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le freak 作者:やましたよしのぶ
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031-end

031

私はやって来た2両編成の電車に乗り込む。席はがらがらだ。地元の人はあまり電車を
利用しない。車の方が便利だからだ。まだ地元の学生がやかましく占拠もしてない。
観光客もまだまばらだ。良い気分だ。私は適当な席に座る。さて、どこにいこう?

電車は山の中を進む。ゆっくりと。あんまりスピードを出せるような環境ではない。
天気の良い日だった。しかし季節は涼しい風を用意していた。シャツ一枚では
少々肌寒い。おそらくもう二度と見ることもない景色がどんどん過ぎていく。
巻き戻している。さて。どこにいこう?

思いつくままに私はそれなりに大きな街の駅で降りる。小さな街ではなにもかも
騒がしくもてなされる温泉旅館しかない。そういうのはお断りだ。空間だけでいい。
私は適当なビジネスホテルでとりあえず三日間の宿泊を申し込む。問題は無い。
部屋はちゃんと空いていた。ありがたい。

古びた鍵を受け取る。安いホテルだ。特に問題はない。そういう目的ではないのだ。

荷物をこじんまりとした机に置く。リュックサックとギターケースだ。
私はほとんどの時間ギターを弾くこともなかったけど、まあ、持っていた。重い
わたしはそのまましばらくベットに寝転がり天井をぼけっとみつめる。
天井をぼけっと見つめても答えなんて出ない。天使も降りてこない。でも天井がないと
雨が降ったら大変だ。やすらかに寝ることは出来ない。必要不可欠だ。どこのホテルにもある。

ひとしきり時間が過ぎる。相棒はいったいどこにいったんだろう?
隣の部屋にいるかもしれないけど、それじゃどこにもいけない。笑い話にもならない。
もちろん元気でいて欲しい。どこかでまた革命を起こして欲しい。今度は自分自身の為に。
旅館はきっとなんのかんのいってそれなりに楽しくやっていくだろう。心配ない。

こうして寝転がる以外になにも思いつけない。情けないけど適当に今はやり過ごすしかない
いつもいつも目的が明確に完全に用意されている人生よりはましなはずだ。それはハードだ。

わたしはCDウォークマンをバックから取り出しザ・カーディガンズを聞いた。
このところずっとこればっかだった。90年代はこのバンドが一番だ。素敵なギターだ。
しばらく聞いてからわたしはギターをケースから取り出し、しばらく一緒に
リフをコピーして弾いていた。多少難解なテクニックが必要だけどまあ、暇だ。

そしてギターを弾くのを止めてベットの横に置いた。そしてしばらくそのこわれそうな
ボーカルを聞いた。バンド全体がゆるい、下手と言えば下手だけど、心地よい。
何事も腹八分目くらいがいい。気合の入った音がうっとおしいこともある。
なにかをゴージャスに付け足すより。多少心細くともなにかを抜いた方がよい場合が多い。

さあ、わたしはこれからしばらくの間、暇を買うのだ。お金を払って暇を買うのだ。
わたしはわたしになるのだ。今はなんにも肩書きがない。もともとそんなものはどこにも
存在しない。名前がないと整理がつかないからしょうがなくついているだけだ。
音楽ジャンルと同じだ。全部ごちゃまぜにされるとレコードショップの店員がどうやって
たくさんのCDを並べていいのかわからなくなる。新しいルールが必要になる。
でもそれも、本当は存在しない。ややこしい話だ。無限ループだ。私の頭が一番の問題だ。

わたしはたばこに火を付けた。お金はある。しばらくは贅沢してもしなくっても
ともかく働かずに過ごせるお金がある。ありがたい餞別だ。結婚式の引き出物みたいな
ものを持たされるより5億倍ありがたい。でもわれわれは頑張った。しばらくの間
不自由しないくらいのお金を受け取るくらい価値のあることをやり遂げた。
もちろん、オーナーも素晴しく気が利いていた。ありがたい。

わたしは風俗にもいかないし、パチンコもしない、競馬もやらない、昔つきあいで
ごくたまにマージャンをしたくらいだ。たまに不思議がられるけどしょうがない。性格だ。

しかもあんまりテレビもみない。野球しか見ない。しかし趣味がない。

音楽は好きだ。作ってるくらいだし。でも趣味のレベルをとっくに超えている。
音楽は、わたしをうらぶれた旅館やら、忙しいレストランやら、夜の川辺やらに
無意識的に引きずり回す。よくわかんないけど、黙ってついていくしかない。暗い。

わたしは時々、音楽とはなんだ?というどこにもいけない問いかけをする。
ある日にはそうだ!とか一瞬思うこともある。明日には意見が変わる。常に変わる。
飽きっぽい性格だ。広く浅い考え方をする傾向がある。より複雑に進化する。

自分がもたらす記号をすべて集めたらなにかわかるかもしれないと思ったこともある。

名前、出身地、誕生日、血液型、生まれた病院、両親の性格、祖父母の性格、
育った家の間取り、生まれて初めて言った言葉、どんな子だったのか?
 生まれてからいままでの写真、小学校の成績、受け持ちの先生の率直なコメント、
好きな科目、嫌いな科目、毎日どんなものを食べてきたかの記録、趣味、
金銭感覚、付き合った女性の数、その傾向、今まで出会ったすべての人のわたしに対する
率直なコメント、身体的な成長の記録、病歴、虫歯の数、通院歴、職歴、学歴、
今までに描いた絵、披露した歌、楽器演奏、作文、演じた役、運動会の成績
今までいったところ、今まで購入したすべての商品、読んだ本、聞いた音楽、見た絵画、
いったコンサート、映画、演劇、旅行にいったところ、きりがない、ともかくすべて

すべてをそろえたらわたしの人生も一冊の分厚い本になるのかもしれない。膨大な
ビデオの数にもなる。ある学者は欲しがるかもしれない。あと100年も経てば
貴重な民俗資料になるのかもしれない。今はきっと役に立たない。自分のためにはならない
そんなの見ている時間がない。きっとページをめくる気力もない。あとが続かない。

いつもいつもくだらない妄想やら勝手な仮説やらなにやらが頭を支配する。

わたしは起き上がって服を脱ぎ、シャワーを浴びた。ドライヤーで簡単に乾かし
服を着て、バックを背負い、鍵をかけ、エレベーターでフロントまでいき、
鍵を預けて外出した。時刻は午後3時を過ぎていた。

街はなかなかにぎやかだった。もう学生達も授業が終わったらしい。
観光客もいる。一目でわかる。わたしは本屋を探していた。なかなか見つからない。
わたしはふらふらとゆっくり歩いてまわった。暇なのだ。そして暇をお金で買っている。
本屋はあるスーパーマーケットの3階にあった。CDショップの横にあった。

そこでわたしは適当にいろんな本を選び、それをレジに運んだ。カバーはお付けしますか?
と店員は言った。私は断った。20冊くらいあった。店員はありがとうございました。
と言った。20冊もカバーを付ける作業は大変だろうな。私はそういうことには妙に
気を使う。全部で1万2000円だった。重い。いくつかをバックにしまった。
全部は入りきらなかった。まるで登山にでもいくみたいになった。本当は登山にでも
行くべきなのかもしれない。でもいかない。そんな気分じゃない。

CDもなんか買おうかと思ったけど、やめた。重い。また今度にすればいい。暇なのだ。
近くの喫茶店に入った。わたしはアイスコーヒーとサンドイッチを頼んだ。
とりあえずたばこに火をつけた。アイスコーヒーが運ばれてきた。店はそんなに
混んでなかった。わたしはそういう店を選んで入ったのだ。アイスコーヒーは
そんなに重要な目的ではない。そういう視点を見逃すと商売は大概失敗する。
変わった味のするアイスコーヒーがエキセントリックに増えるだけだ。宇宙の崩壊が始まる。

とりあえず適当に一冊手にして読んでみた。わたしは熱心な読書家ではない。
若いときにまとめて読みまくっていた時期があったが、最近は忙しくって読む暇がなかった。
ご近所のおばあさんの肩を揉んだり、エキセントリックな飾りを片っ端から取り外す
のに忙しかったのだ。今がチャンスだ。暇だから読書をする。立派な理由だ。

わたしはアイスコーヒーのストローに口を付けたり、文字を読んだり、サンドイッチを
つまんだり、ストローに口を付けたり、文字を読んだり、食べ終えた皿を眺めたりして
ひと時を過ごした。そうしているうちに少しずつ店内が騒がしくなっていった。
わたしは本をバックにしまい、店を出た。外は薄暗くなっていた。夕方だ。

別の店でスパゲティーカルボナーラと野菜サラダを頼んで食べた後、
お酒の売っているお店に入り、簡単なつまみとウォッカとグレープフルーツジュースを
買った。それを強引にバックにしまい、ホテルに戻った。

部屋についているラジオをつけて、ベットの上で楽な格好になり、寝転がって
本の続きを読んだ。ライトは薄暗くしておいた。眠気がある。思えばハードな一日だった。
昨日まで、わたしはあの旅館で忙しく抜本的構造改革を一切の妥協を許さず実行していた
のだ。当然だ。疲れている。今になって気づいた。でもとりあえず本を読む。
なかなか面白かったのだ。しかし早い時間にわたしは寝ていた。起きたら
午前3時だった。灯りはそのままだった。照明を落として真っ暗にした。
のどが渇いたので買ってきたジュースを飲んだ。そしてまたベットに戻った。
まだ寝たりない。しばらく真っ暗な天井を眺めて、そしてまた寝た。

起きたら朝の9時を過ぎていた。曇り空だった。良く寝たようで、寝てないような
そんな目覚めだった。微妙な気分だ。とりあえずなんにも計画も義務もない。
落ち着かない。何事も慣れるには時間がかかる。でももうあの旅館にいた事実が
遠い過去になっていた。ものすごい遠い昔の出来事に思える。微妙な気分だ。

わたしはとりあえずシャワーを浴びた。髭を剃った。髪が長くなっていた。
わたしはなんにも持たずホテルを出て、適当なところで簡単な朝食を取り、
床屋さんに行った。あんまりセンスの良い髪型をしている理容師でなかったけど
まあいいや、そもそもわたしもたいしてセンスも良くないし、髪質も良くない。
普通に切ってくれればいい。多くを望んでいない。あきらめている。

ラジオで誰かが誰かの人生相談をしていた。旦那が働きもせずパチンコばっかり
していて、いっこうにまともになる気配がないらしい。ふたりの子供もいる。
小さなアパートで暮らしていてても、奥さんのパートだけではなかなかきついらしい。
どうしてそんな人と結婚なんかしたんだろう?わたしはまだ独身だからよくわからない。
きっとわたしの知らない様々に入り組んだ複雑な理由があるのだろう。
そういうものなんだと思う。けど確信がない。知らない分野に対して、どかどかと
強引に割り込んでいって、無責任に、適当に定義づけてむちゃくちゃな結論を
言うのは私は良くないことだと勝手に思っている。でも少なくともわたしはそこの家の
子供になんかなりたくないとは思う。ご飯くらいきちんと食べさせて欲しい。
育ち盛りなのだ。

わたしはレジで3000円を払ってお礼をいって店を出る。全然手持ちのお金が
減ったような感じがない。ありがたい。まだしばらくはぼけっと出来る。

いつものことだか仕上がりには不満がある。でもそれは理容師のせいじゃない。
わたしの髪質に問題があることくらいはすでに承知している。
もう20年も床屋に通っているのだ。だれでもわかる。無限ループだ。

適当に街を歩く、ゆっくりと歩く。昨日来た喫茶店に入って、今度はホットコーヒーと
そしてサンドイッチを頼む。たばこに火を付ける。禁煙したいなと思う。不健康だ。

別に取り立ていいところもなにもない平凡な喫茶店だし、コーヒーは2種類しかない。
ホットコーヒーとアイスコーヒーだけだ。でも落ち着く。いろいろ理由がある。

まだ、一人という現実にうまく染まってないんだと思う。頭が現実に追いつていない。
ともかくコーヒーを飲む。わたしは誰にも人生相談なんかしたくない。でもわからない
ことがたくさんある。でも誰も的確な答えを出せないと思う。しばらくはだまって
本を読むくらいの事しか出来ない。考えうる限り、それがベストな答えだ。

レジで清算をする。コーヒーは350円で、サンドイッチは500円だった。
わたしは1000円だしてお釣を受け取った。お礼を言って店をでた。

わたしはそのようにしてしばらく朝遅めに起きて、ホテルを出て、どこかで朝食を取り
コーヒーを飲み、ホテルに戻って本を片っ端から読み漁り、飽きたらギターを弾いたり
音楽を聴いたり、禁煙に挑戦したり(とりあえず成功する)どこかで夕食をとり、
何日かごとにホテルを移り、駅前のベンチで鳩を眺めたり、とにかく暇な日々を過ごした。
どうしても集中出来なくて読めなかった本もあったけど、大体は読んだ。
小説でも実用書でも自己啓発書でも音楽家の自称伝でもノンフィクションでもなんでも
読んだ。内容は見事にばらばらだった。足りなくなったら本屋に行ってまた適当に
選んで読んだ。暇を買うために。まあ、人生たまにはこんなことがあってもいいと思う。
そんなに悪い気分でもなく、なかなか現実に戻りたくないと思うくらいに楽しんでいたし
今まで散々身を粉にして働いてきたのだ。たまにはいいだろう。

