幻想曲の旋律縦書き表示RDF


幻想曲の旋律
作:松谷ソウイチロウ


現代は、小説家にとって生きにくい時代だ。

かつてないほど小説家が危機に瀕している。

これから、30年後その職業は博物館での見世物に変わるかもしれない。



けたたましいサイレンの音が響く。
パトカーが2台同時に駆けつけ、警察官が一斉に顔を合わせる。
強い雨が降っている。
時間は深夜2時を過ぎたというのに、こんな田舎町には珍しい喧騒に地域住民が
野次馬となって現れた。手には傘を持って、中には雨具を着ている者もいる。後から来た者は首を伸ばして中で何が起こっているのか確認しようとする。
死体が2体。折り重なるように横たわっている。
男と女。男は40を過ぎているように見えるが、女はまだはたち前後のように見えた。
上空から見ると、2人でバツの字を作っている。
男は白目を剥き、体中からとめどなく流れる血がアスファルトを覆う。
その下に女が、うつ伏せに倒れている。後頭部だけが雨にさらされ、顔はアスファルトに沈み込んでいるようだ。
血なまぐさい雰囲気が漂う。夜気に雨と混じりこんだ死臭が鼻を突く。
穏やかな田舎町に起きた殺人事件に住民は驚きを隠せないようだ。
顔見知りの人間を見つけては、互いに何か囁きあっている。

村岡は少し遅れて現場に到着した。
傘を持ってくるのを忘れたことに気がついたが、取りに戻っている時間はもちろんなかった。

「やっぱり、殺されたんですよね?」
上下おそろいのグレーのパジャマを着た中年の男が、おそるおそる村岡に訊いてきた。
「間違いないですね。」
村岡が答えると同時に、ちょっとしたざわめきが起こった。
改めて事の重大さに気がついたようだ。
暗闇で視界が遮られていなければ、血の気の引いた、蒼白になった顔面が滑稽に並んだだろう。

被害者の身元はすぐに判明した。
男は、東京の郊外に勤める会社員で、毎日1時間半かけて通勤していた。
女は、近くでブティックの店員をしていて、家は事件現場から歩いて5分ほどの距離にあった。今のところ男と女に接点は無い。物取りの犯行とも思われたが、財布は手付かずのままになっていた。
犯行時刻は午前12時過ぎから1時までの間。わずか1時間の間に2人が殺されたことになる。何が原因なのか、犯人の目的は何だったのか、今のところは全く検討もつかない。

その時、人混みの間から、悲鳴のような声が聞こえたかと思うと、
ばしゃばしゃとコンクリートに溜まる雨を気にもせず、死体の元に駆けつけて来る声がした。
「あなた!」
死体は、救急隊員によって救急車に正に運び込まれようとしている所だった。
「あなたー、あなた。どうして・・・」
喉の奥を締め付けられたようなくぐもった声だった。
しわがれ、まるで声を出す器官を失ってしまったかのように弱弱しい響きだった。
野次馬の人間全てが、その場の空気を察知し、言葉にできない哀れみの表情を浮かべた。
村岡は、その中年の女性の肩をそっと抱き、倒れないように支えた。
顔は土気色から次第に蒼白に変わり、目は飛び出してしまうのではないかというほどに見開いていた。唇はわなわな震え、リップグラスを塗っていないせいか、かさかさに乾いていた。
顔のパーツ一つ一つがそれぞれの方法で恐怖を表現しているようだった。
「奥様ですか?」
村岡は努めて感情をこめない様にして、訊いた。
「あ、は、はい。」
村岡の落ち着いた声を耳にしてようやく、世界が2人だけで回ってるわけではないと気づいたように、村岡婦人は目を丸くした。そして、その後すぐに気絶してしまった。
雨が止む気配は一向に無い。


村岡は、買ってきたばかりの缶コーヒーをぐびぐびとうまそうに飲んだ。
眠気覚ましの意味合いもあったが、これから始まる長い捜査でしばらく何も口にすることができないと踏んでいたからだ。長年現場の刑事をやってきたが、殺人事件の現場は何度目にしても慣れる事はない。その度に、食欲が無くなる。
「ナイーブなもんだな。」
と、口を吊り上げて独りごちた。
昨日もそうだった。通報を聞きつけて駆けつけた現場では、そのあまりの凄惨さに体中がこわばった。あの時、強い雨が降っていなかったら、自分が恐怖で震えていたことが露呈してしまっていたかもしれないと思う。我ながら、頼りない刑事だ。

