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le freak 作者:やましたよしのぶ
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021-

021

昔、演劇部にいたことがある。

私は役者としての才能はほぼ無く、多くは裏方にまわった。
別に役者がやりたいというわけでもなかったし、
裏方のほうが良かった。私は先頭に立ってみんなを引っ張るというよりかは、
裏でフォローする立場のほうが向いていると自覚していた。

世界とは舞台だ。

みんな少なからずとも演じている。本質的な自己をありのまま
表現することはとても難しい。それをするにはこの3次元世界において
表現方法が限られている。なかなかうまくそれを表現したくても
出来ないのだ。いろいろと学ばなくはならない。

あるものは悲劇を演じ、あるものは喜劇を演じ、
あるものは驚きを人々に与え、あるものは汚れ役を演じる。
そのようなものに対して、人々は惜しみない拍手や、歓喜の涙や、
容赦ない批判を浴びせる。世界中にそれはニュースとなって
配信される。一躍ヒーローになったり、犯罪者になったりする。

舞台裏では裏方の人間がバタバタと動き回る。

道具係は次の場面に必要なものを何度も確認し、声を潜めて
タイミングを計っている。ストーリーは様々な場面変換を要求する。
照明係は役者を照らし続ける。役者の存在感を増幅する。
音響係はタイミングに合わせて最適な音楽やら効果音を鳴らす。
音楽はムードを作り、役者の感情表現を増幅する。

それぞれの役に合わせて、我々は最適な衣装やら音楽やら小道具を
用意する。

ハンサムな好青年役にはクールなスーツが与えられる。高価な腕時計、
財布にはたくさんの種類のクレジットカードが品良く並べられ、
皺の無い一万円札が過不足なく収まっている。隣には美女が誇らしげに
笑顔を浮かべている。大手会社社長のご子息役なのだ。シンフォニーが
彼に特上の歓喜の楽曲を流す。

そこにキョロキョロと落ち着きの無い、いつも自分の運命を
決めかねているような、こ太りでいつも胃薬を持ち歩いている
40代のサラリーマン役が登場する。

彼にはかなりくたびれた安いスーツが支給される。
一日中、暑い中お得意先をまわってきたおかげで汗がたくさんあふれている。
財布の中にはお札の代わりにレシートやらが放り込まれている。小銭が多い。
音楽はストップする。

「あの、こないだの商談の件ですけど、、なんとかOK戴きました!」

ここでハンサムな青年は満面の笑みを浮かべて彼を称える

「そうか! よくやってくれたよ! 君にはいつも感謝している ありがとう!」

彼らはがっちりと握手をする。ハンサムはせいいっぱいの感謝を表現する。
営業役はしきりに恐縮するばかりだ。隣で微笑む美女の存在も気になる。


照明は一旦落ちる。場面転換が行われる。営業役はここで終わる。

この話はハンサムな好青年が次期社長候補としてなれない職場で活躍し、
最後にはその栄誉を勝ち取るという感動的なお話なのだ。この後も、
ハンサムな好青年役は最後まで満面の笑みを浮かべ、観客からは
惜しみない拍手が送られる。最後まで彼は与えられるのだ。


私は舞台裏が好きだ。劇は終わり、蛍光灯がほのかにあたりを照らす。
役者も裏方もみんな混じってこの達成感を喜び合う。ささやかに
気の抜けたパーティーが用意されている。みんなはめいいっぱい気を抜いて
今日までに起きた舞台裏話に花を咲かせる。

しかし、舞台裏は決して表の光を浴びてはいけない。
営業役と美女役が密かな恋愛関係にあることや、ハンサム役が実は
ゲイであることなどを軽はずみにいってはならない。イメージが大事だ。


022

ある夜、娘達にお話を読んであげた。娘達はベットの上で話しを聞いた。

うそつき森の話だ。

「むかしむかし、あるところにうそつき森というところがあった。
うそつき森に住む木々や花や動物たちは平気で嘘をつく悪い集団だ。

ある日、王子様がその森に迷い込み、多くの財宝とともに
死んでしまいまいました。たくさんの人がその財宝を探しにいきました。
けど、だれもそれを見つけることも無く、また帰ってくる人もいませんでした。

ある日、貧乏な小作農でお酒の空瓶をいつまでも眺めているような
父が娘二人にその財宝を探して来い!と怒鳴りつけました。
明日飲む分のお酒を買うお金が無かったのです。

娘たちはちっともいきたくなかったけど、父はもう酒が切れて
おかしくなっていたし、いい加減、父の暴君振りには疲れ果てていたし、
財宝が見つかればこの現状を変えることが出来るかもしれない、と思った。

なんというかもう、我々はこれ以上落ちるところなんてないという
くらい落ちぶれていた。近所の笑いものになるのももういやだ。

なんとか、暴れるこの無能な怠け者を寝かしつけた後、しっかり者の母は
私たちを小さな声で母の部屋に呼びました。

「うそつき森にはうそつきしかいないの」

私たちはうなずいた。

「絶対にどんなことがあっても、彼らの声を聞いてはだめよ、絶対に
 彼らの声に耳をかたむけたら最後、二度とここには戻れないわ」

私たちは不安にになった。どうすればいいの?

母はにっこりと笑って、私たちにあるものをひとつずつ渡した。

「??」


  IPOD?


そして母は私たちにものすごいセンスの良い服を着せた。
ファッションモデルが着るようなゴージャスでシックな服だ。
私たちはわけのわからないままそれを身につけ、母は質問に一切答えず、
私たちを椅子に座らせ、髪の毛をブラッシングしはじめた。


「一歩飛びぬけた進化的な美をめいいっぱい表現することは」

母は真剣な顔で私たちにゆっくりと諭す様に言った。ブラシが上下に動く

「それは、最大の攻撃であり、攻撃は最大の防御となる」

私たちにはさっぱりわけがわからなかった。つまりどうすればいいの?

「ずっと音楽を止めないこと、グルーブを肌で感じて、体でリズムを刻み
 ずっとさっきの言葉を忘れないように心の中で繰り返しなさい」

わたしたちはまだわけがわからなかったけど、母の言うことを聞くことにした。
なんといっても父やうそつき森の住人の言うことを聞くよりかは、はるかにまともだ。


 ”一歩飛びぬけた進化的な美を
  めいいっぱい表現すること
  最大の攻撃となる
  攻撃は最大の防御となる” 


母は普段からセンスがよく、あらゆる芸術を愛した。なにより賢い。
どうして母はこんな父と結婚したんだろう?

「私も父も若かったのよ」 母はつぶやいた。

若いということはどういうことなんだろう?難しい話だ。


そして、あくる日の朝、私たちはめいいっぱいのおしゃれをして、
ポケットにIPODをしまい、うそつき森の入り口にたどり着いた。

二人で一緒に手をつなぎ、深く深呼吸を3回ほどした。とにかく
やるしかない。

スイッチオン!

「FREAK OUT!」

私たちは覚悟を決めて、顔を見合わせた。そしてナイルロジャースの
ご機嫌なカッティングギターに手拍子を取り、シャウトした!

「FREAK OUT!」

曲はchicの「le freak」だ

手拍子を刻み、グルーブを肌で感じる。ステップを踏みながら
少しずつ前進していく、最高だ。これはなかなか楽しい!

フリークアウト!

曲はあるDJによってリミックスされたファンキーなハウスミュージックで
つながっていた。曲をとめることは絶対にだめなのだ。
私たちはファッションモデルに完全になりきってセクシーに
腰に手を当てて、ゆっくりと優雅に踊りながら前へと進んでいった。

うそつき森住人らはそれをポカーンとした表情で見ていた。
でもそんなことに気を取られてはいけない。飛びぬけた美を
めいいっぱい表現しなくてはいけない。そういう場合じゃない。

木々はその深い皺を寄せ、黙って私たちをみていた。かわいいもんだ。
狐やたぬきはなんとか私たちに近づく努力をしている様にも見えたが、
結局、口をひらいたまま、たちどまっていた。このパターンは
初めてなのだ。時代の最先端なのだ。

ミュージックはロックンロールと変わった。チャックベリーのソロに
あわせて私たちも一緒にダックウォークのマネをした。楽しい!

花たちからは拍手までもらった。すっかり魅せられているのだ。
私たちはそれをクールに無視し、前へと進んだ。

母の選曲はかなりセンスが良く、様々なジャンルが収められていた。
どうしてあんな父と結婚したんだろう?

ご機嫌なオルタネイティブロックがかかる。ハードでワイルドな
ギターに乗ってジャンプしたり、ギタリストの真似事ををしたりする。
ロックはつまらない意味の無い物事を簡単に蹴飛ばしてくれるように
思える。もともと邪魔なものなんていないのだ。


実のところ、私たちはすっかり気分が良くなっていて、財宝のことなど
忘れていたりしていた。もう怖いものなんてなにもない。
大事なのはどこに耳をかたむけるかなのだ。とりあえず楽しもう!


疲れたときには木陰で静かな音楽に切り替えた。印象派のクラッシクピアノとか、
古いピアノトリオジャズとか、アンビエントなエレクトロニカとか
を聞いた。それは木漏れ日が美しい午後の森の色と調和していた。
これはなにかの儀式なのかとわたしたちは考えた。母はなにかを
伝えようとしているのだ。おそらく、、

すっかり落ち着いたところでソウルでディープなハウスミュージックに
切り替えた。ともかく思いつくまま直感で前に進んでいこう。

呪文を唱えよう! めいいっぱいの美を表現するのだ!

ズンーカッカッ!ズンカッカッ!というリズムを刻む、
ともかく心で感じよう!フィーリングと強い目的意識が
最高に信頼のおける宝の地図なのだ。ソウルだ!