そういう生活が三ヶ月以上続いた。微妙に財布が心細くなっていった。


さて、、、、、、、、、憂鬱が夕方を駆け巡る。本を気楽に読めるような雰囲気にない。


わたしはとある町でアパートを借りて、近くのタフな工場で働くこととなった。



032

仕事が一段落つく。もうおおかたの形は完成した。ワインも空いてしまった。
つまみも空だ。腰が痛い。頭の中も空っぽだ。もうなにも出てこない。

軽く背伸びをする。腰を回転する。なにはともあれ、この曲はいずれしかるべき
時期に公開する。楽しみだ。なかなか出来が良い。我ながら大絶賛だ。

部屋のカーテンを開ける。窓を開ける。もう外は真っ暗だった。何時だろう?
空いた皿を重ねて左手に、瓶とグラスは右手に持ち、ドアを不器用になんとか開けて
階段を下りる。リビングではうちの娘たちと娘の幼稚園の同級生でお隣りの
よしのぶ君がテレビの前で野球を見ていた。いつもの光景だ。現実に戻ったのだ。

よしのぶ君は大のジャイアンツファンだ。もちろん父親がファンなのだ。
名前の由来は聞くまでもない。よし君といつも呼んでいる。でもわれわれは
ライバルだ。今日の試合は巨人対横浜なのだ。そういう日はいつもの私の
ポジションをよし君が埋める。両手に花と言いたいところだが、現実はタフな
ベイスターズガールズに包囲されている。火花が舞い散る。だけど一応仲が良い。
あんまり幼稚園に熱心に野球を執拗にワイルドに観戦する園児は少ない。
普通の親はそんな風に教育しない。でもわたしはした。悪い親だ。

「いらっしゃい よしくん」 ご挨拶する。いらっしゃい

「あ、おじさんこんばんわ」 丁寧に挨拶する、礼儀正しい。

ジャイアンツは6対4で勝っていた。よしくんにこにこだ。うちのこは
執拗にジャイアンツの悪口をステレオ状態でよしくんにぶつける。しつけが悪い。
でもよしくんはなかなかめげない。タフだし今年のジャイアンツはなぜか強い。

いつもの喧騒の中、私はキッチンで皿を洗い、かごに立てかけておいてグラスを
洗い、ワインの瓶をゆすぎ、しかるべきところに置いた。明日は瓶の回収日だ。
私の与えられた仕事でもある。うちの家事は分担制だ。子供もお皿洗いくらいはする。
いろいろ家事を子供にも与える。そのかわりipodも与える。テレビの前で馬鹿騒ぎもする。

私はリビングに戻り、奥さんと並んで座って、しばらくちびっこ軍団の成り行きを見つめる。
こういう時の奥さんはそんなに機嫌が悪くない。結局のところ寂しいだけなのだ。

私だって四六時中、ベイスターズのことばかり考えて生きてるわけでもない。
別に見せてもらえなくても騒いだりしない。子供との交流に半分目的がある。

奥さんに仕事の進み具合を報告する。彼女はにこっと笑う。さっきまでの激しい彼女は
もうどこにもいない。いたら困る。しばらくは勘弁だ。命はひとつしかない。

村田が逆転スリーランを打った。ステレオツインズのボリュームが上がる。
私も控えめにガッツポーズを取る。よしくんは頭を大きく振る。一番して欲しくない
展開なのだ。こっちとしても一番からかいやすい展開だ。娘たちの言葉が踊り始める。
よしくんは原監督のピッチャー起用法に対して文句を言い始める。細かい指摘だ。5歳児
とは思えない。彼のパパもたまにうちに来てみんなで観戦するのだが、おんなじことを言う。
遺伝じゃない。教育の賜物なのだ。よしくんのママさんも来る。一家で仲が良い。
しかし、隣のママさんも野球に興味がない。よって後ろの厳しい顔が2倍になる。
厳しいふたつの顔がお茶を囲んで楽しそうに愚痴を言い合う。複雑な表情だ。
無言のシンパシーをよしくんパパと投げ合う。いずこも同じ秋の夕暮れだ。ビールが進む。

たいがいはひとりでよしくんは来る。というかうちの子たちが半ば強引に連れ込んでくる。
結局は楽しんでいるだけだ。よしくんは多少臆病なところもあるがなかなかナイスガイだ。
ジャイアンツのファンていうとこだけが彼の最大の欠点だ。彼は上原投手のファンだ。

私はお茶でものむかい?と奥さんに聞いた。ありがとうと言う。お茶を用意する。
よしくんにも聞く。なんかのむかい? マコがすぐに目でよしくんに確認する。
よしくんがうなずく。マコが3人分のお茶を用意する。たどたどしくクールに。
マコはすこーしよしくんのことが気に入っている。わたしは知っている。誰でもわかる。
3人はまるで家族のごとくお茶をすする。少し年の取り方を間違えてるような気もする。
妙なところが大人っぽく、妙なところがやっぱり子供だ。面白いといえば面白いけど、
子供は大人の目を楽しませる為に生まれてきたわけじゃない。教育は難しい。

われわれももちろんお茶を飲む。我が家はコーヒーよりお茶の方がシェアが大きい。
これは奥さんの教育の賜物だ。彼女はあんまりコーヒーは好きじゃない。

彼女が今度みんなで野球見に行こうか?と言った。めずらしい提案だ。
いいね、とわたしは言った。隣も誘ってみよう。あんまりテレビだけの観戦も
良くないと思う。大賛成だ。教育上よろしくない。

そしてひとしきり仕事についての具体的なお話をしたり、今度ある国際魔女倶楽部の
会合について話した。そういうのが世の中にある。彼女はその日が近づくと
頭の中がそればっかりになる。楽しいのだ。国際といっても日本人しかいない。
10人くらいしかいない。3ヶ月に一回、順番で自宅を会場にする。うちにも
魔女たちが押し寄せたこともある。大変だった。私はつまみを用意し、お酒をくばり
足りなくなったものを買出しにいく。ウエイターになる。経験上、それは
得意とする分野だけど、誰もがおしゃべりに夢中となって私がここのご主人であることすら
気にかけない。誰もが少しずつ体の中に溜まってきた魔女的ななにかを吐き出す。
もちろんきついことがあるんだと容易に理解できる。でも普通の奥さんの会合と
どこも変わらない。しかも激しい。うちのむすめたちもこの日ばかりは一味違った
雰囲気を醸し出す。子供はうちだけだがきちんとそこに違和感なく溶け込んでいる。
たいしたものだ。そしてひととおりボルテージがあがるとカラオケとかボーリングとか
そういうところに流れていく。私は運転手となる。みんな飲んでいるから運転できない。
3ヶ月に一度だし、みんな本当に楽しそうだから別にいいんだけど、国際魔女倶楽部
という名前から想像されるような雰囲気はなにもない。そこら辺の主婦の集まりと
変わりない上に、そこら辺の主婦よりかなりワイルドに盛り上がる。

そして家に戻るまえに私は所狭しといろいろな部屋に布団を敷き詰める。
帰ってからもまだまだワイルドにタフに盛り上がる。団体ツアー客のそれをはるかに
ワイルドに越える。もちろん朝食も用意する。みんなより遅く寝て、みんなより早く
起きて、ご飯をたいたり、お味噌汁をつくったり、玉子焼きなんか作ったりする。
ワイルドな朝食風景が眼下いっぱいに広がっている。たいがいの人間は立派に
二日酔いだ。はてしない宇宙だ。来年のうちの番の時にはわたしはアルバイトを雇おうかと
思うくらいワイルドだった。でも雇えない。これは国際的に重大な機密事項なのだ。
雇うにはCIAだとかFBIだとかそういうところでいろいろ調べてもらわないと駄目だ。
そんなことするくらいなら、わたし一人が努力すればいい。ほかに良い案が浮かばない。


「今度は佐々木さんのところでするから。9月の第一土曜日ね、
またそこに泊まってくるからよろしくね」 と彼女はにこにことして言った。

世の中は広い。狭いようで広い。私はうなずいた。一度、佐々木家旦那と電話で
話したことがある。一瞬で言いたいことが理解できたことがある。テレパシーみたいだった。


ゲームセット。しかしジャイアンツは逆転に成功していた。上原投手がそれを
クールに締める。 

「うえはらなんて、、だいいいいいいいいきらいだーーー!」とミコが叫ぶ。

いつものことだ。 よしくんがなれたしぐさで偉そうにふんぞり返って
ふたりを軽く見下ろした後、家に帰った。そういうのはジャイアンツファンじゃないと
身につかない。おやすみなさい、おじゃましました。とよしくんはわれわれに言った。
礼儀正しい、よしくん おやすみなさい 夢で原監督が渋い顔をしてますように

うちの奥さんが私の頭を軽くこずいた。よくわかっている。テレパシーだ。


033

そしてそして、9月の第一土曜日、3人とねこは国際魔女倶楽部に行く。

ねこにもかわいい水色のリボンが付けられる。なんだか嫌そうにも見える。
でもねこでも事をしっかりと理解している。なんだか賢く見える。頭が下がる思いだ。

奥さんは黒を基調としたドレス。むすめたちは白いドレスを身に着ける。
知らない人が見たら結婚式にいくのだと思うだろう。なんとなくフリートウッドマック
みたいな雰囲気だ。私は記念にデジタルカメラで写真を一枚とる。優雅にポーズを
とる。いつもはロックンロールの洗礼を受けた娘たちもどこかしら誇らしげで
よい上品な緊張感を保っている。うちの奥さんは腕を組んで勝ち誇った表情を
私にアピールする。これが正しい姿なのだ。正しい教育のあり方なのだ。
といわんばかりの表情を浮かべる。テレパシーだ。悟りの境地だ。

ネコをキャリーバックにいれる。奥さんがそれを持つ。特にたくさんの荷物を
持っていかない。ワイルドな集会にあんまり荷物は必要ない。この日ばかりはIPODも禁止だ。
今日は奥様ごのみの上品なクラッシックスタイルデーなのだ。クラシカルにお酒をあおり
クラシカルにワイルドな話がはずみ、クラシカルなカラオケ大会で盛り上がる。
クラシカルなボーリング大会でストライクをだしてクラシカルにガッツポーズを取る。優雅だ。

ひさしぶりにひとりになった。思えばうちはあんまりお出かけしない。
してもいいんだけど、うちの家族構成的にあんまりニーズがない。
本当はディズニーランドとか行けばいいんだけど、今度行くところは横浜スタジアムだ。
ミッキーマウスの代わりを佐伯選手がしてくれる。ドナルドダックのかわりに
ホッシー君がいる。完璧だ。隙がない。崎陽軒のシウマイ弁当で乾杯だ!


寂しい。悪くない気分だけど、寂しい。

ずっと昔は寂しいなんてあんまり思ってなかった。ひとりでもうまくやってきた。
でも気づいた時には横に奥さんがいて、ふたごのおんなのこが生まれた。
でももうあの頃には戻りたくない。今だっていろいろ考えてしまうことがあるけど
ちょっとその種類が違う。幸せなのだ。私は家族を愛している。特殊な
関係だけど、うまくやっている。あの頃は想像すらできなかったけど
なんとか父親らしいこともちゃんとやれている。と思う。いや、やってる。

感傷的だ。これもなにもかもクラッシックでワイルドなスタイルのせいだ。

しばらく、さっきデジタルカメラで撮った画像を眺めていた。

無言になる。テレパシーだ。悟りの境地だ。フリートウッドマックだ。



034

毎日毎日毎日、残業が続く。いったい日本はどうなっているのだ?