「ふー。」
大きく空に向かって背伸びをする。鑑識からの情報では、特に手がかりとなるものは残されていない。
長い一日になる。そう確信していた。難しい捜査になるとも。
警察の名目にかけて、などという青臭い台詞は当の昔に忘れてしまったが、悪を憎む正義感と犯人を割り出していく勘だけは今も絶やさず持っているつもりだ。
子供の頃に憧れたシャーロック・ホームズのように事件を解決してみる自分を何度も空想した。幾重にも張り巡らされた、犯人の罠を軽々と飛び越える。
そして、事件の背後に隠された本当の意味を知る。
事件を憎むことはできても、人の心まで憎むことはできない。
そんなかっこつけたエピローグの中、人が生きる世の空しさを噛みしめる。

ドラマの中の熱血先生が、現実の愚かな先生への刺激的な提言であるのと同じように、
推理小説に出てくる難解複雑なトリックと犯人の背景は、現実の犯罪を反映したものでなくてはならない。犯人が魔術を使って殺人を犯す推理小説は、魔術を使う犯罪が発生してからでなくては意味が無い。


村岡はベンチから立ち上がり、真っ直ぐ前を見つめた。青々とした稜線が視界一杯に広がる。
逃げ場を全て封鎖され、監視されているように感じる。
山の頂には未だ溶けきらない雪が申し訳なさそうに残っていた。
視線を峰から住宅街につながる一本道に移すと、そこに一人の若者が立っているのが見えた。
決まり悪そうにこっちを見ている。目には力強さがあるが、口元は笑っていない。
さぁ、腕の見せ所だ。
飲み終わった缶コーヒーの缶を捨て、村岡は試合開始のベルを聞いたボクサーのようにいそいそと若者の方へ歩み寄った。ゆっくり、まだ慌てるなと言い聞かせながら。

「事件のことかね?」
自分でも無粋だと感じるほど率直に切り出した。
「えぇ、まぁ。」
「そうか、君は何か事件の謎について知っているのかね?」
「なぞ?」
若者は、訊いたことのない方言でも耳にしたかのように首を捻って、目をみはった。
「なぞ、というか、昨日の二人を殺したのは俺です。」
と日々変わりの無い業務日誌を上司に報告するように淡々と言った。
「え?」
村岡がびっくりする。体中を稲妻が走るというような驚きではなく、どちらかというと後ろから膝をかくっと曲げられたような拍子抜けといった驚きだ。
そ、そんな。
「そんなこと言ったって、君はあの二人とどういう関係なんだい?」
「か、かんけい?」
若者がまた、外国人のようになる。耳筋のところこりこりかき、
「昨日は、むしゃくしゃしてたから、とにかくイライラしてた。何かよくわかんねぇんだけど、キレちゃったんだよね。だから、殺した。」
「う、うそ?」
そんなあっさり?そんな展開でいいの?
村岡の脳裏を様々な感情が横切る。
だって今から、更に被害者が出て、謎が謎を呼び、この街の隠れた秘密が明らかになって、犯人は実は、一人ぼっちの淋しい・・
「おい、早く逮捕してくれよ。あんた刑事だろ。」
思考に割り込むように若者がどなった。

村岡はまだ信じられないでいる。

しかし、それは事実だった。
紛れも無いこの事件の幕切れだった。

複雑な背景もトリックも最初から存在しなかったのだ。

「なんかむしゃくしゃしたから」

キレちゃったから殺されたのだ。

「そ、そんなぁ。」
村岡が半べそをかきながら、犯人に近寄った。手錠をかけ、犯人の顔をまじまじと見た。
それから、思いっきりため息をついて見せた。
囁くようにゆっくりと。
「おまえにはがっかりだよ。」
パトカーのサイレンの音が静かな住宅街に鳴り響いた。



小説が、現実の世界を反映するものなら、現代という時代においてミステリー小説は存在し得ないのではないだろうか。
理由もなく、カッとなって人を殺す。
そこには、描くべき背景が存在しない。

むかついたから
たった7文字で小説が終わる。

「今」という時代の犯罪小説を正確に描くとき、そこに作家は必要ないのかもしれない。
















読んでくださってありがとうございます。初ミステリーでシュールになってしまいましたが、感想をいただけると幸いです。













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう