第105話 リネーム君と俺とリリー
「こんにちは!初めまして、リネーム・イール・ド・マルファンスと申します!」
あれから、スクナ達は鍛えている。
大人達に混じり、物理的に鍛えている。
俺はというと、それを窓から眺めながら、親同伴で俺に会いに来る貴族の子ども達と顔合わせをやっていた。
王都の顔合わせで俺は初日途中退席、二日目以降欠席だったので、六歳の時週四くらいのペースで人と会っていたが、リネーム君は初顔だ。
顔合わせをして他の貴族達と仲良くなるのは将来的に必要になる事だと分かっている。
「しかしな〜……」
「え?何か言いました?」
俺の呟きにリネーム君は即座に反応し、あどけない顔で聞き返してくる。
「いえ、何も」
俺は笑顔で否定する。
リネーム君は気弱そうでこちらの様子を恐る恐るチラチラと見てくる。
しかも何故か手をもじもじさせており、保護欲をそそられる子だ。
顔も可愛らしい顔をしており最初見た時は女の子と思った。神眼で速攻男って分かったけど。
俺は、経験のあるその行動を暖かい目線で見守る。
過去にはグイグイ近寄って来た子どももおり、鬼ごっこと称して追いつかれるか追いつかれないかの距離を延々と保っていた事もある。
それに比べると生温い。世の中の全てがこんなだったらいいのに。
そんなバカなことを考えながらも、焦れったい気持ちを抑え爽やかに対応する日々が続いてしまっている。
そんな時だった。
「リドルゥゥーー!」
そんな大声が聞こえてきた。
俺は大声がした方をなんとなく見てみる。
そちらを見ると、リュミオンから帰ってきてから一度も会っていなかったリリーが走ってきていた。
俺はウィンガルドに突撃して行ったが、リリーとルナはターニャさんが抱えて振り返らずに奥に下がっていた。
目が覚めた後も俺は彼女達に会っていない。俺が会いたがらなかった故に、結局あの場で別れたっきりだった。
何で、と言われると何となく会いたくなかったから、としか言いようがない。
ナーバスになっていたのだろう。
それからリリー達はお父様と一緒に王都に向かった。
それから数週間、久しぶりにリリーの顔を見た。
「おお!リリー様、お久しぶりです。あれからどうなったか心配でしたよ!」
こちらに走ってくるリリーを迎える形で俺は直立不動の姿勢をとり笑顔で迎え入れる。
我ながら慣れたものだ。
しかし……。
「ジャンプキッーク!!」
「ぐおっ!」
俺の目の前で突然ジャンプしたかと思うとそのまま俺の腹に両足で蹴りを入れてきた。
別に痛くない。
哀しいかな。レベル差があり過ぎる。
俺は腹を抱え、痛がるふりをしながら突然の暴行について問いただす。
「な、何をなさるのですか!?ご乱心なされましたか!」
「ふーっ。リドルが悪いんだからね」
(え?)
記憶にない。
一体俺が何をしたというのだろう。
「突然蹴られるような事をした記憶はありませんが」
そう聞いてみるとリリーは俺の前で仁王立ちしながら指を突きつける。
「私に嘘をついていたでしょう!お姉ちゃんなのに!」
(!?)
わからない。彼女が何を言っているのかさっぱりわからない。
「あー、嘘をついていた事は正直に謝りますよ。ですが……残念ながらリリー様。実は僕の方が歳が上なのですよ。僕は七歳ですから」
どうでもいいけど自分を七歳とかいうのは未だに非常に違和感あるな。
本当は二十七歳だからな。
しかし今は七ちゃいなのだ。
「そんな事は関係ない!」
「そんな事は関係ない、だと……」
自慢顔でそう断言したリリーの顔は輝いていた。
(いや、関係あるだろう)
「まあ、とにかくご無事で何よりです。あんな中途半端な形で別れてしまって申し訳ありませんでした。色々ありまして」
立ち上がりながら俺は謝罪する。
「違う」
「え?」
そう謝った俺にリリーは否定の意を示した。
「謝るところはそこだけじゃない」
「え?……あ、正体を隠していた事ですか?それも申し訳ありませんでした。必要な事でしたので」
ちょっと考えたが、何とか別の答えにたどり着いた。
俺のその答えは正解だったようでリリーは真面目風な顔で俺を見る。
「そう!だからもう一度名乗って」
俺は予想外のリリーの頼みに目を見開く。
しかし、即座に襟を正し、泥を落として貴族の礼をしながら、「先日は大変失礼致しました。改めて名乗らせていただきたく思います。私の名前はレイン・デュク・ド・オリオン。誇り高きオリオン公爵家次期当主となる者です」
最近はこう名乗っている。
俺の覚悟だ。今までは当主候補という曖昧な表現でお茶を濁していたが腹を括って家を継ぐ覚悟をした。お父様もそう望んでいると俺は確信している。
真面目に返答した俺に、リリーもドレスの裾を摘んで礼をする。
「御丁寧なご挨拶、誠に感謝申し上げます。私の方こそ名乗るのが遅れてしまい申し訳ありませんでした。リュミオン王国第三王女リリー・プリンセス・フォン・リュミオンと申します。以後お見知り置きを」
そう挨拶を終えた後、俺は隣にいたリネーム君を見る。先程からの異常事態にオロオロと口を開けたまま俺とリリーを交互に見ていた。
俺が目で次は貴方の番ですよ、と伝える。
リネーム君は暫くあわあわとしていたが、俺の目線にやっと気付いたようでピシッと手を真横に置き、叫ぶ。
「ぼ、僕のなまえはリネームです!よろしくお願いします!」
普段ならフルネームで名乗るのが普通なのだが、今回ここにいるのは俺達だけなのでよしとする。
俺はリネーム君の肩をトントンと叩き、「ナイスガッツ!」と指を立ててグッジョブサインを出す。
リネーム君はホッとしたように顔を綻ばせ笑顔になる。
その顔を見て、安心した俺はリリーの方に向き直り気になっていた事を聞く。
「そう言えばルナ様は何処にいらっしゃるのでしょうか?見当たらないのですが」
「ルナ?ルナはねー、なんかねー、大っきい図書館に閉じこもっちゃった」
先程の真面目な態度とはうって変わって、リリーはそう言った。