私はとあるタフな工場で働いていた。朝からとか、昼過ぎからとか、夜中からとか
特殊に入り組んだ勤務体系の工場で働いた。しかも労働はかなり単純で、私のような
どこの角度から見ても全然理系でもなんでもない人間でもすぐに出来る仕事だ。

眠い。お客様の前だと緊張が続くから、多少夜更かししても眠くはならないけど。
眠い。睡眠不足は危険だ。けがをする。私は睡眠をしっかりとることを心がける。

でもお客がいないのは楽だ。自分のペースで仕事が出来る。給料も悪くない。

私はアパートを借りて、パソコンを買った。ADSLを引いてインターネットをはじめた。
音楽機材もそろえた。ネット上には様々な情報が満ち溢れていた。しばらく
それに夢中になっていた。音楽を気軽に発表できるサイトの存在を知った。
時代は変わる。より線が短くなり、より高速に、コンパクトになる。

私はタイミングを見計らって夏休みに作った最初の楽曲を発表した。
特に時代をリードし、熱狂的な反応を期待できる曲ではないけど。まあ感慨深い。

私は楽曲の製作を繰り返し、タフな工場でずっと同じ動作を繰り返した。
少しずつ私の評判は上がり、なんとなくの予感として結構いいポジションを
とれるのでは?という漠然とした感覚を持ち続けた。タフな日々が続く。

ひどい工場だった。どんどんスピードは加速していく。何年か過ぎていた。
漠然とではなく、明確にずっとここにいたら体を壊すだろうという思いがあった。

私は生活をコンパクトにまとめた。無駄使いが多すぎる。コストミニマムだ。
貯金、貯金とつぶやきながら働いた。音楽の方はなかなか順調だった。

いずれまとまった貯金が出来たら、ここを辞めてまた集中するべきものに
集中するのだ。30過ぎてそれはなかなかきついがやるしかない。
そもそも、もう修復不可能なストーリーを歩んでいる。しかたがない。

なんとか1年くらいは食べていけそうなくらいの金額をためることが出来た。
しかし疲れた。運動不足のせいかお腹が出てきた。健康状態が非常によろしくない。
辞めるべき理由がたくさん出てくる。もう少しだ。チャンスを伺え。

ここは経済効率至上主義社会のもっともホットなスポットだ。みれば私にもわかる。
どんどんぐるぐると回転してやわにされる。タフにしてないとつけこまれる。
真面目に働くと回転が速くなる。だからだれも必死にそれに抵抗する。無駄な抵抗だ。
上司は常に効率至上主義社会の正しき理念を胸にタフな計画をたてる。
蟻地獄だ。同じ格好をさせられ、名札の装着が義務づけられる。ノルマと目標がある。
しっかり管理されている。疲れたらわざとでも故障するしかない。病院が休憩所だ。

私も相当やわになっていたけど、一切無視するほかない。タフに無視をするのだ。
でも確信がもてない。毎日毎日、同じメッセージを反復させられるというのは非常にタフで
確実な教育だ。洗脳だ。きっとそういう効率至上主義社会的プロパガンダ手法というのが
確立されているに違いない。悲しいけどそれは強力だった。だれかが台本を書いた。

私のスケジュールはぎっしりと詰まっていた。普通じゃない。

こんなのはふつうだよ、どこでもそうだ、うちよりひどいところもある
失業するよりかはまし、今月はいそがしい、そして来月も、だから
がんばりましょう 残業代でかせがないと、贅沢いえない 土曜日でれる?

メッセージがこだまする。頼みもしないのにあちこちで聞こえる。プロパガンダだ。

機械音がおおきく鳴り響いている。毎日休むことなく。プロパガンダだ。

週休3日制、一日6時間労働がいいとかほざいたのは見事に私だけだった。
当たり前だ。みんなタフなのだ。笑われたけど、本人はなかなか本気だった。
コストミニマムだ。その願いが却下されるのならタフを演じながらハードに
コストミニマムするほかない。そうした。そしてチャンスは訪れ、
一応、円満に退社することとなった。3年目の秋のことだった。
願いは叶えられた。それだけがここで働く原動力だった。神はわれを見捨てなかった。

このコストミニマムなアパートで、装備で、私は私自身と向き合うことになる。
思ったよりタフな時間だった。働いていた方がいいかもしれないと思うようなタフさだった。


035

肌寒い10月の終りの夜だ。

しばらくはなにも考えたくなかった。ともかくなんだか健康状態が悪い。非常に悪い。
体を休めることが先決だ。なにもかも放っておいた。
いろいろと会社にトラブルがあって何人かの同僚も一緒に辞めた。私にとっても
彼らにとってもそれはラッキーチャンスだった。しばらくは祭りの後の空白を
みんなでしんみりと埋めていた。そして私以外はこの土地を去った。

私はちょっと生真面目過ぎるところがある。そして生真面目にタフである。
箱が狭い。防衛能力は国家レベルだが、攻撃能力に乏しい。塀が厚い。

信仰が足りない。

人は内側からくる自信が乏しいと格好が派手になる。

声が外に大きくなる。無駄な知識をたくさん集めて、それを自分のまわりに積み上げる。
一見賢そうに見えるが目は怯えている。怯えがさらに知識を要求する。ルールを
他人に強制する。偏見に市民権を強引に与え、権威の身分階級を作る。団体を操り
自身を隠匿し虚像を増幅する。自身が生み出す増幅された虚像と自身の隙間を
を恐怖心と無知が埋める。団体は増幅された虚像が生んだ妄想の砦の中で
歪んだ社会という名前の市民権を与えられたある誤解の集約に向かってヒステリックに叫ぶ。
わかりやすい敵を強引に作ることによってより団体の砦が大げさになる。
ヒステリックな攻撃部隊が誕生する。世間の目が冷ややかになる。でも発展する。
それは信仰を高める。しかし、その信仰を高める最大の原動力は、権威が持つ
隙間に埋められた恐怖心だ。それを強引に理屈に価値変換する。権威が毎日それを
復唱し、それを団体にも義務付けることによって、よりその妄想が強化される。
その権威が巨大化しているようにみえる。錯覚をおこす。幻想が加速していく。
世界の果てにいることを理解できずに彷徨う団体がもたらす潜在的な苛立ちが
さらに加速度を高める。頭の回転が鈍くなる。権威なしに自分を正当化できない。
団体は外を憎み、権威の階級をあげる。権威に依存している。権威も団体に依存する。
依存レベルを上げる為に権威はどんどんでっち上げた神話を作成する。
それが団体を熱狂させる。熱狂が権威を熱狂させる。どんどん加速して
熱狂の無限ループが生まれる。台風みたいだ。もうそれは止まらない。
権威もそれを拝む。みんなで拝む。初めの一歩が思い出せない。もう元には戻れない。


それはたんなる薬物中毒者だ。


自分自身を見つめる。冷静に、クールに、非常に、タフに、コストミニマムに。

日々、私は思いついたことをノートにまとめたり、ネットでわからない言葉を調べたり
きちんと長く睡眠をとり、部屋を掃除したり、散歩したり、音楽のをきいたり
本を読んだり、きちんとした食事をとったり、ともかくいろいろした。ともかく
部屋が汚かった。せめてだれかが突然訪ねてきても恥ずかしくないくらいの
部屋を維持しなくてはいけない。ふとそう思った。

ずっと天井を見ていたりもする。かえって余計な知識を身に付けるよりかは
天井でも眺めていた方がずっと真実に近いかもしれない。そういう考えもある。

なぜか音楽製作はストップしてしまった。音楽的思考が停止している。
あせりもあるのかもしれないが、今はそういう時期じゃないのかもしれない。
やりたくなったらやればいい。

体の方は大分よくなっていた。毎日体重を測り。それなりの運動もした。

結局のところわたしは根源的な思想を模索している。自身が心から信仰できる
思想を模索している。外にはない。明らかだ。スタイルが必要だ。
コストミニマムな思想がいい。あらゆる内側にある思想たちが重なるスペースを探せ。
最大公約数だ。自己のカオスの中にローカリズムとグローバリズムを見い出せ

頭でわかっていても出来ないこともある。でもそれは子供がピーマンを嫌がるのと
まったく一緒だ。そういうのから逃げてはいけない。子供でも出来ることだ。


日々、わたしは本当にいろんなことを考える。時間が無邪気に過ぎていった。
畑からどんどんにんじんやらナスやらピーマンやらぶどうやらが出てくるのと一緒だ。

きりがない 髭剃りと一緒だ。


036


さあ、食べてもらおうか。

わたしはありったけのピーマンを軽く塩コショウで炒めたものをたっぷり
テーブルにのせた。ミコとマコの向かいにわれわれは座った。

泣き叫ぶミコとマコ。

わたしはあらゆるピーマンデーターをインターネットとかで調べた。
以前ピーマンを送ってくれた親切な若い業者さんからいろいろと
ピーマンにまつわるあらゆるお話を電話で聞いた。世の中には実に
タフにいろいろな見識にあふれかえっている。宝の山だ。

というわけでもちろん本能的に子供が苦いものが苦手なのはわかるが、
その恐怖を乗り越えないことには成長しない。強引かもしれない、が、
うちの奥さんからも理解を得た。魔女としてもそれでは困る。教育上よろしくない。


泣き叫び続けるミコとマコ。


「佐伯選手だってピーマン食べるからホームランたくさんうてるんだよ」私は言う。

さえきはそんなにホームランをうたない、とマコが簡単に裏切りを表明する。
5歳であんまり選手の成績を把握しないで欲しい。

「バリーボンズは3歳でピーマンを食べたんだよ、だからホームランキングだ」
とわたしは嘘をついた。そんなこと知らない。本人だってたぶんしらない。

うそだーーー!!!!とミコが叫ぶ。 それはたしかに嘘だ。うそはよくない エコーだ。

われわれはとりあえずピーマンをおいしそうに食べてみる。もちろんわれわれは
ピーマンが嫌いなわけではない、最上のものを用意した。実においしい。
海原雄山にも認めてもらえるかもしれない。

「おいしいよーーー!!!」とうちの奥さんが優雅にフリークに言った。
宴会の余韻がまだ残っている。クラシカルにワイルドな表情だ。両手をパタパタさせてる。
いったいそれはなんの表現なのだ?

そんなにおいしいならなっとうたべてみろーーー!!!とマコが叫ぶ やばい。
現実逃避のための頭脳がフル回転している。その時、私のなにかがパチンとつぶやいた。


「食べる」 


わたしはそういって、しずかにじっとクールにむすめたちの目を見て黙った。
沈黙が続く。長い間。むすめたちは目をそらさない。奥さんもそれに続いた。テレパシーだ。



「食べる」 奥さんが言った。今度はコストミニマムにクラシカルに。



沈黙、むすめたちはこの新しいパターンに戸惑っている。


沈黙、ふたりは目を合わせる。


沈黙、


なにかを決めかねている。まるでお見合いみたいだ。こっちが照れる。
趣味ならもう知っている。ベイスターズだ。あとが続かない。


ふたりの手に箸が握られる。

もうすこしだ! がんばるんだ! 心の中で応援するぞ!
口には出さないけど 信じてほしい! 口に出してはいけない。決まりだ。


ふたりはついにそれを口にした。 苦そうな顔をする もう一息だ。
本能的な恐怖を乗り越えろ! 今がチャンスだ! 今なら30パーセントオフだ!

ふたりは二口めを食べた。ふたりの顔からなにかの緊張がほぐれていっているのがわかる。
どのみちいつかはピーマンを自然に食べる日がくるんだろうけど、これは直感的判断だ。
間違っているのかもしれない。でも乗り越えて欲しい。二人ならそれが出来る。


「ぱぱ」 とマコはなんだかちょっと怒った様な顔で言った。

「どうした?」と聞く。

「まえのぴーまんときょうのぴーまんはぜんぜんあじがちがう」とマコがクールに分析した。

「ぱぱのりょうりがまずかったんだ!!!」ミコがさけぶ ものすごい結論だ。
でもあってないこともない。ものすごくわたしは研究をしたのだ。ピーマン評論家になれる。


「そうだな、ぱぱがわるかった。これからはおいしいピーマン出すよ!」とわたしは言った。


「ぱぱ」とミコが言った。

「なに?」とわたしはいった。 ふたりは顔を見合わせて笑った。素敵な笑顔だ。


「こんどはぱぱもままもなっとうたべるばんだ!!!!!」とふたりはいった。


それとこれとは話が違う。納豆とピーマンは種類が違う。えーとなんの種類だ?
うちの奥さんもそんな顔している。テレパシーだ。ふたりは勝ち誇っている。
まあいいや、ピーマン食べてくれたし、苦労が評価されてないだけだ。結果オーライだ。

「こんどはぱぱもままもなっとうたべるばんだ!!!」 

とふたりはくりかえした。情けない両親だ。教育上、実によろしくない。


037

黙ってじっと耳をすませる。冷静にクールにミニマムな視点を持て!

私は日々、激しくもあり、落ち着きも求めた。原動力のコアを振動させろ!

今まで知らなかったことが毎日いろいろな方向からやってくる。私は本当に無知だった。
なんとういか勉強は楽しい。無目的に広い範囲の勉強だけど。楽しい。

私はなにかを強烈に誤解しているのかもしれない。仮説だ。わからない。

混乱はしているが、あらゆる考えは独立して動いている。カオスだ。
ひとつになれない。信じるのだ。圧倒的に。壁は破れる。

ひとつにならなくっていい。様々なの考えや感情を無理やりまとめなくってもいい。
認めればいい。自己とはインドカレーだ。口にするときは一緒だけど、
あとで独立したスパイス群がそれぞれを主張する。インドカレーだ!しかもうまい。 

人生とは一瞬にしかない。ボールがヒットするその瞬間にしかない。
うまくいかないときはスリーアウトチェンジだ!。あとが続かない。

ボールがヒットしたその点から巨大な宇宙が増幅されるのだ。宇宙が完成される。
ヒーローが生まれる。ヒーローには惜しみない拍手を送らなくってはいけない
それは社会の最低限のモラルだ。社会が繁栄する。しかも感動的だ。


日々、私は意味不明な哲学者になっていった。どこか飛んでる。フリークアウトだ!
タフに言い続けろ! フリークアウトだ!


