閑話 リュミオンの王城で
ーー少し時は遡りーー
「な、なんだと……、それは真か!?」
その質問に偵察に向かわせた者から再度繰り返し報告をされる。
「ハッ!間違い御座いません!
援軍に来てくれたプリタリア殿率いるポルネシア軍は……敵連合軍の奇襲を受け壊滅。
撤退致しました!」
「何ということだ……」
まさかの頼みの綱のポルネシア軍の敗北にその男はドカッと玉座に崩れ落ちる。
そして繰り返す。
「何ということだ……」
まさか準英雄級であるプリタリアがここまであっさり敗北するとは思わなかったのだ。
北からは帝国の準英雄級が、南からはバドラギア王国の大軍が、西からは帝国の本軍が迫ってきている。
東には彼ら人間種が未踏の領域である森エルフの国がある。
10年前の帝国とバドラギア王国の裏切りによって、味方は南東のポルネシア王国しかいないリュミオン王国。
勿論外交には力を入れているのだ。
だが、残念ながら結果が伴っていなかった。
そして、ポルネシア王国は敗戦。
どうすればいいのかと頭を抱えるリュミオン王に横にいた宰相が話し掛けてくる。
宰相は、リュミオンの王国の東地域一帯を管理する貴族。故に家は非常に裕福で、それを体現するかの如き体をしている。
「リュミオン王。
これから如何なさいますか?」
「それを今考えておる!!」
その無神経な言葉に言葉を荒げる。
その怒鳴り声にも宰相は冷静に対処する。
そして、畏まった態度になり、王様の前に跪く。
「失礼致しました。
では、私の方から一つ、進言をお聞きして戴いても宜しいでしょうか?」
「ん?案があるのか?申してみよ」
先程の怒りも忘れ、藁にもすがる思いで宰相に意見を聞く。
リュミオン王の言葉に笑顔で宰相は応える。
「ありがとうございます。
では、私の愚案をお話し致します。
今回、ポルネシア軍は敗軍しました。
私達、リュミオン王国の兵力では連合軍の力には敵いませぬ」
「そうだな。それで?」
そんなの分かりきった事だ。
今更そんな話をしたいわけではあるまい、と顔を顰めて先を促す。
その王の言葉に宰相は満面の笑みで答える。
「はい。恐らく、ポルネシア王国はこれから、オリオン公爵かそれに近い将軍を出陣させてくるでしょう。
ですので、我々でそれを討ち取るのです」
「何だと?」
そう告げる宰相にリュミオン王は何を言っているのかわからず聞き返してしまう。
「はい。ポルネシア王国の将軍のクビを差し出しそれを帝国へのお土産にし、許しを乞うのです。
そうすれば……」
「黙れ!!」
これしか方法は無いとばかりに自信満々に話す宰相にリュミオン王は肩をいからせて話を終わらせる。
「貴様に誇りというものはないのか!?ポルネシア王国は、オリオン公爵は10年前の戦で命を落としてまでこの国を守ってくれたのだぞ?
その時の恩を忘れ、あろう事か仇で返すなぞ……、気が狂ったか!?」
その怒り言葉にも宰相は、
「ですが……」
と反論しようとする。
だが、
「今すぐここから出て行け!貴様の言葉など聞きたくもないわ!」
そう言って宰相を無理矢理追い出す。
会議室から追い出された宰相の背中に、「何故こんな無能な奴が宰相なぞやっておるのだ」という声が聞こえた。
その言葉に怒りで顔を歪める宰相は廊下をドシドシと歩いて行った。
そして、それから時間が経ち、とうとうリュミオン王国王都の周りを敵軍が満たす。
「オリオン公爵軍がこちらに向かっている!それまで持ち堪えよ!」
そう兵に命ずる。
偵察からの報告では後、ポルネシア軍は立ち塞がったバドラギア王国軍を難なく蹴散らし、この王都まで後二日の距離にまで迫っているらしい。
しかも率いているのはオリオン公爵家だ。
彼等が来てくれれば何とか持ち直せる。
そう考えた矢先の事だった。
「なん……だと?」
四つある内の一つ城門が開き、敵の大軍が雪崩れ込んできた。
それからはあっという間だった。
そもそもが寡兵なのだ。
門の内側に入られて防げるわけがない。味方の兵は次々に敵に切られ死んでいく。
「王!お逃げください!」
立て直しは不可能と判断した部下がそう進言してくる。
だが、あまりに衝撃的な出来事のせいでリュミオン王は動けなかった。
何故だ?という考えで頭が一杯だったからだ。
こんなあっさり破られるほど王都の門は薄くないはずだ。
「王!お逃げください!敵が迫ってきております」
必死にそう呼びかける部下の声にやっとの事で我に返り、子供達の元に向かう。
城を放棄して逃げるのは貴族の恥だ。
(それに敗戦の責は負わねばなるまい)
王である彼が逃げ出してしまえば国を再建する事は出来なくなってしまう。
国民からの支持が得られないからだ。
ポルネシア軍がすぐ近くまで来ているし、この時のための逃げ道も用意してある。
子供だけでも外に逃げさせられればまだこの国は終わらない。
そう思い、急いで子供達の元に向かう。
だが、バタバタという複数の足音が聞こえたかと思うと、突き当たりの廊下の曲がり角から兵が走ってきた。
甲冑はリュミオンのものだった事に安心し声を掛けようとした。
だが、そのリュミオン兵達は、リュミオン王を見た瞬間、
「いたぞ!リュミオン王だ!捕まえろ!」
と叫び出した。
「な、何?」
(敵国の間者か?