この時点でわたしたちは現在において良質な音楽をたくさん聴いていた。
新しい世界だ。なにか見えるものがすべて美しく見える。
ディープなシンセサウンドが私たちに落ち着きを与える。

私たちはどんどんこのフリークなステップを深く刻む、
前へと進み続ける。もうだれもわたしたちを止められない、、


私たちは夜遅く、両手にいっぱいの財宝をかかえて帰ってきた。
これだけあればIPODがたくさん買える。

父は大喜びで向かえた。早速、私たちにお酒を浴びれるほど買って来い!と
言った。 だがそれには応じない。

私たちは父が座っているイスを思いっきり蹴飛ばした。母は一瞬驚いたが、
後に続いた。なにかがパチンとはじけたのだ。

母は今まで溜まっていたものをとてもフリークに叫び始めた。
にわとりよりも大きな声だ。そして激しい。ロックンロールだ。
近所の人たちがびっくりして鍋を片手に集まってきた。
父は明らかに怯えていた。母が怒鳴るなんて初めてのことだった。

私たちは集まってきた近所の男どもに銀貨を配り、
あの男をアル中更正施設へと運ぶように命じた。ポカンと口を
開いたまま事態がうまく飲み込めない頭の悪い連中だったけど
そんなことで銀貨をもらえるなんてかなりラッキーなので、
喜んで父を縛りつけ施設へと運んでいった。銀貨一枚あれば
あの人たちでは計算も出来ないほどのお酒を飲む事が出来る。
父は立ち直れるのだろうか?そんなことは彼が自分で決めることだ。


「お母さん、、」

わたしたちは声を上げて泣いた。こんな気持ちになったのは初めてだ。
母はわたしたちを抱きしめた。わたしたちは結構良い子だと思う。
ファンキーでロックだ。



、、、というわけで、、めでたしめでたし、、」

こうして私は自作の無茶苦茶なグリム童話風おとぎ話を終えた。

「 ぱぱはいつも、、」マコが言った。

「どこかめちゃくちゃだ!」ミコが続いた。

私は笑った、、はははは、、


「、、でもあいぽっどはいいなー」ミコが言った。

「ぱぱ まこあいぽっどほしい!!」マコが言った。

「いつかね、」と私は言った。ふたりはもうすこしIPODについて
粘ってみようと試みたが、眠気が訪れたようだ。

 そしてふたりは眠った。おやすみ 夢にIPODがでてくるのだろうか?


そして、我々は週末に近所の家電ショップにIPODを買いに行った。


023

私も時々うそつきになる。 以下は少し前の某音楽雑誌のインタビュー。

Q 前作のファンキーなサウンドから一転して、今度はおとなしめの
ダークなコードが印象的なサウンドとなりましたが、その辺については?

A いやー別になにっていうもんでもないですけど(笑)
 単に気分の問題ですね。

Q 不思議な和音構成にとても魅力を感じます。ジャズでもないし
聞いたこと無いサウンドなんですが、どこからインスピレーションを
受けたのでしょう?

A それは奥さんのおかげかな? ははは。

Q 奥さんはなにか楽器をやられるのですか?

A いや、うちの奥さんはドがどこにあるかもわからない(笑)
 そうじゃなくってもっと普通の援助ですよ。食事とか。

Q 食事は確かに大事ですが、、作曲される時はいつもどんなことを
考えていますか?

A 今日の晩御飯はなんだろうとか(笑)なにも考えてないですね。
 猫と遊んだり。

Q おおくの若いミュージシャンがあなたの作曲法について
聞きたがっているみたいですが、なにか助言をお願いできますか?

A うーーん、、私は実際の生活習慣からかなり外れて音楽を作るという
ことには賛成しないですね、きちんとした食事をして、ちゃんと夜には
ベットにはいってしっかり睡眠をとるとか、なんというか生活の中から
なにかをしっかり見る習慣がないといけないかと思います。たぶん。

Q なにかおすすめのメニューは?(笑)

A ピーマンかな(笑)

、、、、以下省略、、どうもインタビューは苦手だ。うまい言葉がでない。


翌々日、我が家にたくさんの無農薬できちんと育てられたおいしそうな
ピーマンが届けられた。生産者はまだ若く私のファンらしい。
雑誌を読んでなんだかうれしくなって送ろうと思った、
喜んでいただければ幸いです、新作良いですね!と書いてあった。
私はお礼状を書いた。ありがたいことだ。その好意がとてもうれしい。

もちろん娘たちがその生産者に対して激しい怒りを感じているという
ことは、お礼状に書かなかった。なにしろピーマンは箱にぎっしり
詰まっていたのだ。我々はご近所にも配ってまわった。なかなか
喜ばれた。娘たちは必死だった。いつになったら喜んで食べて
くれるのだろう?


そして、うちの奥さんはもちろん作曲に相当なレベルで関わっている
作曲行為とはあらゆる意味において非日常的な行為だ。私の場合。秘密だ。


024

よく学校をさぼった。本人は社会見学と言った。
教科書はいつも学校の机に置いていたから身軽なもんだ。

学校へ行く途中に長い坂道があった。学校に行くのでなければ
緑に囲まれた素敵な坂道だ。生活の音がまったくしないこじんまりとした
家がぽつぽつと立ち並ぶ。

途中まで登って立ち止まり、振り向く、完璧な遅刻なので他に誰も
歩いている学生なんていない。わたしひとりだけだ。

私は一気に今来た坂道を降りていく。重力にはさからえないのだ。
そう重力にさからってはいけない。そうつぶやいてみた。
なにをやるにしても多少なりともの理由が必要だ。

なだらかな道をゆっくりと歩く。急いでいない。暇なのだ。
誰もが会社に行き、学校に行き、店のシャッターを空け、主婦は
掃除をしたり、テレビのスイッチをつけたりする。静かだ。
もちろん、本当は私も学校にいって興味のない教科書を見るふりをしたり、
ノートに落書きをしたり、体育の授業のサッカーゲームで
やる気のないプレイをしたりする。サッカーゲーム

ゴール前でキーパーと一緒にぼけっと立っている。
やる気のある人間は果敢に相手ゴールに
向かっていく、大声をあげて真剣なやり取りをする。幸いなことに
我が軍はとても強い。誰も私に期待なんかしていないし、
その方が私にとってもありがたい。そもそも小さい子供レベルのサッカーだ。

ボールがこっちに転がってくる。私の出番だ。
私は急いでボールの方へと走っていく。敵が来る前にみんなにボールを
渡さないと非常に面倒なのだ。えい!

ボールは高々と前にあがる。私は別にひどい運動音痴というわけでもない。
やる気が無いだけだ。ボールはうまいことに転がる。
誰かがナイスパス!と叫ぶ。ありがとう!

すたすたと元の定位置に戻る。先生は私に渋い顔をする。
ゴールキーパーは明らかに暇をもてあましている。
なにしろ私とふたりだけで事足りるくらい相手チームは弱い。

昼休みになると元気なサッカー少年は昼ごはんをとっくに食べ終えていて、
チャイムがなると同時に校庭へと走っていく。授業時間も昼休みも
彼らにとってはなにひとつ変わらない。ほっておいても彼らの
基本的な身体能力は社会に出て行くには十分の能力を概に得ている。
やる気があれば人は自然に勝手になにかを学べる。強制的になにかを
やったところでなんにも得ることなどない。一見賢そうに見えるだけだ。


私は静けさにどっぷりと染まる街の中を歩いていく。
気づくと雨が降っていた。

六月のことだ。傘は無い。私は自分みたいな特に不良らしい格好を
しているわけでもない普通の高校生の姿をした人間をきちんと放って
おいてくれるテリトリーをいくつも知っている。社会見学の成果だ。
大きな木々が雨をさえぎってくれるあの場所へと向かった。

雨の日が好きだ。雨の降る日は仕事を休むべきだと思うことがある。
むかしむかしの人々の多くはそうだったんじゃないかと思う。本当の
事は知らない。だけど今でも雨の日に仕事をしない人だってもちろんいる。
野球選手だって雨の日は休む。

10回に2本しかヒットを打てない選手には過酷な人生が待っている。
監督にいろいろ言われる。球場で観客にやじられる。チャンスに代打
をおくられる。給料はあがらない。それどころかトレード候補に
あがったりする。あるものは野球選手としての人生をやむなく終える。

10回に3本近く打てる選手はまあ大丈夫だ。3本以上打つとなると
観客からめいいっぱいの期待を込めた拍手が鳴り響く。球団は彼を
どこにも渡さぬようにせいいっぱいの誠意と高い給料を提示する。
スーパースターだ。カメラや新聞記者は彼の足取りをずっと追いかける。
ランナーをためてしまったピッチャーは彼の出番でリリーフに代えられる。

たかが来た球をバットに当てるだけなのに当たる人はきちんとあたり、
当たらない人はきちんと当たらない。なんとしてもあてなくてはいけない。
結婚したし、子供も最近生まれた。かわいい女の子だ。もちろん野球を
続けたい。純粋に。好きだからだ。まだ引退する年じゃない。体力もある。
しかし、私の人生のほとんどすべてはヒットの数に左右されてしまう。
過酷だ。涙があふれる。

よく考えると人の人生の浮き沈みの最大の要因は、実はそういう
小さな事によって動かされているのではないか?とも思う。だれもみんな。
もちろん、立派な野球選手になるにはヒットだけが要因ではないけれど、
これは例えだ。私はちゃんとこれから10回に3回以上はヒットを
打ってなんとか生き残っていけるのだろうか?

