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月下の王族と守護鳥

「カティア、戻ってきたのか」


 私はぱたぱたと飛んで、無言でカーディーンの首の寝袋に潜り込んだ。


「カティア」


 寒いの。なんだかとっても寒いの。だからここにいる。


「そうか」


 私が言うと、カーディーンは袋越しに優しく撫でてくれた。

 ごめんね。まだカーディーンの顔をちゃんと見る勇気がないの。だけどちゃんと守りたいからそばにいる。

 私の加護は弱いから、カーディーンは私が近くにいないと血の災いが降りかかる。

 私は自分の力のなさのせいで、一人になることも許されなかった。先ほど聞いたばっかりの話だったのにそれすら忘れて、カーディーンの優しさに甘えてカーディーンを一人にしちゃったんだ。


 私が月なら、よかったのに。




 そのまま眠ってしまった私がひょこっと袋から顔を出すと、外は暗くて、月が出ていた。

 カーディーンはベッドから降りて、砂漠と月を一望できる場所で一人、花と麦のお酒を飲んでいた。私がもぞもぞと動いた気配でわかったのだろう。

 私が袋から出てきて、カーディーンの立てた片膝にちょこんと乗ると、カーディーンは目を細めて私をちょいちょい撫でた。私は目をつぶってそれを受け入れる。


 カーディーン、怪我はもういいの?


「カティアか。長らく眠っていたようだが、起きたのだな」


 ここにはリークもモルシャもいないので、私の声はカーディーンには届かない。

 カーディーンは、独り言の様な口調で、月を見ながらつぶやいた。


「今宵は月が美しいな。月の神の力が強い、よい夜だ」


 私は静かにくぴーと鳴いて同意した。

 カーディーンは一度お酒で唇を湿らせてから、静かに私に問いかけた。


「カティアは、己が月色であればよかったと、思っているか?」


 私はまた、くぴーと同意した。

 だってそうすれば、カーディーンを危険に晒すこともなかったのだ。

 私がしゅんと尾羽を落としていると、カーディーンは静かに告げた。


「私はカティアが砂色でよかったと思ったことは数あれど、月色であればよかったのにと思ったことは、ついぞないな」


 私がしゅんとしたままカーディーンを見上げると、カーディーンは優しく笑うように、私に告げた。


「そなたが月色であったならば、きっと私を選ばなかったであろうからな」


 あ……、私はイリーン達と一緒にいたときに聞いた話を思い出した。

 カーディーンは三回も守護鳥と顔合わせを経験している。私に会うまで、二回も守護鳥に選ばれなかったのだ。


「私にとって、守護鳥とは遠く眺めるものであった。あの美しい白い鳥が守るのは、美しい王族だけだ。たとえばザイナーヴがナーブと共にある姿など、壁画の王族と守護鳥の姿を体現したかのような光景だと思う。私はそれを、どこか他人事のように見ているのだ」


 どうしてそんな悲しいことを言うのだろう。だって、カーディーンだって王族なのに。この国に幸運を捧げ、太陽の神の試練に誰よりも耐え続けて、生きている人なのに。


「どこか遠い世界の光景だった私に、一羽の守護鳥がやってきた。自分が砂色であることを酷く気にする守護鳥だったが、私にとってはただただ、嬉しくてたまらなかった。私の元に舞い降りて、私に話しかけるそなたの存在が、どれほど私の心を救ったか知らぬのだろうな」


 そういうカーディーンの声音はどこか嬉しそうで、どこか寂しそうだった。


「ナーブ殿達は人間の価値観として言えば、愛情が欠落しているように思う。だがそれは、守護鳥としてたった一人の加護の相手を選ぶために必要な欠落なのだろう。なぜ月色の守護鳥達が唯一の愛情しか持たぬのか。私はそれを、人間にとって好ましい価値観を持つカティアが、たった一人を選べないと苦しんでいた時に初めて理解した。だが苦しむカティアを見て、その辛さを理解しながら、それでも私を選んでほしかった」