バドラギアか帝国の兵が甲冑を奪って我が国の兵に紛れておったのか?)
そう思ったリュミオン王だが、お付きの騎士が叫ぶ。
「お逃げください!裏切りです!」
その言葉でやっと気付く。
誰が裏切ったのかも。
そう思いながら身を翻し逃げようとするが、後ろからも兵が来ていた。
「王をお守りしろ!」
騎士がそう叫ぶが、裏切り者は一本道を前後で挟み、しかも十倍近い兵がいた。
騎士達も必死に戦ったが多勢に無勢。一人また一人と斬られていき、騎士は全滅し、王は捕まってしまった。
そして、宰相の前に連れて行かれる。
「貴様!裏切りおったな!」
そう叫ぶ王に宰相は余裕の笑顔で
「はい?わたくしがですか?ホッホッホ!
いえいえ、わたくしはこの国にとって最善の選択をしたつもりなのですがねぇー」
と答えた。
「何だと?……!?
貴様!まさか城門を内側から開きおったのか?」
その王の言葉に、宰相は脂肪で垂れ下がった顔を満面の笑みに変え、
「えぇー、確かにこのわたくしめが王城の門を内側から開け放ち連合軍を城内に入れました!はいぃー」
宰相の言葉にもしかしたらと思っていた予想が当たった。
「きさまぁ、この逆賊が!
国を売るとは貴族として恥を知れ!」
「ホッホッホォ、先ほども申し上げましたでしょうに。
わたくしめは国にとって最善の選択をした、と。
貴方を連合軍に渡し、慈悲を乞う。
そして、今までの事は王の独断。
我々はそれに反対したのだが聞き届けてはもらえなかった!
ああ、我々はなんて可哀想な貴族なんだ!」
と宰相は芝居掛かった様子でそう叫ぶ。
「そしてこの国は存続し、愚かにも抗った貴族以外の者達は、敗戦後も貴族としてやっていけるのでございます」
その言葉に捕まっていたリュミオン王は反論する。
「何が存続か?隷属の間違いであろう!これからこの国に地獄のような日々が訪れる!
貴様が何もしなければポルネシアからの援軍が到着するはずだったのだ!」
その言葉を宰相は鼻で笑い、
「えぇー、確かにポルネシアからの援軍、かのオリオン公爵が率いる軍勢がこちらに向かってきているという事は存じております」
「ならば……」
「ですが彼らは高々3万だそうです。
その程度の兵で一体何ができると言うのでしょうか?
言い方を変えさせていただきましょう。彼等は一体何をしに来たのでしょうかねぇ〜。
この国にいる敵連合軍を全員追い出すにはあまりに少ない。
かのオリオン公爵といえど無敵ではないのは前回の戦で周知の事実。
彼等が三万でする事。
わたくしなら……」
と言って贅肉のついた指で王を指す。
「貴方方王族を連れ出し大義を得た後、森エルフ共に近い私の領土を少しでも得ようと考えますでしょうなぁ〜」
その言葉に言い返せず、口をつぐむ王に更に宰相は畳み掛ける。
「ご理解いただけましたかな?
彼等もすでに諦めているのですよ。
ならばわたくしも国が存続できるよう彼等に貴方方を売り渡すことこそ最善と思った次第で御座います」
そして、
「連れて行きなさい」
と部下に王を連れて行かせる。
そう言って宰相は深々と一礼する。
まるで死に行く友を見送る様に。
王は何も言えなかったのではない。
何も言わなかったのだ。
宰相の目を見ればわかる。彼は自分の利益を得る事で頭が一杯なのだと。
それを指摘しても無駄だとわかってしまった。
その宰相の耳に王子達を捕らえさせていた部下達から報せが入る。
「リリー王女とルナ王女の姿が見えません!」
と。