、、と、なんだかよくわからないことを考え、ポケットに安い
ウォークマンをつっこんでぼけっとポリスを聞きながらたばこなんか
吸っていたりするあんまりまともでない高校生の肩を誰かがたたいた。

彼女は安いビニール傘をさしていた。水色の傘だ。もちろん雨が降っている。
年は20代くらい、大学生にはみえない。水色のワンピースを着ている。
きっと水色が好きなのだ。髪の毛はいくぶんだらしなく肩の下辺りまで
伸びていた。私は完全に外界に対しての注意を払っていなかったので、
ちょっとびっくりしてしまった。すこし緊張していた。

「さぼり?」にやっと彼女は笑う。
 私はうなずく、イヤフォンを耳からはずす。見たことない人だ。

「私もよくさぼってここにいたのよ、ねえわたしにもたばこ頂戴」
私は彼女にセブンスターを一本渡し、火をつけてあげた。
あんまりたばこ吸う人には見えなかった。けど彼女は吸った。

「たばこなんて体によくないよ、とくに高校生は」 彼女が言った。
説得力はない

「なに聞いているの?」と聞いてきた。 ポリスと私は答えた。
「私も好きだよ、ポリス。ねえちょっと聞かせて」

我々は雨の街をぼけっと眺めながら右半分のイヤフォンは彼女の左耳に
左半分のイヤフォンは私の右耳に、ポリスを聞いた。あんまり
この風景と合っているようにはとても思えないけど、仕方がない。
それしかテープを持ってなかったし、時代はなんといってもポリスだった。

彼女はいろいろあって今、失業保険でなんとか生活していた。
とくに、今急いで仕事を探しているわけでもなさそうだった。
彼女は前に勤めていた大手の会社の事務のことについて
話した。ちょっとした愚痴だ。私もアルバイトをしていたので
多少のことは理解できた。でもまだ見ぬ世界だ。

「そんなに慌てることなんて本当はないんだと思う。
 どんなに完璧に片付けても、すぐに散らかるの。物事とは。
そこに気づかないといつもいらいらして、他人に当たるだけ当たって
ルールがどんどん複雑になっていって、ため息が増えるだけ」

彼女の部屋はなかなか程よく散らかっていた。神経質な性格じゃ
ないし、かえってその方が私にとっては居心地が良かった。
私の部屋だって自慢じゃないがなかなか散らかっている。カオスだ。

彼女はラジオをFENに合わせた。スティービーワンダーが歌っていた。
小さな古いラジオだ。狭い部屋だったが、あんまり物がないせいか
広く感じる。本が散らかっている。あんまり生活感が感じられない。

「どうして今日は学校さぼったの?」と彼女は言った。
灰皿を真ん中にふたつのコーヒーカップと壁に寄りかかるふたりがいた。

「今日の体育が柔道だったんだ。」と私は言った。

「柔道は嫌いなの?」と彼女は言った。

「雨の降る午前中に、柔道着着て受身の練習したり、試合で投げられたり
 なんて誰が好き好んでやるんだろう? もちろん好きな奴もいるけど」

彼女はうなずいた。 

「でもみんなそれなりに我慢してやっている。なんとか楽しむ努力をする。」

「でも自分は我慢しなかった。」 私は言った。

「もちろん、責めてるわけじゃないのよ、私だって同じだしね、
 人のこととやかく言える筋合いじゃない。でもね、、」

でもね

「そういうのって儀式みたいなもんなのよ、ある意味ね」

「儀式?」と私は言った。

我々はベットの上でお互いの顔を近づけてしゃべった。儀式だ。
おしゃべりはとても面白かった。私は無口なほうだけど、彼女は
なんというか人から話を引き出す能力に優れていたし、彼女自身も
良くしゃべった。彼女はどんな話もきちんと最後まで聞いてくれた。
そういう人に出会えるって不思議だけどなかなかないことだった。

昼間から缶ビールを飲んだ。私はまだビールがおいしいなんて
思えなかったけど黙って飲んだ。彼女は笑っていた。

「そのうちにわかるわよ、誰だって同じ、かえってわかったふりして
 変に納得しようとするより、正直になっていたほうがいいのよ、なんでも。
 そのうちにいろんな出会いがあって、なんというか突然わかるの」

我々はベットの上で抱き合った。耳元で彼女がなにか小さな声で
いったんだけど、なにを言ったかは忘れてしまった。
私は初めてだったけど、彼女はなにもかも理解していたし、神経質でもない
半分は実地訓練みたいなセックスとなった。恥ずかしい。

「こういう授業があればみんな学校にいくのかな?」彼女は笑った。
私は夢中になって何度もした。なにしろ性欲はありあまっているし
彼女は素敵だった。学校の若い女教師のなかに彼女みたいなタイプはいない。

一ヶ月ほど、私はかなり頻繁に彼女の部屋に行った。いない日もあった。
なかなか割り切れない気持ちになったけどしょうがない、彼女にも人生がある
そういう時はありあまる性欲が私をいらいらさせた。そして不純だと言って
その考えを止めた。彼女としゃべるだけでも十分に楽しかったし、
なにより彼女の気持ちを傷つけることだけは絶対にしたくなかった。
なんというか彼女は素敵なお姉さまだった。わたしにとって。

運良く彼女の部屋に入れるとすぐに我々はなんの迷いもなく裸になり、
ベットの上で無邪気なおしゃべりをしたり特殊な訓練をしたりした。
彼女も基本的には暇だったし、特定の彼氏はいないようだし、
なんというか彼女もなんらかの儀式を求めていたのかもしれない。
あるいは単に寂しかっただけかもしれない。わからない。

7月の中頃、彼女はどこか遠くに引越した。なにも言わずに。
きっとうまくさよなら出来なかったんだろう。私もそうだ。

どこにいってもなんとかうまく楽しくやっていて欲しいと心から思う。
今も。彼女は幸せになるべきだ。だって彼女は私の素敵なお姉さまなのだ。

こうして私は夏休みにアルバイトをしたり、バイトの同僚と遊んだり
作曲したり、本を読んだりして暑い夏を乗り越えた。夏の終わり、
溜まった宿題を払いのけ、何かが終わり、静けさの中響きわたる虫の音の
中でじっと黙っていた。彼女のことを思い出す。人生とは選択の連続だ。
あの時、あの雨の中でポリスを聞いているのといないのとは
かなり差がある、誰もが大きな木の根っこから出発して細分化された
枝の先までたどり着く。世界の果てだ。世界の果てに柔道着はない。
ポリスには感謝する。時々、彼女の髪をくしゃくしゃにしたいと思ったけど
二度と会うことはなかった。


025

人生とは選択の連続である。我々は横浜ベイスターズを選んだ。

試合は9回表、9対2でベイスターズはスワローズに負けていた。
どう考えても勝ち目はない。ピッチャーは木田で金城は外野フライ
村田はファールフライを取られてしまった。2死ランナー無し。

バッターは佐伯選手だ。


「いけーー!さえきぎゃくてんだー!」マコが叫ぶ


それは無理だ。


我々(私とミコとマコと猫だ)は全員ベイスターズファンだ。奥さん以外。
我々はテレビの前をソファーに座って囲む。私が真ん中でむすめたちに挟まれる。

むすめたちはメガホンを手に叫ぶ、マコは佐伯選手のファンだ。
ミコはクルーンのファンだ。猫はどうも佐伯選手が嫌いらしい、
試合をあきらめどこかにいってしまった。
ねこは種田選手のファンだ。もちろんどうしてかはわからない。

佐伯選手は三振にたおれた。ゲームセット どうしてヤクルトなんかに簡単に
負けてしまうのだ?

「あーーーあ、、」マコが悔しがる。

「にしならほーむらんうったのに、、、」ミコが言う。 マコがにらむ。


仁志選手は今日ノーヒットだ。


「もういつもさえきのせいでくるーんがでてこない、」ミコがメガホンで膝をたたく。


そんなことはない。 


「ねえぱぱ どうしてうちはべいすたーずなんかおうえんしてるのー?」
やくるとのほうがつよいよー」 マコが言う。


ヤクルトはもっと負けてる。


「たくさん負けても、そのほうが勝った時に何倍もうれしいだろ?」
私は言う、これでも強くなった方だ。


「あーーもう、、きょじんなんてだいいいいいきらいだーーーー!」ミコが叫ぶ。


全然関係ない。  


うちの奥さんがいつものようにこっちに厳しい顔を向けている。
彼女は野球なんて全然興味がないのだ。しかもこのありさまだ。

私はうまく視線をそらし、缶ビールの飲みほす。私だって落胆しているのだ。
いくらなんでも2回までに9点も取られるなんてあんまりだ。ひどい。

佐伯選手は渋い顔をしてさがっていく、ねこは試合をあきらめる
奥さんはうしろで渋い顔を変えない。むすめたちはふてくされてる。

四面楚歌だ。どうして私はベイスターズの為にみんなに気を使っているのだ?

これもみんなみんな佐伯選手のせいだ。きっとそうだ。

むすめたちはおやすみを言って自分たちの部屋へと戻った。
後姿に哀愁を感じる。おやすみ。夢で種田選手がホームランを打ちますように。

「どうしてうちのかわいいむすめたちはセサミストリートとか
どらえもんとか、のびた君とか、ジャイアンとか、シズカちゃんをみないの
かしら?」 

彼女はドラえもんのファンだ。それだってちょっと変わってる。
テーブル越しに我々は向き合う。右手でこつこつとテーブルをたたく。
ベイスターズが負けた時はなぜか多少は機嫌が良い。いつもより。

「ドラえもんに頼んだら佐伯選手は毎日ホームラン打ってしまうじゃないか、
 そんなの教育上よろしくない」 私は言った。間違ってない。正論だ。

「我が家はいったいどういう教育方針なのかしら?」 いつもの展開が始まる。
これもなにもかもベイスターズが悪い。やっぱりヤクルトを応援するべきだった。

野球チームのお気に入りを決めるのに正しい選択はあるのか? ない。
全試合勝てるチームなんてありえない。巨人がもっと今以上にお金をつんで
良い選手を強引にかき集めてもない。野球とはそういうものだ。
よいカオスとグルーブを作れるかどうかだ。バランスが大事だ。
それを計算するには天文学的にごちゃごちゃした計算が必要だ。
正確な初期設定値データーが必要だ。カオス理論だ。
いまよりももっと細かいデーターを作らなくてはいけない。
そんなのは最新の高速コンピューターを使っても計算するのに多くの時間を
費やすことだろう。完璧に計算するには選手一人一人の今日の食事のデーター
まで調べなくってはいけない。無理だ。結局は賭けとか直感とか、経験的なもの
とかが必要なのだ。お金をたくさん払ったって無理だ。お手上げだ。
そういう学問をだれかにやって欲しい。野球哲学、野球心理学、チーム構成理論。
コンピューターで試合展開予測をシュミレートする。試合前に様々な
学者が様々な理論で試合予測を発表するのだ。当たった人は鼻高々で、
外れた学者が悔しがる。遊びとしては面白いと思う。真剣に遊ぶのだ。
真剣に真面目にやってはいけない。審判を買収してはいけない。
ルールを守らないゲームなんてつまらない。正しきジャッチがあってこそ
ゲームは面白いのだ。当たり前だ。でもそれは面白そうだ。選手に迷惑が
かからないようにすればそれは面白い。私は興味がある。


「明日はきっと勝つよ」明日は三浦投手の出番だ。

「そういうことじゃない」彼女がいった。ごもっともだ。そういうことじゃない。

空白を夏の終わりの虫の音が埋める。これも人生だ。横浜ベイスターズだ。


026

最近、彼女が憎むリストに新たなものが書かれた。


 IPODだ。


私と娘たちは近所の家電ショップでIPODを買いにいった。天気の良い土曜日だ。
当然のことながら娘たちははしゃいでいた。ふたりはかなりの間、そのショーケース
の前で好みの色を選んでいた。やはりなんといってもおんなのこだ。

私はじっとまった。悪くない気分だ。うちの奥さんとインテリア系のお店に
いくよりかは何倍も気分が良い。あれは地獄だ。

さんざん迷ったあげく、マコはピンク、ミコはグリーンを選んだ。
幼児心理学専門家ならなにか一言興味深いことを言ってくれそうだが
私にはわからない。やはりなんといってもおんなのこなのだ。

われわれは近くの店でソフトクリームを買った。家からここまでは
歩いて10分だ。それを3人で食べながら家へと歩いた。
帰り道、娘たちは自分の選んだカラーのすばらしさについて言いあった。
もちろんどっちもゆずらない。まるで根拠のない論説が飛び交う。

ピンクは佐伯選手の好きな色らしい、どこからそんなことを聞いたのだ? 

グリーンはクルーンと名前が似てるから  なるほど。 

それはなんだかおんなのこらしくない。


私は自分の部屋に戻り、パソコンの電源をいれる。むすめたちは待ちかねたように
それぞれの箱をこじ開ける。説明書をちらっと読む。もちろん娘は読めない。
まだ5歳だ。アプリケーションをインストールし、私はとりあえず棚の奥に
しまってあった80年代のCDから適当に選曲しMP3に変換する。なつかしい。
娘はまだ子供向きな歌とか、ベイスターズ応援歌しか知らない。それはあまりにも
不憫だ。なんとかしてあげなくてはいけない。教育上よろしくない。

ケーブルをつなぎ、まずはグリーンのIPODに音楽データーを送り込む
マコがそれについて文句を言う。私はクルーンは160キロの速い球を
投げるからだよといった。マコはしぶしぶ納得した。良い父だ。

こんなもんにCD何十枚分の曲が入るなんて信じられない。おじさんの意見だ。
時代はどんどんコンパクトで多機能になる。CDだってちょっと前までは
十分にコンパクトだった。コンパクトディスクって言うくらいだし。
マコがちっとも高速じゃないじゃないかと言った。ロードには時間がかかる。
当たり前だ。200曲ぐらい選んだのだ。昔、LPレコードから
46分テープによく録音したもんだ。もちろん一枚録音するのに
同じ時間を必要とする。しかもいつも片面23分にきちんと収まるかどうか
しっかり計算したり、その残り少ない回転するテープをじっと見ていなくては
いけない。200曲もテープに収めるなんて無理だ。昔の話だ。おじさんの意見だ。
そんな話しを娘にしたってどうしょうもない。きっと一言で片付けられる。ふーん。

ようやくピンクのIPODのほうも転送が終了する。ふたりはなんとか我慢して
この瞬間を待っていた。えらい ベイスターズのおかげだ。

ふたりに基本的な操作をひととおり教える。こういうことはなかなか飲み込み
がはやい。さすがだ。あと何年もしたら私よりもうまくパソコンとか
いじるんだろうな、とか思う。そういうものだ。おじさんの意見だ。

ふたりはパパありがとーと言ってふたりの部屋へと走っていった。いい子だ。
私はちょっとなつかしくなってMP3に変換した、高校の時に良く聞いた
曲を何曲か聞いてみた。なつかしい バナナラマだ。おじさんの意見だ。

私はアーハのファンだった。 テイクオンミーだ。
ザサンオールウェーシャインオンTVだ。リビングデイライツだ!

ひととおりなつかしがった後、居間に戻った。階段を下りる。居間は一階にあって
私の部屋は2階にある。居間に戻った。

娘たちは踊り狂っていた。奥さんはテーブルに頬杖をついて私をにらむ。
いつものベイスターズ顔だ。むすめたちはどうやらうそつき森のなかにでも
いるつもりらしい。むすめたちなりの一番シックな服に着替えていた。
おそらく財宝のありかを探っているのだろう。なんであんな話を作ったのだろう?

わたしもしかたがなく奥さんと向き合ってテーブルについた。責任を感じる。
しばらく無言で娘達を見ていた。なんだかものすごーく楽しそうだ。
仲間に入れて欲しいくらいだ。3人そろってバナナラマだ。

マコはどうやらペットショップボーイズのニューヨークシティーボーイが
お気に入りらしい。何度も繰り返している。にーよーしちーぼー!

ミコはマドンナのホリディーを聞いていた。なにが気に入るかなんてもちろん
わからない。むすめたちには80’sも70’sもたいしてかわらんだろう。

まあ、自分としては楽しいのはよいことで済むが、奥さんの手前そういうわけにも
いかない。

「あのね」 私は言った。娘たちはイヤフォンをはずした。汗が飛び散る。

「あんまりずっと長い間大きな音で聞くと、ミコとマコの耳さんたちが
疲れちゃうし、IPOD君たちもへとへとだ。ほどほどにね」と私は言った。

「はーーーーーい!」と明るくふたりは返事をした。ホットだ。全然聞いてない。

ふたりはまたすぐにイヤフォンをセットし、踊りながら自分たちの部屋へと消えた。
どうやら今、ミコはユーリズミックスのスイートドリームが流れているらしい。
たどたどしく口ずさんでいた。マコはカルチャークラブのミスミーブラインドだ。
あと一月過ぎたら、私と話があうくらい80’sフリークになるかもしれない。
あきたら、今度は70年代をせめてみよう。あんまり偏った聞かせ方すると
そのうちシンディーローパーみたいな格好になりそうだ。教育上よろしくない。

私はほほえましい気持ちで娘たちを見送った後、振り向くとそこに
険しい顔のおくさんがいた。 

「今度はチャイコフスキーもいれとくよ」私はいった。彼女は根っからのクラッシクマニア
なのだ。もちろんそれには応じなかった。そういうことじゃないのだ。


027


遠い遠い未来の話003

中身のない入れ物は意味がない。中身は素敵な入れ物を求めている。
入れ物は中身の熱狂を期待している。
中身は入れ物にデザインとか機能性とかの進化を求める。


2030年、ドイツのマイケル・ベッケンガー博士は反重力自動車の
一号を開発した。

理論上は10メートルぐらいまで浮遊出来るらしい。従来の舗装道路
でも、荒い道でも、チベットの山奥でも、しまいには海の上も走行可能だ。
ようするにどこでも走れる。これならオンロードもオフロードもない。

タイヤがない。当たり前だ。当然動力モーターもない。CDウォークマンと
IPODの違いとなんとなく似ている。私は科学のことはさっぱりなので、詳しいことは
良くわからないが、車の底側にはいくつかの発光ダイオードがついていて
それが進行方向やらスピードを調節する。よって少ないエネルギーで済む。
車の上には効率の良い太陽電池がついていて、大概はその貯蓄されたエネルギー
で動く。足りない場合はどこかで電池を買えばいい。便利だ。

ブレーキとともに対物回避装置がついている。最悪なにかにぶつかりそうに
なった時にそれは磁石の反発のように衝突をさけ、空に向かっていき急停止する。

なにより排気ガスはゼロだ。ない。場合によってはそれは自転車よりも環境に
やさしい。そして特に難しい運転技術はいらない。運転免許もちょっとした
ペーパーテストで十分だ。

いろいろ問題もある。ベッケンガー博士はまだこの開発のことを発表していない。
もちろんドイツ政府は知っている。何カ国かのトップクラスの首脳も知っている。
技術的な問題はない。すべて化学式で計算できる。しかもそんなに難しい技術でも
ない。物理学を多少学んだくらいで理解できるようなシンプルな構造だ。
しかし、この開発が世界の経済を一転させることぐらいは、経済学を知らない
普通の人間でも理解できる。もちろん相当なレベルでのトップシークレットだ。
ベッケンガー博士とその家族、親戚まで国家の監視状態にある。背後にはいつも
ニコラスケイジみたいな男がこっそりあたりに異変がないかどうか注意を怠らない。

2020年にはその予告編として、世界の反応を見るちょっとしたテストとして、
反動力スニーカーを子供向けの商品として発表した。

これはものすごーくヒットした。まずはアメリカで先行販売された。
これはちょっと助走をつけてジャンプすると3センチほど浮き上がり、
そのまま約20mくらい浮いたまますべるように進んでいく。これは楽しい。
テクニックを身に着けた最先端の子供はアイススケートのごとく
うまく足をさばき、自由に浮き続けたまま進んでいく。これは楽しい。

