第106話 頬を……
「そうでしたか」
城下町にある大きい図書館の事を言っているのだろう。
入場料として銅貨五枚が必要になるが一般にも解放されている。
紙が高価で複写にも時間がかかるこの時代で本は非常に高価な品になる。
それゆえの処置だ。
「だから、今はいなーい」
「そうですか」
(ルナは本好きだったのか。幼児期は俺も腐る程読んだけど……)
本当に読みまくっていた。
よくやったよ。あの頃の俺。
「と言うことはターニャさんもルナ様に着いて行っているのですか?」
「そう!」
ちょっと嬉しそうにそう頷いた。
(ターニャさん……。貴女達の仲が縮まる事を俺は切に願うよ)
他人任せな願い事をしながら今度はリネーム君の方に向き直る。
「リネーム君は本はお好きですか?」
一応ゲストとしてきているお客様なので暇にさせないように話を振ってみる。
しかし、リリー王女の突然の出現に未だに動揺を隠せないようであたふたしている。
「は、はい!大好きです!」
「そ、そうですか」
そんな好物みたいに言わなくても。
「ふふ、リネーム君って面白い!」
リリーにはうけたみたいだ。
「ありがとうございます」
リリーの笑顔を見たリネーム君は顔を綻ばせ、頭を下げる。
(狙っていたのか?)
感謝しちゃダメだろ。トリを飾ったみたいになっちゃうから。
「ルナ様は本がお好きなのですね」
「うん。もうねー、ずっと本読んでるよ」
「そうなのですか、それは大変喜ばしい事です」
喜ばしいだろうか?
自分でもそう思いながら話す。
しかし、俺がおべっかを使った話し方が気に食わないらしい。
「レイン。前と話し方が違う」
リリーが丁寧な俺の話し方に文句をつけてきた。
「そうでしょうか?前とあまり変わらない話し方をしていたと思いますが」
(戦争中の俺の話し方ってどんなんだったっけ?)
全然記憶にない。その後すぐに強烈に記憶に残った出来事があったから仕方がない。
思い出せない俺に不服なリリーは頬を膨らませて怒る。
「そんなに畏まってなかったよ!」
「おお!流石はリリー様!畏るなどという言葉を知ってらっしゃるとは!このレイン、感激の極みでございます」
適当に思いついた言葉を並べてみた。
予想以上にちゃんとなっていて俺自身驚いている。
数年に及ぶ訓練の成果か。俺の顔は今最高に輝いている。
「あいだだだだ!」
俺が一人で自我自賛していたところに近づいて来たリリーに頬を抓られてしまった。
「そういうとこ!」
「すいませ……あいだだだだ、離して」
すいません、と謝ろうとしたら頬を更に強く抓らせてしまった。
予想以上に痛い。
「ごめんなさい!」
「もう」
そう謝るとリリーはやっとの事でしぶしぶ手を離してくれた。
俺は抓られた左頬をさすりながらぼやく。
「違いがよくわかりませんが……」
「レインはスゴイたにんぎょーぎな話し方をするからお仕置きしたの!」
膨れっ面なままリリーは怒る。
「え?何て?」
右手を右耳に当て聞き取り辛かった部分をもう一度聞く。
「んんーーーー」
「あいだだだだ、すいません!聞こえてました!すいません!ふざけました!謝るから離して!」
ふざけ過ぎてしまった。
今度は、俺の右頬を抓られてしまった。
俺の両頬はきっとパンパンに膨れているだろう。