第50話 魔物の階級
道中にあった他領の貴族の館で一泊した後、挨拶を終えて、館を出る。
娘を紹介された。
可愛かったのだが正直もうお腹いっぱいです。
一夫多妻制は別に良いのだがいつの間にか実権を妻達が握っていた、なんて事になりそうで非常に怖い。
考えてもみて欲しい。
あの!王女だぞ。妻が反乱起こして俺だけが寂しく追い出される絵がありありと浮かぶ。
そっちよりは友達が欲しい。
息子を紹介して欲しかった。
と、レインが切実な想いを胸中で語っていると馬車が急停止する。
「どうしました?」
と言って神眼を発動し周りに敵と思しき者達は誰もいない事を確認した後ドアを開け外に出る。
「申し訳ありません。前の者が剣戟が聞こえたそうなのでおとめしました。おそらくあそこ曲がり角の先で誰かが争っているようです」
耳を澄ましても全然聞こえないし神眼の効果範囲にはいない。
「全然聞こえませんが?」
「前にいるオルドーは聴力強化系スキルを持っております。
我々には聴こえずとも彼には聴こえるのです」
と言った。
前を神眼で見てみるとオルドーが顔の横に手を当て耳を澄ましている。
聴力強化系とはそのままの意味で聴力が強化されるスキルである。
神眼で見るとレア度3の聴力強化中を持っていた。
今、この列が歩いているのは山間だ。
もっと大きい道もある事にはあるのだが大分遠回りになる為こちらの道を選んだ。
山2つ分は迂回する為更に1日かかるのだ。
この道は横幅はそれなりにあるが横は鬱蒼とした森があり当然モンスターもいる。だが、50人以上の騎士に囲まれたこの隊に攻撃を仕掛けるようなモンスターはいないし、盗賊だってフル武装した騎士相手に戦う事はないだろうという俺の判断だ。
ガン押ししてやった。無茶苦茶押した。とにかくこの道にするように言った。
早くプリムに会いたかったのと密閉空間である馬車の中での旅は想像を絶するくらいきついものがある。
危険だからと辺りが見渡せる平原とかでないと外に出してくれないのだ。
しばらくすると偵察に行っていた者が帰ってきた。
どうやらゴブリン20体以上とオーク5体以上に囲まれている商隊があるらしい。
「どうしますか?」
と隊長が聞いてきた。
「倒せますよね?」
騎士の平均は30を超えている。
これで負けはないだろう。
当然、
「もちろんです!」
と力強い答えが返ってきた。
「ではお願い……いや、スクナ達を見学させてあげても大丈夫ですか?」
とりあえず最初は魔物を見学させるところから始めるのがいいだろう。
「後ろで見てるだけでしたら構いません」
「わかりました、ありがとうございます。スクナ!コウメイ!アイナ!」
と四人を呼び事態を説明する。
因みにコウメイは一緒に呼ぶときは繋げて呼ぶ。
「あそこを曲がった先で魔物と戦っている人たちがいるそうなので助けます。彼らについて行って魔物退治というものを学んできてください。
後ろから見ているだけで大丈夫ですので」
と言って騎士達15名と共に見送る。
ついて行きたかったのだが当然無理だと思い諦めた。
それからしばらくして合図があり、馬車が前進する。
そこには1台の横転した馬車とそれに道を塞がれて立ち往生した2台の馬車、それに商人らしき人たちと護衛の冒険者らしき人達がいた。
周りは岩などが散乱している。
安全を確認したあと外に出る。
一回止められたが押し切ってやった。
辺りを見ればなんとなく状況がわかったが一応挨拶する、ことは緊張して出来ないので第四夫人に任せ、スクナ達の元に向かう。
「ランド隊長、状況は?」
「騎士隊に死者、怪我人共におりません。ですが商隊から数名死者が出たそうです」
と報告してくる。
「そうですか、ご苦労様です。
ではそのまま待機で周りの警戒をお願いします」
「ハッ」
と敬礼し、隊長は離れていった。
「本物の魔物との戦闘はどうでしたか?」
スクナがまず
「やはり仮想の戦いとは違い血が吹き出たりしますのでそれに目を眩ませられない様に動くなどの工夫が必要ではないかと」
(固い!そしてそういうことが聞きたかったのではない!)