生産が間に合わない。アメリカの子供たちは今まで握り締めて離さなかった
ビデオゲームのコントローラーを投げ捨て、必死の形相で親にねだった。

時はクリスマスだ。アメリカ中の販売店に、思いつめた顔の親達が長い行列を
作る。値段は安い。60ドルだ。ちょっとした高級な靴よりは安い。
販売は子供用のみにした。理由は秘密だ。これはただのテストなのだ。利益は
求めていない。しかし少なくない大人もどうにかそれを購入し、改造して
自分用にひとつもちたいと強く熱望した。しかしひとつネジをはずしたら
修復不可能なくらいにすべてが分解されてしまうようにうまく作られていた。

親達はインターネットで予約を試みたり、現在の在庫状況、どこの店に
在庫がどれだけあるのか丹念に調べた。子供の喜ぶ顔もみたいし
実は自分たち自身もものすごい興味を無意識レベルで持っていた。近年まれに見る
大ヒット商品なのだ。桁外れだ。

詐欺も起こる。だまされた哀れな親がテレビで叫ぶ。みんなが同情する。
いまだに手に入れられない子供が泣き叫ぶ。あるものは両親に最高の
賛辞と熱狂を送る。ヒーローの誕生だ。両親は神に感謝する。達成感が涙を誘う。

ようやく生産システムが確立され、もう並ぶ必要もなく買える様になる。
多量生産がおこなわれる。値段も40ドルに下がった。
アメリカ中の親達がほっと胸をなでおろした。混乱にはもううんざりしていた。

その頃にはもう、アメリカ社会では子供がこの靴で遊ぶ光景が普通になっていた。
子供のあいだではこの靴を利用した、子供なりのゲームがいくつか
確立されていた。パフォーマンスもある。そういうテレビコンテスト番組も
結構な視聴率を得た。驚くべき芸が子供によって披露される。スタンディング
オベーションで迎えられる。だが、たいていのちいさな子供の芸は
マイケルジャクソンのビリージーンをバックにムーンウォークだった。
でも暖かい拍手が起こる。そういうものだ。子供たちがそれに応える。

街を歩く大人を器用にすり抜けていく子供が増え、ちょっとした社会問題も起こる。
びっくりした70歳のあばあさんが転んで病院に運ばれると言う事件も起こる。
しかし一方で家の中でビデオゲームばかりしているよりかはいいのでは?
という若い親の意見がだいたい世間では支持された意見だった。
実のところ、子供の基礎的な身体能力は明らかに良くなっていたのだ。
グラフで説明できるくらい。肥満の子供も減っていた。パフォーマンス向上の
為に子供たちは毎日の食事にケチをつけ始めたのだ。
それはブームに便乗した業者が仕掛けた。医者もそれを後押しした。悪い話じゃない。

12歳くらいになると卒業する。靴のサイズがなくなるのだ。お別れだ。
何人かの声の大きな大人は、どうして大人用のサイズを生産しないのか?
とインターネットやらテレビでおおいに叫んだ。しかしうまいこと
黙殺された。そういうことじゃないのだ。子供は切なそうな顔をした。
が、しかし、子供はそれなりに事を理解し、思い出と一緒にそれを綺麗な箱にしまい
大事に物置の片隅にしまった。卒業アルバムみたいに、きちんと成長しているのだ。

もちろん、これはヨーロッパ、アジア、ともかく世界中へと販売網が確立され
遅れて大ヒットした。品薄による混乱を回避する為に入念な準備が
整ってから販売されたが、それでも長い行列が出来た。

もちろん日本でもスーパーマーケットの中で子供がふざけていて、商品の白菜に
顔を突っ込むという事件がおきた。親がどうしてもっと高いところに
商品をおかないのだ?と言った為、ワイドショーでひと時、児童心理専門家やら
教育学を専攻する大学教授やら小説家やらがいろいろな論説を説いた。
いつの時代も変わらないことがある。タフだ。

静かなところで、影が動く、もちろんわかる人ににはわかる。こげた匂いだ。
これは予告編なのだ。実際の世界を舞台にした壮大なハリウッド映画なのだ。

ネット上では、あらゆる人間がそれぞれの仮説やら暗い未来予測やら
様々な議論が巻き起こった。あるものは第3次世界大戦の必要性まで説いた。

ベッケンガー社に対して静かなパッシングも起こる。脅しもある。
新たな革命が起きれば、どうしたってあるものは熱狂するし、
あるものには人生最大の試練が待っている。潜在的な恐怖心が湧き上がる。
国単位で最大の試練を経験するところもある。革命とはそういうものだ。

ベッケンガー博士は苦悩の毎日を送った。なにしろ24時間ニコラスケイジに
監視されているのだ。くつろげない。交替で15人くらいのニコラスケイジがいる。
まるでハリウッド映画だ。しかしいつまでたってもセリーヌディオンは歌わない。

ベッケンガー博士自体はなかなかシンプルな考えの持ち主でなかなか楽観的な
考えを持つ無邪気な科学者だった。今回の革命的発見だってかわいい一人息子
と遊んでいる時にふと思いついたのだ。彼は子供と遊ぶのことをなによりの
楽しみとし、息抜きとした。基本的にやさしいひとりの良きパパだった。
今ではなかなか遊ぶチャンスはない。ニコラスケイジのせいだ。子供が怖がる。

しかし、さすがの博士もこの自動車がものすごい経済の混乱を巻き起こすことぐらい
きちんと把握していた。当たり前だ。考えればだれでもわかる。はっきりしている。

経済とはいったいなんだろう?と考える。なんといってもこれは経済がおこす
問題なのだ。より多くの変動にも耐えうる新たな経済ルールを作成しない限り
われわれは行き止まりの前で立ち往生する。抹殺される。

博士もかわいい子を持つひとりの親だ。だれかがこの発明によって働き口を失い
幼きものを飢えさせることを決して望まない。純粋に悲しい。

もうひとつの問題はライセンスの問題だ。別に私はお金が欲しくって
この開発をしたわけではない。純粋な科学的好奇心による結果だ。
もちろんなにも問題がなければ技術的な資料の公開を喜んでする。
しかし、特に軍事にこの技術を利用して欲しくないと願う。これは強力だ。

どのような世の中のしくみがこのような開発を喜んで受け入れるのだろう?
博士は監視され苦悩し、トップは頻繁に秘密会議をおこない、ネットでは
終末論が飛び交い。世界の子供たちは無邪気にその靴で技を競い合う。

2030年、結局、博士は楽観的に事の展開時期を待つしかないな、と悟る。
それは一人の人間が考えたところでどうにもならない話だ。非常に天文学的に
複雑な問題だ。世界とはニューヨークヤンキーズだ。
デレクジーターの肩にすべてが託される。フランクシナトラの歌が聞こえるまで

ただ、この車が人々にいきわたれば、良くなる話だってたくさんあるのだ。
機能とはとてもイノセントに多くの可能性を秘めているだけなのだ。

心のあり方がそれを左右する。デレクジーターだ。

ガールジャストワナハブファンだ。みんなシンディーローパーにみたいになればいい
みんなみんなバナナラマになればいい。デスティニーズチャイルドだ。

それがいやならみんなでニコラスケイジみたいになるほかない
スーパーニコラスケイジ軍団の誕生だ。シンディーローパーを逮捕する。
トムクルーズと戦うのだ。ジョントラボルタももちろんやってくる。
スタローンだってシュワルツネッガーだってジャッキーチェンだって
やってくる。ブルースウィルスだってやってくる。スパイダーマンさえもやってくる
非常に混沌とした複雑にタフな戦いの火蓋が落とされる。あまりにも複雑すぎて
だれも主題歌を作れない。エンディングクレジットも長すぎる。予算が足りない。


028

私はある山間にある小さな旅館で働くことになった。20代の頃の話だ。

私は安いギター一本を背負い、バックに少々の着替えを詰め込み、
そのちいさな旅館の中に入っていく。

小さな駅だった。駅員はいない、ある夏の終わりの夜だった。
どこにも空いているお店はなく、虫の音だけが響いていた。暗い。

フロントも静まりかえっていた。あまりお客がたくさんくるタイプの旅館じゃない。
部屋数は少ないし、私ともうひとりのアルバイトの人以外は
みんなこの家の家族だった。別にそんなに気合いいれて商売しなくっても
やっていけるみたいだ。のんきなもんだ。私はお手伝いさんみたいなもんだ。

家族の人たちはちょっと変わったところもあるけど、なかなか細かいことは
気にしない、いや、ちょっとは気にした方がいいのでは?といったタイプで
なにはともあれ基本的に親切な人たちだった。ありがたい。

私はどこにも行きたくなかった、けど元の場所にいるのはごめんだったし
どこかにいくしかなかった。しかたない、私の運命はまだ経験を求めてる。

もう一人のアルバイトの人とはすぐに仲良くなった。新潟から来てる人だった。
もちろん、彼は退屈していたのだ。同年代がいないのだ。

つくなり、調理場兼、従業員の食堂兼、洗い場兼、家族の食卓に通された。
みんなと食事をし、ひととおりの自己紹介と質疑応答が行われた。

そして同僚にひととおり館内をぐるっと案内された。風呂はお客と共同で使用。
なかなか良い温泉だった。そうじゃないとここにだれもお客がきそうもない。
料理は平凡だし、館内は多少くたびれている。家族は接客に力をいれない。
部屋は全部で20部屋あった。とにかく私と彼で手分けして、お客を案内し、
部屋に料理を運び、お酒をはこび、布団を敷き、宴会場を片付け、カラオケを
用意し、廊下に掃除機をかけ、シーツをかえ、風呂場をデッキでこすり、
朝には眠たい目をこすり朝食を用意する。ようするにほとんど全部だ。