季節は夏が近づいていた。季節感のない生活が続く。私は野球からなにかを
学ぼうという試みもたくさんした。単に試合がみたいという方便でもある。

世界とはボストンレッドソックスだ。ティム・ウェイクフィールドのコントロールに
すべてが託される。デイヴィッド・オルティズがそれを見事に拡大させる。一振りで。
ジョナサン・パペルボンが勝利のシャンパンコルクをゴージャスに抜く。乾杯だ。
勝利のダンスがフェンウェーパークをラウドに揺らす。
みんなみんなディスティニーズチャイルドだ。惜しみない拍手が世界中に響き渡る。
それは社会の決まりだ。でも感動的だ。マニーラミネスがそれに応える。


夏の終りに、私は彼女と出会うことになった。


038

大変なことが起きた。よしくんが誘拐された。9月のある金曜日、午後4時の事だ。

隣の奥さんはすぐさま旦那に連絡をした。でも恐ろしく長い通勤時間
を必要とする会社に勤めていたし、不幸なことに電車はどこかのおかしな
人間が付近の高圧送電線の鉄塔に登り、もしもの為に電力供給をストップした為、
電車が動かず、有楽町の駅では多くの会社員が怒りをあらわにしたり、携帯電話
をガンガンならしたり、メールを打ったり、あきらめ顔でその辺を彷徨ったりしていた。
恐ろしい数のタクシーが待ち受ける。人々が列を作る。駅員は対応に追われる。
そんなことはおこるべきではないのだ。でもおこる。よし君パパもそこでメールを
打ったり、頻繁に携帯電話を鳴らした。当たり前だ。非常に苛立っている。
彼は他の交通手段を必死に模索していた。息子が誘拐?信じられない。
みんなと苛立っている。だれも彼の息子が誘拐されているなんて気づかない。当たり前だ。

隣の奥さんは非常にうろたえていた。完璧だ。警察に電話をしたほうがいいのか?
判断が出来ない、なんとなくニュータイプな誘拐だ。身代金は145万円。
別にすぐ用意できる。貯金もある。旦那の給料は悪くない。しかし額に
なにか切実な想いを感じる。せつなくなるような金額だ。しかし手が込んでる。
下手に動いたら本当に殺されそうだ。普通は1億円くらい用意させるもんだ。
世間の常識ぐらいきちんと守って欲しい。社会が混乱する。法律上よろしくない。

ニュータイプだ。旦那もうまく事態がのみこめない。奥さんは切れてるし、
どこかコミカルなニュータイプなのだ。理解できないし、良い返事も電話じゃ難しい。

奥さんはうちにやってきた。旦那には今頼れないし、もう普通に座ってられない。
隣の奥さんはドアのチャイムを鳴らした。わたしがとてもイノセントにドアをあけると
今すぐ壊れそうな涙が止まらない彼女を見る事になる。大変なことが起きたのだ。

なんとか、わたしは彼女をリビングに通した。そしてお茶を用意する。そんな場合でもない
けど、ともかく少しクールダウンしないと話が見えない。ニュータイプなのだ。

事件は近くの公園で起きた。無邪気に公園でよしくんは遊んでいた。
同じ幼稚園で近所のさゆりちゃんとゆうたくんと3人でボール遊びをしていた。
よしくんはいつも子供用携帯電話をもっていた。さすがジャイアンツファンだ。
ちょっとしたよしくんの自慢だった。メールは打てないけれど、
親のメールアドレスがそこに記録されていた。機能はついている。文字入力がまだできない。

3人は30代位の一見普通の男性3人組にまるごと有無言わさずワゴン車に押しこまれた。
お金に非常に現実的に困っていた。大学を出たのはいいが、ろくな就職先がなく
非常に単純な労働を余儀なくされていた。3人は以前の職場で出会い、お互いの不幸を
慰めあい、彼女もいなく、町外れのちいさな一軒家を3人でシェアしていた。
3人ともほぼ無職状態だった。頭も働きも全然悪くないが情熱がない。
生きる目的を会社にまるごと依存するタイプだった。どこにもいけない。

男軍団は、よしくんが携帯をさゆりちゃんに見せているのを見た。3人で近くの
パチンコへワゴン車に乗って行く途中だった。ひとりの男の頭のなかでパチンと
なにかが言った。

男軍団は話し合った。誰かがそれはやばいだろーともちろんいったけど、
サラ金から借りた借金返済をパチンコに賭けるといった案よりかはましなのかも
しれないと思った。なにしろ3人で100万近くサラ金から借りている。
あさってまでに結構な金額を振り込まなくってはならない。所得もない。信用もない。
非常にまずい。親にも借りられない。半分勘当状態だ。変なプライドもある。
役者はそろった。神様はなんでもうまいことかき集めてくる。男軍団は携帯電話なんか
もってるよしくんにひそかにカチンときてたりもした。嫉妬している。そんなの
教育上よろしくないと憤慨している。社会の諸悪源だ。おまけにさゆりちゃんは美人だ。

道具とはイノセントに多くの誤解やら象徴やら記号やらをもつ可能性を秘めている。
心のあり方がその視点の角度を左右する。ジョートーリ監督だ。

うまいことに公園にはよし君たち以外いなかった。そういうものなのだ。余計な役者を
そろえたら予算が足りない。照明係りも大変だし、衣装代もバカにならない
コストミニマムだ。現代っぽい。ポストモダンだ。脇役を与えられた息子の母親が
怒鳴り込んでくる。複雑な世の中だ。笑ってごまかすしかない。予算が足りない。
予算がたりないからジョン・トラボルタに出演を依頼出来ない。しょうがないから
賃金の安い役者に頼むしかない。お金に困った人たちが喜んで悪役を引き受ける。

男軍団はうまいことひとりひとりの口をうまく押えて黙らせた。そしてワゴン車につっこむ。
携帯電話にだれもが夢中だ。さゆりちゃんもゆうたくんもうっとりだ。そこをうまく
押えた。みんなこれもあれもそれも携帯電話のせいだ。みんなが携帯電話を拍手で
迎える。スタンディングオベーションだ。上原投手もお手上げだ。携帯のメールアドレスを
メモして電源を切る。それをどこかに車の窓から投げ捨てた。法律違反だ。モラルがない。

小さなストーリーを携帯電話が拡大させる。より複雑に絡ませる。役者が多くなる。
予算が足りないのだ。これ以上役者を増やさないで欲しい。税金が増えるばかりだ。
拡大されたストーリーを支える為に人々はどんどん忙しく複雑になる。忙しくてだれも
この映画をゆっくり見にくることも出来ない。子供と遊ぶ時間がない。ねこだけが元気だ。

男軍団は町外れの一軒家(まわりにあまり民家が少ない)に3人をつれこみ、
そこら辺にあるきたないシャツだのなんだのでうまく家の柱にしばりつけ
口をふさいだ。目をふさいだ。大声を出したら殺す、と何度も脅した。教育上よろしくない。

もうすこしちゃんと部屋を掃除して、綺麗なシャツとかで縛り付けて欲しいもの
だが、文句は言えない。小道具の予算が足りないのだ。汚いシミのついたシャツだろうが
ビニール紐だろうが、埃っぽいバスタオルだろうがなんだろうが、再利用しなくては
いけない。環境にも優しい、コストミニマムだ。道具とはイノセントに多くの可能性を
秘めている。心のあり方がそれを左右するのだ。デレクジーターだ。

もちろん、よしくんもさゆりちゃんもゆうたくんも大声を出せず心で泣いていた。
恐怖で顔がひきつる。当たり前だ。まだ5歳児だ。うちのこならピーマンで十分だ。
われわれは納豆で十分だ。だれにも弱点はある。

言い出した張本人はにやりと笑い、アイディアを誇らしげに話す。
デジタルカメラで彼らの残酷で非常に不清潔で環境に優しい哀れな姿をおさめる。

それをどっか遠いネットカフェから、よし君ママの携帯メールアドレスに
この写真を添付して脅迫状を送ればいい。金額は少なめでいい。145万円だ。
警察に言ったら殺すといって、われわれのネット銀行の架空口座へ今日中に
振り込ませるんだ。確認がとれたらすぐにおろしてひとり15万ずつわけて
ここから消えよう。借金を返してわれわれは自由となるのだ!! 完璧だ。
どこか抜けてる。でも熱狂した。彼らはたまにネットオークションで詐欺を
繰り返していた。うまくすり抜けた。そして一人が車で遠くのネットカフェにいった。

メールを受け取ったよし君ママは、最初はなんかのスパムメールだと思って危うく
削除しそうになったが、なんとなく、それは開かれ、添付ファイルを開く。
固まった。まるで現実感のかけらもないスパムメールみたいな内容だけど、
百聞は一見につかず。写真は事件の状況を超簡単にコストミニマムに表現していた。
わかりやすい。うちのこがロープで縛られている。目を疑った。

写真はよしくんだけが把握できるようにうまく写されていた。他の2人が誰だか
わからない。責任を感じる。ものすごく感じる。それが余計にパニックを誘った。

隣の奥さんはわれわれにその写真を携帯ごと見せる。その時、うちの奥さんの頭の中で
なにかがカチンと開いた。出番だ。ここは私が取り仕切る。この世に悪は通させぬ。
彼女は時代劇のファンでもある。銭形平次フリークだ。世の中にはいろんな人がいる。

テレパシーだ。わたしにはわかる。なんといっても夫婦なのだ。奥さんの目の色が変わる。
カチンとかわる。隣の奥さんもそれをぴりっと感じる。目がぽかんとして
背筋がシャキンと伸びる。うちのおくさんは表情を変えない。不思議な空白がしばし流れる。

わかっている。セレモニーはワイルドにゴージャスに行われなくてはいけない。
彼女は主演女優のひとりなのだ。予算はこっちにまわさなくってはいけない。
そうじゃないと劇は様にならない。お客がブーイングを始める。主役を奪われた
娘の父親が大声で怒鳴り込んでくる。そういうものだ。笑ってごまかすしかない。

「よしくんの着ていた服をひとつ持ってきてください」と奥さんは有無言わさずといった
感じで言った。だれも逆らえない。銭形平次の参上だ。寛永通宝が悪を裁く。

隣のおくさんはしばらく固まっていたが、動いた。彼女の手元に台本がない。
アドリブでどうにかこなすしかない。バッターボックスにたったら誰でも
ヒットを打つ努力を始めなくてはいけない。審判がせかす。ピッチャーは寺原投手だ。

なんとか隣のおくさんは立ち上がり、無言のまま、半ば放心状態で家に戻った。
でもなんだか奇妙だけど、なんだか頼りがいある。事が動きそうな漠然とした
予感を感じる。うちの旦那が帰ってきても、たぶんふたりでおろおろするだけかもしれない。
漠然とした直感と世間の常識の間を彼女が彷徨う。正しい選択をしなくてはならない。

その間にうちの奥さんはその場でさっきまで着ていた服を脱ぐ。ブラジャーもパンツも。
私は知っている。わたしは用意した黒いドレスを彼女に与え、脱ぎ捨てたものをさっさと
しまった。そんなのよその人に見られたくない。夫婦とは実に奇妙だ。

そして、わたしは火打石を用意して、彼女に向かって3回打つ、決まりなのだ。
魔女の伝統じゃない。彼女の個人的な趣味だ。ではわたしは気をつけて、という
彼女はにやりと笑う。主演女優には予算を惜しまない。でも趣味がとんでる。
いったいどんな少女時代をすごしてきたのだ?

