兄妹が集う
今日も朝早くに起こされて、眠い頭にがんがんと風を呼ぶ石の音が響く中、私はカーディーンと挨拶まわりに向かっている。
今日はどこに行くの?
「まずはザイナーヴの元へ向かおうと思う。この挨拶回りは男性の方が歩き回るので、居場所を掴みにくいのだ」
身分の高い女性はあまり移動をしないので居場所がわかりやすいが、男性はあちらこちらに移動しているので、そもそも先触れの手紙が意味をなさないことが多いらしい。先触れの手紙が相手の元に届くのが遅れるからだ。
なので風を呼ぶ儀に関しては、あえて先触れは出さずに宮殿をうろうろしながら探す方がいいらしい。その方が普段はなかなか出歩かない王族に、貴族達が挨拶をしやすいのだと言う裏の事情があると教えてもらった。
追いかけっこなんだね!まかせて、得意だよ!!
「期待している」
そんなやりとりを挟みつつ、カーディーンが時々貴族につかまって挨拶を受けつつ、ザイナーヴの宮へと向かった。
しかし、宮でザイナーヴの従者の人からザイナーヴは挨拶巡りに出て行ってしまったと告げられ、踵を返した。
今度はどこにいくの?
「そうだな……ラナーの宮へと向かうか。彼女の宮はイリーンの宮とも近いので纏めて挨拶が出来るかもしれない」
カーディーンはそう言って、またすたすたと廊下を曲がった。私は冒険大好きなので、あちらこちらを追いかけっこするのは結構好きだ。
知らない道を通るたびに、私の宮殿での散策道が増えてゆく。これはいい。
ねぇ、カーディーン。楽しいからずっと追いかけっこしたい!
「私が困るので、それは遠慮願うな」
カーディーンにそう言われてしまい、私は残念に思いながらカーディーンの頭の上で振動を楽しんでいた。
途中でカーディーンと同じ王族の人にも会って、挨拶をかわした。
何人かは私の兄弟を連れていて、私は兄弟とおしゃべりをしながらそれぞれの守護相手を眺めたり、兄弟達が他の兄弟とやっている遊びなんかを教えてもらったりした。
そうしてまたしばらく歩いて、ようやくラナーの宮へと到着した。カーディーンの宮からはそれなりに離れているが、私にとってはたいした距離ではない。終始呼びとめられて足をとめなければもっと早く到着しただろう。
従者の人に取り次ぎを頼んで、応えを待って入室する。
この時にはちゃんとした挨拶をすると言うので、私はカーディーンの頭から肩に降りていた。
「よくいらしてくださいました。カーディーンお兄様、カティア様。妹の儀式以来ですね」
「久しいなラナー。息災か」
「えぇ、カーディーンお兄様も御健勝のようでなによりです。丁度ザイナーヴお兄様とイリーンも来ておりますよ」
きらきらと美しく飾った姿でラナーがにこやかに出迎えてくれた。
肩にはラナーと同じ宝石をつけたナヘラの姿もある。
ラナーに案内されて宮の奥に入るとイリーンとザイナーヴが座っていた。
ザイナーヴはカーディーンを見て、顔を輝かせてすばやく立ち上がってやってきた。
カーディーンの片手をすばやくとって、両手で包み込むようにしっかりと握りしめている。顔はきらきらの笑顔だ。ザイナーヴの顔で微笑むとすごい迫力があるんだと私は知った。
「兄上!どうか私に風を呼ぶことをお許しいただけますか」
「あ、あぁ、無論だ。私も貴殿に風を呼ばせてくれ」
ザイナーヴの常にない積極性に、カーディーンがちょっとびっくりしていた。
ついでにザイナーヴがカーディーンに近寄ったせいで、肩で頬にうっとりとすりすりしていたナーブが、間近で見るカーディーンの迫力にぴぃっと悲鳴を上げて、ザイナーヴの髪の毛に隠れていた。
ちょっと出遅れたイリーンが、同じようにカーディーンに声をかけた。
「カーディーンお兄様、私にも風を呼ばせてくださいな」
「あぁ、私とカティアも、そなたに風を呼ばせてくれ」