魔物との戦えに恐怖せずやっていけるかどうかを聞きたかったのだ。
別に戦闘方法を聞きたかったわけではない。
さすが戦闘経験者は違う。
「コウは?」
「馬に乗って戦う強さを学びました」
(そっちか!まあ目の付け所はいいと思うが)
「メイは?」
「馬に乗って戦う強さを学びました」
(うん、君は兄とは違う発言をしようね。
兄の発言をパクってんじゃないかと疑ってしまうよ)
「アイナは?」
「素晴らしいの一言に尽きるかと。
突撃から敵を逃さないための細かい戦略などまだまだ学ぶ事は多いです」
(そうね、成人もしてないのに悟るわけないからね)
「まあ皆さん色々言いたい事はありますが何かは学んだ様で何よりです」
と言って締めくくり自分の馬車に戻ろうとすると途中でローゼさんと商人が話し合っているのが見えた。
商人は何か微妙な顔をしている。
「あ!やっちまった。
ローゼさん……」
基本無口で無愛想なローゼさんに任せるとこうなる事くらい予想がついたはずだ。
近づいて俺が挨拶をすることにする。
〜ローゼと商人〜
「これはこれはお貴族様!本日は助けていただき誠に感謝申し上げます!」
「……別にいい」
「ハイ?そ、そうですか?」
あまりにそっけないので何か怒らせてしまったのかと商人は狼狽えてしまう。
「私が助けた訳じゃない」
「え?ええっと貴女様の騎士達では?」
騎士の主人であればそれは主人の手柄になるからだ。
「違う」
即答だった。
「で、ではどなたが騎士様方の主人なので?」
というとローゼは先ほど馬車から出てすぐに何処かに行ってしまった子を指す。
「あ、あの男の子が?」
じゃあこの人は何だ?という疑問を持ちながら聞くとコクリと頷く。
「そ、そうでしたか。これは大変失礼いたしました。
あ、私の名前はアドレ・リュドーと申します。どうぞよろしくお願い致します!」
といってアドレは頭を下げる。
「ローゼ」
とだけローゼは呟いた。
「ローゼ様ですか?貴族様…ですよね?貴族名を伺っても?」
「オリオン」
そう言われた瞬間に悲鳴を上げそうになった。
まさかこの国で最も有名な貴族家が助けてくれるとは思わなかったからだ。
「オリオン、公爵家ですか?」
と聞くとローゼは頷いた。
「これはこれは、まさか公爵様が助けてくださるとは!!誠に感謝申し上げます!」
コネクション作りの一環として頭の中が商売人に切り替わる。
なんとしてでも記憶にとどめて欲しいのだ。
「そう」
とだけローゼ呟いた。
(困りましたな〜……)
ローゼがあまりに言葉足らずなのであまり聞き過ぎれば怒ってしまうかもしれない。
だからと言ってこの千載一遇のチャンスを逃す商人はいない。
不快に思われれば最悪商人人生が死ぬ。
距離感が分からずどうすればいいのかわからないのだ。
そんな時この停滞に光がさした。
〜ローゼと商人〜
「今日は」
レインの登場にこの状況の変化を見たのかやけに嬉しそうにかつ手をコネコネさせながら話してくる。
「これはこれは貴族の坊っちゃま!
私はこの商隊で主をしておりますアドレ・リュドーと申します!
この度は我が商隊を助けてくださり誠に感謝申し上げます!!」
と言って頭を下げる。
「いえ、たまたま通りかかっただけですので。
そちらの商隊で死者が出たそうですが、お悔やみ申し上げます」
と言ってレインは少し頭を下げる。
するとリュドーは哀しそうに顔を伏せて、
「はい。前の街で雇ったばかりの冒険者なのですが、やはりこの職業で人の生き死には何度も目撃しているとはいえ、話した事のある人が死ぬというものは慣れないものです。
まさかあのような事があるとは……」
「あんな事?」
「はい。道に土砂が散乱していて馬車が通るのには邪魔でしたのでどかそうという話になったのです。
それで手分けをして岩をどかしている最中に周りにいた魔物達に襲われまして、不意打ちだったもので対応が遅れ、死者が3名と馬車が一台の損失です」
と言った。
(土砂が散乱していたっていうのはアレの事か。
まず間違いなく罠だろう。
ただ問題は……)
「ゴ、ゴブリンってそんなに頭がいいのでしょうか?」
(って事だ。
ゴブリン如きが罠を張るだけの頭があるなら危険度がかなり高くなるからな……)
「いえ、私が見た所、色違いが1匹いました。恐らくは上級ゴブリンのコマンドゴブリンかと思われます。
まさかこんなところに上級が居るとは……」
この世界の魔物はほぼ全ての魔物が進化する。
下級、中級、上級、王級、神級の順である。
進化すればする程強く、そして寿命も延びレベルも高くなる。
群団系魔物と呼ばれるゴブリンやウルフなどは上級以上の統率者がいると格段に危険度が増す為、恐れられているのだ。
「そ、そうでしたか。運が悪かった、という言葉で片付けるのはよくないと思いますがせめて一緒に隣町まで行きますか?」
レインが助けなくても街まで行ければ組合が助けてくれる為街までの護衛を提案する。
一本道なのでどうせ一緒の道を通るというのもある。
「おお!ありがとうございます!