そしてリビングのオーディオセットの電源を入れ、CDを一枚取り出す。
バッハのヨハネ受難曲が高らかにムードをいやらしく盛り上げる。照明を
薄暗くする。私は舞台裏の大道具兼、小道具兼、音響兼、照明兼、衣装係りなのだ。
脚本、主演は彼女の仕事だ。神様がスポンサーだ。人事もこなす。でも予算が厳しい。

隣のおくさんが戻ってくる。そして固まる。当たり前だ。彼女の台本がない。
でも、思い直おす。もうとっくに理解を超えたなにかに巻き込まれている。判断できない。

ソファーに座り、遺留品をうちの奥さんに差し出す。もうまるごとおまかせだ。

それをうちのおくさんは鼻に近づけて、匂いを嗅ぐ。おまえは警察犬か?
彼女は目をつぶる。しばしつぶる。わたしと隣のおくさんはそれをじっと見つめ、
事の展開を待つ。顔の表情を誰も変えない。ねこがやってくる。呼ばれたのだ。
テレパシーだ。

「マコとミコを呼んできて」 とうちの奥さんが言った。わかっている。テレパシーだ。

わたしは二階にあるふたりの部屋をノックした。ちいさな返事がある。出番ですよー。
ふたりは相変わらずIPODだ。最近はカイリーミノーグがお好みらしい。
でもいろいろ聞くし、もうあらゆるジャンルを詰め込んである。教育だ。

ふたりのイヤフォンをはずしてわけを話す。彼女にも試練が与えられる。
魔女の実地訓練だ。失敗は許されない。きちんと背筋が伸びている。さすがだ。

ふたりは理解している。親子なのだ。ふたりは一旦お互いの顔を見つめ合う。

そして、ふたりは着ている服を放り投げる。わたしがそれを片付ける。
そのままクローゼットを開けて、そこで一番クールな服に着替える。
そして、IPODを再び耳に装着する。必要不可欠なアイテムだ。ロックンロールだ。

そしてわたしはむすめたちにも火打石を3回ずつ打つ。魔女の伝統じゃない
うちの奥さんのたんなるわがままだ。余計な仕事を増やさないで欲しい。人手が足りない。

「じゃ」 とマコが言う

「気をつけて」 と、わたしはふたりをリビングに連れて行く。

うちのおくさんにふたりはウインクをする。奥さんがにこっと笑う。
ねこがふたりに向かって、とぼとぼと歩いていく。赤いリボンを巻きつけられている。
ねこはこんないかにも私はかわいいこねこちゃん的な飾りは嫌いらしい。でもつける。
観客がそれをゆるさない。ねこちゃんがあんまりにも貧相でかわいそうだ!虐待だ!
たいがいのねこはそんなこと気にしない。生きてくだけで精一杯だ。
もちろんねこにも火打石を3回打つ。本当にどうにかして欲しい。
これじゃ、ワイルドなカラオケパーティーだ。ボーリング大会だ。

隣のおくさんは相変わらず無言で放心している。台本がないのだ。舞台もワイルドだ。
わたしはまとめて洗濯機に脱ぎ捨てられた服を突っ込む。舞台裏はいつも忙しい。

「あと一時間したら、警察に電話してください。そしてここに
 現金を運ぶようにいわれたと嘘をついて、警察とそこにいってください」

とうちの奥さんははっきりときっぱりと言った。そして細かい住所を
メモに書き込み、地図を広げて確認した。そんなに遠くない。もちろん
地図もメモもボールペンもみんな私が用意した。舞台裏は忙しいのだ。

隣のおくさんは黙ってうなずいた。ようやくうちの奥さんは彼女に対して
やさしく微笑んだ。音楽を止める。照明が現実的になる。場面は転換する。わたしは忙しい。


となりのおくさんはとりあえず地図を何度も何度も確認して、地図を拝借して
何度も何度もお礼を行って立ち上がった。ここまできて道に迷ったら致命的だ。
それじゃコメディーだ。でも警察がいるから大丈夫だ。警察が迷ったら笑うほかない。
みんなで笑ってにこにこだ。それじゃコメディーだ。でも警察かいるから大丈夫だ。きりがない。

となりの奥さんが家を出て行く。


そして、ミコとマコとねこはすでに近くまで来ていた。テレポーテーションだ。
魔術の使用が許可された。めったにないことだ。わくわくする。でも普段やったら
うちのおくさんに死ぬほど怒られる。5歳にしては大変だけど、そうしないと
社会がおかしくなる。5歳でもそれなりのきちんとした誇りを持っている。
さすがだ。携帯電話とはレベルが違う。道具の扱いには細心の注意が必要なのだ。
きちんと大人は子供にそれを教えるべきなのだ。教育上よろしくない。

きたないきたないうらぶれた一軒家の裏庭に進入する。たいした大道具だ。リアリズムだ。
IPODをセットする。なんといってもミュージックは必要だ。誰かが発明した。

ミコはディスティニーズチャイルドのサバイバーを選曲した。気合が入っている。

マコはモニカ&ブレンディーのザボーイイズマインを選曲した。私情が入っている。
さゆりちゃんに嫉妬しているのだ。そういう場合じゃない。

透視をおこない、中の様子を伺う。よしくんたちは部屋の奥にある柱にくくりつけられて
いた。非常に子供らしく怯えているし、疲れきっていた。無言だ。騒いだら怒られる。

男軍団は反対側の汚い部屋にある小さなテーブルにノートパソコンを開いて
3人で食い入るように見ていた。背を向けている。何度も何度も振込み確認の
画面にアクセスして、確認ボタンをクリックした。たまにエッチなサイトも覗いたりして
コミカルに盛り上がっていた。そんな暇があるなら部屋を片付けて欲しい。
致命的に汚い。そんな部屋に気の利いた女性は訪れない。女性はいつもパソコンのなかだけで
微笑む。誘拐でもしない限り訪れない。女性は誰もが主役になりたい。
脇役を与えられた本人が怒鳴り込んでくる。ラジオの人生相談で怒りをぶちまける。
笑ってごまかすしかない。社会が混乱する。部屋が汚いのだ。致命的に汚い。

確かに、この世の多くの男の部屋は汚い。私だってそうだったこともあったし、
今だって人に威張れる資格もなんにもない。しかし汚い部屋というのもいろいろある。

世の中には訪れた女の子が文句をいいながらも楽しそうに片付けはじめちゃったり
するような部屋が存在する。綺麗にカジュアルに母性本能を刺激する汚い部屋というのが
あるのだ。たぶん。そういうのを誰かが発見してデーターを集めると一冊の本になる。
”女の子にもてるかっこいい散らかし方マニュアル”という題名の本が書店に並ぶ。
書店のレジにそれを差し出すのはなかなか恥ずかしい種類の本だが、ヒットする。
アマゾンに注文が殺到する。こんな本を買うのは致命的に汚い部屋を維持する人間だ。
ちゃんともてる男は概にそれを無意識にやっている。そういう人はそんな本買わない。

何人かはその致命的な部屋からきちんとした汚い部屋へと変換し、もてたりすることもある。
わかりやすい神話の誕生だ。ベストセラーになる。マスコミがそれを面白おかしく取り上げる。
女性評論家は嫌そうに楽しくそれをあざ笑う。どっかポイントがずれているのだ。
私は男だからわからんけど、そんなのはまともな女性なら誰でも知っている。
そういうことじゃないのだ。でもそれにインスピレーションを受けた誰かが
新しい言葉を作り出す。便乗商売だ。”ダンディーにクールな汚い部屋”とか
”コミカルにハートフルな汚い部屋”とか、”ミニマムでポストモダンな汚い部屋”とか
いろいろな言葉が生み出される。そういうのを研究する専門家たちが現れ、どれが本質的に
一番の女の子にもてる汚い部屋なのかを大声で議論する。テレビがそれを中継する。
かっこいい男性アイドルの部屋をおとずれ、そのかっこいい汚い部屋を紹介する。
ファンがうっとりする。専門家が総動員でその部屋をきちんと汚くしたのだ。さすがだ。
それはちゃんとかっこよく汚くなる。たいしたもんだ。もてるきちんとした汚い部屋
という言葉が市民権を得る。マスコミがそれを何度も復唱して築き上げたのだ。

女性用にも本が出来る。”もてるきちんと汚い部屋男から結婚を申し込まれる女性の100の
条件”という本だ。男が惚れる上手な片付け方というのが出来る。さりげなく嫌がられないように
ソフトに文句をいいながら片付け、そのままありあわせで簡単な夕食なんか作っちゃたりする
ハートフルにアットホームな自分をアピールするやり方が主流だ。うまいこと男を誘導し一緒に
片付けて共同作業をしながらお互いを理解しあう、エデュケイショナルにせめる片付け方とか、
ベットにぞんざいに腰をおろし罵声を浴びせてなにもかも指示をして男に全部やらせる
ハードなタイプとかもある。あるいはなんにもせずにそのままセクシーに迫る方法なんてのも
ある。占いが出来たりする。結婚相談所のプロフィール用紙に好きな汚い部屋のタイプ
とかを書く欄が出来たりもする。私の好みはダークでエキセントリックな汚い部屋が好みとか
個性をだすものもいる。女性誌がその特集を組む。ハートフルにアットホームでなおかつ
エデュケイショナルな方法でピースフルに男を操る上手な片付け方マニュアルというのが
掲載される。写真やら絵などで上手にわかりやすく表現されてたりする。あなたの性格に
あう汚い部屋のタイプという占いも出来上がる。生年月日やら血液型やら星座などで
調べるとあなたに一番しっくりくる部屋はセンチメンタルでソリッドな汚い部屋とか出たりする。
何人かはあたってるーーとか言ったりする。男が好む片付け方アンケートなんかが掲載される。
かっこいい芸能人が好みの片付け方なんかを言ったりする。いろいろ出てくる。そういう台本がある。

本を読んでも一向にもてる気配のない脇役が怒鳴り込んでくる。マスコミがそれも
取り上げる。イノセントに無意識的に女の子にもてるきちんとした汚い部屋を維持している男に
向かって、脇役がひねくれた表情で叫ぶ。”あいつは女の子にもてるためならなんでもする
軽い男だ!!”とののしる。自分が一番その努力しているのを思いっきり棚に上げる。

しかし、祭りが最高潮になって全然関係のないおばさんなんかまでなんか言うようになると、
一気に下火になる。結局はブームなのだ。お祭りなのだ。真剣に参加する方がおかしい。
でも終わらない人がいる。もてるきちんとした汚い部屋をもつイノセントな男に
向かって、執拗に攻撃の手を止めない人もいる。俗物として祭り上げるために。
自身を相対的に正当化する。複雑な世の中だ。様々な偏見をその言葉に投げ込む。

でもまともにもてる男には知識ではなく知恵がある。そんなもんいくらでも作る事ができる。
やかましいから、もてるきちんとした汚い部屋をもつ男は自分の部屋を、より奥の深い
アンダーグラウンドでコストミニマムにアンコンシャスなもてる汚い部屋へと変換する。
ますますもてもてだ。ゆたかであそび心がある。粋だ。並の人間にはまねが出来ない。


様々な様式や理論や実話や嘘や細分化や分類やらをシリアスにコミカルな男がぐるぐる回る。
自分に自信がないのだ。誰かの台本にすがるしかない。いろんなところに文句をつける。
自分たちが作り上げた俗物認定という記号から攻撃される。マスコミが彼らを
俗物認定する。言い返せない。羞恥心がこだまする。やがてかれらはそれをあきらめ
自分たちが俗物であることを認める。けど、こりない。かれらはアンダーグラウンドな
地下組織を作り上げ、タフでマニアックな致命的に汚い部屋同盟を作り上げる。
俗物正当化市民運動だ。認めることによって、自傷することによって、開き直る。
その市民権を得る為のアンダーグラウンドなイベントを展開する。マスコミが
またそれを取り上げる。無限ループだ。話が長い。話が長いのは誰のせいだ?そう私のせいだ。

いったいなんの話だ?

そうだ思い出した。致命的に部屋が汚い。部屋をかたづけろ!
文明を維持するというのは部屋をきちんと掃除するということだ。
しないとどんどん自然に戻る。くもやらねずみやらなにやらがきちんと腐敗させて
長い年月をかけてそれは自然に戻る。部屋が汚いと警察が来る。国家がそれを許さない。
きちんと刑務所にいれて、ただしい部屋の片付け方講習会の参加が義務付けられる。
そうじゃないと社会が混乱する。長い話だ。タフに意味不明だ。致命的に部屋が汚い。それが問題だ。
そういうのをみると文句やら自分の意見やらが止まらなくなる。きりがないのだ。
どこにもいけない。まるごと無視するのが一番いい。教育上よろしくない。

ねこをこっそりよしくんのもとに送り込む。汚い壁をすり抜けていく。
ねこだっていやがるような部屋だ。コストミニマムだ。赤いリボンが余計だ。

ミコとマコはその様子をじっと伺う。ねこがゆっくりよしくんのもとに近づく。
そしてゆっくりとよしくんの目隠しを少しずらし、乱雑に巻き込まれた汚い
ビニール紐を外していく。よしくんが気づく。もちろんネコのことは知っている。

”しぃぃぃぃぃーーーーー!”ミコがよしくんの意識の中で叫ぶ。よしくんはびっくりする。

”ミコちゃん?”よしくんがきょろきょろする。 どこにもいない。

”そう、とにかくだまる!だまれ!”ミコが強制する。教育上よろしくない。

”どこにいるの?ミコちゃん?”ふたたび泣きそうになるよしくん。

”いいからおとこならだまってゆうことききな!” マコが叫ぶ。私情が入る。
そんな場合じゃない。

”ねこがちゃんとロープをはずすから、だまってゆうこときく” ミコが静かにさとす。

”どうすればいいのーー?” 相変わらず泣きそうな顔をしている。

”いち、にーいー の さん!で さん! っていったらおおごえでさけべ!
 もういちどいう、さんっていったらよしくんはあそこにいるばかどもに
あぁぁぁぁっぁーーーーーー!!!!!てさけぶの わかったか?” マコが説明する。

”おおごえだしたらころされるんだよーーーー!!” よしくんが説明する。正論だ。

”だいじょうぶなの! いいからおとこだったらだまっておんなのこの
いうこときくのがこのよのおきてなの!わかったか!このいんちきうさぎやろう!」

 ミコが挑発する。しつけが悪い。

”そんなこといったって、、、” よしくんが抵抗する。恐怖がこだまする。

”あんたねーいつまでそこにいるつもりなのさーーー!
そこにいたらどのみちころされるんだぞー! あんたになにもえらぶけんりはない!!”