「ありがとうございます。今、お姉さまと二人でザイナーヴお兄様にお話をうかがっているところだったのです」
「どのような話を聞いていたのだ」
「ザイナーヴお兄様はどのような女性がお好きか、意中のお相手はいらっしゃるのかとお聞きしておりました。ザイナーヴお兄様はなかなか教えてくださらないんですよ」
その言葉を聞いた瞬間カーディーンがぐっとザイナーヴに握られている腕を引いたが、ザイナーヴは笑顔で手を離さなかった。
何となく、その顔は「私を置いて逃げないでください」と言っているようだった。
あぁ、ザイナーヴも番いの話が嫌なんだね。
私がラナー達に鱗石の首飾りでしゃんしゃん風を呼ぶと、守護鳥からの祝福は初めてだと微笑ましげに喜んでもらえた。
私は嬉しくなってくふーっと胸を張ったのだが、私の鱗石をずるいと言ったナヘラが鱗石を千切ろうとしたり、私がザイナーヴの注目を集めて面白くないナーブが私を追いかけまわして喧嘩をしたりとぎゃあぎゃあくぴくぴと、宮は一気に騒がしくなった。
ラナー、ザイナーヴ、カーディーンは「また始まった」と言わんばかりの慣れた表情で私達をなだめにかかり、私達が喧嘩するところを見たことがなかったイリーンが目をぱちくりして私達が喧嘩する所を眺めていた。
現在はナーブが煩い以外はとても落ち着いている。
ナーブはカーディーン以外の王族とリークを侍らせて、尾羽をふりふりでれでれと目移りさせている。酔っているかのごとくあっちですりすりこっちですりすり、ぴょこぴょこ移動しながらきらきらした美形に囲まれて、幸せそうに尾羽を振っている。
ナヘラと二人で、でれでれしたナーブは気持ち悪いと全力で他人のフリをした。ナヘラはお揃いの宝石素敵ねって言ったらご機嫌になった。でもまだ私の鱗石を狙っているのだ。
これはあげないからね。
あとリークはとり返しておいた。リークは私の友達なんだもん。
私が頬を膨らませると、リークが「わかってるよ」と言いながらちょっと笑った。ナーブ達に向ける愛想笑いとは違う軽やかな頬笑みにちょっとだけ安心した。
しかし目ざとくリークの頬笑みを見たナーブが、こっちを見てるのが油断ならない。
こうなったら徹底的に戦うからね!
私が兄弟達に頬を膨らませて威嚇しているのを見て、守護鳥を持たないイリーンがカーディーンにぽつりと尋ねていた。
「私……儀式のときは拝見できなかったのですが、守護鳥様方は御兄弟が集うといつもこのように喧嘩をなさっておいでなのですか?」
「左様。カティア達も兄弟が揃うと己の欲求に素直な部分が顕著になるのだ。それゆえに収めるのもまた簡単なのだ」
睨みあって威嚇していた私達はその後、ラナーの従者が運んできたお花の沢山盛られた器にくぴーと飛びついてもしゃもしゃと食べ始めた。
例によって私は自分の分を確保するため、一番大きな花を咥えてカーディーンの所まで逃げた。
そしてカーディーンの手の平の上で、確保した花をもっしゃもっしゃと口いっぱいに頬張った。
勝利の味にくぴーと鳴いてカーディーンを見上げると、カーディーンが嘴の周りについた花蜜や花粉を指で拭ってくれた。拭ってもらった花蜜が指についているのを見て指を口に含もうとしたけど駄目だった。ただカーディーンの指を甘噛みしただけになってしまった。
「私の指は食べ物ではないぞ」と笑ったような声でカーディーンに言われ、指で頭をちょんちょんされた。わかってるよ。
それを見たナヘラとナーブがハッとした顔で、同じように花を咥えてそれぞれの王族の元へ飛んでゆき、その手のひらの上でもっしゃもっしゃと食べ始めた。
自分の手の平の上でぼろぼろと花弁や花粉、蜜をこぼしながら得意げな顔でうまうまと食べている守護鳥達に、それぞれの王族は顔を見合わせながら小さく笑っていた。