第77話 俺の為に泣いてくれる人
痛いくらいの沈黙がその場に流れる。
「う……」
(う?)
沈黙を破った、う、という音に四人を見る。
音の発生源は……スクナだった。
コウとメイは両手を合わせたまま未だに微動だにせず、アイナは自分の力の無さに歯噛みをしている。
だが、スクナは、「う、うぅ…うぅ……」
泣いていた。
「あ、えっ……?」
予想外だった。まさか泣くとは思わなかった。
「あっ、と……ス、スクナ?」
俺がスクナの名前を言った瞬間!
「ごめんなさい‼︎」
と泣きながら謝り、部屋を出て行ってしまった。
「あ、ス、スクナ……」
と呟くだけだった。
そんな情けない俺の代わりに飛び出したのはアイナだった。
「スクナさん!」
そう言ってアイナはスクナの後を追う。
2人が飛び出した後の部屋には沈黙が流れる。
だが何時までもこうしてはいられない。お父様と3万近い軍勢を待たせている。
「ここですぐに追えない僕はやはり甲斐性がないのでしょう。そう思いませんか?コウメイ?」
自嘲気味にそう呟き、コウとメイに向き直る。それに対し、コウとメイは、何も言わずに沈黙を守る。
「やっぱり少し、言いすぎたかな……。でも、本当に嬉しいですよ。お母様も僕の為に泣いて下さいました。こんな時に不謹慎かもしれませんがそれでも、自分の為に泣いてくれる人が他にもいるというのは僕にとってこれ以上ない幸せです」
前世で、俺の為に葬式に来たやつなんてきっといない。
1人も友達が居なくて、家族にさえ厄介者扱いをされていた俺の為に泣く人間なんていない。
恵まれている。素直にそう思える。
だから…だから、
「コウ、メイ、ありがとう」
俺のために泣いてくれて。
そう。コウとメイは合わせた手に隠れて静かに泣いていた。
「ずいまぜん」
どちらが言ったのかわからないが、そう謝ってきた。
「謝る必要は無いですよ。本当に、本当に嬉しいです」
心の底からそう思う。
本当は一緒に行きたいのだろう。だけどこの二人は自分達の弱さを知っていた。スクナ達は子供にしては確かに強い。農民兵くらいなら一対一でも勝てるだろう。だが訓練を積んだ精鋭より遥かに弱い。一緒に行っても足手纏いになるとわかっているのだ。
ならば諦めよう。
コウとメイは考えた上で……悩んだ上でそう決めた。
「それでいいのです。スクナとアイナの気持ちも嬉しく思います。ですが力がない状態で戦場に出れば高い確率で死んでしまうかもしれません。
僕は……僕は貴方達が死んだら、とても悲しく思いますよ」
スクナ達の気持ちも嬉しく思うが、力がない状態で戦場に行くのは蛮勇だ。
それで死なれるは嫌だ。子供みたいな言い方だが、とにかく俺が嫌なのだ。
「わがってます、わがっでまずよー」
コウがそう涙声で何度も頷く。
「そうか……ありがとう」
それしか言葉が出てこない。
俺の目頭が熱くなる。
「れいんざまぁ、本当は、ほんどうはぼぐだちも一緒にいぎだいです‼︎でも、でも、僕たちじゃ……」
今まで言葉を発さなかったメイがそう言った。
「わかってます。勿論わかってますよ」
勿論わかっている。俺の前では兄の真似しかしないメイがいつも1人で訓練していた事は。
神眼でずっと見ていたからな。
彼らが本当に俺の役に立とうとしていた事は全部わかっているさ。
「でも、今はまだ時期ではないのです。もう少し大きくなった時、その時は必ず共に戦いましょう!」
そう俺は締めくくる。
名残惜しいがもう時間がない。
「スクナとアイナにも伝えてください。それと申し訳ないとも」
スクナ達を捜す時間ももうない。
「わかっでます。れいんざまぁー、絶対に死なないでぐださい」
涙ながらにコウがそう言う。
「死にませんよ。死ぬわけにはいきませんよ」
こんなところで死んでたまるかよ。
まだ俺は前世で出来なかった事の殆どができていない。それをやるまでは死ねない。
そう言うと、コウとメイは背筋をピンと張り、涙で濡れた顔を引き締め、右手で敬礼をし、今までで一番大きな声で、
「「では、行ってらっしゃいませ‼︎」」
と、激励をしてきた。
「では、行ってきます」
そう言って俺は扉を閉め、部屋を出る。
俺とコウメイの年の差は2。会った時から俺よりも小さい双子の小人族の兄弟。
彼等の“行かない事を選ぶ勇気”を俺は絶対に忘れない。