そして、彼は私のすみかに案内した。旅館の外を出てすぐのところに
そのうらぶれた部屋がある。部屋と言うよりはスペースと言った方がしっくりする。

しかし、ご飯は3食ただだし、おまけに良いお風呂がある。もちろんひとりで
寝る場所もある。旅館が暇だから仕事は楽だった。今まで勤めていた
狂おしいほど忙しいレストランの仕事に比べれば楽なもんだ。給料は安いけど
お金を使うところがない。一番近いコンビニまで車で30分も走らなくっては
いけない。そんなのはコンビニとはいえない。全然コンビニエンスじゃない

外には一面畑があり、遠くにちいさな駅が見える。四方、山に囲まれている。
心地よい風がふくと草が静かにさらさらと音を鳴らす。それ以外の音はなにも
聞こえない。近くに車が頻繁に走る道路がない。哀愁のある心地よい音だ。

心地よくない音もある。 団体ツアー客だ。

私と同僚は手分けして部屋を案内する。この不幸な館に運ばれてきた哀れな
団体客が口々にもちろん私に聞こえるようになにかを言う。私は適当に聞いてない
ふりをする。私だってその意見には大賛成だ。団体ツアーを受け入れるべき
箱ではない。しかしそんなのは適当に笑ってごまかすほかない。

案内を終えて、ここの調理場兼その他なんでもスペースで、同僚と一服する。
今日はハードだったなー、と笑いあう。大阪から来た団体客だ。手ごわい。

宴会場に食事の用意を整える。100畳ほどの大広間だ。障子があちこちで
破けてる。座布団がところ狭しと並べられる。舞台にはカラオケが設置される。

浴衣を着込んだ団体がぞろぞろと集まる。6時5分ごろ、みんな相撲を見てたのだ。
いっせいに団体客は料理の評価を行い、あちこちからいろいろな声が聞こえてくる。
いろんな意見がある。カオスだ。でも大賛成だ。基本は一致している。ひどい旅館だ。

不幸なこのツアー添乗員は私たちを捕まえ、聞こえるように責任者を呼んでくれと
告げる。私はフロント係りを呼ぶ。フロント係りは渋い顔をする。なんのことかは
良くわかっているのだ。役割だ。しかも不幸な役回りだ。ミゼラブルだ。

添乗員はお客がきちんと事を把握できる位置でしかもあんまりシリアスにならない
絶妙な位置に立っている。クレームをつける。フロント係りはひたすら頭を下げる。
役割だ。ミスジャッチに怒りをぶつける監督と一緒だ。世の中にはそういう役割を
与えられ生きている人もいる。大変だけどタフに演じる技術を身に着けるほかない。

我々はひと段落すると家族の人に宴会係りを押し付け、各部屋を合鍵であけ
布団を敷き詰める。あんまりだらだらやってる時間がないから大変と言えば
大変だけど、少なくとも宴会場にいるよりはましだ。今日の添乗員はちょっと
近寄り難い雰囲気のある、背が高くがっちりした男だった。もちろん彼を
うまいことなだめてお酒でも出したら、愚痴のひとつやふたつ出てくるだろう。
お互いを分かり合えるかもしれない。そういうもんだ。ツアー添乗員は常に寡黙に孤独に
いつもシリアスなものにぶつかっていき、それなりの答えを出さなくてはいけない。
大変だ。ストレスが溜まる。お酌のひとつもして、肩をもんであげるぐらいのことを
してあげたくなる。我々はわかりあえる。でもしない。いつもうまくいく保証はない。

そうしてこうして、あるものをうまくかわしたり、あきらめて頭をさげまくったり、
フロント係りに責任を押し付けたり、同僚と飲んだりしているうちに、
夏が過ぎ、冬は訪れて、何年かが過ぎた。

ある夏は2人の若い女性がペアで働きに来た。夏だけの短期間のアルバイトだ。
学生なのだ。なかなか楽しい夏が過ぎていったが、夏の終わりはなんにせよ
なにか哀愁の漂う時間だった。彼女達はめいいっぱいなにかを吐き出し、
すっきりとした表情で小さな駅から消えていった。雲ひとつない良い天気だった。

暇な日には我々はカラオケをしたり、飲んだり、いろいろと身の上話をしたりもした。
短期間だったけど、その分なかなかディープだった。二度と会うこともないだろう。

夜、私は一人で散歩に出た。昼休みに良くみんなで来た川辺に座り込んだ。
私は壮大な虚無感の中にいた。石をどこかに投げる。私以外はみんなうまいこと
楽しく生きているように見える。私はこの景色を好きだったけど、うまくは
染まれなかった。心だけがいつもどこかを彷徨っている。でもいく先はさっぱり
検討もつかない。小さい頃、私は漠然と人はだれも高校や大学を卒業し、
どこかの会社に収まり、貯金をして誰かと結婚をして子供が何人か生まれる、
そういうことは普通に誰でもやることである、と思っていた。

しかし、私は明らかにそのストーリーから外れかけていた。修復しようと思えば
もちろん出来るだろう。なんといっても私はまだ25歳なのだ。

でも気持ちがない。私の気持ちは明らかに違うストーリーを漠然と求めている。
なにもかもが真っ暗だった。かすかに河の流れる音が聞こえるだけだ。

しばらくなにも考えないようにしていた。私はまだこの風景の一部でしかない。
そんなに悪い気分でもなく、目に見えるものすべてが綺麗だったけど
どこにもいけない。なにかに支配されている。新しいストーリーが必要だ。

しばらくはずっと草の間を駆け抜ける風の音だけを聞きながら過ごしていた。
今になってもこの私の歴史をどう評価していいのかわからない、わからない。空白だ。
結局はなんでもいいからもがいてみるしかない、というか結局それしか出来なかった。


029

我々はある提案をした。ここに来て3年目の冬だった。雪が止まらない。


「問題は団体客だ」同僚はそう言った。大賛成だ。しかもわかりやすい。

「温泉旅館というある種のイメージに縛られていることが問題だ」

私は彼に続いた。彼も3回ぐらいうなずいた。これで全員一致だ。

我々はたまにお互いの部屋を訪れあい、お酒をおごりあい、つまみを
差し出しあい、ともかく話し合った。暇だったのだ。

もちろん団体客が悪いわけではない。当たり前だ。
この旅館にふさわしい客として団体客は当てはまらない。団体客にとって望まれる
旅館のあるべき姿はここにはない。明白だ。

団体客はある一定のレベルに達した料理を求める。というよりもそれは添乗員が
求める。四方、山に囲まれたこの旅館においても添乗員は新鮮な刺身の
盛り合わせなんかを堂々と要求する。そうじゃないとしめしがつかないのだ。

無茶だ。それはあからさまなステレオタイプという事実を棚に挙げ、理不尽に
正当化され、強引に世間の常識として広く普及させたイメージだ。誰かが広めた。
誰がなんと言おうとこの山の中に海の幸が新鮮にクールに歩き回っているはずがない。
そんなのは生物学者が許さない。そんなのを許したら、熊の親子がビーチで
日焼けしたり、海かもめが湖でブラックバス釣りを楽しんだりすることを
認めなくってはいけない。理不尽だ。社会が混乱する。

しかししかしもちろん、一番理不尽なのはなんといってもこの旅館なのだ。申し訳ない。
誰にも文句いえる資格がない。我々は黙り込む。冗談はここまでだ。夜は長い。

我々はプランを話し合う。もう一度言うが、特にそんなに真剣に我々の構造改革案を
眠れるとぼけた家族の頭をたたき起こし、プレゼンテーションを行ない、
この旅館をあるべき姿に改善し、家族や、関連業者から惜しみない拍手を頂くとか
そんなことはまるっきり考えてなんかいない。ようするに

暇なのだ。


そんなことは家族も考えていない。彼らは別どころできちんとした不労取得がある。
良くわからないけどそうなのだ。ただ、表向きに働いているという印があればいいのだ。

温度差が激しい。結局はこれはわれわれ自身の問題なのだ。

議論はクールダウンされた。

「これからどうするの?」と同僚が聞いた。言いたいことはわかる。

「検討もつかないな」 正直に言った。他にいきたい場所がない、ここの居心地は
悪くない。ふたりともちゃんと働くし、とくにだれも文句をいわない。

「実家を継いだって別にいいんだけど、」彼の実家も旅館だ。

「どうもね、まだうまいことしっくりこないんだよなー」
彼はぼやいた。もう160回くらい聞いたけど 私はうなずいた。

「まだ継げるものがあるだけ羨ましいな、、自分はなんもないしな、
 もちろんそんなこといってもしょうがないんだろうけど」 

ただこのままこの土地でずっと過ごすことだけは避けたい。そうなるくらいなら
裏の畑に植えられている大根にでもなったほうがいい。その方が幸せそうだ。しかし、


しんみりとした会話だ。あとが続かない。


結局われわれはここにいてもどこにもいけないことぐらいはとっくに
知っていた。ここにいようとする限り、われわれはどこにも
いけない愚痴を言い合い、やりもしないプランを練り、笑い話にしたりして
時間を先延ばししてるだけだ。全然不愉快でもないし、楽しいと言えば
楽しい。同僚もなかなかいい奴だ。仕事だって無難にこなせる。
問題はこの先のイメージがないことだ。プランがないのが問題だ。
ここを立派に上手に胸を張ってさよならできるプランがないとだめだ。
キーワードはこの旅館の中にある。探すほかない。

「問題は団体客だ」 彼はまた同じ意見を言った。大賛成だ。

われわれはプランを練った。夜は長い、無限ループだ。


革命だ。抜本的構造改革だ。理不尽な暴挙に対する妥協を我々は許さない! 

われわれのプランはともかく団体客を断固拒否することだ。
もちろんそれだけをするのはただの子供と変わらない。新しいアイディアを
きちんと文章化してわかりやすく提示しなくてはいけない。

アイディアとはこうだ。

この旅館が有一誇れるものはなんだ? まずは温泉だ。
事実、私はここに3年ほどいて、もちろん毎日温泉につかっているわけだが、
本当にそれは良く効いていた。もちろんそれだけが理由ではないだだろうけれど、
わたしは疲れた体を引きずるようにしてここにやってきたのだが、
今はものすごく体が軽い。スキップも出来る。元気な若い女の子と
ワイルドにうらぶれたカラオケ大会にも参加できる。同僚と
くだらない会話を延々と出来る。団体客の攻撃を身軽にかわすことも出来る。
あまりにも暇で全室のすべての障子を張り替えるようなこともした。完璧だ。

われわれはここの温泉がもたらすあらゆるデーターを集めた。遠い街にある
うらぶれた図書館でいろいろ調べたりした。そのほか、この旅館からすぐに
いける様々なスポットも調べた。この旅館にまつわるあらゆるデーターを集めた。
やる気になればそんなものは簡単に集まるのだ。今ではこの家の住人よりも
この旅館について詳しくなっていた。われわれはご近所の暇そうなおばあさんまで
つかまえていろいろ聞いてきたのだ。彼らは完全に包囲されている。

そして、暇のなかでうとうとを繰り返すフロント係りを横目に、今まで来ていただいた
顧客リストをこっそり持ち出し、不便なコンビニエンスストアーまでいって
コピーをし、またそれをこっそり返した。今までよく泥棒にあわなかったもんだ。感心する

そしてわれわれは昼休みに一枚一枚一枚一枚、新しいプランを印刷した
チラシを封筒につっこみ、そして一枚一枚一枚一枚、手書きで住所を書いた。腕が痛い。

いったいわれわれはなにをやっているのだ? そうだ思い出した。 革命だ!

そして最後の砦、われわれはまず団体客のかわりに定年を迎えて暇をしている
老夫婦の長期滞在者を呼ぼうと、寝ぼけた家族に不意打ちをかけ説明した。
家族はポカンとしていた。長期滞在者にきちんとした明確な料金プランを提示すれば
多少高く感じたって来るだろう。そして冷凍のマグロを切ったり、まずい冷えた
てんぷらをだしたり、すのたっている茶碗蒸しをだすのをやめて、山の幸
(それは近くをぐるぐると周り、すでに発注可能にしてある)を中心とした
健康を売りにした料理を提供するのだ。一月も温泉に入り、この料理プランを
実行すれば多少は効果があらわれると思う。そうじゃなくっても一月ぼけっと
何も考えず、奥さんも料理の心配もせず過ごせるだけでもいいものだ。
その年頃の両親がいる人にも良いプランかもしれない。よいプレゼントにもなる。

ついでに、暇がないように歩いていける範囲のありったけの自然があるスポット
とか(もちろんちかくに腐るほどある)をパンフレットに書き込む。
ちょっと遠くの観光スポットだったら、暇なフロント係りが旅館のバスで
連れて行けばいい。でも基本は暇を売るのだ。それしかない。なにしろ暇ならたくさんある。
ほうきで掃いて捨てるほどある。また暇だからほうきでそれを掃く。掃き終わるとまた暇になる。
無限ループだ。

あとは、この近くにはなかなか良いスポーツ施設があることを発見した。
若いスポーツ団体プランを作るのも良い。こっちは安く料理は質素でいい。
近くにゲートボールができるところもある。老人会をよべばいい。
かれらは純粋な団体客ではない。彼らには立派な目的が存在する。
純粋な団体客とは純粋に旅館そのものが目的なのだ。目的はすべて添乗員に託される。
提示された目的の質が悪いと文句を言う。文句を言われた添乗員はわれわれに文句を言う。
だがそれには応えられない。わらってごまかすしかない。

しかし、メインは長期滞在者を集めることだ。われわれは間髪いれずに
家族にまくし立てた。 それは10日間ぐらい続いた。タフだ。

フロント係りをお酒でまるめ、調理係りにめいいいいっぱいのお世辞を振りまき
チャンスをうかがう。この旅館のを動かすには調理係りの承認が必要だ。
なんといってもこの調理係はここのオーナーでもある。小さな旅館なのだ。

もちろんわれわれは正しい行動をした。われわれはこの調理人のデーターを
隅から隅まで調べ上げたのだ。もちろん弱点も。ご近所の人間はとてもとても
愉快そうに隅から隅まで話してくれた。そういう土地柄なのだ。わかりやすいし、
われわれのような愛想の良い若いよそ者にもやさしかったりする。息子や娘たちは
都会に行ってしまった。寂びしかったりもする。単に噂話が好きでもある。
そういう土地柄なのだ。われわれは徹底的に攻めた。落城はもはや近い。

ほとんどみんなが渋い顔をしつつも明らかに白旗を揚げそうになった時、
われわれはスタンバイ済みの食材業者を呼ぶ。業者がオーナーを囲む。
めいいいいっぱいのお世辞が飛び交う。彼の弱点だ。世界中誰もが知っている。

フロント係にチラシ同封済み、住所記入済みの、山のような封筒を強引に押し付けた。
彼には間髪いれず、有無いわさず、強引にことを運んだ方がいい。そんなのは
初めて彼と話した時から把握していた。わかりやすい性格なのだ。誰にでも把握できる。

あとはあとは、天に祈り、勝利を確信する以外やることは無い。結局最後は神頼みだ。
われわれの夜の革命会議は終了し、今度は雨乞いのダンス大会へと変わった。
なかなか真剣だったが、なにはともあれ楽しかった。われわれは良いチームだ。
そして良き友人だ。なんでも話し合えるし、一緒に運命を共にしている。

数日間は反応が無かった。多少は居心地が悪かった。けどオーナーはまんざらでも
なさそうだった。なにしろご近所からめいいいいいいっぱいの賛辞が起きてたのだ。
だれがそんなこと計画したんだろう? きっと神のご加護だ。

第一号がいらしたのは20日後だった。われわれはせいいいいっぱいのおもてなしを
する。お客様が帰りそうになるくらい。もちろん帰さない。
じつのところ、われわれはフロント係りから毎日のように、切手代と
囁かれていたのだ。辛い。でも耐え忍んだ。気持ちはわかる。なにしろ
3000筒くらいあったのだ。そんなに安くは無い。

第2号もすぐに訪れた。しばらくするとロビーで第一号様と仲良く談笑する姿が見られた。
感動的だ。評判も良い、団体客はいないし、そもそも家庭的なところだし、
建物はどうしょうも無いけど、料理はよいし、温泉はばっちりだ。われわれも
親切だし、フロント係りも特に余計な気遣いしない。もともとしないだけだが。
自宅のごとくくつろげる、とお客様から喜びの声を頂いた。ガッツポーズだ。

われわれはいかにも温泉旅館でございますみたいな顔をした飾りやらなにやら
をすべて取り外した。もはや誰もわれわれに文句を言えなくなっていた。
じつのところ、この方が彼らの生活スタイルに合っているのだ。それにご近所から
の評判もよろしい。完璧なのだ。まだなれないだけだ。本当にみんな良い人たちだ。

口コミやらなにやらの評判が世界を駆け巡った。地元やら全国紙の旅行雑誌
の取材なんかも殺到した。実際に体験した人の記事なんかが掲載された。
フロント係りは一時期一向に鳴り止まない電話に対してこっちに文句を言ってきたが、
いくらなんでもそれくらいなれて欲しい、普通の旅館はそれくらいやる。

長期滞在者が旅館の部屋を埋める。延長するものもいる。あとで丁寧な
ありがたいお礼状が届いたりする。アルバイトが何人か追加された。
みんななかなかいい感じの人たちだった。仕事もそんなに難しくない。
ただ、お客の要望に対してできるだけ融通をきかせればいい。マニュアルはない。
人として普通に親切にすればいい。簡単だ。ちゃんとわれわれの趣旨を引き継いでく
れている。彼らもそのうちに革命を起こすかもしれない、わからない。

そしてわれわれの任務は完了する。完璧だ。ハイタッチだ。

われわれが辞めることに対して、家族や新しい同僚から疑問やら引き止めの言葉が
あった。そんなことは口で説明できることじゃないし、もう初めからそんなことは
決まっていたことなのだ。でもともかくありがとう、体に気をつけてといわれた。
最後の給料にはありったけのお札が詰まっていた。銀行振り込みじゃない、手渡しだ。
ありがたく頂く。なんだか涙が出てきそうだった。われわれは実に良くやった。

そしてわれわれは最後の飲み会を私の部屋で開く。もう会う事はないことは
お互い良く知っている。ふたりともまだ発展途上なのだ。旅は続く。
最後の最後のしんみりした夜だ。われわれはちょっと値のはるワインのコルクを
抜いて、乾杯した。うらぶれたこの汚い部屋で。それはおそらく次の革命軍が
改善してくれるはずだ。たぶん。


「まあ 寂しいけど、楽しかった 元気でな」と彼は言った。あとが続かない。


私は駅で、先に彼の旅立ちを見送った。私のいく方向は逆だ。どっちだっていいのだけど
そういうことにした。また草の中を駆け抜ける風の音が聞こえる。
恐ろしいほどの孤独感が私を襲う。風景と実に見事にマッチしてる。予想通り。

いったいなんのための革命だ? 風の音が聞こえるだけじゃないか?
どうしてどうして私はこんなに考える時間を必要としているのだ? 