マコも続く、ピーマンの件でしっかり学習しているのだ。成長している。
ジャネットジャクソンのリズムネイション1814がかかっている。

”おまえなんかそんなんだから いつもくどうにさんしんばたばたとられるんだ!
 くやしかったらうってみろ!このうすらごうだつやろう!!”

マコがいう 私情がはいっている。そういう場合じゃない。

”くどうはもときょじんだよーーー くやしくない” 正論だ。

”まったくてまがかかるな!!!だからおまえのあたまはへんてこりんで
たこみたいなあたまなんだ!!おまえのあたまなんかいかだ!まぐろだ!
かんづめにでもなっちゃえーーー!!!!” ミコがいう よくわからない。ロックだ。

”でも、、、”動揺している、いったいなにがどうなっているのだ?

”だからいつもおまえはいつもゆうたくんにやきゅうでまけるんだ!
 このへなちょこばったーめ!くやしかったらうってみろ!!   

 マコがいう いつもそれを眺めている。

”、、、、” よしくんはなにもいいかえせない 

”やーい!やーい!なにもいいいかえせない!このうすらうさぎぐんだんやろう!
くやしかったらかんづめになってみろ!おまえなんかはまちだ!たらこだ!!さばのみそにだ!


ミコとマコはお互いの顔を見合わせた。もう少しだ。落城は近い。天下泰平はもうすぐだ。


”さけべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇl!!!!!!” ミコがいう

”ないちゃええええええええぇぇぇぇぇーーー!!!”マコがいう

そのとき、よしくんの頭のなかのなにかがぱちんと言う。目隠しを自分の手で
はずす。すっと立ち上がる。ロープはねこがすでにはずした。バカどもを睨み付ける。

そうだ!その調子だ!さすがジャイアンツファンだ!。上原投手の登場だ!

つないでいたのはよしくん自身なのだ。

その頃、家の玄関付近に隣の奥さんと警官がたくさん隠れていた。
奥さんの心臓はもはや破裂寸前だった。まるでドラマみたいだ。でも現実だ。
このストーリーは奥さんの心臓にもかかっている。心のあり方がそれを左右する。
デレクジーターの出番だ。

汚い小さな一軒家の前で、警官は様子を伺っている。もちろん透視なんて出来ない。
出来たら社会問題になる。でもプロだ。いろいろなノウハウがある。
庶民の知らない、奥の深いテクニックがある。職業に対するきちんとした
責任感を持っている。ハードな世界だ。ハードじゃなかったら大変だ。
社会の根底が揺らぐ。コストを省けない。予算はきちんと分配される。


”いちぃぃぃーーーーーーーーーーーーーー!!!!!” ふたりが言う。


”にーーーーーーーぃぃぃぃぃぃl!!!!のーーーーーーー!!!!”


”さーーーーーーーーーーーーぁぁぁぁぁんんんんん!!!”


「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!
ああああああああああああああああああ!!!!!!」

やった よしくんがさけんだ!!! 男じゃないか! 手間がかかったけど
さすがジャイアンツファンだ。東京ドームがおおいに揺れる。札幌ドームもびっくりだ。

その瞬間、警察は突入を試みる。奥さんは狂いそうになり頭をぐしゃぐしゃにする。

その瞬間、ミコとマコは物体操作術を始める。最後の締めだ。寛永通宝が悪を裁く。
越後屋も悪代官も誘拐犯もエッチな動画も致命的に汚い部屋もみんなまとめて成敗だ!

よしくんが大声をあげると、びっくりして男軍団は振り向いた。
よしくんは右手を天に上げ、左手を胸に、かっこよく叫んだ。マイケルジャクソンみたいだ。
マイケルが登場すればあとはこわいもん無しだ。みんなで今夜もビートイットだ。

その瞬間、部屋にある、汚いシャツやら、タオルやら、歯ブラシやら、髭剃りやら
はさみやら、カッターやら、携帯電話やら、パソコンやら、デジタルカメラやら
ローンの借用書やら、靴やら、雑誌やら、テーブルやら、布団やら、ラジカセやら
蛍光灯やら、鍋やら、やかんやら、包丁やら、生ゴミやら、空き瓶やら、
割り箸がささったままの空のカップラーメンやら、テレビやら、シャンプーやら
ティッシューペーパーやら、ともかく家にあるものすべてが、男軍団に向けて
飛んできた。ちょっとやりすぎだ。これもそれも全部さゆりちゃんのせいだ。

道具とはイノセントに多くの可能性を秘めている。心のあり方がそれを左右する。
デレクジーターなら拍手が沸き起こる。そういう心がある。スーパーヒーローなのだ。

シャンプーでも生ゴミでもなんでも心のあり方次第で凶器にでもなんでも生まれ変わる。
歯ブラシだってそうだ。寛永通宝だって銭形平次にかかればきちんと悪を成敗してくれる。
デレクジーターだ。彼が一番だ。スーパーヒーローはみんなちびっこの味方だ。

包丁やらがうまいこと彼らのシャツの裾をとらえ、壁に彼らを貼りつける。
カッターも、はさみも、そして汚いシャツも顔にめがけて飛んでくる。
彼らはこの世でもっとも恐ろしい種類の恐怖に出会う。しかたない
本人が望んだことだ。いまさら台本の修正が出来ない。脚本家が大声で怒鳴り込んでくる。
彼らの宇宙は崩壊した。彼らに必要ない小道具をすべて撤収する。
裏方さんが忙しい。ジョン・トラボルタならこういうことにはならない。小道具の予算
を削れる。素敵に悪役をこなせる人がいる。そういう人はなにをやっても女の子が
放っておかない。観客が喜んで映画館にくる。パンフレットもバカ売れだ。
儲かる。次の映画に予算をたくさんまわせる。この次の映画にはヘリコプターが登場し、
マシンガンをかかえたジョン・トラボルタがかっこよく壮大に子供を誘拐する。子供は
国家重要機密の鍵をにぎる男の息子なのだ。アメリカ大統領が軍隊の出動を許可する。
秘密の話だから庶民から批判が沸き起こる。秘密を隠匿する為にマスメディアを強引に操作し、
すべて隠匿されたままシルベスタースタローンとかアーノルドシュワルツネッガーとかが
軍隊を率いてトラボルタとハードに壮絶な戦いを展開する。最新鋭の戦闘機がアメリカ
上空を飛び交う。トムクールズとケニーロギンスが空から援護射撃だ。ブルースウィルスが
タフに高射砲でぶつくさ文句をいいながらもテクニカルにそれに応戦する。ニコラスケイジが
秘密の司令塔でそれを苦い顔で見つめる。背後には手厚く快適に保護されている子供がいる。
トム・クルーズ2がエマニュエル・ベアールと手を組んで国家の隠匿された汚い重要機密を
シリアスに壮大に探る。正義感にあふれる弁護士のなのだ。時には通気構から部屋へと
忍び込むアクションもある。法律を駆使して執拗にクールにシリアスに問い詰める。
恋の葛藤もある。ベットシーンもきちんと挿入される。みんながゴージャスに大戦闘を
繰り広げる間にラルフ・マッチオとパット・ノリユキ・モリタがふたりで
秘密の司令塔に忍び込み、ラルフとトラボルタが空手で最後の決戦を繰り広げる。
パットがそれを非常に落ち着いて見ている。感動的なフィナーレだ。ラルフとパットが抱き合う。
秘密の巨大な司令塔が徐々に陥落していく。そこで子供の面倒を見るレオナルド・デカプリオと
ケイト・ウィンスレットが滅び行く司令塔の片隅で壮大で感動的な愛の結末を演じる。
機密の鍵を握るトム・ハンクスと奥さんのメグ・ライアンが助け出された息子を抱きしめる。
ボンジョビがワイルドでサクセフルな主題歌で映画を盛り上げる。国民を総動員し、
膨大な予算をつぎ込んだ映画が完成する。映画は大ヒットだ。パンフレットもバカ売れだ。
主題歌がビルボードのチャートをにぎわす。監督は拍手で迎えられる。
ちょっと見てみたい壮大なおバカ映画だ。アル・ヤンコビックならひとりで全部演じてしまいそうだ。
だれかに監督をやってもらいたい。ジョージ・ルーカス監督なら
さらに宇宙を巻き込むことも出来るだろう。国家側についたダースベーダーが宇宙から
やってきてタフに正義感にあふれるトムクルーズ2とレトロフューチャーな戦いをする。
トムクルーズ2の背後には寡黙な七人の侍がいる。西部劇のガンマンと戦う。ジャッキー・チェン
とクリスタッカーがやってきてダースベーダーを援護する。子供は手厚く保護されている。
アニメのキャラクターが一生懸命子供をあやす。巨大な遊園地が占拠されているのだ。
マイケルジャクソンだって子供の為にかっこいいダンスを披露する。子供は大喜びだ。
まるで王子様だ。無駄に楽しい映画だ。本当にやって欲しい。少なくとも私は喜んで見に行く。
まだまだ付け足せるがきりがないからやめる。アメリカは本当にスケールがでかい。日本じゃ無理だ。
こんな風にややこしい展開になったのはマイケル・J・フォックスとクリストファー・ロイドが
勝手に過去を変えてしまったせいなのだ。でもきりがないからやめる。私はどうも話が長い。

なにはともあれ、一番肝心なところをケチるからこういうことになる。環境破壊だ。

そこに意を決した警官たちが強行突入する。ミコとマコはそれを壁越しに眺める。
達成感でいっぱいだ。感無量だ。悪を成敗した。めでたしめでたし。今夜は乾杯だ!

遅れて奥さんも突入する。そこにはマイケルジャクソンみたいなよしくんがいる。
奥さんはビリージョエルのファンだ。全然関係ない。

警官が全員、唖然とする。ポカンとしてる。当たり前だ。ニュータイプなのだ。
資料がない。警官は恐怖にひきつり歯ブラシだとかティッシュペーパーに
羽交い絞めにされている男軍団をしばし見つめていた。前例がない。

よしくんはしばらく自分がおこしたワイルドな偉業の余韻にひたっていたが、
やっと大声で泣き出した。ママに飛びついた。警官がさゆりちゃんと
ゆうたくんのロープをはずす。主役はよしくんだ。さゆりちゃんのママはあとで
怒鳴りに来たりしない。ママも美人なのだ。さゆりちゃんもゆうたくんも一気に泣き出す。
警察が名前を尋ねてもちゃんと答えられない。いぬのおまわりさんだ。

そして現実的に、資料として、男軍団をモデルにした写真撮影会が行われた。
ポーズが決まってる。いまだに固まってる。ちょっとやりすぎだ。みんなサユリストだ。

男軍団は大事なヒーローだ。きちんと警察が保護する。それから記者会見が行われる。
情報は隅々まで配信される。注目を浴びる。だれもミコとマコの存在なんて
気づかない。そういうものだ。気づかれたら困る。ストーリーはうまく因数分解される。

ミコとマコは裏方さんだ。舞台裏はとても忙しい。ねこは楽をしててもいい。
脇役を与えられた猫が怒鳴り込んできたりしない。そんなことしたら犬も
怒鳴り込んでくる。パンダだって、アヒルだって、かまきりだって怒鳴り込んでくる。
手に負えない。ねこはそれを良く知っているから黙っている。賢いのだ。
勝手に自分のやりたいようにやる。ちゃんと自分の責任も取る。究極のコストミニマムだ。
赤いリボンだって嫌がる。余計なことはしない。予算は神様が出す。だから税金の
心配もない。労働の義務もない。年金の心配もしない。戦争にもいかない。興味がない。
他に考えることはたくさんある。暇なわけではない。そうみえるだけだ。誤解だ。
ねこはアンダーグラウンドにコストミニマムでアンコンシャスな存在だ。だから愛される。

男軍団のストーリーはまだしばらく続く。警察の出番だ。裁判長の出番だ。
新聞記者の出番だ。テレビの出番だ。評論家の出番だ。刑務所の出番だ。国家が用意した
台本だ。脇役をあたえられた報道陣が怒鳴り込んでくる。役者が多すぎる。予算が足りない。
神様もしらんぷりだ。しょうがないから総理大臣は税制改革だ。観客からブーイングが
おこる。テレビをみている奥様が家計簿とにらめっこだ。旦那はいつも残業だ。
東京メトロ路線図だ。複雑にストーリーが絡んでいる。みんな行きたい場所にいけばいい。
みんな本当はだれもが主役だ。物事を広く見れば。だから私は大声で怒鳴り込んだりしない。