 柔らかくて静かなカーディーンの言葉は、その声音とは裏腹に、慟哭のようだった。


「森に帰るカティアを見たとき、歴代の砂殿達と同じく、もう二度と帰ってこないのではないかと思った。だが、カティアは私の元に戻ってきた。怖い怖いと泣きじゃくるカティアに、うろたえながらもどこか安堵した自分がいた」


 蛇に怯えて、夜を恐れて、カーディーンの元に飛んで帰った頃を思い出した。それほど昔の話ではないのに、遠い記憶のように感じた。


「私は嬉しかった。『守ってあげる』と私に言ったのは、カティアが初めてだった。その時初めて、私は自分が守るだけでない守られる存在だったのだと知った」


 王族が守られるのって普通のことだと思うんだけど……。


 カーディーンがなまじ強すぎて、誰も守ってあげると言えなかったのかもしれない。私はじっとカーディーンを見つめた。


「だから私はカティアがいい。加護が弱くとも、砂色であろうとも、迷いへこんで、よく冒険と称して脱走するおてんばな砂色の守護鳥がいい。カティアだけが、私を守ってくれるのだから」


 カーディーンが私を求める強さは、実はとてもとても強かったのだと初めて知った。

 その思いの強さに押しつぶされそうになる半面、尾羽が震えるほどの喜びが広がった。

 カーディーンは私がいいのだと言った。砂色の私がいいと言った。

 ならば、私はその思いに答えるだけだ。

 私に出来る精一杯で。

 そう考えたら、なんだかとても気持ちが楽になった。

 私が負い目に思っていた部分を、カーディーンが望んでくれていたことならば、私は砂でよかったのだろう。

 砂色だから、守護鳥として不甲斐なくて、加護の力も弱くて、魔力も少ない。

 けれど、砂色だからカーディーンと出会った。出会えたのだ。

 私が月色だったのならば、きっと他の兄弟達の様に、私は美しい他の王族しか目に入らなかったと思うから。他の王族には申し訳ないけれど、私はカーディーンに話しかけることの出来た砂色でよかったのだ。この悩みや苦しみや痛みすらも、私が砂色たる証で、そしてカーディーンが望んだことだ。

 ならば、それでいい。

 きっと、そういうことでいいのだ。


 カーディーン、私はずっとそばにいるよ。カーディーンが望む限り、私がカーディーンの守護鳥だからね。


 私はくぴーと鳴いた。尾羽と胸をピンと張って、守護鳥らしく。


 カーディーンは私の様子を見て、笑った。


「あぁ、やはり私のカティアは、そうやって誇らしげに胸を張っているのが一番似合うな」


 見惚れるような、優しい笑顔だった。

 あんまり笑わないカーディーンがくれた、笑顔だった。

 そして何を思ったかカーディーンは、私にお酒の器に入っていた花弁をつまんで私に差し出してきた。

 ちょっとお酒臭かったが、花弁だったのでぱくりと口に含んでみた。口の中いっぱいに広がるお酒の味。


 まず、おぇ。


「……っぅくく、はははははは!」


 私が顔をしかめてぺっと吐きだすのを見て、カーディーンは堪え切れなかったように肩を震わせて笑った。

 私はカーディーンの膝をだしだしと蹴りつける。

 なんだか私もお酒に酔ったみたいだ。とってもおかしいんだもん。




 カーディーンと、揺れ動く砂漠の波の音を聞きつつ、笑った。


 大きな月と、カーディーンと、砂色の私。今の私達の姿を壁画に残しても、誰も私達を王族と守護鳥だとは思わないだろう。だが、きっとお互いがお互いを大好きなのだということくらいは伝わるだろう。私達にはそれだけあれば十分なのだ。


 まるで世界が二人だけになったかのようで、でもそれでもなんだかいいかもしれないと思った。


 カーディーンには私しかいなくて、私にはカーディーンしかいないのだ。


 私はやっぱりたくさんのみんなでわいわいするのが好きだ。でも、こういう夜もたまにはよいかもしれないと思った。


 月がとても、とても綺麗な夜だった。


あなたのための月の守護鳥、二章はここで一区切りになります。

お付き合いいただきました皆様、ありがとうございました。

次回の更新について活動報告に記載しました。よろしければ『守護鳥、今後のお知らせ』をご覧いただけると幸いです。


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