「さて、、どこにいこうか?」 と私は言った。旅の途中なのだ。行く先ぐらい
きめなくてはいけない。電車が来るまで私がなにを考えていたのかは今となっては
思い出せない。なにはともあれ さよなら たのしかった げんきで


030

私はねこを膝にのせる。パソコンの電源を入れる。データー入力用のMIDIキーボード
をセットする。うちの奥さんが後ろでスタンバイしている。作曲だ。

6畳の部屋の真ん中に机がある。ソニーのノートパソコンがある。
音楽用のプログラムが開かれている。前にはEDIROLのMIDIキーボードがある。
ノートパソコンの左右に小さなモニタースピーカーがある。とりあえず電源は入っていない。
私はふかふかの回転椅子に座っている。私は裸である。何もつけない。決まりだ。

ねこを膝の上に載せる。ねこがこっちを向いている。イノセントな瞳を浮かべる。
決まりだ。奥さんは私を細長い布で私の目を隠す。奥さんもなにもつけてない。裸だ。
決まりだ。部屋の小さな窓を閉め切って、分厚いカーテンで光を遮断する。
キャンドルをひとつだけ小さな林檎型のグラスに入れてあたりをほのかに照らす。
ノートパソコンの画面が光っている。奥さんがソニーのヘッドフォンを私の耳にセットする。
プログラムはエレクトリックピアノをすぐに鳴らせるようになっている。決まりだ。

奥さんは私の頭上を3回右の手のひらで軽く叩く。合図だ。
ここからは私はなんにも考えてはいけない。なんにも想像してはいけない。
なんにも言ってはいけない。なんにも怖がってはいけない。でもそれはなかなか難しい。
そうするたびに奥さんは私の意識の中で容赦ない罵声を浴びせる。ひどい言葉で
私の心をずたずたに引き裂く。ことごとく私が無力なひとりのちっぽけな人間だという
ことをひっぱたいても何してもいいから強制的に理解させる。決まりなのだ。

奥さんが私の背後にある奇妙な形をした椅子に座る。なんでも代々家に伝わる
ものらしい。魔女にもいろいろなパターンがあるらしいが、どうやら彼女の場合は
ほぼ遺伝として継承されている。もう100代を越えているらしい。意志を引き継いで
いる。昔はヨーロッパ人だったけど、ある時、誰かが日本人と結婚したらしい。
必ず女の子が生まれる。女系だから性名はばらばらだ。うちの奥さんは外見は
完全な日本人だ。もちろん遠い昔の話だ。ヨーロッパにも遠い遠い彼女の親戚は
どこかで存在しているはず、ということらしい。結構な割合で双子が生まれる。

奥さんは私の頭を両手でそっと押さえる。水晶でも持つみたいに。
あたりはしんとしている。この部屋はかなりの高いレベルで防音されている。
とびきりのボリュームでデスメタルを聞いたって苦情はこない。

目の前は暗いのだがやがてほのかに小さな星のような光る粒があちこちに現れる。
なにも考えてはいけない。「しっかり前を見る!」と奥さんが怒鳴りつける。
私の意識の中で怒鳴りつける。実際の音ではない。

突然、すーと頭からなにか濃度の濃い空気の中をすり抜けるような感覚が起こる。
「臆病者!!」彼女が怒鳴る。 どうしたってこの瞬間はちょっと怖い。いつも怒鳴られる。

気づくと私は海の底のような世界の中にいる。やけに濃い水の色だ。ほんのすこし
青の絵の具で着色したような濃い水の色だ。海の底で私は立っている。
緩やかな波が全体を歪ませている。心の動きと同調している。ここにくるには
私の世界の果てを越えなくてはならない。世界の果てのずっと向こうに世界の中心が
ある。つまりは位置と時間の関係がひとつひとつの小さな感情やら思想やらと
繋がっていて、ひとつが全体となり、全体がひとつとなったりする。全体を包む殻を
意識的に破壊することによって、それは自由を得たひとつの塊となる。コップに水を注ぎ
続けるとやがて水が溢れ出すみたいに。蝉が脱皮するみたいに。塊はより大きい
箱を求める。やがて塊は現実という名の空気との境界線で摩擦しあい、新たな皮を得る。
新しい箱の完成だ。それが現実の私とってよいことかどうかはわからない。だれも
答えることは出来ない。ただひとつ言えるのは。わたしがそれを強く漠然とでも
望んでいるということだ。自分の身を身代わりにしてでもそこにいったらどうなるのだろう?
という純粋な好奇心を私はとめることが出来ない。普段は別にやかましくもない
奥さんに狂おしいほどずたずたに罵倒されても。普段は素敵な奥さんなのだ。本当に
魔女だろうがなんだろうが、普段は彼女も普通の女性だし、普通に素敵な夜を過ごすし、
われわれはきちんと快適な共同生活をしている。かわいいの娘たちもいる。猫もいる。
好きな音楽でなんとか家族を養うことも出来ている。余計な仕事はすべてキャンセル
しているから他の音楽家より稼いでいるわけでもないけど、ありがたいことに不自由ない。
娘たちにIPODを買い与え、奥さんのあまりまともとも思えないインテリアの趣味に
お金を出すことくらいのことは出来る。ゆっくりとソファーに寝ころび夕日を眺める
時間があればいい。私はそもそもそんなに欲しいものはない。私自身の中にある
なにかに興味がある。家族が大事だ。そこにはもちろん私自身もいる。
他人のようになるなんて卑怯だ。きちんと自分も含まれるのだ。自分のとっておきの
いやな性格さえも。ベイスターズも、IPODも。


「右足を一歩前に!」僕は右足を前に出す。

「違う!両手を上にあげるのよ!ちゃんと聞いてるの?」そして両手をあげる。

「さっさと右足を元にもどしなさい!」奥さんは私の意識の中で罵声を浴びせる。
私は右足をさげる。理不尽なのだ。強烈に。決まりなのだ。

「またなんか考えてる! 私の言うことが信じられないの?」と怒鳴る。
そんなことない。でもわずかなエゴが私のこころの片隅で小さく騒いでる。
頭でわかっていても、心で把握できていないこともある。そこをするどく突かれる。

「私のこと愛してないの? ちゃんと左足を前に出しなさい!」

「口ではえらそうなこといってもなんにもわかってないんじゃない?
 そんなのは子供でもわかることなのよ! ほら右足をあげなさい!」

わかっていても言葉はわたしに重くのしかかる。なにかの影がかすかに揺れる。
涙がぼろぼろとこぼれてくる。わかって欲しい、私は彼女を愛している。

「ほら!目をつぶるのよ!何度やったらいわれなくても出来るようになるのかな?
 やる気あるのか!ぼけ!」 それに答えてはいけない。思ってもいけない。
ひたすら受け入れるのだ。受け入れるほかない。どこにもいけない。例え理解できなくても
受け入れるほかない。そういうものなのだ。結果をみてはいけない。スッテプパターンを
なんとなく漠然と直感的に理解すればいい。視点の角度によって物事とはがらっと
印象を変えてしまうものなのだ。平面で物事を捉えてはいけない。本当の美とは
360度どこからみても魅力的なものであふれているものだ。中心に原動力のコアがある。
形とは中心にあるコアが増幅されたものだ。現在進行形でそれは形を変えていく。
中心は全体に含まれ、全体は中心に含まれる。

「両腕を横に!」そう彼女が言ったとたん、いつものごとく地面が落ちる。
砂は少しずつ下方にずり落ちていく。これもかなり怖い。でも言ってはいけない。
命取りになる。いつでもどこでも落ち着き払ってなくてはいけない。そう心から
信じるほかない。人は結局のところ多大な努力をしたところでだれも本人の安全を
保障してくれるわけではないのだ。巨大な分厚いコンクリートの上に立っていても
小さなネジをはずしたたけで、簡単に崩れ去ってしまうものなのだ。小さなネジが
すべてを支えている。もちろん現実には崩れないと思うけれど、これはたとえだ。

結局、最終的に人は神様だとか仏様だとかアラーの神とかなんだっていいけど
強い信仰の対象が必要なのだ。自分の純粋な好奇心を信じるしかない。
祈るほかない。なにもない。考えても無駄なのだ。無限ループだ。

砂は舞い落ちる。轟音があたりに響く。わたしは両手を広げたままこの濃いブルーの
水の中を浮かんでいる。なにも考えるな、無条件で降伏しなさい。心の中心に
ちいさなちいさな原動力のコアのみをのこして。忘れなさい。あなたの恐怖は
あなたの安全を保障しない。その小さなネジをはずすようなものだ。してはいけない。

しばらくなにも聞こえない真剣に残虐に超現実的な孤独の中を浮かんでいる。
わたしの体はすこしずつ水に溶けていく。濃いブルーはだんだんと薄くなっていく。
ほとんど透明にちかい色へと変わっていく。だんだんと夕日は沈み、やがて
完全な夜になるみたいに。すべてはわたしとともに真っ白になる。完璧ではない。
かすかな色が残っている。時間の感覚が失われる。位置の感覚が失われる。
なんにも疑問に抱いてはいけない。そういうものなのだ。決まりだ。


気づくと私は裸のまま椅子に座っている。ねこも奥さんもここにはいない。
キャンドルがあたりを照らしている。パソコンの音がだんだんと聞こえてくる。
現実に戻るのだ。プログラムには新しい生まれたてのアイディアが入力されている。
ただのメロディーと和音がエレクトリックピアノによって自動演奏される。
悪くない。ここからは私の仕事だ。これにしかるべき編曲をつけ、この曲に
もっともふさわしい名前をつける。名前は大事だ。その曲が一生抱えて生きていく為の
大事な名前だ。どんなによいメロディーを作ってもそれを聞く私自身に聞く耳がないと
意味がない。宝は宝にならない。私は何度もそれを繰り返して聞く。なんとか
それを立体化するのだ。良い美とはそうでなくってはならない。それには多くの
経験がものを言う。耳と直感の解像度を意識的に広げる訓練をしなくてはいけない
そんなに難しいことでもない。よいものに耳をかたむけていればいい。いつも。

この作業が長い時間続く。孤独な作業が続く。私は奥さんが用意してくれた服を
着て作業にとりかかる。サンドイッチとか、いろいろな作業しながら手軽につまめる
ものが置いてある。ワインが置いてある。私はそれを用意されたグラスに注ぎ
チーズがはさんであるサンドイッチをひとつつまみ、ワインを一口飲む。

しばらくは非日常的な時間が流れる。もちろんいつもこんな時間を過ごしていたら
頭がおかしくなる。ささやかな日常を支える為に非日常的な時間がある。
非日常的な時間のために日常を犠牲にしない。当たり前だ。頭がおかしくなる。

さあ、仕事だ。

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