするということは、前もって知っていたからだ。


 今日、雪子がお店にやってきたのは、アイスクリームを買うためではない。

 雪子は、もう〈ふゆたけアイスクリーム店〉のお客ではなかった。

 このお店で、雪だるま似の店長さんの元で、今日から働くことになったのだ。


〈ふゆたけアイスクリーム店〉は、ずっと店長さんが一人でやっているお店で、ほかの従業員を雇うことは、今までなかった。だが、店長さんは、少し前からお店の跡継ぎを探していた。その話を聞いた雪子は、迷うことなく、自分が〈ふゆたけアイスクリーム店〉を継ぎたいと、店長さんに申し出たのだ。店長さんは、こころよくそれを受け入れてくれた。


 店の中にいた店長さんが、雪子に気づいて、店のドアを開けた。

 半分下ろしたシャッターの下から、身をかがめた店長さんが、雪子に声をかける。

「よく来てくれたねえ、雪子ちゃん。さあ、さあ、入ってちょうだい」

 雪子は、少し緊張しながらうなずいて、店長さんの促しに従い、店の中に入る。

「ああ、もう、ほんとにうれしいよ。あんなに小さかった雪子ちゃんが、こんな立派なおじょうさんになって、この店を継ぎたいと言ってくれるなんて。ありがとうね、雪子ちゃん」

「そんな、こちらこそ。わたし、このお店のアイスクリームの味を受け継げるよう、がんばります!」

 大きな声でそう言って、雪子は、店長さんに向かっておじぎをした。

 店長さんは、「まあ、頼もしいこと」とうれしそうに笑う。


「それじゃあ、雪子ちゃん。さっそくだけど、この店のアイスクリームの作り方を、覚えてもらうから。奥の厨房に来てちょうだい」

「はい!」

 元気良く返事をして、雪子は、厨房に向かう店長さんのあとをついていく。

〈ふゆたけアイスクリーム店〉の厨房。そこでは、小さな雪だるまたちが、せっせとおいしいアイスクリームを作っている……。

 子どもの頃に思い描いた、たわいもない空想を、雪子はふと、懐かしく思い出す。

 雪子はもう、空想と現実の区別がつかない小さな子どもではない。あの頃は食べきれなかった、二段重ねのアイスクリームだって、今はぺろりと平らげることができる。この歳になれば、何が現実にありえて、何がおとぎ話の中にしかありえないか、なんてことは、すっかり分別がついてしまう。

 はっきり姿を見たと思った、あの「生きている雪だるま」だって、今思えば、ちょっと変わったウサギか何かを見間違えただけなのだろう。子どものときの記憶なんて、あてにならない。やけに印象深いわりには、そのじつ、間違いだらけの思い込みでできていることだって、めずらしくはないのだから。

 だけど、あの頃は本気で、このお店が「雪だるまのアイス屋さん」だと信じていた。自分で言うのもなんだけど、幼い子どもの考えというのは、かわいいものだ。


 でも、本当は。

 大人になった今でも、ほんのちょっぴり、期待していたりする。

 もしかしたら、この厨房の扉を開けたその先で、あのときに見た小さな雪だるまが、雪子を出迎えてくれはしないかと。

 そんなこと、あるはずない。あるはずがないけれど。

 それでも、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリームなら、ひょっとして。

 ほかではぜったい味わえない、あのとびきりおいしいアイスクリームには、そのくらい特別で、不思議で、信じられないような秘密があったって、おかしくない。雪子は今でも、ひそかにそう思ってしまうのだ。


 店長さんが、厨房の扉を開ける。

 雪子は、店長さんに続いて、少しドキドキしながら、厨房の中へと入った。

 きれいに片づいた厨房の中は、ほかに誰も人がおらず、しんとしていた。もちろん、雪だるまなんて、どこにもいない。「そりゃ、そうだよね」と、心の中で呟いて、雪子は小さくため息をついた。


 雪子は、店長さんといっしょに作業着に着がえ、手を洗ったあと、大きな作業台の前につれてこられた。台の上には、いろいろな調理器具と、アイスクリームの材料が並んでいる。それらを一つ一つ指差して、店長さんは、雪子に説明した。

「牛乳、生クリーム、シロップ……。これは果物のピューレ。こっちの瓶は、バニラやシナモンなんかのフレーバー。それから……」

 ひと通り材料の説明を終えてから、店長さんは、作業台の端っこに置かれた、何やら大きなアイスボックスに手をかけた。

「いちばん肝心なのが、これなんだ」

 そう言って、店長さんは、おもむろにアイスボックスのふたを開ける。

 雪子は、店長さんの横から箱の中を覗き込んだ。


 その瞬間、雪子は、息をのんだ。


 箱の中には、何十体もの小さな雪だるまが、隙間なく整然と詰め合わされていたのだ。その一体一体は、まさに雪子が子どものとき見た、あの「生きている雪だるま」と、まったく同じ姿をしていた。