もちろんちゃんとみんな裏方もやらなくてはいけない。世界の暗黙のルールだ。
裏方をさぼるやつはみんなストーリーの奴隷だ。 寛永通宝が悪を裁く。

奥さんが、さゆりちゃんとよしくんとゆうたくんをまとめて一生懸命なだめる。
なかなかやまない。こっちだって泣きたい。もちろん泣いている。
当たり前だ。5歳児だ。一児の母だ。泣く資格がある。でもほっとした。よくやった。
よしくんは成長する。この話はよしくんの為のストーリーだ。誰かが台本を書いた。
みんなみんなよしくんのために脇役になる。裏方さんも大集合だ。
世界を大いに動かす。脇役を与えられてもだれも怒鳴り込んで来たりしない。
壮大なマジックなのだ。デビット・カッパーフィールドだ。みんな喜んでお金を払う。
ヤンキースタジアムで拍手が鳴り止まない。フランクシナトラが優雅に歌う。
オーナーもにこにこだ。Tシャツもバカ売れだ。デレクジーターがそれに応える。
予算なんて気にするな。神様がスポンサーだ。神様は超大金持ちだ。神様は子供が大好きだ。
しかもすべて非課税だ。固定資産税も相続税も国民保険も兵役もまるごと免除だ。

ミコとマコとネコは家に帰る。今度は現実的にきちんと徒歩で帰る。決まりだ。
途中でうちの奥さんが車で待っていた。ふたりは抱きしめられた。
えらい魔女だ。えらい女の子だ。95点だ。5点マイナスはさゆりちゃんのせいだ。
だれもがさゆりちゃんに夢中になる。いけないことだ。教育上よろしくない。

そして車に乗ってみんなが帰って来た。私は洗濯物をたたんだりしていた。

「よくやった」 とわたしは褒めた。何事にもひとつひとつ区切りをつける。

「うん」 とふたりはいった。テレパシーだ。


よしくんはママと家に帰る。パパも東京メトロ路線図的に複雑な台本を書き上げ
帰ってきた。パパはよしくんを抱きしめた。ママが泣いた。ビリージョエルが歌う。

「今日はどこかおいしいものでも食べにいこうか?」とパパは聞いた。

何事にもひとつひとつ区切りをつける。

「うん」とよしくんはいった。テレパシーだ。


039

ある日、彼女と出会う。突然。彼女からメールが届いた。

私は楽曲も公開していたし、自身のウェブサイトも持っていた。最初は楽曲の感想だった。

それがきっかけで何度かメールの交換をした。なかなかユニークな文章だったので
わたしはその交流を楽しんだ。

彼女もウェブサイトを持っていた。しかもかなりのアクセスがある人気サイトだった。
彼女は自分の力を駆使してある人生相談サイトを開いていた。無料で。
何も売りつけたりしない。彼女はお金にあんまり困ってなかった。
親が金持ちだったし、彼女も稼ごうと思えばいくらでも稼げる。でも今は働かずに
ふとそのようなサイト運営に没頭していた。貯金は山ほどある。うらやましい。

わたしは非常にコストミニマムな生活を繰り返した。余計なものはない。
パソコンと音楽機材とごく普通のミニマムな家財道具ぐらいしかなかった。
ちいさな部屋ががらんとするくらい。余計なものはいらない。うんざりだ。
若い頃それで失敗した。嫌な目にもあった。思い出したくない。
外側には今はあまり興味がない。自信がないと人は外になにかを求める。
誰かがそれに目をつけていんちき商売をしている。ただのものに強引に付加価値
を与え、理屈を並べ、ゴージャスな美麗賞賛を付け加えて売り飛ばす。
ややこしい台本をつけて。それは儲かったりもする。拡大する。無限ループだ。
そんなもんに関わるくらいならきちんと部屋でも掃除していた方がいい。

道具とはイノセントに多くの可能性を秘めている。心のあり方がそれを左右する。

家が近かった。驚くぐらいに。彼女も小さなアパートを借りて質素に暮らしていた。
お互いの家を訪れあった。彼女の話はとても面白かった。人生相談なんかしていたから
彼女の頭の中にいろいろなストーリーが詰まっていた。それを吐き出すかのように
私に話した。私もそれほどでもないが、いつくかの経験を話した。彼女は
とても素敵な髪を持っていた。あんまり神経質でもない。ちょっと変わっている。
どこにも出かけず、お互いの部屋で裸のままお酒を飲んだり、セックスしたり
ともかく考えうる限りの時間を費やしておしゃべりをした。くだらない冗談も
真面目な主張も、なにもかも。彼女には嘘を付けそうもない。なんとなくそう思った。
ともかくお互い楽しんでいた。ふたりとも頭の中にいろいろなお話を溜め込み
過ぎていたのかもしれない。わからない。でも私は彼女のことが好きだ。

ある日、わたしに突然に魔術を披露した。

われわれは裸のまま布団の上に浮いていた。わたしはかなり混乱した。
彼女は笑った。タネもしかけもなかった。テレビだったらいくらでも
否定することが出来るが、ここでは出来ない。テレビだったらマジシャンも
ゲストも、視聴者も熱狂するが、ここは静かだった。もちろん私は驚いている。
でも受け止めた。われわれが宙に浮いたところで何かが変わるわけでもない。
彼女のことが好きなのだ。彼女も私のことが好きなのだ。なにごともわれわれをかえない。
それ以来、彼女はシンプルに機能だけを披露することもなかった。でもシンプルに
わかりやすい自己紹介だった。写真みたいだった。しかも圧倒的だ。

心とはイノセントに多くの可能性を秘めている。心のあり方がそれを左右する。

「そういうことなの」と彼女が言った。テレパシーだ。

次の日、彼女は自分のアパートを引き払い、私の部屋に少ない荷物とともにやってきた。
なんのことわりもなく、でもわたしもなんの文句もなく受け入れた。
彼女のアパートは必要なくなる。人生相談サイトも削除した。突然
しばらく彼女のファンがネット上で騒いでいたが彼女の身元を誰も知らない
名前も知らない。名前はミカだ。私だけが知っている。必要ないのだ。
と、彼女は言った。正論だ。そろそろ他人の世話を焼いている暇はない。

わたしたちが考える番だ。わたしたちの為に。

女性は、別に魔女でも魔女でなくてもどこか魔女的に謎めいたところがある。
と、私は個人的に思った。もちろんわたしは全世界の女性と付き合って
夜を過ごしたり、どこかの遊園地ににいったりしたわけでもない。
そんなにもてるタイプじゃない。全然ない。でもそう思った。そんなこと聞いてまわれない。

その魔女的な部分を男が理解できなくても漠然とでも存在を認識し
それをうまくなにかに託して表現できたら、わからない。

わからないけどそれはきちんと大事にされるべきだと思う。
子供の存在と一緒かもしれない。機能をうまく果たすことがお互いにとって
大事なわけじゃない。それではどこにもいけない。うまくは言えない。無限ループだ。

「これよ」 と彼女は言った。テレパシーだ。


彼女はそういって右手を広げて、中指を3回ほど動かし、親指を折り曲げて
また元に戻した後、両手でパンと音を鳴らし、動作を止め、笑った。

そしてお互い裸になって寝た。抱き合った。キスをした。


そして結婚した。私はなんとか音楽家となって生活を支えた。それは私のしたいことだ。
もちろん彼女との共同作業だ。私は彼女を愛している。彼女も私を愛している。

なにも問題ない。

ミコとマコが生まれた。のちにねこも現れ、われわれは広い家に移った。

とてもとてもとても静かだ。どこのだれも世界中だれもわれわれのことなんか
知らない。知らなくてもいい。そんなのは秘密だ。舞台裏に照明は燈らない。


「かわいいふたごのおんなのこだよ」と私はいった。

 何事にもひとつひとつ区切りをつける。

「うん」と彼女はいった。テレパシーだ。


040

私の家族とよし君の家族で横浜スタジアムに行った。

もちろん巨人対横浜だ。当たり前だ。これはよしくんパパからのプレゼントだ。
会社の仕事の関係でうまいこと良い席がとれるらしい。一番前の内野席だ。
左の打者の顔が良く見える位置だ。佐伯選手が良く見える。
これはこないだの誘拐事件のお礼らしい。ありがたい。良いパパなのだ。
さすがジャイアンツファンだ。

よしくんはミコとマコに挟まれて座っていた。逃げ場はない。
私はミコとマコにレプリカユニフォームとキャップとメガホンを買い与えた。
IPOD以来のはしゃぎ様だ。これは私からのご褒美だ。良いパパなのだ。安いもんだ。

うちのむすめたちの応援がワイルドに増幅された。道具をちゃんと使いこなしている。
よしくんも持参のジャイアンツグッツでやってきていた。タフに応戦していた。
さすがジャイアンツファンだ。

うちの奥さんと隣の奥さんが一緒に座り、いつものように渋い顔で楽しそうに
愚痴を言い合っていた。こりない人たちだ。隣の奥さんは事件以来、言わないけど
うちの奥さんにたいして密かな信頼を持っていた。なんとなく気づいている。
けど言わない。ちゃんと社会のおきてを守ってる。さすがビリージョエルのファンだ。
オーネスティーだ。わりにふたりは気があう。そりゃそうだ。家庭環境がにてる。


よしくんパパはあれ以来、可能な限りよしくんと遊ぶ時間を増やしていた。
もちろん傷はあるだろうし、なによりそれを取り除く努力をしてあげなくってはいけない。
親の責任として、気持ちとして。よしくんは特に問題なく過ごしていた。
魔女軍団のサポートもある。大丈夫だ。わたしとよしくんパパは隣に座って
よしくんとミコとマコを眺めていた。ビールを飲みながら。うちのむすめはしつけが悪い。

ねこは家でゆっくりテレビで観戦した。わるいが勘弁だ。連れて行けない。
でもそのほうがいいみたいだった。そうだろう。だってねこだ。みんないなくてせいせいだ。

天気が心配だったがなんとか晴れてくれた。気持ちのよい風が吹いていた。
やっぱり球場で見るのとテレビでみるのとは全然違う。これからはもっと
連れて来よう。娘たちも思いっきり騒げる。奥さんがにらんだりしない。

しかし騒ぎすぎだ。周りの人が笑いながらこっちを見るくらい目立ってる。
恥ずかしい。でもまあいいや、迷惑なわけではないのだ。無視しよう。教育上よろしくない。

うちのこもなかなかかわいい方だ。さゆりちゃんには負けるけど可愛いほうだ。
さゆりちゃんは特別で無敵だ。そういう人が世の中にいる。スタジアムも揺れる。
なんの話だ?だれもがさゆりちゃんに夢中になる。全部これもさゆりちゃんのせいだ。
さゆりちゃんのママも美人だ。うちの奥さんだって美人だと思うけど、
さゆりちゃんのママは特別で無敵だ。パパもハンサムだ。私はハンサムじゃない。
いったいなんの話だ? そうだ、うちのむすめたちは可愛いということだ。
突然、ふと浮かんだただの感想だ。話がややこしくなるのはすべてさゆりちゃんのせいだ。
だれもがさゆりちゃんに夢中になる。さゆりちゃんのママも美人だ。無限ループだ。
ビールの飲みすぎだ。ビールがうまい。

試合は3対2でジャイアンツが勝っていた。9回表、このところ出番がなかった
クルーン投手が出てきた。ミコが絶叫する。

「くるるるるるるるう−−−−−−んんん!いけーーーーー!」

クルーン投手は速球でバタバタとストライクをとった。調子がよさそうだ。

よしくんが渋い顔をする。クルーンのことは悔しいが認めてる。

「うえはらのつぎにすごいな」とよしくんは評論した。それは認めてるようなもんだ。
さすがジャイアンツファンだ。

見事、3人とも三振で無事にしのいだ。さすがだ。

もちろんわたしとよしくんパパがいびりあうなんていうことはない。大人なのだ。
でも楽しんでいる。いろいろな視点で、様々な角度で、大人になると複雑になる。

9回、上原投手が出てきた。ちょっと厳しい。よしくん鼻高々だ。


「いけーーーーーーーーーーー!!!!きんじょーーーー!!!」ミコが叫んだ。


三振 がっくりだ。


「いけーーーーーーーーーー!!!むらたーーーーーぁぁぁ!」マコが叫んだ。



平凡なライトフライ がっくりだ。 よし君は確信している。さすがジャイアンツファンだ。


「いけーーーーーーーーーーー!!!!!よーーーしーーーーむーーーらーー!!!」


とミコがさらにボルテージをあげる。みんながこっちを見る。よしくんはうすらわらいだ。
われわれも試合をみる。もちろんむすめたちを無視して。恥ずかしいのだ。しつけが悪い。
うちの奥さんたちが渋い顔で楽しそうに愚痴をいいながら恥ずかしがっている。よくわからない。

フォアボールだ! なんとか ランナー一塁 ツーアウト。 

われらがヒーロー佐伯選手の登場だ! 木製バットがゆれる。

「さぁぁぁぁぁぁぁえええええぇぇきぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!」

マコが特大に叫んだ。本人がこっちに気づきそうなくらいだ。恥ずかしい。

佐伯選手は何度もファールで粘った。なかなか調子がよさそうだった。

マコのボルテージは最高潮だ!


8球目、佐伯選手は見事なホームランを打った! 大逆転だ! さよならだ!


「やたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」

みんなで叫ぶ。もちろんスタジアムが揺れる。スタジアムは満員だ。
みんなこの瞬間を期待してわざわざいろいろなところから毎日やってくるのだ。
不思議だ。ここにいる人たちは普段どんな生活をしているのだろう?
そんなことは誰も知らない。知らなくてもいい。テレパシーだ。

佐伯選手は右手を高くあげて喜んだ。ベースを回る。ホームプレートに
選手達が集まる。そこに飛び込む。みんなから祝福される。観客も
惜しみない拍手をする。うちの奥さんも隣の奥さんも渋い顔で楽しそうに愚痴をいいながら
恥ずかしがるも感動的に拍手する。冗談だ。想像できない。

もちろん私も拍手する。世界の暗黙のルールだ。でも感動的だ。

世界とは横浜ベイスターズだ。佐伯選手のバットにすべてがかかっている。
三浦投手のコントロールにすべてがかかっている。クルーン投手がそれをしめて
勝利のシャンパンコルクを抜く。ミコもマコもパパもみんなも大喜びだ。奥さんだって複雑に喜ぶ

世界は佐伯選手にすべてが託されている。みんな大事にしなくてはいけない。

スーパーヒーローはいつもちびっこの味方だ。佐伯選手が一番だ。
佐伯選手とは人間国宝だ! 歴史に名を残す偉人だ! みんな大事にしなくてはいけない。

決まりだ。


世界とはイノセントに多くの可能性を秘めている。心のあり方がそれを左右する。
デレクジーターだ。


帰り道、相変わらずよしくんはミコとマコにはさまれて、われわれの前を歩いた。
街はにぎやかだ。ベイスターズも勝ったし、なにもかもが綺麗に見える。

自分が5歳の頃にこんなガールフレンドがいたら素敵だろうなーとか思った。
そんな経験はない。正直にうらやましい。人生変わっていたかな?

そんなことはどうでもいい。ただうらやましいだけだ。悪いパパだ。
よしくんとマコが結婚したらどうなるのだろう?悪くない。
隣の奥さんも大賛成かもしれない。毎日テレビの前で仲良くけんかしてるのかもしれない。
そんなことはもちろんわたしが考えることではないが、ふとそんな気がした。
もしそうならきっと良い夫婦になるだろう。でもそんなことはわからない。
これは父の希望だ。そしたらいつかわたしの話をしてあげよう。作り話じゃなくって。
それがいいことかはわからない。でもそうじゃなくってもむすめたちに聞かせよう。
わたしのお話を。聞きたがるかどうかはわからない。おとぎ話だ。悪いパパだ。
こんなことを考えるのは全部なにもかもさゆりちゃんのせいだ。
誰もがさゆりちゃんに夢中になる。さゆりちゃんのママも美人だ。
無限ループだ。

おんなのこはみんな魔女になる資格がある。と思う。みんなかわいい魔女になる資格がある。
そういう風に考えて普段接した方がうまくいくと思う。経験的に。

おじさんの意見だ。

ややこしく楽しめばいい。適当に。真剣になるな!

ややこしくコミカルに楽しめばいい。適当に笑ってごまかせ!


「ぱぱ」 とミコが突然振り向いて言った。


「なに?」と聞いた。


「きょうはたのしかった」 とミコが言った。 何事にもひとつひとつ区切りをつける。


「そうだね」 とわたしは言った。テレパシーだ。


041

ベッケンガー博士はしばらく苦悩の日々を過ごしていた。ニコラスケイジのせいだ。

ある日の夜、夢の中で息子が言った。


「ふつかごのごごさんじ、ごふんかん、かんしをくいとめるからね」

”なに? どういうことだ?”

「ぼくはもううんざりだ、うんざりだ、うんざりだ」と息子が繰り返した。

「ふつかごのごごさんじ、ごふんかん、かんしをくいとめるからね」

博士が起きた。二日後の午後3時、5分間、監視を食い止めるからね?

博士は一応それをメモした。息子の表情が頭に残っている。

うんざりだ。うんざりだ。うんざりだ。うんざりだ。 私は繰り返す。
止めようと思ってもそれを繰り返す。息子の表情が頭から消えない。

しばらくベットの上で考えていた。孤独だった。これは神様のお告げかもしれない。
いや、自分の素直な意見だ。息子の意見だ。私の奥さんの意見だ。
いや、ニコラスケイジの意見だ。みんなの意見だ。世界の意見だ。
みんなを開放しなくてはいけない。ついにこのときが訪れたのだ。

道具とは誰かのストーリーが選ぶひとつの機能に過ぎない。作られた脇役だ。
なにかを代弁する象徴にもなる。私の発明もそれのひとつの機能にすぎない。
もっと大事な事がある。私の発明は、新たな誰かのストーリーのひとつにすぎない。

私の心のあり方が大事だ。きちんとした心のあり方が大事だ。それ以上のことは
私がこの先どんなに優れた発明をしたとしてもおんなじことだ。おんなじことなのだ。
それがいやならこの世のものをすべて破壊しなくてはいけない。おんなじことなのだ。
この発明が世界を滅ぼす可能性もある。おんなじことなのだ。どこにもいけない。


博士は決心した。


二日後、午後3時、彼はパソコンから彼のIPHONEにデーターを転送した。
彼の発明に関する細かい説明が録画された動画ファイルだ。
並みの科学者ならすぐに自分でそれを作成出来る。理解出来る。
それを動画公開サイトに匿名を装ってアップロードしよう。どこかで
漏れたことを装ってアップロードしよう。後のことは知らない。私の心のあり方が大事だ。

でも博士の体は震えていた。早くしなくてはいけない、でも手が震える。
これはものすごいニュースとなるだろう。私は人類に新たなストーリーの
機能を提供するのだ。どうなるかは検討もつかない。だれもそんなことわからない。
新しい歴史が始まるけど、誰も未来のことなんてわからない。保障も出来ない。

考えとはストーリーの核だ。それが膨大な量のストーリーを生み
世界を変貌させる。膨大な量の小説が書かれる。一生かけても読みきれないほど
膨大な小説が書かれる。それは宇宙の膨張だ。だれも止められない。

心とはイノセントに多くの可能性を秘めている。心のあり方がそれを左右する。


わたしの心のありかたが大事なのだ。息子が大事だ。暗い未来予想をするより
息子のことを考えるべきだ。自分のことを考えるべきだ。心のあり方がそれを左右する。
うんざりだ。なにも考えるな。その時、なにか息子のような声がちいさく頭の中で響いた。


博士はアップロードのボタンをクリックした。そして送信を完了する。
IPHONEはもう必要ない。彼はそれを叩き割った。そして放り投げた。

振り向くと、そこには息子が立っていた。父として言うべきことがある。


「サッカーでもして遊ぼうか?」と父は言った。


「うん」と息子は言った。


042 finale

野球のシーズンが終わった。

11月、第一週目の土曜日。我が家では大掃除が行われる。

もちろんミコとマコも強制参加だ。当たり前だ。この家に住んでいる限り、それは義務となる。
ねこはしなくていい。ねことはそういうことが許される存在なのだ。別にねこの手も借りたい
ほど忙しいことをやるわけではない。そもそもねこに掃除をさせるとなるといろいろ調教
しなくてはいけなくなる。余計に忙しくなる。そうなると冬眠に入る前の熊の親子に
お土産に新巻鮭なんかを持って、お手伝いをお願いしにいかなくてはならない。
もちろん調教もしなくてはいけない。そうとなるとカルガモの親子にも頼みにいかなくてはいけない。
どんどん忙しくなる。我が家が動物園になる。ミコとマコが喜ぶ。だが一向に掃除は進まない。
うちの奥さんが怒る。そういうわけでねこは掃除しなくてよい。そうするとみんなでお掃除を
あきらめてワイルドなカラオケパーティーがはじまってしまう。熊の親子が森のくまさんを
楽しそうに歌う。カルガモの親子がぴーぴーとはやし立てる。ミコとマコもバナナラマの
アイハードアルーマーなんかで応戦したりする。そうするとなるとうちの奥さんも苦い顔で
楽しそうにドラえもんの主題歌なんかを歌いはじめたりする。クラッカーがはじける。だれかが
ワイングラスを倒してしまう。部屋の中がめちゃくちゃになってしまう。そうするとなると
人手が足りないから今度はご近所の犬にお掃除のお手伝いを頼みにいかなくてはいけない。
無限ループだ。うちの奥さんがさっきまで苦い顔で楽しそうに歌ってたくせに私に大声で
怒鳴りに来る。世の中が混乱する。というわけでねこには掃除を頼まない。

みんなでラフな格好になる。今年からはIPODで音楽を聴きながら掃除してもよいこととなった。
まあ別に問題ない。畳をひっくり返した時に発見された古新聞に心を奪われて掃除の手が止まる
磯野家よりかははるかに効率的だ。

ミコはダフトパンクのハーダーベターファスターストロンガーを選んだ。
マコはクラフトワークのザロボットを選んだ。テクノだ。ささやかな反抗心を
イノセントに皮肉っぽくロボットダンスで表現している。教育上よろしくない。進んだ5歳児だ。

それぞれ自分の部屋は自分でやる。必要ないものはリビングの一角に集められ
様々な方法で処分する。そのほかをみんなで分担する。私はいつもいつも風呂掃除とトイレ掃除だ。
どうも私は進んで貧乏くじを引いてしまうところがある。私もIPODを買うべきだった。

そうしてこうして、我が家のテクノでクラッシックな大掃除大会が終わる。私は不用品、ゴミなどを
まとめて、処分方法別にを分類し、捨てられるものはすぐに捨てに行く。その他のゴミの
処分方法をネットなどで調べる。ややこしいがそれはきちんと守られなくてはいけない。
世間のルールだ。

娘たちとうちの奥さんは花屋さんに行く。今年はパンジーを買ってきた。

それをソファーの前の小さなテーブルに置く。綺麗な花だ。ほのかな香りがする。
清潔な部屋とはその小さな花の香りに気づける部屋だ。うちの奥さんの意見だ。
それを確かめる為に毎年花を買ってくる。儀式だ。まあ良い事だ。致命的に汚い部屋に
花を飾っても意味がない。そんなの花がかわいそうだ。花だって人を選ぶ。

4人でソファーに座り、それを黙って見る。私はオーディオの電源を入れて
ドビッシーの海をかける。夕方、部屋の照明を落とす。キャンドルを灯す。
薄暗い。4人でソファーに座り花を見つめる。大掃除の幕をそれで閉めるのだ。我が家の儀式だ。
隣の奥さんがその話をうちの奥さんから聞いて、すっかりやる気にさせられたみたいだ。
よしくんぱぱが苦い顔で楽しそうに私にその愚痴をこぼしていた。まあしょうがない。

音楽が流れる。うちの奥さんは神妙な表情でささやかにこういうのが正しき姿なのだという
執拗な主張を口元で表現しながらにこにこと聞きいっていた。あいかわらず懲りない人だ。
ロックの洗礼を受けたむすめたちは明らかに退屈そうだった。まあしょうがない。そのうちにわかる。

しかし、良い曲だ。私もクラッシックのことは良くわからないが、昔の海はなにもなくって
静かで綺麗だったんだろうな、という感想を持った。なにもない美しい海に
人生の想いが映し出される。様々な喜怒哀楽がその空間に埋められるのだ。
人はそういうことから決して逃げられない。それが嫌なら汚い部屋で笑ってごまかすしかない。

音楽が終わる。幕が下ろされる。ミコとマコは背伸びをしてだらだらと自分たちの部屋に戻る。

雨が降ってきた。激しい雨じゃない。ささやかな雨だった。風も少し吹いている。
私は窓を開ける。少し肌寒いけど、心地よい風だ。照明はそのままつけず薄暗い部屋の中で
しばらくの間、われわれは無言でソファーに座っていた。レースのカーテンが風に揺れている。

空間をわれわれの想いが埋め尽くす。花や、雨や、風がそれを増幅させる。
キャンドルの炎がかすかに揺れる。空間と想いが混ざり合う。魔術がそれを調和させる。

それは音楽のようだ。

クラッシックコンサートに行くのも悪くないな、と、ふと思った。教育上非常によろしい。
もちろんコンサートホールは横浜スタジアムとは違う。メガホンもって騒いだりしてはいけない。
うちのむすめたちにそれが出来るかどうかはかなり疑問だけども。まあ悪くない。
隣の一家を誘ってみるのも悪くない。こないだのお礼に対するお礼だ。隣の奥さんも
熱狂するだろう。たまにはにこにこ顔のうちの奥さんと隣の奥さんの後ろを
二人に悟られぬ様に静かに苦い顔で楽しそうに愚痴を言いながらついて行くのも悪くないだろう。


「今度クラッシックのコンサートにでも行こうか?」 私はそう言った。


うちの奥さんはにこっと無言でうなずいた。素敵な笑顔だった。後が続かない。


私は雨が強くなってきたので、立ち上がり、窓を閉めた。




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