是非!お願い致します!」
という訳で彼らを次の街まで連れて行くことになった。
「最近はバドラギアがリュミオンに宣戦布告するなど、大変な事になりましたね」
と早速リュドーが口を開く。
リュドーはちゃっかり俺と同じ馬車に乗っている。
まあもちろん俺が許可したのだが。
俺はというと第四夫人と騎士団長との間に座っている。
情報収集の一環として話をした方が得だと判断した。
が!残念ながら俺から話しかけはしない!
人見知りなんでね。
話しかけてくれて助かったぜ。いや正確には話しかけられはするのだがちょっとね。
先手を制すのは会話でもなんでも基本なのだが、どう切り出せばいいのかわからない。流されるままに聞きたいことを聞ければいいスタイルという消極的発想だ。え?聞きたいことを聞けなかったとき?
いや、そもそもこれと言った質問は別にない。ただの情報収集だ。まあ何か重要な話でも聞ければということだ。
「はい。僕もそう思います。最近バドラギアがきな臭いとは父から聞いていたんですけどね……、まさか本当に戦になるとは」
戦争という言葉は前世でも別段珍しくなかった。
だがすぐ隣の国が戦争になるとは思わなかった。
実感というほどの気持ちの変化はない。当たり前だ。現場を見たわけではないのだから。
でも恐ろしくはある。隣国で戦争という言葉自体が恐ろしい。
自身に実際に影響あるかもしれないという戦争は恐ろしく思う。巻き込まれるかもしれないというのは恐ろしいものだ。
「前回の戦から10年ですか……。あ、いえレイン様が生まれる前のお話で申し訳ないのですが」
「構いませんよ。僕にも関係のない話では決してありませんから。
前回とはいろいろ違いますからね」
前回、軍を率いた将軍は戦時中に戦死した。
非常に優秀な将軍でもあり貴重なスキルを持つ人だった。
今回はどうかわからない。俺もあまり詳しくは聞いていない。
「オリオン公爵家、ですからね」
「はい、僕もいずれ戦争に行き、この国を守りたいと思います!!」
と元気よく言っておく。
両隣が味方で相手数が自分達より少ないというのは気持ちが楽だ。
「おお!それは頼もしいですな!オリオン家がある限りポルネシアは安泰ですな」
「ありがとうございます」
まあ普通にお世辞だろうと受け取っておく。
「それにしても戦争は嫌なものです」
と唐突に言った。
「え?えっと商人の方でしたら戦時中は儲かるのでは?」
よくある話だ。
「いえ全商人が戦争で儲かるわけではありませんよ。
徴用という言葉をご存知ですか?」
「いえ、知りません」
「徴用とは戦時などで国が強制的に物資を民から持っていくことですよ。
商人を敵に回すと国が破滅しかねませんのでそれほど厳しくはありませんが儲ける商人は実際は結構少ないですよ」
そして、それに、と言い、
「私は鉄などの金属を扱っております。
戦時中は勝手に外に持ち出したり、武器がなくて戦えないなどにならないように国が資源の割合を決めてしまいますからね。
なおさら儲かりませんよ」
「へ~」
「個人経営の商会を持てれば大量に備蓄などができて儲けられるのですが見てのとおり行商人ですので厳しいですね」
「なるほどなるほど。
帝国やバドラギア王国、リュミオンなんかも戦時で民から徴用するのですね」
「そうです。特にリュミオンは今頃民衆はてんやわんやでしょうね。同情します。
あ、そういえば……」
と何かを思い出したように話し出す。
「確か帝国は5年位前から木材をかいあつめてますね」
「木材?鍛冶で武器を作るための?」
鉄を加工するための火を使うために大量の木材を必要とするのはよく聞く話だ。
「いえ、なら5年前である必要はないかと。大量に作ってもそれを振るう人がいないと意味がありませんからね。
聞いた話によると軍船を作っているそうですよ。
海賊狩りに精を出していて船がよく壊れる、という話を帝国から来た商人から聞いたことがあります」
「はあ~、海賊狩りですか。軍船を壊せるくらい強い海賊がいるのですか……」
凄い世界だな。鍛えた軍並みに強いって海賊ってあんた……。まじめに働けよ。
「う~ん、私は帝国まで行きませんからよくわかりませんが、そんな話はきいたことがありませんね。いえ、でもたまに軍船がボロボロになって帰ってきたり、帰ってこない軍船があるそうですので事実なのではないかと思いますが」
「なるほど」
なるほどなるほど。予想以上にいい話が聞けた。