「て、店長さん。これって……」

 箱の中の雪だるまを見つめたまま、雪子は声を詰まらせる。

 店長さんは、いつかのように、ふふふ、と笑った。

 そして、あのときは教えてくれなかった問いの答えを、その笑い声に続けて口にした。


「あたりまえの材料だけじゃ、〈ふゆたけアイスクリーム店〉の最高においしいアイスクリームは作れない。最高においしいアイスクリームを作るために、なんといっても肝心なのが、この雪だるまなの。これは冬の季節でないと手に入らないし、春まで残しておけるほど、たくさんの数は捕れやしない。だから、うちは冬しかアイスを売らないの。この雪だるまを使ったアイスクリームが、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のこだわりだからね」


 店長さんは、アイスボックスの中から、冷気をまとう雪だるまを一体、取り出した。

 その途端、体をつかまれた雪だるまが、店長さんの手の中で、もぞもぞと動き出した。しかし、店長さんはかまうことなく、空いているもう片方の手を、調理器具のほうへと伸ばす。

「見ててごらん、雪子ちゃん。ほら、これをこうやって……」

 言いながら、店長さんが手に取った調理器具。それは、手動式のかき氷機だった。

 店長さんは、かき氷機の、氷をのせるところに雪だるまをのせて、その下に、受け皿となるボールを置いた。それから、金属の押さえを下ろして雪だるまの体を固定すると、かき氷機の横についているハンドルを、時計回りに回し始めた。


 サク、サク。シャリ、シャリ。

 雪だるまの体が、かき氷機の刃に、削り取られていく。


 キャーアァァー。

 雪だるまの悲鳴が、厨房に響く。


 サク、サク。シャリ、シャリ。

 キャー……アァァー……。


 体が削られていくにつれて、次第に弱々しくなっていく雪だるまの悲鳴。

 雪だるまの体は、どんどん小さく、平べったくなっていき、そうしてやがて、最後の薄いひとひらまでが、残らず削り下ろされた。

 雪だるまは、かき氷機の下のボールの中で、白く冷たい山になった。

「こうやって、ふんわり削った雪だるまに、牛乳と生クリームとシロップ、果物のピューレやフレーバーを加えて、しっかりかき混ぜるんだよ」

 説明しながら、店長さんは、手際よくそれをやってみせた。

 バニラの甘い香りが、辺りに広がる。材料を入れたボールの中で、かき混ぜられていく材料が、なめらかなアイスクリームになっていく。


 雪子は、声もなく、そのボールの中身を見つめていた。

 これが、〈ふゆたけアイスクリーム店〉のアイスクリームの作り方。昔から大好きだった、あの、たまらなくおいしいアイスクリームの……。


「さあ、雪子ちゃんも、やってごらん」

 店長さんは、にこにこと優しく微笑んで、アイスボックスの中の雪だるまに手を向けた。

 そのときである。

 アイスボックスの中に詰め合わされていた、たくさんの雪だるまのうちの一体が、ふいにもぞもぞと起き上がった。かと思うと、それがぴょいん、と箱の中から飛び出した。

 その雪だるまは、そのまま作業台から飛び降りて、店の裏口のほうへ向かって、飛び跳ねながら逃げていく。

「ああ、いけない。たまに、ああいう活きのいいのがいるんだよ。雪子ちゃん、追っかけて、捕まえてちょうだい!」

「えっ? あ、はい!」

 雪子はとっさにうなずいて、逃げた雪だるまを追いかけ、走り出した。

 しかし、雪だるまはなかなかにすばやく、雪子が追いつく前に、店の裏口に体当たりしてドアを開け、そこから外に出て行ってしまった。


 店の裏口の外は、狭い袋小路だ。雪だるまが、道の奥へと逃げてくれればよかったのだが、そっちに行き止まりがあることに気がついたのか、雪だるまは、あいにく表通りのほうへと逃げてしまった。

 まずい。あんなものが人に見つかったら、騒ぎになるかもしれない。そう思い、雪子はあわてて追いかける。

 けれど幸い、表通りに出てみると、近くに人の姿はなかった。

 逃げた雪だるまも、すぐに見つかった。

 雪だるまは、店先にある立看板の陰にいた。隠れているつもりなのか。それとも、逃げ疲れて休んでいるのか。


 雪子は、息をひそめて、そっと雪だるまに忍び寄った。そして、もはやあれこれ考える余裕もなく、両手を伸ばし、雪だるまの体をむんずとつかんで、捕まえた。

 手の中で、もぞもぞともがく雪だるま。その冷たいかたまりを、再び逃がしてしまわないよう、雪子はしっかりと、かじかむ指に力を入れる。


 雪だるまの体が、手の体温で溶けてしまわないうちに、はやく厨房に戻らなければ。

 雪子は、ぼんやりとそう考えつつ、顔を上げた。


 目の前には、〈ふゆたけアイスクリーム店〉の立看板。古ぼけたその看板の中で、絵に描かれた雪だるまは、かわいらしくウインクをして笑っている。

 それは、雪子が子どもの頃から変わっていない。店に来るたび、「はやく大人になって、二段がさねのアイスクリームが食べられるようになりたい」と願っていた、あの頃から。


 "コーンカップに体をのせた" 雪だるまの絵を見つめながら、雪子はひとときの間、冬の空の下で、そんな子どもの頃の自分に思いを馳せた。




【おわり】

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